視覚障害教育におけるデータキャリア利用の試み(その3)---空間のランドマーク化と環境情報獲得支援--- 筑波技術大学保健科学部情報システム学科1) 神奈川工科大学情報学部情報工学科2) 宮川 正弘1), 巽 久行1), 村井保之2) 要旨:我々は,データキャリア技術とネットワークを組み合わせることで,視覚障害者のアクセシビリティを高めるような情報保障支援システムを,特に大学内での環境情報獲得支援システムを研究している。視覚障害は,事物の移動や状況の変化に対する対応が困難となるので,環境情報を獲得して伝達するためには何らかのインターフェースが必要である。その一つの解決策として,事物や環境にRFID(RadioFrequencyIDentification)タグを設置してランドマークとし,位置や状況を視覚障害者に提供する試みを行っているので,その情報獲得手法と情報保障支援の概要を述べる。 キーワード:RFID,ランドマーク,視覚障害,環境情報 1.はじめに  我々の生活は多くが視覚からの情報をもとに行われているので,視覚障害を伴うと,あらゆる場面において様々な‘情報取得の困難さに直面する。一般に視覚障害者に情報を伝達する場合,点字等の触覚手段や音声等の聴覚手段が採られるが,晴眼者が介していない場合にはあらかじめ用意された内容や媒体に限定されるので。動的でリアルタイムな情報取得に弱い。  我々はこれまで,情報アクセシビリティの高い環境を視覚障害学生に提供する試みをしており,特にデータキャリア技術とネットワークを組み合わせることで,文字,モノ,環境など,様々な情報保障支援を行う実験システムを作成してきた。例えば,板書された文字や描画を知ること,掲示物や伝言の内容を知ること,モノの状況や使い方を知ること,学内の移動や環境の変化を知ることなどであり[1,2],これらは視覚を代行する情報取得である。  本報告は,視覚障害向きの環境情報センシング,特に,データキヤリア技術やセンサーによる環境情報獲得手段と,ネットワークによる情報配信を組み合わせることで,環境情報を提供する支援を示す。以下,報告は二つの柱からなり,一つはRFIDタグを用いた空間のランドマーク化,もう一つは環境情報の獲得と伝達であり,これらの目的のためにRFIDタグをセンシングするロボットを使用している。作成中の実験システムは,ロボット等がRFIDタグから情報を動的に獲得して,ネットワークを通してリアルタイムな環境情報を視覚障害学生に提供するものであり,様々な情報獲得に利用可能な支援システムの有効性を検討する。 2空間のランドマーク化  視覚障害者が歩行する場合,点字ブロックの触感や白杖に伝わる振動をもとに歩行情報を取得しているが,何度も歩行ルートを通って,路上に潜む目印(ランドマーク,例えば,ガードレールの端や特定の縁石等)を記憶して,ようやく移動が可能となる。そのため,記憶したランドマークが無くなると確実な歩行ができない。これは建物内や部屋内の移動においても同様で,すべて記憶したランドマーク(例えば,手すりや壁,反射する青の情報,ドアや机の位置等)に頼って行う。また,生活に使用するモノに対しても常に特定の位置に置くなどして,環境情報の取得困難さを排除している。このため,モノの位置がほんの少し移動した場合でも,晴眼者には簡単に見つけられるものが,多大な時間を費やして探すことになる。そこで,データキャリア技術を用いて空間にランドマークを設置して,その情報をもとに環境情報の提供を行うことを提案する。 2.1RFlDによるランドマーク  環境情報を取得するにはランドマークに頼るという事実を,非接触型であるRFIDタグを活用することによって,様々な状況下で保障することを考える。例えば,学内の場合,次の様な日常生活に応用できる可能性を持っている。 (1)校舎内の場所の案内, (2)校舎内の歩行の案内, (3)階段の開始や終了など歩行モードの切り替え案内, (4)本など小物の存在場所の案内, (5)家具や事物の臨時的移動の案内, 等である。  このうち(1)と(2)は,既に行われている大規模研究である“自律的移動支援プロジェクト”(設置したRFIDタグによる移動の支援)や“歩行者ITS”(RFIDタグを埋め込んだ点字ブロックによる経路の誘導)で解決できる[3]。(3)は,歩行モード切り替え場所にタグを貼り付け,それを(1)や(2)で使用するRFIDリーダ付き白杖で読み取ることで解決できる。例えば,階段を上下してフロアに達する場合,到達を確認してから歩行モードの切り替えを行うが,状況の変化に対して視覚障害者は,かなりの心理的・肉体的な負担を伴う。その際,RFIDタグでランドマークを配置して状況変化を提示することで,適切な行動を採るきっかけを与えることができる。(4)は個人的問題であり,RFIDタグを貼り付けた物品識別機器(例えば,“ものしりトーク”[4])等を利用すればよい。  以上の(1)~(4)は,RFIDを貼り付けたランドマークが静的な場合であるが,(5)は,比較的広い場所(教室や廊下等)で環境が変化した場合であり,視覚障害者にとり,支援なしでは状況を把握することができずに行動が困難となる。そこで本研究では特にRFIDタグを用いて空間にランドマークを配置して,そのタグの位置等の変化を検出することで状況変化の提供を受けるシステム構築を目標とする(すなわち,RFIDを貼り付けたランドマークが動的な場合である)。 3.環境情報の獲得支援  視覚障害者自身がRFIDタグを探せずに情報を獲得できない状況下では,代わりに機械に情報を獲得して教えてもらうことで,他者(晴眼者)を煩わせない方法を採用する。そのため,ランドマークとなるRFIDタグから,自由に環境の変化を読み書きできる案内システムを構築している(これは,臨時障害物を回避させるような警告システムも含まれる)。具体的には,どこにあるのか・どういう状況にあるのかを問いかけると,適切な助言をするシステムであり,この目的のために環境の動的な変化をRFIDセンシングロボットで検知して,情報保障を行うこととした。 3.1RF1Dによる情報取得  RFIDはタグ内の情報を,電源を供給されて発信するのか,電源を内蔵して発信するのかの違いにより,パッシブ型(受動型,前者)とアクティブ型(能動型,後者)に分類できる。パッシブ型RFIDは,ICタグの持つ情報発信を電磁誘導により発生される電力で行うので,通信距離が短く(数mm~数十cm),タグの大きさも(電源が必要ない分)小さくて価格も安い。通信距離の短さから双方向通信(発信だけではなく受信も可能)で,タグ内の情報を読み書きすることができる。一方,アクティブ型RFIDは。ICタグの持つ情報発信を自身の電力で行うので,通信距離が長く(数m~数十m),タグの大きさも大きくて価格も高い。通信距離の長さから単方向通信(発信だけ,最近は簡単な受信も可能)で,タグ内の情報を受け取るだけである。どちらのタグも,非接触で情報が得られる(パッシブ型は,さらに情報を書き込める)ので,まさに視覚障害者向きであり,電波の透過性から,視覚障害者がタグの位置を探せなくても(隠れていても)情報が得られるので,情報アクセシビリティが非常に高い。タグからの情報を得る装置をパッシブ型はリーダ(書き込みも可能なのでリーダ・ライタ)と呼び,アクティブ型はレシーバと呼ぶ。 3.2RFlDセンシングロボット  図1にパッシブ型RFIDセンシングロボットを示す(図1aが正面からの,図bが背面からの写真である)。ロボットの構成は,交信距離25cmの高性能RFIDリーダライタ(オムロン社製,アンテナ:V720S-HOl,コントローラ:V720S-CD1D)を,組み立て簡易ロボット(米国Evolution Robotics社製のER-1ロボット)に設置した。このER-1は自律走行型であり,ロボットのCCDカメラやIRセンサなどからなるセンサ系と車輪等の駆動系が,ER-1に搭載したパソコンにRCC(Robot Control Center)と呼ばれるソフトウェアを入れて,そのプログラムで管理・制御されている。動作方法は,走行プログラム等で生成した命令を,RCCプログラムにTelnet通信を介して送る(TCP/IPを用いたAPIコマンドラインが提供されている)。これより,ロボット外部のコンピュータに走行プログラム等を置きTelnet通信で遠隔にロボット搭載コンピュータのRCCプログラムを制御することも,また,走行プログラム等とRCCプログラムを,ロボット搭載の同一コンピュータ内でTelnet通信することもできる。本システムでは同一のコンピュータ内でTelnet通信を行うことで,ロボットの自律走行を行った(但し,ロボットが暴走した際には,外部から停止・復活させる)。ロボットが取得した最新の状況はサーバで管理され,誰もが(他のロボットも含む)ネットワークを利用して,身の回りの環境情報を自由に読み書きすることが可能である。このロボットは,屋内をゆっくり巡回しながら,環境情報やナビゲーション情報等を,タグに読み・書きする目的で開発したものであり,状況の動的な変化を検知する高度な能力を期待したものではない。静止状態のモノ(障害物等も含む)に貼られたRFIDタグ等の読み・書きや,視覚障害者への誘導用床面タグや壁面タグ等の書き.読みを目的として使用している。  現在,このロボットに対して,障害物を回避して室内を走行し,目標物(RFIDタグが貼られたモノ)の情報を取得・更新するプログラムは作成した。そのプログラムは2種類のルーチンからなり,一つは目標物に近づくプログラム(探索接近ルーチン)であり,もう一つはRFIDリーダライタを用いて,タグに書かれた情報を読み書きするプログラム(情報獲得ルーチン)である。使用しているパッシブ型RFIDタグ(オムロン,V720S-D13PO1/02)は,大きさがPO1:10cm×5cm,PO2:5cm×5cmであり,ユーザエリアが112バイト,タグとリーダライタ間は周波数13.56MHzの電磁誘導方式で通信を行う。プログラムはMicrosoft Visual C.NET2003を用いてC++言語で開発した。  図2は,PC上のシミュレーション走行プログラムの実行画面であり,図3は,ロボットがディスプレイに貼られたパッシブ型RFIDタグに接近して,タグ情報を読み取っている様子である。  目標物の位置を記録するためには,ロボットの自己位置推定を行う必要がある。ロボットの現在位置は車輪の回転数から推定されるが,移動距離が長くなるとスリップなどにより誤差が生じてくるために補正が必要となる。プログラムでは,ER-lの持つ強力なオブジェクト認識機能(ERVisionと呼ばれる画像認識ソフトで,ソニー製ロボットAIBOに使用されている)を利用し,行動空間の一部を基点に選んで(その位置画像を記憶),位置補正を行った。はじめにロボットを基点(四方の壁に設置)の前に移動させ,RCCのオブジェクト登録機能を用いて,基点画像を登録する。RCCのオブジェクト認識機能は,オブジェクト画像の特徴点を抽出して認識するので(図4参照),距離や角度の許容範囲が広く,画像の一部からでもオブジェクトの認識が可能であるので,移動ロボット位置の基点認識手段としては最適である。  オブジェクトの登録は,ER-1が撮影した基点画像に名前を付け,ER-1とオブジェクトとの距離を入力する(その際の,ロボット位置と基点に付けた名前をシステムに登録する。この作業はロボット走行前に行っておく)。これにより,ロボットは走行中に基点を認識した場合,現在の座標を基点に対応した座標に置き換えることで,誤差を修正することができる。図5は,シミュレーションによる座標調整の様十で,画面四方にある四角が基点認識範囲で,破線がロボットの実際の位置およびシステム内の位置である。ロボットは中央のスタート位置より円を描くように移動し,距離が長くなるにつれ,スリップなどにより実際の位置とシステム内の位置に差が生じているが,ロボットが基点を認識した時点で,システム内の位置は実際の位置の近くに修正(図5の破線が大きく切れている部分)されている。またRCCは,コマンド("playphrase")によりテキストを読み上げるので,音声で位置の提示を行うこともできる。  アクティブ型RFIDのセンシングについては,現在,図6に示すロボット(米国Evolution Robotics社製のERSP Scorpionロボット)を用いて実験中である。 図1パッシブ型RFIDセンシングロボット 図2シミュレーション走行画面 図3パッシブ型RFIDタグ情報の読み取り 図4オブジェクト画像の特徴点抽出 図5シミュレーションによる座標調整 図6アクティブ型RFIDセンシングロボット 4.おわりに  視覚障害学生への情報保障の一環として,データキャリア技術とネットワークを利用した環境情報獲得手段を提案した。現在,環境を推定して環境情報をサーバ内に構築するプログラムを作成中であるが,不十分な状態にある。最終的には,視覚障害者にとって不明瞭な状況下でも適切な行動を採れる(きっかけをくれる)ような,環境情報獲得を保障するシステムにしたいと考えている。 謝辞:本研究は,平成17年度筑波技術大学教育研究等高度化推進事業(競争的教育研究プロジェクト事業受付番号40:“RFIDとセンサーネットによる視覚障害学牛の環境情報獲得支援")の助成を受けて行われた。 参考文献 [l]巽,宮川,小高,村井:“視覚障害教育におけるバーコード利用の試み(その1),筑波技術短期大学テクノレポートVol.10,No2,pp27-31,2003. [2]巽,村井,永井,宮川:“視覚障害教育におけるデータキャリア利用の試み(その2)",筑波技術短期大学テクノレポートVol12,pp1-4,2005 [3]http://www.jiritsu-project.jp/ [4]http://panasonic.co.jp/ism/fukushikiki/monoshiri/index.html [5]H. Tatsumi, Y. Murai, M. Miyakawa, S.Tokumasu:“Providing Environmental lnformation by Data Carrier+Networks",IEEE,Proc. 2005 Int, Conf. on System, Man and Cybernetics, pp 3628-3633, 2005. [6]Y. Murai,H. Tatsumi, S. Tokumasu, M.Miyakawa:“Autonomous Navigation of RFID-Sensing Robots",IEEE Proc. 2005 Int. Conf. on Systems, Man and Cybernetics, pp.3634-3639, 2005. Incorporation of Data Carrier System in Education for the Visually Impaired (Part 3)--- Landmarking in Space and Acquisition of Environmental Information --- MIYAKAWAMasahiro1), TATSUMI Hisayuki1), MURAI Yasuyuki2) 1) Department of Computer Science, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology 2) Department of Information and Computer Sciences, Faculty of Information Technology, Kanagawa Institute of Technology Abstract ' We are conducting a research project aimed at building an information secured environment for the visually impaired, especially in our campus, by combining data-carrier technology and networks. As visual impairedness badly suffocates detection of changes in the environment, we need to use some interface to convey environmental information to the visually impaired. Changes in the surroundings could be recognized, if not by using sight, by recognizing changes of landmarks. So we attach RFID-tags to objects placed in the surroundings, in which we keep secure (=correct) information concerning the environment. In this way we can turn any location in the surroundings into a "landmark", meaning that the location can be treated by a computer as a secure point in space, because we can keep correct information in this RFID-tag. Here we describe our information acquisition scheme and information securing support designed in the projects for the visually impaired. Key Words : RFID, Landmark, Visually Impaired, Environmental information