視覚障害学生における関節角度計目盛りの読み取りに関する研究 角度計の種類と読み取り時間および角度計と眼球との距離 筑波技術大学保健科学部保健学科理学療法学専攻 川合 秀雄 要旨:視覚に障害のある理学療法士やその学生は、関節角度計の目盛りの読み取りが困難である。そしてまた、この困難さを数値化することが不可能である。そこで、この困難さ、容易さを具体化、数値化する指標を探索することを目的に、アナログ、デジタル角度計を含めた4種類の角度計の読み取りに関し、視機能に障害のある学生を対象に、読み取り時間とそのときの角度計から眼球までの距離を計測した。その結果、読み取り時間は視力とは相関しないが、時間のばらつきが困難さと何らかの関連があるのではないかと考えられた。また、角度計との距離は、視力と相関が強く、困難さに関して、何らかの指標になるのではないかと示唆された。 キーワード:関節可動域測定、視覚障害、視力、読み取り時間 1.はじめに  関節可動域の角度測定は、理学療法の評価において必須であり、理学療法士やその学生にとって、大きな課題である。しかし、視覚に障害のある理学療法士やその学生にとって、細かな角度計の目盛りの読み取りには困難があり、技術支援機器の必要性やデジタル角度計の試作[1]、デジタル角度計市販化モデルの製作[2]を行った。  今回、従来のアナログ角度計とデジタル角度計において、目盛りや数値の読み取りの容易さ困難さをどのように把握し、表現したらよいのか、角度の読み取り時間および角度計と眼球との距離を計測し検討したので報告する。 2.方法  アナログ角度計2種類、デジタル角度計2種類の計4種類の角度計の角度を各々の被験者に読み上げてもらい、読み上げまでにかかった時間と角度計から眼球までの距離を測定した。 2.1角度計の種類  角度計は4種類使用し、①ステンレス製の東大式角度計全長35cm、最小目盛り単位は1度、1度の目盛り間隔は約1mmである。金属と略す。②プラスチック製の角度計,最小目盛り単位は5度、5度の目盛り間隔は約25mmである。プラと略す。③試作したデジタル表示角度計、縦15mm,横8mmの7セグメント赤色発光ダイオード2桁表示である。LEDと略す。④市販化したデジタル表示関節角度計、縦10mm、横25mmの液晶パネル5桁表示である。液晶と略す(図1)。 2.2被験者  被験者は筑波技術短期大学理学療法学科の学生16名(男性7名、女,性9名)年齢20~41歳(平均26.0歳)で、全員関節可動域測定の講義を履修済みである。被験者には研究の目的を説明し、同意の下計測を行った。 2.3.被験者の視機能  被験者の視機能に関しては、視力を用いた。視力は左右の視力を自己申告にて調査した。表1に各々の被験者の視力を示す。「視力(右)」「視力(左)」は矯正不可能な裸眼視力または矯正視力のうちの最大の視力を、「視力」は左右の視力の最大の視力を表し、被験者の視力とした。 2.4角度読み上げまでの時間  開始の合図から角度計の角度を認識し、数値の読み上げが完了するまでの時間をストップウォッチにて秒単位で計測した。 2.5.角度計から眼球までの距離  角度読み上げ終了時に角度計から眼球までの距離を巻尺にて計測した。角度計の目盛り面または数値表示面より角膜前端までの距離をcm単位で計測した。 2.6.設定角度  4種類の角度計は予め一定の角度に固定し、各被験者は同じ角度の読み取りを行った。設定角度は①金属角度計が47度、②プラスチック角度計が23度、③LED角度計が57度、④液晶角度計が27度である。①金属角度計は47度、または45度を正解とした。②プラスチック角度計は目盛りが5度単位なので25度を正解とした。 2.7.角度計の読み取り順序  角度の読み取りを実行する角度計のⅡ頂序は、施行の慣れを均一化するため、被験者1が①②③④の順で読み取りを行い、被験者2は②③④①の11頂に、以下同様に順序を変えて行った。読み取り回数は各々の角度計に対し1回行った。 図1角度計4種類 表1被験者の視力 図2視力と時間 表2視力と読み取り時間の基本統計量 3.結果と考察  以下に計測した結果を基に考察を示す。 3.1.視力と読み取り時間  図2に4種類の角度計における視力と読み取り時間の関係を表したグラフを示す。視力1.5の被験者では、どの角度計に対しても、2~3秒で読み取ってしまう。しかし視力0.05でも10秒以内にすべての角度計において読み取ることができる被験者もいる。  また金属角度計の読み取りに時間がかかる被験者が多くいる。時間が48秒程度かかり、他の角度計の2倍以上の時間が必要な被験者もいることから、金属の角度計は角度の読み取りに困難があると考えられる。  金属角度計以外の角度計は、多くのの被験者が20秒以内に読み取っている。また、デジタル表示の角度計では多くの被験者が5秒以内に読み取っている。そして、LED角度計と液晶角度計の比較では僅かではあるがLED角度計のほうが早く読み取っている。読み取り時間の平均は金属角度計が17.1秒、プラスチック角度計が10.6秒、LED角度計が24秒、液晶角度計が3.9秒である。従って読み取り速度が早い角度計の順位としては、LED角度計、液晶角度計、プラスチック角度計、金属角度計のⅡ頂である。  一般に視力が高い方が読み取り時間が短いことが予想され、負の相関が認められるのではないかと考える。しかし計測結果(表2)の相関係数によると、金属角度計、LED角度計、液晶角度計は負の相関を示すが、相関異数の数値が低く、金属角度計、LED角度計、プラスチック角度計において視力と読み取り時間の問にはほとんど相関が認められず、液晶角度計において視力と角度の読み取り時間の問にやや相関が認められる程度である。  視力と読み取り時間の基本統計量(表2)を見ると、最小値は各角度計において数値に大きな差はないが、最大値は大きく異なっている。すなわち各角度計において、読み取り時間のばらつきが大きく異なる。標準偏差は金属角度計12.5、プラスチック角度計6.5、LED角度計2.3、液晶角度計2.0で金属角度計、プラスチック角度計のばらつきが大きい。また、LED角度計、液晶角度計のデジタル角度計ではばらつきが2秒程度と小さい。データのばらつきが小さいというのは、どのような視覚障害の状態でも比較的安定した時間で読み取ることが可能なことを意味し、逆にばらつきが大きいことは、ある特定の視機能の障害では容易に読み取りができ、またある特定の視機能の障害では読み取りに困難をきたすということではないかと推察する。そして、視力と読み取り時間に相関がないことから、このばらつきを生じさせる視機能は視力だけでは説明できないと考えられる。 3.2.視力と角度計から眼球までの距離  図3に4種類の角度計における視力と角度計から眼球までの距離を表したグラフを示す。最長が約61cmなのは、角度計を手で持っているため、腕の長さ以上になることはないためである。  LED角度計に関しては、視力の低い被験者においても距離が長く、遠くからでも数値を確認できることが分かる。 視力0.04を含むほとんどの被験者が約30cm以上離れて数値を確認している。遠くからでも確認できる角度計の順位は、LED角度計、液晶角度計、プラスチック角度計、金属角度計であるが、液晶角度計とプラスチック角度計との距離の差が少ない。  一般に視力が高いほど角度計から眼球までの距離は長いと考えられる。各角度計における視力と角度計から眼球までの距離との相関係数(表3)を見ると。金属角度計およびプラスチック角度計においては、著しい相関があり、液晶角度計においては強い相関がある。また、LED角度計に関しては、かなりの相関を認める。  これらのことより相関係数が高いほど、読み取りの困難度が高いと推察される。  次に時間と距離それぞれにおいて、金属角度計、プラスチック角度計、LED角度計、液晶の角度計を水準とし、水準間に有意差があるのか、一元配置の分散分析を行った.その結果、時間と距離それぞれにおいて、有意水準5%で金属角度計、プラスチック角度計、LED角度計、液晶の角度計の各水準間に有意差があることが分かった。  そこで、時間における全ての組み合わせについての母平均の差の検定を行ったのが表4である。金属角度計とプラスチック角度計、LED角度計と液晶角度計の問には有意差がない。しかしアナログの金属角度計やプラスチック角度計とデジタルのLED角度計、液晶角度計の問にはp<001で有意差を認めた。このことは、アナログの角度計と、デジタルでは、明らかに読み取り時間が異なることを意味する。  データがノンパラメトリックとも考えられるので、マン・ホイットニー検定を行ったのが表5である。それによると、LED角度計と液晶角度計の問にもp<0.01で優位さがあることが分かった。  距離での平均値の差の検定を行ったのが表6である。距離においても金属角度計とプラスチック角度計との間には有意差がない。また、プラスチック角度計と液晶角度計の間にも有意差が認められない。その他の組み合わせについては、p<001で有意差がある。距離におけるマン・ホイットニー検定(表7)も同様の結果である。 図3視力と距離 表3視力と距離の統計量 表4時間における平均値の差の検定 表5時間におけるマン・ホイットニー検定 4.おわりに  今回、4種類の角度家の読み取り時間と、そのときの角度計から眼球までの距離から、角度読み取りの困難さ、雰易さを検討する指標を検討した。読み取り時間は視力とは相関がないが、読み取り時間のばらつきが困難さ、容易さを表すことが示唆された。また、角度計と眼球とのf匝離は視力と相関があり、指標の候補の一つと考えられる。  今回、視機能として視力のみを考慮した、しかしその他の視野、色覚など多くの項目がある。角度計の読み取りの困難さは、これら多くの視機能が複雑に絡み合っていると考えられ、今後多くのパラメータを設定し、検討する必要がある。 表6距離での平均値の差の検定 表7距離でのマン・ホイットニー検定 引用文献 [1]川合 秀雄、須田 勝他:関節可動域測定の視覚障害技術支援筑波技術短期大学テクノレポート9(2);49-52,2002 [2]川合 秀雄:理学療法評価における関節可動域測定時の視覚障害技術支援機器の開発-デジタル表示関節角度計市販化モデルの製作筑波技術短期大学テクノレポート10(2);57-60,2003 A Study on Reading ofNumerical Values of a Scale KAWAI Hideo Course ofPhysical Therapy, Department of Health, Tsukuba University ofTechnology Abstract: Range OfMotion-Test is one ofthe most important evaluations for physical therapy. Students who have impairment in vision find it difficult to read a fine scale. It is impossible to evaluate the difficulty. I measured the reading time of angle scale and distance from scale to eyes for the purpose of I realizing the difficulty, easiness, and searching for a index to evaluate. There are four scales to read by visually impaired students. Eyesight and reading time do not have a correlation. However, unevenness of time may become an index. Eyesight and distance from scale to eyes have a strong correlation. Key Words: Range ofMotion Test, Visual Impairment, Technical Aids, Eyesight, Reading time