筑波技術大学と地域の聴覚障害者団体との連携 筑波技術大学客員研究員(茨城県聴覚障害者協会会長)1) 独立行政法人産業技術総合研究所2) 筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター3) 末森 明夫1, 2) 根本 匡文3) 要旨:筑波技術大学では、大学の性格及び立地条件から茨城県の聴覚障害者団体との連携のあり方が検討されてきた。本稿は、交流活動、教育支援活動、啓発活動に焦点をあて、これまでの連携活動を整理した上で考察を加え、将来像に関する提言を行おうとするものである。 キーワード:地域の聴覚障害者団体,連携,交流活動,教育支援活動,啓発活動 1.はじめに  筑波技術大学は1987年に聴覚障害者及び視覚障害者のみを受け入れる筑波技術短期大学(国立短期大学)として設立され、2005年度に4年制大学に昇格した。筑波技術大学産業技術学部及び障害者高等教育研究支援センターは茨城県つくば市天久保キャンパスに位置しており、大学の性格及び立地条件から茨城県の聴覚障害者団体との連携が検討されてきた。本稿では、本学の設立以降現在に至るまでの茨城県の聴覚障害者団体との連携活動を整理して考察を加え、両者の連携に関する将来像について提言を行うこととする。 2.筑波技術短期大学と地域の聴覚障害者団体との共同活動の経緯 2.1 交流活動  筑波技術短期大学(以下短大と略)が設立されたとき、社団法人茨城県聴覚障害者協会(以下茨聴協と略)及びつくば市聴覚障害者協会(以下つくば市聴協と略)は短大に大きな期待を寄せていた。そのことはつくば市聴覚障害者協会が設立されたときに刊行された記念冊子に記載された当時のつくば市聴協会長の文からも伺える。一方短大の学生たちの方も一部の積極的な学生がつくば市聴協との交流を図るなどの動きが見られた。このような動きの下、2001年頃までは短大の学生10数人がつくば市聴協の会員に入り、つくば市聴協の企画に参加する状況が見られた。  しかし2002年ごろからはろう者体育大会の参加資格に関する問題の影響等もあり、つくば市聴協が短大学生の入会を煙たがる傾向が見られるようになった。そのこともありつくば市聴協に入会する短大学生は毎年1人程度という状況になった。更に2004年にはつくば市聴協が加盟している茨聴協の機構改革が実施され、茨聴協に入会した短大の学生有志グループは茨聴協傘下の各支部(県央、県北、鹿行、県西、県南)のいずれにも属さないことになり、短大学生と地域の聴覚障害者団体の疎遠ぶりに拍車がかかることになった(つくば市聴協は県南支部に所属している)。2006年現在、本学及び短大の学生が地域の聴覚障害者団体の福祉・文化系の企画に参加する状況はほとんど見られない。  一方、短大のスポーツ系クラブ活動と茨聴協傘下の体育部の合同練習は不定期ながらも継続して行われており、2006年度も本学の野球クラブを加えた茨城県聴覚障害者野球大会が行われた。 2.2 教育支援活動  つくば市には竹園東小学校及び竹園東中学校に難聴学級がある。竹園東小学校では筑波大学や短大の聴覚障害学生が支援員として1週間に1回学校を訪問し、聴覚障害児の指導を行う試みを続けてきた。  また竹園東小学校及び竹園東中学校の難聴学級の課外活動の一環として、月に1回「手話で遊ぼう会」を実施し、筑波大学や本学の聴覚障害学生たちが聴覚障害生徒たちと交流する機会を設けてきた。 2.3 啓発活動等  つくば市では手話奉仕員養成講座に相当する手話講習会が行われており、短大が設立されてから数年間は短大の教員が手話講習会の助手を務める例も見受けられた(つくば市手話講習会では講師はろう者が務めることになっている)。また短大が設立された当初は、短大の教員が手話の学習のために、つくば市手代木手話サークルに積極的に顔を出す例も結構見られた。しかし、つくば市手話講習会が聴者(聞こえる人)を助手に据える方式をやめ、ろう者のみで指導を行う体制をとるようになってからは短大の教員とつくば市手話講習会の関わりも消えてしまい現在に至っている。  一方2003年頃から茨聴協主催の手話通訳者養成講座つくば会場が短大で開かれるようになった。手話通訳者養成講座つくば会場を短大で開く動きと平行して、本学の学術・社会貢献推進委員会と茨聴協との連携に関する話し合いがもたれるようになり、2004年度には両者の覚書が締結された。 3.筑波技術短期大学と地域の聴覚障害者団体による従来の共同活動に関する考察 3.1 交流活動  短大が設立された当初はそれなりに盛んだった短大学生と地域の聴覚障害者の交流がなぜ急速にしぼんでしまい、現在は全くといってよいほど交流が行われていないのだろうか?  短大学生にすれば聴覚障害者との交流は普段のクラスメイトとの交流のみでもほとんど十分であり、ことさら本学の外へ出て地域の聴覚障害者と交流する利点をほとんど感じることができないという方が自然であろう。また短大学生が全国各地の聾学校高等部卒業生や普通校卒業生で占められている以上、短大の学生側から地域の聴覚障害者団体に積極的に交流活動を働きかけることは期待できない。  したがって短大学生と地域の聴覚障害者団体、特に同世代の聴覚障害者たちとの交流が継続的に図られるためには、地域の聴覚障害者団体側からの積極的な働きかけがなされる必要があった。実は茨聴協に入会する短大学生は毎年40~80人の範囲で一定しているが、そのほとんどは関東ろう者体育大会や全国ろうあ者体育大会に参加するために(しかたがなく)茨聴協に入会したものである(関東ろう者大会や全国ろうあ者大会に参加するためには、茨聴協が加盟している関東聾連盟もしくは(財)全日本ろうあ連盟の会員であることが条件になっている)。それにも関わらず茨聴協や地域の聴覚障害者団体は積極的に短大学生との交流を図ろうとするどころか、むしろ短大学生と地域の聴覚障害者団体の組織的な分離をはかるという動きを見せた。これでは短大や本学の学生と地域の聴覚障害者団体会員の福祉・文化の分野での交流が萎えるのは自然な成り行きであるといわざるを得ない。  なぜ茨聴協やつくば市聴協はこうした動きを見せたのであろうか?その背景にあるのは「短大の学生は3年で短大を卒業した後は茨城県に残る人はほとんどいない」という諦観にも似た思いである。しかし本学の卒業生のうち、かなりの割合の人が卒業後も茨城県内に留まるような状況は今後も考えにくい。したがって「筑波技術大の学生はどうせ4年で卒業して他の都県にいくだけだから交流活動はあまり意味がない」というような地域の聴覚障害者団体の見方は、本学の学生の地域との関わりにおける根本的な問題をはらんでいる。この問題を「しかたがない」の一言でかたづけるか、あるいはそのような問題が根本にあることを理解した上で継続的な交流活動を図っていくかは今後の課題であろう。 3.2 教育支援活動  竹園東小及び竹園東中学校における教育支援活動(聴覚障害生徒に対する個人指導、聴覚障害生徒たちの交流活動の支援)に短大学生が関わってきたことは評価できる。しかし教育支援活動に関わってきた短大学生たちの評判は共に活動してきた筑波大学の聴覚障害学生たちに比べると決して芳しいものではない。  教育支援活動では組織的な取組み以上に、学生個人の資質が問われる傾向がある。具体的には、聾学校高等部出身の(特に地域校に通学した経験がない)学生は地域校に通学している聴覚障害生徒の抱える問題に共感を持ちにくいため、指導の対象となる聴覚障害生徒と心を通わせにくいという課題が指摘されている。一方、ろう学校の経験がほとんどないまま短大に入学した学生はコミュニケーション能力・社会能力に課題がある場合が少なくなく、これまた聴覚障害生徒の指導が十分に行えないことも少なくない。このような課題は対症療法的な取組みで解決できるものではないだけに、本学に入学してくる学生に対する指導に加えて、どのような学生を選抜するかというような本学の存在意義に関わる課題の検討も望まれるのではないだろうか。 3.3 啓発活動等  かつては短大の教員が地域の聴覚障害者たちのために何かをしてくれるのではないかという大きな期待が、地域の聴覚障害者団体の中にはあった。しかしそのような期待は短大が設立されて5年ほどたつと急速にしぼんでいった。それと共に聴覚障害者団体の間では「短大の教員たちはあまり手話ができない人が多い」というような噂が流れるようになった。「あまり手話のできない教員が多い」という噂が聴覚障害者団体の間で流れるようになったため、中途失聴難聴者はともかくろう者たちが短大には多くのことは期待できないと思うようになったことは疑い得ない。  もちろん短大や本学の教員にも言い分はいくらでもあろう。とりわけ教員は学生の指導や研究に多大な時間をとられ地域との交流はしたくてもできないという実情もある。しかし「手話のあまりできない教員が多い」というような話が地域の聴覚障害者団体の間で流れるような事態は、やはり聴覚障害学生のみを受け入れる本学(産業技術学部)としては看過すべきではない。  一方短大では地域の住民を対象にした手話講座を開いたことがある。このときのつくば市聴協会員の反応は「なぜつくば市聴協に相談もなく開くのか?」というものが大半であった。もちろん短大が手話講座を開くとき、いちいちつくば市聴協に伺いを立てなければならないいわれはない。しかしつくば市聴協が先ほど述べたような思いを抱いたのは、つくば市の住民を対象にした手話講座はつくば市聴協が中心になるべきという自負、そして「本当に短大が地域住民とつながっているのか?」という疑問が背景にあるからであろう。本学が地域住民を対象にした手話講座や聴覚障害に関する教養講座を開くときは、つくば市聴協や茨聴協との十分な事前協議が望まれる次第である。  先述の交流活動や教育支援活動とも関わる問題であるが、本学の地域聴覚障害者団体との連携を確かなものにしていくためには、何よりもまず地域の聴覚障害者団体に深い理解があるような本学の聴覚障害教職員を増やす必要がある。しかし従来の短大の聴覚障害教職員の地域聴覚障害者団体とのつながりは、必ずしもうまくいっているといえるようなものではなかった。短大の聴覚障害教員があまりにも少ないこと、そして聴覚障害教員が地域の聴覚障害者団体とのつながりをほとんど持たなかったという現実こそが、本学の地域の聴覚障害者団体との連携における課題の本質を端的に表している。 4.筑波技術大学と地域の聴覚障害者団体との連携に関する提言 4.1 交流活動  本学学生の勉学・クラブ活動に追われる普段の生活、また全国各地の聾学校高等部、地域高校の出身者が集まるという本学学生の特性から見ても、地域の聴覚障害者団体の企画への本学学生の参加は、こまめに企画の情報を流し参加を呼びかけていくといった地道な活動を気長に続けていく他はないようにも思われる。  一方茨聴協に入会している短大学生有志グループの茨聴協内部における組織的分離の遠因となった体育大会参加費納入事務は、2002年度からの数年間にわたる茨聴協の機構・事務改革によりトラブルもほとんど見られなくなった。 そのこともあり、2005年には短大野球クラブを交えた茨城県聴覚障害者大会が数年ぶりに復活した他、本学スポーツ系クラブと茨聴協傘下の各クラブの合同練習もときたま行われている。今後もこのようなスポーツ活動を通した本学学生と地域聴覚障害者団体会員との交流を大事に育んでいく必要があろう。 4.2 教育支援活動  本学は常時200人を越える聴覚障害学生を有するという全国でも稀に見る特性を備えている。この特性を地域の聴覚障害児教育にいかに反映させていくかはもっと真摯に検討されるべきである。具体的には(1)地域の聴覚障害児教育支援活動への本学学生の派遣(2)地域の聴覚障害児教育支援活動への本学教職員の派遣(3)地域の聴覚障害児教育支援活動における本学設備の提供が考えられる。  地域の聴覚障害児教育支援活動への本学学生の派遣に関しては既に竹園東小学校及び竹園東中学校の難聴学級関連の活動実績がある。しかしこのような活動実績も残念ながら茨城県の県南地域に留まっていることは否めない。茨城県の県南地域が首都圏に属するという事情を差し引いても、茨城県の県央・県北など県内の他の地域に対する働きかけは今後の大きな課題である。幸い平成19年3月には茨城県全域の聴覚障害児を対象にした「ろう児の集い」が企画されている。この企画を契機に水戸市を拠点市とする県央地域、日立市を拠点市とする県北地域、更には鹿行地域や県西地域でも定期的に聴覚障害児交流企画を設け、そこに本学学生がスタッフとして参加するシステムを構築していくことが望まれる。  一方本学教職員による全国各地のろう学校教職員に対する指導活動は、障害者高等教育研究支援センターが中心になって積極的に行われてきた。しかし茨城県に2校あるろう学校(水戸聾学校、霞ヶ浦聾学校)との連携はまだ模索の段階にあるといってよい。多忙を極める本学教員と茨城県内のろう学校教員・難聴学級担当教員の連携をいかに深めていくかについて、既に存在する茨城県聴覚障害児教育研究会を中心に議論・実践を重ねていくことが望まれる。  地域の聴覚障害児教育支援活動における本学設備の提供に関しては、既に実施されている茨城県手話通訳者養成講座つくば会場や「手話で遊ぼう会」が本学内で実施されていることもあり大きな支障はない。また本学はつくば駅からやや離れている上、つくば駅と本学(天久保キャンパス)を結ぶ公共交通機関が少ないという不利な状況があるものの、地域の聴覚障害者団体の企画に本学の設備をより多く提供するという方針は検討されてしかるべきであろう。 4.3 啓発活動  かつて本学の学長を務められた三浦氏は「将来は本学の教員の3分の1は聴覚障害者であるような状況にしたい」と述べられた。このような状況になれば本学と地域の聴覚障害者・聴覚障害者団体との連携は自然に進むはずである。手話があまりできない、聴覚障害児教育に対する経験や理解が十分でない教員が少なくない環境の下で、本学と地域の聴覚障害者団体との連携を模索していくという方が無理な相談なのである。限られた条件の下でできることを考える一方、聴覚障害者、特に聴覚障害者団体活動に深く関わってきた聴覚障害者を本学の教員に採用し、その数を増やしていけば、先述した様々な課題の一部は自然に解決されることであろう。  地域の聴覚障害者団体活動の活動経験を持つ教員を採用することによって、筑波技術大学はろう者の世界でも評価が高まり、その存在意義も大きくなっていくはずである。 5.まとめ  「全入時代」「大学倒産」時代を迎え、本学がユニバーシティアイデンティティ(大学の存在意義)をいかに構築するかは極めて重要な課題である。それは、本学の存在意義は決して「あらゆるコミュニケーション手段を用いる」とか「幼稚な考えに凝り固まることなく多様な人格を包括する」というような耳辺りのいい言葉でちりばめられたものではない。そのようなものは従来の障害児教育に関わってきた他の大学でも謳うことができる。常時200人を越える聴覚障害学生を有するという全国でも稀に見る特性を反映させた本学の存在意義をどこに見出すべきなのかという課題は、実はろう者・聴覚障害者の世界における本学の評価をいかに高めていくかという視点と密接に関わっている。  本学はともすれば聞こえる世界(一般社会といわれることも多い)での評価を第一義とし、ろう者・聴覚障害者(特にろう者)の世界での評価は重視しない傾向がある。しかし本学教員はろう者・聴覚障害者の世界においても本学が高く評価され、積極的な支援活動を受けるようなことがなければ、一般社会での評価を高めていくことは難しいであろうということを自覚すべきである。  また、十分な支援のなかった聴覚口話法、あるいは放任されたインテグレーションの弊害をもろに受け、不十分なコミュニケーション能力及び学力しか持ち合わせていない本学学生の資質への対応を迫られている本学教員の指導技術を改善していくためにも、本学と地域の聴覚障害者団体との連携を模索する動きは、本学内においてより重要な位置づけが図られるべきであろう。地域の聴覚障害者団体及び地域住民との共同活動を通して、本学の教員及び学生たちがろう・聴覚障害者の世界におけるコミュニケーション技能の重要性、ろう・聴覚障害者の思考などへの理解を図ることにより、本学の講義の改善が図られるならば、それがろう・聴覚障害者の世界における本学の評価の向上につながる可能性もある。  筑波技術大学と地域の聴覚障害者団体との連携を模索することは、ろう者・聴覚障害者の世界における本学の評価を高めていくことにつながり、それこそが本学の存在意義の一面を形成するのではないだろうか。 付記  本稿は平成18年度障害者高等教育研究支援センター長裁量経費による研究「地域の聴覚障害者団体との連携による教育研究活動のあり方に関する調査研究」の成果の一部をまとめたものである。 Cooperative Activities between Tsukuba University of Technology and Regional Deaf Association SUEMORI Akio1, 2) NEMOTO Masafumi3) 1) Visiting Researcher, Tsukuba University of Technology (President of Ibaraki Deaf Association) 2) National Institute of Advanced Industrial Science and Technology 3) Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: We, Tsukuba University of Technology, have examined cooperative activities with regional deaf association on basis of the university character and local condition. In this paper, we present new schemes in regard to future cooperative activities based on the analysis from the viewpoint of cultural exchange, educational support and enlightening activities with/for deaf people. Keywords: regional deaf association, cooperation, exchange activity, educational support activity, enlightening activity.