社会人視覚障害者におけるスポーツ活動の現状について 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 香田 泰子 天野 和彦 要旨:社会人視覚障害者のスポーツ活動の現状を明らかにするために、1) 本学卒業生を対象にした現在のスポーツ活動状況の調査、2) サークル等に所属して日常的にスポーツ活動を行っている社会人視覚障害者の活動状況の調査を実施した。その結果、本学卒業生においては、現在何らかのスポーツや運動を行っているのは28%で晴眼者よりも低いレベルであった。また、サークル等に所属して日常的にスポーツ活動を実施している視覚障害者においては、居住地域での活動が困難であったり、活動場所や活動をサポートしてくれる仲間の不足が課題として明らかとなり、様々な対策や支援の必要性が示唆された。 キーワード:スポーツ活動,社会人視覚障害者,実態調査 1.はじめに  近年、年令、体力レベル、目的等を問わず、国民全てが健康で活力ある生活を送るために生涯スポーツが提唱されており、国は地域スポーツ活動の発展を通した生涯スポーツ社会の実現を目指している。文部科学省は2000年にスポーツ振興基本計画を策定し、生涯スポーツ社会の実現のため、できるだけ早期に、成人の週1回以上のスポーツ実施率が50%となることを目指すとしている[1]。  障害者、特に行動範囲に制約を受けやすい視覚障害者においては、障害の特性上一般社会においてスポーツ活動の実施にかなりの困難を伴う可能性があると考えられる。しかし社会人視覚障害者のスポーツ活動についての実態はほとんど明らかになっていない。  そこで本研究では、1)筑波技術短期大学視覚部の卒業生を対象に、現在のスポーツ活動状況を調査する、2)サークル等に加入し日常的にスポーツ活動を行っている社会人視覚障害者における活動の状況についての調査を行う。その結果から、社会人視覚障害者におけるスポーツ活動の現状を明らかにして、活動するために整備するべき各種条件を探ることを目的とした。 2.卒業生を対象にした調査 2.1 調査方法  筑波技術短期大学視覚部を平成6年から15年に卒業した卒業生の中から105名を対象に、面接、郵送や電子メールを用いて、現在のスポーツ活動についての調査を行った。 調査内容は以下の通りである。 ①個人のプロフィール(年令、性別、職業等) ②卒業後のスポーツ・身体活動の有無 →「あり」と回答した者には、その活動状況(活動内容、頻度、活動にかかる経費等) →「無し」と回答した者にはその理由 ③全員を対象に、スポーツを身近に行えるための考えや要望等について自由記述  なお、調査に際しては個人のプライバシーに配慮し、特に個人のプロフィールに関しては差し支えない範囲で回答を求めた。 2.2 調査結果  対象者の45%から回答が得られた。質問と回答は以下の通りである。 Q1.卒業後、現在または過去に、定期的にスポーツや運動を行っていますか。スポーツや運動にはストレッチ等の自宅でできる軽運動も含みます。 回答:はい:13名・28% いいえ:34名・72% 「はい」と答えた者について  個人のプロフィールに関する回答をもとに可能な範囲で検討すると、障害の程度別では弱視者のほうが全盲者よりも運動実施率が少し高かった。性別でみると実施率にほとんど違いがなかった。また、中・高・短大等の学生時代に課外の運動部活動に参加していた者においては、卒業後のスポーツの実施率が高い傾向があった。 Q2.Q1で「はい」と答えた人は、活動の具体的な状況を記入して下さい。 回答:<活動内容>(複数回答を含む) ・個人的に自宅や近くでランニング、ウォーキングやストレッチング:29% ・民間のスポーツクラブでの運動:29% ・勤務先(教育機関)の施設での運動:18% ・公共体育施設での運動:12% ・地元の盲学校での運動:12% このうち、視覚障害者スポーツ種目のサークルでの活動は16.7%であった。  性別でみると、男性が主にスポーツクラブやサークルで活動を行っている者が多い傾向にあるのに対し、女性は自宅等でストレッチングやウォーキング等の軽い運動を行っている者が多く、本学在学中に体育授業で学習したストレッチなどの軽運動を継続し、健康管理に役立てているという記述がみられた。 <活動の頻度> ・週に4回以上:37% ・週に2~3回:31% ・週に1回以下:32% 自宅や勤務先の体育施設で活動している者において、頻度が高かった。 <活動にかかる経費> 最低0円、最大で月に約2万円であった。 Q3.Q1で「いいえ」と回答した人はその理由を記入して下さい。 回答:スポーツ活動を行っていない理由は、 ・時間が無い:35% ・運動が苦手、嫌い:35% ・スポーツクラブの費用が高い:20% ・近くに施設が無い、施設までのアクセスが悪い:10%であった。 Q4.全員にお伺いします。スポーツを身近に行えるための考えや要望等について、自由に記述して下さい。 回答:  自由記述をまとめると、現在のスポーツ活動の有無に関わらず以下のように施設に関する記述が最も多かった。 ・施設について  近くにスポーツ施設がない。あっても施設までのアクセスが良くない。視覚障害者は自家用車での移動ができないため、不便な施設が多い。民間の施設は利用料が高い。早朝や深夜などにも使いたい。見やすい、わかりやすい等、視覚障害者にとって使いやすい施設が少ない。施設に利用を申し込んだが、障害者を受け入れてくれない。視覚障害を理由に利用を拒否された。 ・その他  活動の情報ネットワークの整備をしてほしい。地域スポーツ活動の整備が必要だ。 3.現在スポーツ活動を実施している社会人視覚障害者を対象にした調査 3.1 調査方法  現在、サークルや同好会に所属し定期的にスポーツ活動や試合出場を行っている社会人視覚障害者を対象とした。 対象者が行っていた種目は、ランニング、柔道、視覚障害者サッカー、フロアバレーボールであった。  調査方法は、スポーツ活動の現状について面談にて調査を実施した。調査内容は、①活動の目的、②活動場所とそこへのアクセス方法やアクセスにかかる時間、③活動の頻度や1回の実施時間、④活動を行う上での困難点や課題、等についてであった。 3.2 調査結果  以下に、種目別に記す。 1)ランニング <対象>T視覚障害者ランニングクラブに所属し、定期的な活動を行っている20名 男性12名・女性8名、全盲14名・弱視6名、年齢29~73歳・平均49.3±14.9歳、伴走者の要・不要は、必要・17名、不要・3名 < 調査結果> ①活動目的 ほとんどの選手が、健康の維持・増進や仲間との交流をあげていた。 ②-1 活動場所 所属クラブの定期的な活動場所で行っている者:13名 所属クラブの活動場所および居住地域で活動している者:7名 ②-2 活動場所へのアクセス 公共交通機関や徒歩により、平均60.1±29.8分 ③-1 活動の頻度 1ヶ月平均:10.5±8.7(1~30)回 ③-2 1回の活動時間 105.1±40.0(30~180)分 ④活動で感じる困難点や課題等(複数回答) ・身近に伴走者がいない(7名) ・活動できる場所が少ない(6名) ・活動場所へのアクセスに困難がある(4名) ・指導者の不足、活動仲間の不足、社会への啓発が必要、活動経費が高い(各1名) 2)柔道 <対象> パラリンピックでのメダリストを含む国際大会に出場経験のある6名 男性5名・女性1名、全盲3名・弱視3名、年齢25~43歳・平均31.0±6.7歳 <調査結果> ①活動目的 ほとんどの選手が、競技力の向上をあげていた。 ②-1 活動場所 各選手が所属している道場 所属道場が1ヶ所:2名、2ヶ所:4名 ②-2 活動場所へのアクセス 公共交通機関やタクシーにより、平均54.2±31.4分 ③-1 活動の頻度 1ヶ月平均10.2±4.4(2~15)回 ③-2 1回の活動時間 108.0±16.4(90~120)分 ④活動で感じる困難点や課題等(複数回答) ・練習相手がいない(3名) ・活動しやすい練習場所がない(3名) 3)視覚障害者サッカー <対象> 視覚障害者サッカーチームに所属し、定期的な活動を行っている男性14名 全盲10名・弱視4名、年齢26~43歳・平均30.6±6.8歳 <調査結果> ①活動目的 ほとんどの選手が、競技力の向上や仲間との交流をあげていた。 ②-1 活動場所 各チームの活動拠点となる障害者用体育施設や学校等のグランド ②-2 活動場所へのアクセス 公共交通機関により、平均61.3±24.2分 ③-1 活動の頻度 1ヶ月平均4.3±2.6(1~10)回 ③-2 1回の活動時間 179.0±8.9(150~195)分 ④活動で感じる困難点や課題等(複数回答) ・活動仲間がいない(7名) ・活動をサポートしてくれる人が少ない(4名) ・受け入れてくれる活動場所や設備(サイドフェンスなど)が少ない(4名) ・社会の理解が少ない(4名) ・指導者がいない(2名) 4)フロアバレーボール <対象> フロアバレーボールチームに所属し、定期的な活動を行っている15名 男性5名・女性10名、全盲6名・弱視9名、年齢24~56歳・平均41.2±12.1歳 <調査結果> ①活動目的 ほとんどの選手が、競技力の向上や仲間との交流をあげていた。 ②-1 活動場所 各チームの活動拠点となる障害者用体育施設や盲学校等の体育館 ②-2 活動場所へのアクセス 公共交通機関やタクシーにより、74.5±56.2分 ③-1 活動の頻度 1ヶ月平均2.6±0.7(2~4)回 ③-2 1回の活動時間 177.0±9.5(150~180)分 ④活動で感じる困難点や課題等(複数回答) ・活動仲間、特に若いメンバーがいない(8名) ・身近に活動できる場所がない(5名) ・活動経費(交通費を含む)が高い(4名) ・活動をサポートしてくれる人が少ない(3名) 4.考察  本研究では社会人視覚障害者のスポーツ活動の現状を明らかにするために、まず、本学卒業生を対象に実態調査をおこなった。その結果、日常生活で定期的なスポーツ活動を行っているのは28%であり、晴眼者の割合[1][2](週に1回以上のスポーツ実施率が35%)よりも低い結果であった。視覚障害者が卒業後社会に出てからスポーツを実施するのは難しいことが示唆された。  スポーツ実施者の活動内容をみると、自宅等で身近にできるストレッチ、ウォーキングなどを行っている者や、勤務先のスポーツ施設を利用できる者など、1人でできる活動や、環境的に活動しやすい状況にある者においてスポーツ・身体活動が良く行われていた。自由記述においても、施設が無いことや、あっても利用しにくいという意見が多かった。したがって、晴眼者よりも移動に困難がある視覚障害者が気軽にスポーツを実施し、スポーツ人口が増加するには、生活の身近な場所に使いやすい施設があることが望ましいと考えられた。また、活動をするには晴眼者以上に強い意識をもたないと活動しにくいことが示唆された。  障害者のスポーツ振興については、スポーツ指導者の養成、関連組織の充実、施設の整備等が提言されている[3][4][5]が、視覚障害者においては、特に施設の整備が大きな課題になると考えられた。そのために、現在全国的に展開されつつある総合型地域スポーツクラブが各地域に早急に設置され、そこに居住している視覚障害者が受け入れられ活動していけるような社会の実現が望まれる。  また、学生時代に運動経験が豊かな者のほうが卒業後も活動している傾向がみられることからも、在学中の授業等を通して、スポーツや身体活動の楽しさや重要性を実践的に理解できるような指導が必要であると考えられた。さらに、在学中から卒業後のスポーツ活動の実態についても指導して、必要な情報提供を行っていくことも重要と考えられた。  次に、定期的にスポーツ活動を実施している視覚障害者の活動状況についての調査を行った。その結果、種目に関わらず、活動する上での課題は多いと考えられた。例えば比較的居住地域で活動しやすいと考えられる個人種目(ランニングや柔道)においても、身近な地域での活動が難しい状況にあった。いずれの種目においても、活動場所へのアクセスには公共交通機関等を用いて約1時間かかっており、身近な場所で活動している者は少なかった。  また球技種目では活動の頻度も週に1回かそれ以下というレベルであった。さらに球技種目では活動場所の確保だけでなく、晴眼者も含む活動仲間の獲得が難しいといった現状が明らかになった。  したがって、視覚障害者のサークル等での活動をさらに発展させるためには、身近な活動場所の確保とともに、晴眼者も含めた活動仲間の確保が課題であり、そのためにも社会への啓発・情報の発信など、様々な面から、各種目に応じた更なる支援体制を充実していくことが必要と考えられた。 5.まとめ  本研究では社会人視覚障害者のスポーツ活動の現状を調査した。まず本学の卒業生を対象に調査した結果、卒業後社会に出てから何らかのスポーツや身体活動を実施しているのは28%と晴眼者よりも低いレベルにあった。身近に使いやすい施設がないことが活動レベルの低さの原因と考えられた。  また、現在サークル等に所属して定期的に何らかのスポーツを実施している社会人視覚障害者を対象に調査した結果をみると、居住地域での活動が困難であったり、活動場所や、活動をサポートしてくれる晴眼者も含む活動仲間が不足している現状が明らかとなった。  以上のことから、今後社会人視覚障害者のスポーツ活動の振興を図るためには、様々な対策や支援が必要であると考えられた。 6.付記  本研究は平成17年度筑波技術短期大学教育研究等高度化推進事業・競争的教育研究プロジェクト事業によるものである。 参考文献 [1] 文部科学省:スポーツ振興基本計画,2000(2006年一部改定). [2] SSF笹川スポーツ財団:スポーツ白書,第1版,富士本和延編,SSF笹川スポーツ財団,東京,2001. [3] 厚生省:障害者スポーツに関する懇談会報告,1998. [4] 武隈晃:障害者スポーツとこれからのスポーツ振興の在り方,スポーツと健康,32(1):30-37,2000. [5] 藤田紀昭:障害者と地域スポーツ~地域スポーツ振興と統合をめぐって~,体育の科学,250(3):213-217,2000. Actual Condition of Sports and Physical Activities in the Working Visually-impaired People KOHDA Yasuko and AMANO Kazuhiko Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired Tsukuba University of Technology Abstract: To clarify the actual condition of sports and physical activities in working visually-impaired people, we conducted two surveys; 1) How much the visually-impaired graduates from Tsukuba College of Technology practice sports or physical activity regularly, 2) How the working visually-impaired, who belong to the sports circles such as running, judo, blind football, do sports in their daily lives. Only twenty eight percent of the visually-impaired graduates from TCT practice sports or physical activity regularly and it is a lower percentage than that of sighted people. Working visually-impaired people who do sports regularly experience various situations, e.g., the lack of convenient sport facilities near by, insufficiency of the members, both visually-impaired and sighted, who do sports together, and so on. It is suggested that there are many issues to be solved to promote sports activities for the working visually-impaired people in our country. Keywords: Sports and physical activities, Working visually-impaired, Actual condition investigation