茨城県におけるスモン患者検診時の鍼, あんま・マッサージ施術の試み 筑波技術大学保健科学部保健学科鍼灸学専攻1) 同保健科学部附属東西医学統合医療センター2) 木村 友昭1) 大越 教夫1) 中野 智子2) 岩間 かおる2) 古川 聡子2) 要旨:茨城県在住のスモン患者の在宅検診時において、希望者に対する鍼、あんま・マッサージ施術を試みた。実施後のアンケート結果では、鍼施術体験者の100%(4人中4人)、あんま・マッサージ施術体験者の83%(6人中5人)が施術を受けて良かったと回答し、継続的な施術を希望していた。体験的施術の実施は、スモン患者の検診へのモチベーション維持、鍼灸、あんまマッサージの利用機会の拡大に有用であると考えられた。 キーワード:スモン,検診,鍼灸,あんま・マッサージ 1.はじめに  スモン(SMON, subacute myelo-optico-neuropathy)は、腹部症状(腹痛・下痢など)に続いて下肢(ことに遠位部)の感覚障害、運動障害をきたし、重症例では視力障害もみられる神経疾患である[1]。1960年代に多発し、原因となった整腸剤キノホルムの販売が中止された1970 年以降は新規発症は無くなったといわれているが、その間の発病者は全国で12,000人以上と推定されている[1]。厚生労働省(厚生省)は、1960年代よりスモンに対する研究グループ(以下スモン研究班)を設置し、スモンの病態や治療法に関する研究を推進すると共に、スモン患者に対する定期検診を実施してその現状を把握している。  スモン研究班の平成17年度の報告書[2]によると、検診受診者944名の大部分が感覚障害を有しており、50%以上が独立歩行不可能で、10%弱が高度視覚障害をもつなど、深刻な後遺症が現在も続いていることが伺える。また、今後は患者の高齢化に伴う合併症等もあいまって、スモン患者へのケアは更に困難になるものと指摘されている。  スモン後遺症への対症的治療としては、ノイロトロピン等の薬剤、機能訓練に加え、鍼灸、マッサージ等の物理療法が試みられている[3]。このうち、鍼治療については、スモン研究班発足初期より有効性の検討が行われており、主として冷感や疼痛などに代表される感覚異常に対する治療法として効果が期待できることが報告された[4]。それをうけて、1978年よりスモン患者に対する鍼灸治療費の公的負担が実施されるようになった経緯がある[5]。  今回、我々は医師・鍼灸師・あんまマッサージ指圧師によるチームを編成し、スモン研究班のプロジェクトの一環として行われている茨城県在住のスモン患者の在宅検診時において、希望者に対する鍼治療およびあんまマッサージ施術を試みたのでその概要を報告する。 2.実施方法 2.1 実施体制  実施に先立ち、筑波技術大学保健科学部保健学科の教員2名と同東西医学統合医療センター研修生3名の計5名(医師1名、鍼灸師2名、あんまマッサージ指圧師2名)でチームを編成した。 2.2 実施日  平成18年10月29日(日曜日) 2.3 実施対象  スモン研究班の定期検診に参加している茨城県在住の患者のうち、今回の鍼灸・あんまマッサージ施術体験の趣旨を理解し、希望した者計6名を対象とした。なお、鍼施術とあんまマッサージ施術の希望は別個に確認した。 2.4 実施場所  対象患者全員との事前打ち合わせの結果、龍ヶ崎市とひたちなか市の患者宅2箇所を決定し、実施日に集合してもらうこととした。 2.5 施術  検診終了後、希望者から主訴を聴取し、順次施術を行った。鍼灸治療、あんまマッサージ治療ともに20分を目安とし、施術手技もドーゼ過多とならないように配慮した。 2.6 実施後アンケート  鍼灸・あんまマッサージ施術を受けた患者に対し、後日郵送にてアンケート用紙を配布し、回答していただいた。 アンケートは、 1)これまで鍼灸治療を受けたことはありましたか。 (はい・いいえ) 2)今回鍼治療を受けてみて、どのように感じましたか。 (よかった・どちらともいえない・よくなかった) 3)今後も鍼治療を続けたほうが良いと思いますか。 (続けてほしい・どちらともいえない・必要ない) 4)これまであんま・マッサーシを受けたことはありましたか。 (はい・いいえ) 5)今回あんま・マッサーシを受けてみて、どのように感じましたか。 (よかった・どちらともいえない・よくなかった) 6)今後もあんま・マッサーシを続けたいと思いますか。 (続けてほしい・どちらともいえない・必要ない) 7)スモン現状調査、ならびに今回行った鍼灸・あんま・マッサーシについて、ご意見がありましたら自由にご記入ください。(自由回答) の7項目を設定した。なお、2)と3)は鍼治療を受けた方のみに回答していただいた。 3.実施結果 3.1 対象者の概要  今回検診を受けたスモン患者6名(女性4名, 男性2名)の平均年齢は75.5歳(65~88歳)であった。スモン固有の障害としては、全員が下肢に何らかの異常知覚(足底の付着感、しめつけ感、シビレ感、冷感など)を訴え、表在覚・深部覚低下が認められた。また、6名中5名(83%)に下肢の筋力低下も認められた。視力についてみると、2名(33%)は発症当時より眼前手動弁以上の高度な視覚障害を伴っていた。さらに、4名(67%)が高血圧、変形性腰椎症、変形性膝関節症、肩関節周囲炎、白内障などの合併症を併発していた。日常生活動作(ADL)の評価指標のひとつであるBarthel indexは平均81.7点(最低65点、最高100点)であった。 3.2 鍼、あんま・マッサージ施術  スモン検診患者6名全員がマッサージ施術を、4名がマッサージ施術に加えて鍼施術を希望した。このうち、過去に鍼灸マッサージ公費負担制度を利用したことがある者は2名(33%)、現在も定期的に施術を受けている者は1名(17%)で、主にマッサージ治療を受けているとのことであった。  今回の鍼、あんま・マッサージ施術における主訴は下肢の異常知覚(しびれ、冷感、疼痛)、腰痛、膝関節痛、および肩こりなどであり、これらの改善を目的として施術を行った。なお、施術後に主訴の増悪、違和感、微小出血、皮下出血等の有害事象は発生しなかった。以下に今回の鍼、あんま・マッサージ施術の実例について紹介する。 症例1(78歳男性) 主訴:下肢の脱力と冷感 病歴:33歳で発症。歩行不能となり、視力低下も生じた(眼前手動弁)。現在でも下肢の脱力感・冷感が著明で時に締め付けられるような疼痛を伴う。視力障害も高度(視力ほぼ0)であり、自立歩行が困難な状況である。これまでに鍼灸マッサージ治療をうけた経験がある。 現症:身長171cm 体重65kg 血圧143/77mmHg。 PTR低下 ATR消失 Babinski(-) Clonus(-) 下肢触痛覚軽度低下(末端優位性あり)下肢筋力中等度低下(痙縮(-) 萎縮(+))Barthel index 65。 施術:下肢循環改善を主目的として腰部、大腿部、下腿部に対するあんま・マッサージ施術を20分間行った。その後、左右下肢の経穴(環跳、風市、梁丘、血海、足三里、三陰交)に40mm16号ディスポーザブルステンレス鍼(直径0.16mm)を刺入し、鍼特有の刺激感覚(得気)が軽く得られるように鍼を操作(雀啄術)した後、抜去した。 直後効果:あんま・鍼施術直後より、足が軽くなって動かし易いとの印象の報告を受けた。 症例2(87歳女性) 主訴:#1右膝関節痛 #2肩こり 病歴:48歳の時にスモン発症。臍部以下の感覚異常(ジンジンとしたシビレ感)と軽度の視力障害が現在まで持続している。歩行には一本杖を使用している。 上記症状に加え、10年ほど前より#1右膝関節痛を自覚するようになった。特に歩行時に強く感じ、その強さは現在までに徐々に増悪傾向にある。また、かねてより#2肩こりを自覚することがあったが、スモン発症後は特に強く感じるようになっている。今回は#1と#2の改善を期待して鍼・あんまマッサージ施術を希望した。これまでに鍼・マッサージ施術の経験はない。 現症:身長144cm 体重55kg 血圧130/70mmHg(高血圧にて内服治療中)。 PTR正常 ATR正常 Babinski(-) Clonus(-)下肢触痛覚高度低下(末端優位性あり) 下肢筋力中等度低下(痙縮(+) 萎縮(+))Barthel index 80。右膝関節屈曲拘縮(+) 同内反変形(+) 同関節水腫(±) 同熱感(-) 触診にて僧帽筋上部線維を中心に筋緊張(+)。 施術:右膝関節痛の緩和を目的として膝関節周囲の経穴(内膝眼、外膝眼、梁丘、血海)および内側関節裂隙部に、また、僧帽筋上部線維を含む上肢帯筋群の過緊張緩和と循環改善を目的として頚肩部の経穴(天柱、肩外兪、肩井)にそれぞれ40mm16号ディスポーザブルステンレス鍼を刺入し、15分間留置した後に抜去した(置鍼術)。その後、後頚部・肩上部・肩甲間部に対してあんま・マッサージ施術を15分間実施した。 直後効果:施術直後より、肩こりが著しく軽減したとの報告を受けた。膝関節痛に関しては、直後に改善は認められなかった。 3.3 アンケート結果  後日に回収したアンケートの集計結果を表1に示す。鍼灸については6名中4名(67%)、あんま・マッサージでは3名(50%)が過去に経験があると回答した。 今回の鍼施術体験者4名中4名(100%)、あんま・マッサージ施術体験者の6名中5名(83%)が施術を受けて良かったと回答し、継続的な施術を希望していた。  アンケート7項目の自由記述の欄には、 ・鍼の方はしているうちに大変心地よくなり、3,4日は体も楽だった。近くによいところがあれば通院してみたい。 ・肩こりがひどいのですが、今回の治療で少し軽くなった。 ・回復したのが元に戻ってしまうのが欠点。持続する治療があればよい。 などの意見が回答されていた。 図1 症例1における鍼施術部位 図2 症例2における鍼施術部位 4.考察  茨城県在住のスモン患者の障害度を総じてみると、先に述べた全国集計の結果[2] とほぼ同様であり、異常知覚の改善が最大の目標となることが確認できた。また、変形性関節症による疼痛などの合併症も認められたが、スモン患者の高齢化に伴うこれら合併症に対するケアは、ADLの維持のために今後ますます重要なテーマになると考えられた。  これらの症状に対する鍼、あんまマッサージ施術を試みた結果、症状の一部に直後からの改善傾向が報告された。 今回は茨城県において初の試みであることや訪問施術であることなどいくつかの制約があり、効果の客観的指標による判定は行えなかったが、後日回答して頂いた自由回答箇所も含むアンケートの結果もふまえると、今回の鍼、あんまマッサージ施術が症状の緩和にある程度貢献できたと考える。また、このような直後効果をもつ施術は、検診参加へのモチベーションの維持のために有効であると思われた。  一方、鍼灸の効果はある程度の継続的な治療によって累積するように大きくなる現象があることが知られており、スモンの異常知覚に対する鍼の研究結果からも同様の傾向がみてとれる[4]。したがって、今後の継続的な施術によって、より大きな症状改善が期待されるが、今回のような体験的施術は継続的な施術への契機ともなり、鍼灸、あんまマッサージ利用機会の拡大につながると思われる。北海道地区においては、1985年よりスモン患者の検診時において鍼灸・マッサージの体験的治療を行い、継続的な治療を希望した患者に対しては地域の鍼灸マッサージ師を紹介するなど、スモン患者に対するケアの方法のひとつとして鍼灸マッサージを積極的に導入しているという[6]。このような好例を参考にしつつ、今後はスモンのみにとどまらず、地域ケアシステムの一環としての鍼灸・あんまマッサージ指圧の可能性について検討を進めるべきだと考えている。 謝辞  本研究は、平成18年度厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患克服研究事業)スモンに関する調査研究班(主任研究者 松岡 幸彦)の援助によって行われた。 参考文献 [1] 松岡 幸彦, 小長谷 正明:スモン–Overview-.神経内科63(2): 136-140,2005. [2] 小長谷 正明,松本 昭久 他:平成17年度の全国スモン検診の総括.厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患克服研究事業)スモンに関する調査研究班平成17年度総括・分担研究報告書 p13-16, 2006. [3] 松本 昭久,田島 康敬 他:北海道地区のスモン患者療養実態と地域ケアシステム(平成17年度).厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患克服研究事業)スモンに関する調査研究班平成17年度総括・分担研究報告書 p17-20, 2006. [4] 芹澤 勝助,森和 他:鍼・鍼麻酔方式におけるスモン患者の治療成績について.厚生省特定疾患スモン調査研究班昭和49年度研究業績集 p159-181,1974. [5] 厚生省:スモン総合対策について(別紙2 スモンに対するはり、きゅう及びマッサージ治療研究事業実施要項).薬発第1527号, 1978. [6] 松本 昭久:スモン患者の在宅療養と地域ケアシステム.神経内科63(2): p149-156,2005. 表1 アンケートの結果 A new approach to provide acupuncture and medical massage to patients with SMON (subacute myelo-optico neuropathy) during annual health checkup in Ibaraki prefecture. KIMURA Tomoaki1) OHKOSHI Norio1) NAKANO Tomoko2) IWAMA Kaoru2) FURUKAWA Satoko2) 1) Course of Acupuncture and Moxibustion, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology 2) Center for Integrative Medicine, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: We attempted to provide acupuncture and medical massage to patients with SMON (subacute myelo-optico neuropathy) in Ibaraki prefecture during an annual health checkup. We practiced acupuncture to 4 patients and gave medical massage to 6 patients. A questionnaire survey after the services showed that 100% of patients receiving acupuncture and 83% of those receiving medical massage were satisfied with the services. Eighty-three percent of the patients also hoped to receive the acupuncture and medical massage service at the next checkup. These services provided on a trial basis appear to be useful in maintaining the patients’ motivation to participate in the annual checkup and increasing the opportunities to receive acupuncture, moxibustion, and medical massage. Keywords: SMON (subacute myelo-optico neuropathy), annual health checkup, acupuncture, medical massage