パーキンソン病における補完代替医療に関する実施状況――患者および神経内科専門医に対するアンケート調査―― 筑波技術大学保健科学部保健学科 大越 教夫 要旨:茨城県内のパーキンソン病患者に対する補完代替療法の普及の実態を知ることを目的に、患者および神経内科専門医の双方を対象に運動療法、漢方治療、鍼灸治療、あんま・マッサージなどに焦点をあて、アンケート調査を行った。(1)パーキンソン病患者(60 名)対象:①運動療法・理学療法の実施(55%)。②漢方薬の服用(11.7%)。③鍼治療(10%)。④灸治療(3.3%)。⑤あんま、マッサージ治療(11.7%)。(2)神経内科専門医対象:①回答率:日本神経内科専門医50 名中34 名(68%)より回答があった。②運動療法・理学療法の実施(76.4%)。③漢方薬の処方(5.9%)。④鍼治療の紹介・推奨(14.7%)。⑤あんま、マッサージ治療の紹介・推奨(29.8%)。⑥その他の補完代替医療の実施:音楽療法(17.6%)、低周波治療(2.9%)、バッチフラワー療法(2.9%)。患者、医師とも運動療法には積極的ではあるが、他の治療法の選択は少なかった。しかし、本調査を実施することにより、県内の患者や専門医に対し、補完代替医療の認知度を高める効果はあったと思われる。 キーワード:パーキンソン病,補完代替療法,運動療法,漢方薬,鍼灸治療,あんま,マッサージ 1.はじめに  パーキンソン病の有病率は人口10万あたり100~150人とされており、厚生労働省特定疾患(いわゆる難病)の中でも非常に多い疾患である。1998年および2001年、米国神経学会の機関誌Neurology においてパーキンソン病患者のアルゴリズムが発表され、パーキンソン病の治療の治療指針については薬物療法および非薬物療法にわけて紹介された[1][2]。その中で、治療の主体は薬物療法で、一部に外科的療法、さらに運動療法に関しても言及されている。しかし、漢方薬、鍼治療、灸治療、あんま・マッサージなどの東洋医学的な補完代替医療に関する記載は全くなかった。最近、同雑誌Neurologyにおいて診療ガイドラインにおけるパーキンソン病に対する補完代替治療のエビデンスに基づくレビューが報告され、その中で運動療法、鍼治療、徒手治療について紹介された[3]。これらの治療法のエビデンスは十分とはいえないものが多く、明確な治療効果を示すものではないが、権威ある国際誌に紹介されたことにより、本邦でも神経内科分野におけるこれら補完代替治療に関する注目度が一気に上昇してきた。  今回、パーキンソン病患者に対する補完代替療法の普及の実態と神経内科専門医の認知度を知ることを目的に、患者および医師の双方に運動療法、漢方治療、鍼灸治療、あんま・マッサージなどの補完代替療法の実施状況に焦点をあて、アンケート調査を行った。 2.対象・方法 2.1 パーキンソン病患者における補完代替医療の実施状況に対するアンケート調査 対象:「第2回パーキンソン病フォーラムinいばらき2005」の講演会に参加したパーキンソン病患者の中から回答のあった60名を対象とし、無記名にて質問紙法によるアンケート調査を行った。 方法:アンケート内容は、①患者背景:年齢、性別、②運動療法・理学療法実施の有無、③漢方薬服用の有無、④鍼治療の有無、⑤灸治療の有無、⑥あんま・マッサージ治療の有無、⑦その他の補完代替医療を受けているかの有無、の各項目である。 2.2 神経内科専門医に対するパーキンソン病患者への補完代替医療の実施状況についてのアンケート調査 対象:茨城県内の日本神経学会専門医を有し、パーキンソン病を診療している神経内科医50名を対象にして無記名、質問紙郵送法によるアンケート調査を行った。 方法:アンケート内容は、①所属医療機関の背景、②運動療法・理学療法実施の有無、③漢方薬の処方の有無、④鍼灸治療の紹介・推奨の有無、⑤あんま・マッサージ治療の紹介・推奨の有無、⑥その他の補完代替医療の実施・推奨の有無、の各項目である。 3.結果 3.1 パーキンソン病患者における補完代替医療の実施状況に対するアンケート調査(図1) ①患者背景:年齢は平均65.7歳、男性30名、女性30名であった。 ②運動療法・理学療法:実施している33名(55%)、行っていない27名(行いたい8名)。 ③漢方薬の服用:服用している7名(11.7%)、服用していない53名(服用したい3名)。 ④鍼治療:受けている6名(10%)、目的(疼痛緩和2名、動きを良くする3名、本をみて効果に期待1名)、受けていない54名(受けたい1名)。 ⑤灸治療:受けている2名(3.3%)、受けていない58名(受けたい2名)。 ⑥あんま、マッサージ治療:受けている7名(11.7%)、受けていない53名(受けたい3名)。 ⑦その他の補完代替医療の実施:全患者とも特に記載はなかった。 3.2 神経内科専門医に対するパーキンソン病患者への補完代替医療の実施状況についてのアンケート調査(図2) ①回答率および所属医療機関:50名中34名から回答が得られた(回答率68%)。所属医療機関では、大学等教育施設10名、病院19名、診療所5名であった。 ②運動療法・理学療法:実施している26名(76.4%)(積極的に実施6名、ふつう程度に実施12名、少数例のみ実施8名)、実施の場所(施設21名、在宅17名)、実施していない8名。 ③漢方薬の処方:積極的行う2名(5.9%)、行わない32名。 ④鍼治療:紹介・推奨している5名(14.7%)(積極的に0名、ふつうに1名、少数例のみ4名)。目的(疼痛緩和3名、動きを良くする2名、筋硬直改善2名)。紹介・推奨していない29名。 ⑤灸治療:全員、特に紹介していない。 ⑥あんま、マッサージ治療:紹介・推奨している10名(29.8%)(積極的に0名、ふつうに1名、少数例のみ9名)。 目的(疼痛緩和2名、動きを良くする3名、筋硬直改善8)。 紹介・推奨していない24名。 ⑦その他の補完代替医療の実施:音楽療法6名(17.6%)、低周波治療1名(2.9%)、バッチフラワー療法1名(2.9%)であった。 図1 パーキンソン病患者における補完代替医療の実施状況に対するアンケート調査結果 図2 神経内科専門医に対するパーキンソン病患者への補完代替医療の実施状況についてのアンケート調査結果 4.考察  本研究からパーキンソン病患者の補完代替医療の実施については、運動療法・理学療法の比率は55%と高いが、他の鍼治療(10%)、あんま・マッサージ(11.7%)、漢方治療(11.7%)に対する実施は低いのが実状であった。この結果は、パーキンソン病という運動障害を主体とする疾患であることより、臨床現場でも運動療法・理学療法については積極的に推奨されており、十分予想された範囲内の結果であると思われる。しかし、これまで他の治療法に対する本邦の実施の現状に関する報告はなく、今後本研究が一つの参考資料となると考えられる。一方、米国における調査[4]ではマッサージ14%、鍼治療10%、リラクゼーション8%と、本研究の結果とほぼ同様の傾向であった点は興味深いことである。  パーキンソン病治療における補完代替医療の位置づけは、薬物療法に比して必ずしも高いわけではない。最新のNeurologyのレビューでは、集学的リハビリテーション、能動的音楽療法、トレッドミル訓練、感覚キューによる運動訓練などのさまざまな運動療法が有効と結論されている[3]。しかし、運動改善効果は小さく、持続性はないとされている。すなわち、運動訓練を中止するとすぐに元に戻ってしまうのが問題である。今回の調査から、運動療法は多くの専門医が推奨しており、また患者側でも運動療法の実施ないし希望は高いことから、適切な運動療法・理学療法の指導が望まれる。筆者が行った従来のパーキンソン病患者の運動療法の実態調査によると約7 割の患者が何らかの運動療法を実施しており、非常に関心が高かった[5]。しかし、問題点としては、実施している医療機関が少ない、指導者がいない、在宅で出来ない、在宅で出来る運動訓練のビデオなどがない、などがあげられており、患者の希望と現実の医療環境の間にギャップが生じているのも実状である。  パーキンソン患者に対する鍼灸治療に関しては、実施は1割程度と専門医および患者ともに関心は高くなかった。 前出のNeurologyのレビューによると、鍼灸療法は、有効性の客観的エビデンスは示されていないが補完代替医療の中で最も良く用いられる治療法の一つとして紹介されている[3]。鍼灸療法は、症例集積研究および症例報告において、運動系および非運動系の症状を緩和する可能性が示唆されていると記載されている。Neurologyのパーキンソン病診療ガイドラインに鍼灸治療が記載されたことはこれまでになかったことであり、今後鍼灸治療法の有効性のエビデンスや症例集積的研究を発展させるものと考えられる。  あんま・マッサージ療法に関して医師側は約3割で紹介・推奨しており、患者側は約1割で施術を受けている。パーキンソン病に対するあんま・マッサージ療法は、自覚的改善を目的としており、客観的エビデンスに関しては否定も肯定もできないとされている[3]。  漢方に関しては、パーキンソン病の運動障害に関して有効性のあるエビデンスを有する漢方薬はいまのところ存在しない。しかし、パーキンソン病の消化器症状や自律神経症状である便秘、腹部膨満、嘔気などの胃腸機能障害には有効と考えられている。  このような茨城県内の患者や専門医を対象にした実態調査は、研究自体の直接の意義はもちろんあるが、二次的効果として患者や県内の専門医に対する補完代替医療の認知度を高め、筑波技術大学および統合医療センターに対する理解を深めることも成果の一つと考えられる。実際、筑波技術大学東西医学統合医療センターに受診したパーキンソン病患者は、平成16年度患者数0名(受診回数0回)であったが、平成17度は患者数18名(受診回数114回)に増加し、当調査のインパクトの大きさが証明された。さらに、これらの症例から鍼灸治療有効症例の集積も予想され、今後のエビデンスの積み上げに貢献できることを期待している。 謝辞  本研究は、全国パーキンソン病友の会茨城県支部、茨城県内の日本神経学会専門医の協力のもとにアンケートを実施致しました。全国パーキンソン病友の会茨城県支部の皆様および第2回パーキンソン病フォーラムinいばらき2005に参加され本調査に協力して頂きました患者様・ご家族の皆様、ならびに本研究のアンケートにご協力を頂きました茨城県内日本神経学会専門医の各先生方(下記注)に深謝致します。[注:茨城県内の日本神経学会専門医:赤沼 順先生、新井 雅信先生、荒木 誠先生、石井 亜紀子先生、石井 亘先生、石井 一弘先生、石黒 健夫先生、伊藤 道子先生、井上 智恵先生、植田 勇治先生、江口 真奈美先生、江口 清先生、江幡 広太郎先生、太田 晃一先生、小國 英一先生、尾崎 行雄先生、小原 克之先生、川上 倖司先生、小寺 実先生、小松 義成先生、小松崎 聡先生、斎藤 智彦先生、佐藤 明子先生、柴垣 泰郎先生、島村 秀樹先生、下江 豊先生、白岩 伸子先生、新谷 周三先生、高木 健治先生、武田 浩一先生、玉岡 晃先生、玉田 文子先生、永田 博司先生、中馬越 清隆先生、原田 勝利先生、原田 祐嗣先生、日野 太郎先生、藤田 恒夫先生、古庄 健太郎先生、松本 暁子先生、三浦 裕之先生、向井 忠生先生、望月 昭英先生、門前 達哉先生、山崎 薫先生、吉沢 和朗先生、吉澤 利弘先生、渡邉 栄先生、渡邊 雅彦先生(五十音順):以上の先生方から無記名にて33名に回答をいただき、アンケート総回答数は筆者を含め34名となった。]  本研究は、平成17年度教育研究等高度化推進事業(競争的教育研究プロジェクト事業:受付番号18「パーキンソン病における補完代替医療の試みとその評価に関する検討」)の助成を受けて行われた。 参考文献 [1] Olanow CW, Koller WC: An algorithm (decision tree) for the management of Parkinson's disease: treatment guidelines. American Academy of Neurology. Neurology 50(3 Suppl 3): S1-57, 1998. [2] Olanow CW, Watts RL, Koller WC: An algorithm (decision tree) for the management of Parkinson's disease (2001): treatment guidelines. Neurology 56(11 Suppl 5): S1-S88, 2001. [3] Suchowersky O, Gronseth G, Perlmutter J, Reich S, Zesiewicz T, Weiner WJ: Quality Standards Subcommittee of the American Academy of Neu rolog y. Practice Parameter: neuroprotective strategies and alternative therapies for Parkinson disease (an evidence-based review): report of the Quality Standards Subcommittee of the American Academy of Neurology. Neurology 66(7): 976-982, 2006. [4] Rajendran PR, Thompson RE, Reich SG: The use of alternative therapies by patients with Parkinson's disease.Neurology 57(2): 790-794, 2001. [5] 大越 教夫,房前木 綿子,吉沢 和朗,石井 亜紀子,藤田 恒夫,林 明人,庄司 進一:パーキンソン病患者の“アルゴリズム”における非薬物療法 運動療法に関する患者の理解,実施状況及び要望についてのアンケート調査.Gerontology New Horizon 16(3):244-248, 2004. Use of Complementary and Alternative Therapies in Patients with Parkinson’s Disease (PD) − Surveys of the Patients with PD and the Neurologists Certified by Japanese Society of Neurology − OHKOSHI Norio Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: Objective: This study was carried out to determine the prevalence of complementary and alternative therapies by patients with Parkinson’s disease (PD). Methods: A structured questionnaire was administered to 60 patients with PD attending the Parkinson’s Disease Forum in Ibaraki 2005. The participants were asked about current use of complementary and alternative therapy. In addition, another questionnaire was mailed to 50 neurologists certified by Japanese Society of Neurology. Results: 1) The survey to the patients with PD was revealed as followed; doing exercise and rehabilitation (55%), taking Chinese medicine (11.7%), receiving acupuncture (10%), receiving moxibustion (3.3%), and receiving massage (11.7%). 2) The survey to the neurologists: Thirty four (68%) neurologists answered the questionnaire. The results as followed; practicing or prescribing exercise and rehabilitation (76.4%), prescribing Chinese medicine (5.9%), recommending acupuncture and moxibustion (14.7%), and recommending massage (29.8%). Other alternative therapies recommended by the neurologist were music therapy (17.6%), low-frequency therapy (2.9%), and Bach flower remedy (2.9%). Conclusion: The use of complementary and alternative therapy for PD in Ibaraki was not common except exercise and rehabilitation. However, this survey contributed to the perception of the complementary and alternative therapy to patients with PD and neurologists. Key words: Acupuncture and Moxibustion, Complementary and Alternative Therapy, Exercise and Rehabilitation, Massage, Parkinson’s disease