地域の聴覚障害者団体との連携による教育研究活動のあり方 筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター1) 同客員研究員(茨城県聴覚障害者協会会長)2) 根本 匡文1) 長南 浩人1) 石原 保志1) 末森 明夫2) 要旨:地域の聴覚障害者団体のニーズや要望を明らかにすることは、本学の教育研究活動を充実させるために必要なことである。我々は聴覚障害者団体役員との間で研究協議を行い、そこで出された意見や提案をもとにして次の事項について検討を行った。①聴覚障害者団体青年部と本学学生との交流②地域の聴覚障害教育の場における本学学生の役割③聴覚障害者のリーダーの育成④聴覚障害者団体が主催する講習会への学生の派遣⑤聴覚障害者の生涯学習の支援⑥本学の授業や講演会への聴覚障害者の協力⑦情報保障システムの地域への提供⑧難聴者団体との連携⑨恒常的な情報交換体制の整備。今後、これらのニーズに応えるための方策の具体化が望まれる。 キーワード:聴覚障害者団体,ニーズ,連携,活動のあり方 1.はじめに  聴覚・視覚障害者を教育の対象とする本学にあっては、障害を持つ当事者のニーズや要望をくみ上げ、それに対応した教育研究活動を充実させる必要がある。本学の中期目標には「地域社会等と連携し、聴覚・視覚障害者に係る教育支援を行う」ことがうたわれ、それを達成するための措置として「聴覚・視覚障害者に係る教育機器、障害補償システムの研究開発を図り、成果を公開するとともに、点訳者及び手話通訳者の育成、公開講座、研修会等を実施する。 また、地域住民、聴覚・視覚障害関係者に対する図書や障害関係資料の利用促進を図る。」ことが示されている。  本学と地域の聴覚障害者団体との間では、これまで手話通訳士養成講座への協力、学生のスポーツ活動に関する交流などが行われてきているが、十分な連携がなされ、成果があげられてきたとは言い難い。また、障害に即した活動が求められる障害者高等教育研究支援センターには、本学の所在地である茨城県やつくば市の障害者との間で密接な関係を築くことが求められている。  そこで、地域の聴覚障害者団体に焦点をあて、本学に対するニーズや要望を明らかにして、教育機関と障害者団体との間の連携のあり方を探り、地域に根ざした教育研究活動の充実を図ることを意図して「地域の聴覚障害者団体との連携による教育研究活動のあり方に関する調査研究」を行うこととした。ここでは、その一環として行った研究協議会における意見交換の内容をもとにして、望ましい連携のあり方を検討することとしたい。 2.これまでの調査研究  本学は短期大学時代の平成13 年度に「社会の変化に対応した障害者のための高等教育の推進に関する調査研究」を行っているが、その中でつくば市聴覚障害者協会会員及び茨城県中途失聴・難聴者協会会員を対象とした対面調査を行っている[1]。  つくば市聴覚障害者協会会員を対象とした調査では、①地域の聴覚障害者には十分な日本語の能力を持たない者が多いので、聴覚障害者の日本語能力を養成するための生涯学習の提案が検討されたこと、②茨城県県南、県西地区の拠点として本学の施設設備を利用したいこと、③本学学生のスポーツ活動への参加について地域の聴覚障害者との協議や相談、手続きなどの連携を図っていくことが重要であること、④地域住民に対して十分な支援を行っていくためには、手話通訳などの聴覚障害者とのコミュニケーションを支援するスタッフの充実が大切であることなどが指摘されている。  中失・難聴者協会会員を対象とした調査では、①補聴器や情報保障に関する講演会を求める声が強いこと、②補聴用のループなど情報保障設備が整った本学の施設を利用したいという要望があること、③補聴器に関する積極的な相談や対応が求められていることなどが報告されている。 3.研究協議会の開催  上記のような対面調査の結果を現時点で再確認し、本学と地域の聴覚障害者団体との連携を充実させる方策を探ることを目的として、次のような形で研究協議会を開催することとした。 (1)名称:地域の聴覚障害者団体との連携のあり方に関する研究協議会 (2)目的:地域の聴覚障害者団体のニーズや要望を明らかにし、教育機関と障害者団体との間の連携のあり方を探り、地域に根ざした今後の教育研究活動の充実を図る。 (3)日時:平成18年12月5日(火)15時~17時 (4)会場:筑波技術大学天久保キャンパス小会議室 (5)出席者:寺門 美帆(茨城県聴覚障害者協会教育対策部長・青年部長) 齋藤 正昭(茨城県中途失聴・難聴者協会会長) 大内 正和(日立市聴覚障害者協会総務) 末森 明夫(客員研究員・茨城県聴覚障害者協会会長) 石原 保志(障害者高等教育研究支援センター障害者支援研究部) 根本 匡文(障害者高等教育研究支援センター障害者基礎教育研究部) 長南 浩人(障害者高等教育研究支援センター障害者支援研究部) 4.聴覚障害者団体役員からの意見、要望とそれに対する考察  研究協議会の席上で聴覚障害者団体役員から出された意見、要望、提言は多岐にわたるものであった。それらの中から主なものを取り上げ、検討を加えたい。 4.1 聴覚障害者団体青年部と本学学生との交流  茨城県では茨城県聴覚障害者協会と茨城県中途失聴・難聴者協会の二つの団体が活動している。前者には青年部という組織があり、後者の会員には中高年の人が多いものの、本学学生と年齢層が近い人たちがいる。現状では、個人的なつながりでともに活動することが若干あるものの、最近5年間の状況を見ると関わりは薄くなっている。それ以前の過去を振り返ってみても、交流の実態はほとんどない状態であった。こうした実状に対して、学生がもっと青年部の活動に参加してほしいとの要望があった。このことをどう考えればよいだろうか。  最近の学生は行動することにメリットがあるかないかに敏感に反応する。彼らにとって聴覚障害者団体はいかなるメリットがあるかが明確に理解できないと活動には参加しないであろう。お互いがよく知り合う必要があるのだが、聴障者団体側も技大生の状況を知った上でそれを咀嚼し、魅力ある提案をすることが第一歩になる。一人二人と交流が始まり、その経験が本学に持ち帰られ、広がっていくというステップを踏んで発展して行くことになる。具体的、かつ時間をかけた互いの歩み寄りが求められる。  それができたとしても、本学の学生にとっては現実には授業のコマ数が多く、授業やレポートに追われているという実態がある。その中で遠隔地に出向いて交流に参加するとなると、具体的にどの時間を使うのかかということが問題になる。  本学の学生集団の構成についても考える必要がある。本学には全国各地から、そして多くの学生が聾学校だけでなく通常の高等学校から入学してくる。聾学校からの入学生もまず本学の学生集団の中で構成員としての位置をつかむ必要があり、通常の高等学校出身の学生については、聴覚障害者の集団に入ること自体に時間とエネルギーを費やすケースが多い。本学の学生集団の一員として安定した状態になるまではとても外部の団体にまで目を向けることはできないであろうから、入学した学生がすぐに地域の聴覚障害者集団と交流するところまでは行きにくいという状況が生じることが考えられる。  本学学生の年齢段階に対応する聴覚障害者集団としては、全日本ろう学生懇談会、関東聴覚障害学生懇談会といった学生を中心とした活動団体がある。手話を十分に知らない学生、学びつつある学生にとっては、こうした集団の方がより入りやすい側面を持つ。一部の学生にとっては、地域の聴覚障害者集団よりもこうした団体の活動の方が魅力を感じるものになるであろう。  地域の聴覚障害者集団との交流がさまざまな条件の中で困難になるとしても、情報の共有、交換を日常的に行っていくことは有意義であるし、必要なことである。本学の学生にとっては、自分と同年齢の聴覚障害者が身近な地域にもいること、そしてそこで活動がなされていることを意識することは決してマイナスにはならない。学園祭の時に地域の聴覚障害者団体にスペースを提供してPRをしてもらったり、インターネットを通した情報の発信にお互いがアクセスできるようにするなど、具体的な方策を考える必要がある。 4.2 地域の聴覚障害教育の場における本学学生の役割  茨城県には二つの聾学校と複数の難聴学級、通級指導教室がある。これらの教育機関に対して、本学の教員が研究会・研修会や補聴相談などの場で支援を行ってきた。今回の協議会では、学生が聾学校や難聴学級などで教育活動に関わり、聴覚障害児の成長に働きかけることができるのではないかという新しい視点が提案された。  これまでも、本学や筑波大学の聴覚障害学生がつくば市内の難聴学級の子どもたちと定期的に交流し、成果を挙げる活動がなされてきたが、それを聾学校や他の地域の教育機関にまで広げ、学生がロールモデルとして障害を持つ子どもたちに働きかける機会を設定できれば効果的であろうということである。  聾学校などで実際に教育に当たる教員や教育委員会などの理解が必要であるが、ロールモデルが果たす役割が大きいことを聴覚障害者団体から関係者に働きかけることによって、本学学生の活躍の場も広がって行くであろう。 4.3 聴覚障害者のリーダーの育成  わが国の大学が志願者全入時代に入ると、入学した学生にいかに付加価値を付けて卒業させるかということが求められることになる。本学としては、中期目標の中で「卒業生が社会自立を果たし、自ら障害を持つリーダーとして社会貢献できる人材の育成を図る」ことを基本的な目標として掲げている。  聴覚障害者の側から見ると、この「リーダー」の意味するものは聴覚障害者団体やろう運動の指導者ということになる。その立場からすると、全国レベルや都道府県のろう者団体青年部で活動する筑波技術短期大学卒業生が少なく、聾学校や一般大学卒業者に比べるとカゲが薄いという指摘がなされている。能力の高い聴覚障害者集団があり、高いレベルの教育がなされているのにリーダーが育たないのはなぜかという問いかけがなされている。  本学の中期目標にリーダーの育成が掲げられているといっても、どのような資質を持つ人間を育てるべきなのかという学内のコンセンサスはまだ十分に得られていないといってよい。本学の主たる責務は専門職業人の養成であり、ろうあ運動の指導者を育てるところではないという意見や、スポーツの分野では日本全体をリードしている人物がいるという見方もある。リーダーとは何かを考えるにあたっては、本学の内部で議論するだけでなく、聴覚障害者団体とも十分に協力をして意思の疎通を図りながら、本学で育てるべきリーダー像を描いていく必要がある。  平成18年8月に聴覚障害者のための国際大学連合(PENインターナショナル)が主宰して「第1回PENインターナショナル聾学生リーダーシップ研修会」が開かれた。日本、中国、ロシア、フィリピン、米国の聴覚障害学生がイギリスに集まり、リーダー養成プログラムが展開された。この研修活動を企画・運営し、多くの講演の講師を務めたのは聴覚障害者であり、そのことが参加した聴覚障害学生に好ましい効果をもたらしていた。こうした実例を見ても、リーダーの育成について障害者の側からの意見を取り入れることの大切さが理解できる。 4.4 聴覚障害者団体が主催する講習会への学生の派遣  中途失聴・難聴者協会ではコミュニケーション講習会や要約筆記講習会が開かれ、そのプログラムの中に聴覚障害者が体験談を話す機会が設定されている。これまでは会員がその役を担ってきたとのことであるが、今後は本学の学生の協力を得ることも考えられている。学生のための情報保障の手段としては、手話通訳に加えて最近はパソコン要約筆記が多く用いられるようになってきている。担当者の技能を高めることを目的とする講習会の中で、支援を受ける側からのニーズや要望、留意すべき点などを述べる機会が与えられることは有意義であろう。 4.5 聴覚障害者の生涯学習の支援  聴覚障害者の生涯学習に対するニーズには大きなものがある。筑波技術短期大学が平成9年に成人聴覚障害者1,320人を対象として行ったアンケート調査では、回答者の91.8%が生涯学習が必要であると回答しており[2]、茨城県内の聴覚障害者を対象とした平成13年のアンケート調査では230名のうち130名が障害者に関係する団体主催の講座や教室で生涯学習を受けたいと答えている[3]。  今回の研究協議会では,特に中途失聴・難聴者協会からパソコン、話し方、コミュニケーション、日本語対応手話、情報支援システム、等について講師の派遣を中心とした支援を行ってほしいとする要望が示された。本学では一昨年から卒業生及び一般の聴覚障害者を対象としていわゆる「出前講座」を実施してきており,職場環境、職場適応に関する情報交換、Eメールの文章講座、ストレス対策、ASLの学習などのテーマが扱われている。これまでは開催地が東京、大阪などであったが,今後は地元のつくば市や茨城県内でも開催するようにして、そこに地域の聴覚障害者にも参加してもらうようなやり方を考えることは可能であろう。  具体的にどんな講座やテーマが望まれているのかを早急に知らせてもらい,対応していくことができればよいと考える。 4.6 本学の授業や講演会への聴覚障害者の協力  中途失聴・難聴者協会から、社会人として補聴器や人工内耳、生活体験などについて学生にアドバイスができるのではないかとの提案があった。これまで、本学の授業の中に卒業生を招き、経験を話してもらう取り組みはなされてきたが、地域の聴覚障害者団体の中に適当な人材がいれば、積極的に協力を求めていくことが有益であろう。教員を対象としたFDの機会にも、地域の聴覚障害者団体に関する内容を取り上げる必要があると考える。 4.7 情報保障システムの地域への提供  本学では遠隔地手話通訳システム、遠隔地字幕提示システムなどの情報保障システムの開発が進められ、一般大学で学ぶ聴覚障害学生の講義保障の場で活用されつつある。 こうした技術は地域の聴覚障害者のためにも生かすことができるはずであり、県の情報提供施設と市役所の窓口を結んで遠隔地間の情報のやりとりの手段として使うといった試みを聴覚障害者団体との連携の中で考えていくことが必要である。 4.8 難聴者団体との連携  これまで、本学が聴覚障害者団体との連携を考えるときに,ともすればろう者の団体、すなわち、全国規模であれば全日本聾啞連盟、茨城県であれば茨城県聴覚障害者協会との関係づくりに重点が置かれてきた。しかし、もう一つの団体として難聴者・中途失聴者の団体があり、そことの連携も同じように考えていかなければならない。本学の学生の中にも聴覚を活用しながら生活をしている者がいるし、難聴者としてのアイデンテティを持つ者もいるであろう。  そうしたことを考えるときに、大学としての方針を検討する経営協議会の場に全日本聾啞連盟理事長に加えて全日本難聴者・中途失聴者団体連合会理事長が委員となるといったことも必要になってくる。このことは大学全体の合意が求められる高いレベルの課題であるが、日常的な連携のあり方を考えるときにも,難聴者団体のニーズが存在することを忘れないようにしなければならない。 4.9 恒常的な情報交換体制の整備  前年度には本学の学術・社会貢献推進委員会と聴覚障害者団体との間で定期的な情報交換がなされていたが、今年度に入ってそれが中断されたままになっている。ぜひ復活させて話し合いの機会を確保する必要がある。大学と聴覚障害者団体が連携していくためには、相互理解が前提として必要であり、ニーズとシーズは絶えず変化していく。定期的、継続的な情報交換の機会をぜひ確保していきたいと考える。 5.おわりに  平成18年12月に開催された地域の聴覚障害者団体との連携のあり方に関する研究協議会で出された意見や提言の内容をもとにして、本学の今後の教育研究活動について検討を行った。  本学はわが国でただ一つの聴覚・視覚障害者を対象とする高等教育機関として、日本全体だけでなく広く世界に目を向けて活動を進めていかなければならない。しかし、本学が立地する茨城県やつくば市とのつながりも無視できないものであり、地域の聴覚障害者団体との連携をより一層強めていく必要がある。今回の協議会で明らかにされたニーズに応えるための方策が一つでも多く具体化されることを願うものである。 謝辞  研究協議会に出席いただき、貴重な提言をいただいた茨城県聴覚障害者協会及び茨城県中途失聴・難聴者協会の役員の方々に厚くお礼申し上げます。 付記  本稿は平成18年度障害者高等教育研究支援センター長裁量経費による研究「地域の聴覚障害者団体との連携による教育研究活動のあり方に関する調査研究」の成果の一部をまとめたものである。 引用文献 [1] 社会の変化に対応した障害者のための高等教育の推進に関する調査研究.筑波技術短期大学:122-123,2002 [2] 根本 匡文:聴覚に障害を持つ社会人に対する生涯学習に関する意識調査.身体に障害を持つ社会人に対する高等教育のあり方に関する調査研究.筑波技術短期大学:4,1998 [3] 社会の変化に対応した障害者のための高等教育の推進に関する調査研究.筑波技術短期大学:108,2002 Scheme of Educational Research Activities in Cooperation with Regional Associations for the Hearing Impaired NEMOTO Masafumi1) TYONAN Hirohito1) ISHIHARA Yasushi1) SUEMORI Akio2) 1) Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology 2) Visiting Researcher, Tsukuba University of Technology(President of Ibaraki Deaf Association) Abstract: To improve educational research activities at Tsukuba University of Technology(TUT) we need to clarify the needs and requirements of regional associations for the hearing-impaired. We studied and discussed this issue with the directors of these associations. On the basis of the opinions and suggestions submitted during the discussions, we reviewed the following subjects: (1) interchange between members of the youth groups representing associations for the hearing-impaired and students of TUT; (2) the role of students at TUT in the scenario of regional education on hearing impairment; (3) the cultivation of hearing-impaired leaders; (4) dispatch of students from TUT to training sessions organized by an association for the hearing-impaired; (5) provision of assistance to hearing-impaired people for lifelong learning; (6) cooperation from hearing-impaired people for classes and lectures at TUT; (7) provision of an information access system for the area; (8) coordination with association for hard of hearing people ; and (9) constant improvement of our information-exchange system. We need to realize measures that will meet these needs in the future. Keywords: Association for the hearing-impaired, Needs, Coordination, Scheme of activities