パワーポイントによる資料提示方法と効果に関する研究 筑波技術大学総合デザイン学科 本間 巌 要旨:パワーポイントによる授業用資料の提示方法に関して、ページ内容の構成やアニメーション機能の異なる3タイプを提示し、学生にとっての分かりやすさを調査した。今回の調査では、センテンスごとに順次表示させるタイプよりも1ページ分の全内容を最初から全て表示するタイプの方が分かりやすいとする回答が多数であった。まだサンプル数が少ないので確かなことはいえないが、聾学校出身者、普通高校出身者で提示方法の受け入れ方に大きな違いが見られ、両者に対して等しく効果的な提示方法の研究が必要である。 キーワード:パワーポイント,資料提示,提示方法 1.はじめに  パワーポイント(以下pptと略)によるプレゼンテーションが一般化し、教育現場においても授業コンテンツの提示に同手法が多用されるに至っている。特に聴覚障害学生の教育機関である本学においては情報補償ツールとしてその依存度は高い。  pptによる表示方法としては、項目や要約を表示しながら、内容の説明を行うのが一般的である。対象が聴覚障害者の場合の詳細説明に関しては手話によって行う必要がある。しかし専門用語や抽象表現等、手話との整合に関る問題点[1]もあり、ある程度文章化した説明文の提示に頼らなければならないのが実情であるが、単に文章を読ませればいいというものでもない。  従って提示方法にはそれなりに工夫を要するところであり、これまでにも様々な方法を試してきた経緯がある。ただし提示方法は科目の内容や性格によって一律ではないため、同一の科目の中で提示方法の違いによる効果が確認ができることが望ましいと思われる。この度、同一科目の中で複数の異なる提示方法による調査を行うことができたのでその結果を報告し、提示方法の違いと効果について考察する。 2.pptによる資料提示における問題点  過去の授業コンテンツ制作の経験から、pptによる資料提示に関しては効果とともに、以下のような問題点も挙げられる。 a)座学系科目の場合、口話および手話による説明を要約しても一定程度の長文となってしまい、どの部分が説明対象になっているか把握させにくく、強調等もさせにくい。 b)一文ごとに順次表示させる方法の場合、現在の説明対象部分は分かりやすいが、過去の文章を含めた説明全体の流れがつかみにくい。 c)1ページに表示可能な容量には限度があるため、ページをまたぐ場合には前ページの内容が消えてしまい、記憶に留めるのが難しい。 d)アニメーション(強調)機能の濫用や紙面構成の煩雑さによる弊害[2]。  提示手法とりわけpptに頼りすぎること自体いかがなものかとおもわれるが、依存の程度に違いがあっても、利用する以上は効果的でなければならない。考慮を要する問題である。 3.調査方法と内容  「芸術と技術」(教養教育系選択科目,1年次2学期開講)受講者20名中、欠席者3名を除く17名を対象に調査を実施した。  第2回目から第4回目までの3回の授業を利用して、図1~3に示す異なる3タイプの提示方法で授業を行い、どの提示方法が分かりやすかったか、またその理由をアンケートにより調査した。調査対象とした3タイプの提示方法の特徴は以下の通りである。 提示方法A:1ページ分の説明文を最初から全て表示し、説明対象部分を囲う枠を順次移動させて強調する手法。 提示方法B:白紙の状態から説明対象文を順次表示し、終了した説明文がグレー表示される手法。 提示方法C:1センテンスごとにラインで区切られた説明文1ページ分を最初から全て表示し、説明対象部分をマーカー等で指摘する手法。 なお今回、調査対象とした授業コンテンツでは、表示スペースの一部を使って前ページを要約した部分(図1~3の右側グレー部分)を設定した。本アンケートではその効果についても調査した。この提示方法は前項(c)の観点から、これまで試験的に採用してきた方法である。 4.調査結果  調査結果を表1、2 に示す。  表1によれば提示方法Cが「分かりやすい」とする回答が11(64.7%)、「分かりにくい」とする回答が0(0%)。 同種の提示方法である提示方法Aと併せれば「分かりにくい」が7(41.2%)と増加するが、「分かりやすい」は14(82.4%)となる。これは説明内容全てを始めから表示する手法は受け入れにくいであろうという事前の予想に反する意外な結果であった。注目すべきことに、今回の調査では提示方法C を「分かりやすい」とする回答者には聾学校出身者が一人も含まれていない。  次に表2を見てみる。これは例えば提示方法Aを「分かりやすい」とする回答者で「分かりにくい」提示方法としてBあるいはCを選択した回答数を示している。これによれば、提示方法AおよびBを「分かりやすい」とした回答者で提示方法Cが「分かりにくい」とする回答は0であった。また、「分かりやすい」提示方法としてAと回答した者はBを「分かりにくい」提示方法と回答し、逆に「分かりやすい」提示方法としてBと回答した者はAを「分かりにくい」提示方法と回答している。特に後者の回答者2名は2名とも聾学校出身者である(残り2名からの回答は得られていない)。  それぞれの提示方法を「分かりやすい」とする主な理由は以下の通りであった。 提示方法A ・説明対象部分が分かりやすい。 ・全体の流れの中で今どこを説明しているかが分かりやすい ・マーカー等で指示をしていないときに分かりにくくなる提示方法Cよりはこちらの方が良い。 提示方法B ・現在の説明対象部分を見つけやすく、分かりやすい(あちこち見回さなくてすむ)。 提示方法C ・ラインで区切られているので見やすい。 ・心理的に長文に感じられず整理ができている。 ・画面全体(全文)が見られ、教師の説明に併せてその前後の内容を確認しながら理解が深められる。  それぞれの提示方法を「分かりにくい」とする主な理由は以下の通りであった。 提示方法A ・説明対象を示す囲いが最初からあるように思え、ポイントにならない。 ・現在の説明対象というよりは重要な部分と間違えやすい。 提示方法B ・表示がグレーに変わると見にくい。 ・全体が表示されないのでこのページ全体としての要点がつかみにくい。  表1、2 より、提示方法Cに関してはベストかどうかは別として少なくとも「分かりにくくはない」提示方法であるといえそうである。  「前ページの要約」の部分に関する回答では、「効果的」が16、「効果的でない」が0、「どちらともいえない」が1であった。「効果的」とする理由については、 ・見落とした部分が後から確認できる。 ・長時間表示されるので記憶しやすい。 ・要約された文章は余計な部分が省かれ、簡潔な表現になっているため、重要な部分とそうでない部分の区別が明瞭になり覚えやすい。 などが主なコメントであった。「前ページの要約」については概ね良好と判断される。 図1 提示方法A 図2 提示方法B 図3 提示方法C 表1 調査集計1 表2 調査集計2 5.考察 5.1 出身校別集計からの考察  調査結果でふれたように、出身校が聾学校か普通高校かで提示方法の受け取り方の傾向の違いが見え隠れしている。そこで表3、4に示すように出身校別に集計してみた。 これによれば、聾学校出身者には提示方法Cが不評で、提示方法Bを好ましく受け取っている。また提示方法Bを「分かりやすい」とした学生の大方が提示方法Aを「分かりにくい」とする傾向が見られる。一方、普通高校出身者の場合には提示方法Cが「分かりやすい」とし、提示方法A,B、特にBを「分かりにくい」とする傾向が見られる。 サンプル数が少ないので断定はできないが、今回の数値だけで考察すれば以下のようなことが指摘できる。 ・聾学校出身者グループには、1ページ分の提示内容を始めから全て表示するタイプの評価が低い傾向が見られる。 ・普通高校出身者グループには、1ページ分の提示内容を始めから全て表示するタイプの評価が高い傾向が見られる。 ・聾学校出身者グループは強調を目的とするアニメーション機能を頼り、普通高校出身者グループではその依存度が低い。  このように、出身校の違う両グループの性格の違いが見られる。特に、普通高校出身者グループに関しては、教員の直接の教示ツールである手話および口話が主で、提示された資料は従として捉えられているかのような様相を呈しているように思われる。 5.2 デザイン的視点からの考察  普通高校出身者が不評とした提示方法A、Bはかなり特徴の異なる提示方法である。さらにいえば提示方法Aは全内容を始めから表示する点では提示方法Cに類似の手法である。違いはセンテンスごとの区切りと説明対象部分の囲いの有無であり、提示方法Aから余計な要素を取り除き整理したものが提示方法Cといえる。似たような提示方法の中から、煩雑さのある提示方法Aが除外され、シンプルに整理された提示方法Cが選択されたということになろう。この点に関しては製作者の立場としては、より製作しやすい提示方法ではある。  この結果を画面構成として捉えれば「強調」か「シンプル」かの選択となる。しかしこの両者は相反する要素である。 強調(キャッチ)に重点を置けば全体の流れがスポイルされ、流れを重視すれば単調で要点に対する強調の薄い退屈な画面となるであろう。両者のバランスの取れたまとめ方が肝要であるが、これはデザイン分野における典型的かつ基本的なテーマでもある。簡単には解決しにくい課題である。  実は提示方法Aはこの両者(強調に重点を置いた提示方法B,シンプルさに重点を置いた提示方法C)を折衷する考え方として提示したものであるが、両学生グループに対しても中途半端な効果でしかなかったようだ。従って、大きく性格の異なる2タイプが残り、それぞれのグループの相異なるニーズが明確に反映される結果となっている。 提示方法の効果の如何によっては、分かりやすさのみならず、授業の緊張感にさえ影響を与えかねない。デザイン的に考えても難しい課題である。  「前ページの要約」については一定の評価が得られたものと判断できる。しかしながらこれに関しても問題は残る。表示できる時間が次のページの終了までしかないという点、および「前ページの要約」を注視するあまり現在の説明を見逃す可能性である。前者については紙面の広さの問題でもあり、pptの機能そのものでの改善は難しい。後者については、紙面構成上の主従の関係で言えば従にあたる要素なので、あくまでも控えめな存在として扱っていくべきであろう。いずれにしても、好評とはいっても「無いよりはまし」が本音なのかもしれない。引き続き種々のアイデアを試してみたい。 表3 聾学校出身者の集計 表4 普通高校出身者の集計 6.おわりに  この調査結果をそのまま受け取れば授業運営は少々難しくなる。相反するニーズを抱えた2つのグループを対象に同一空間で同一の提示資料・提示方法での授業を行わなければならないからである。  デザイン系学科で教鞭を執る立場として、学生への資料提示に関してはそれ自体がデザイン行為であるとの認識から、紙面構成や提示方法に関してそれなりの配慮を心がけてきたつもりである。しかしながら今回の調査結果を見る限り、授業担当者の独り相撲の観があったようだ。ともすれば技巧に走りがちになるppt画面の構成であるが、諸刃の剣でもある。提示対象の特性によって使い分けなければならないという基本を突きつけられた思いがする。  今回、種々の条件が揃ったこともあり、自分が担当する授業を使って、過去に試験的に行ってきた幾つかの提示方法を一定の条件の下、その効果について調査を行うことができた。その結果として、それらの効果が確認されると同時に課題も見えてきた。今後、デザインの新たな課題としての視点から研究を深め、ユーザーニーズを無視した製作者の押し付けにならないよう改善に努めたい。 参考文献 [1] 本間 巖:造形用語が意図する形状的特徴に対する理解度の調査, 筑波技術短期大学テクノレポート,Vol. 9(1), pp.119-125, 2002 [2] 日経BP社:「P」で差を付けるプレゼンテーション講座,NIKKEI DESIGN,Vol.5,pp. 108-109, 2005 A Study on the Way of Showing Materials and the Effect by Power Point HONMA Iwao Department of Synthetic Design, National University Corporation Tsukuba University of Technology Abstract: To study learning effect by the difference of the way of showing materials by PowerPoint, the effect was investigated by the composition of the page and the method of presentation with 3 different types. According to the investigation at this time, the type which displays all contents from the beginning seemed valid more than the type to make display gradually every sentence. It wasn't possible to assert because there are few numbers of the examinees but as for the favorable image to the way of showing, a big difference was seen between the former students of the school for the deaf and the former students of the liberal high school. Therefore, the research of the equally effective way of showing is necessary to both. KeyWords: Power Point, Showing Materials, The Way of Showing