弱視者の立位バランスの特徴 筑波技術大学保健科学部保健学科理学療法学専攻1) アール医療福祉専門学校理学療法学科2) 高橋 洋1) 鶴巻 俊江1) 山名 隆芳2) 高田 祐2) 要旨:弱視者における直立制御の特徴を検討するために、本学保健学科理学療法学専攻学生(弱視者)46名と近隣の理学療法学科学生38名の重心動揺を測定、比較した。その結果弱視者は体性感覚系の機能を発達せていることが考えられた。また視覚の立位バランスへの影響は大きくなく他平衡系の関わりの重要性が示唆された。 キーワード:弱視者,重心動揺,視覚の影響 1.はじめに  直立姿勢は迷路、視覚、固有受容器からの入力が中枢神経系により統合・制御され、四肢骨格筋に出力され、身体は動揺しながら動的平衡を保っている[1]。直立制御に関与する系と反射・制御機構は表1のごとくである。[2]  直立姿勢の制御系の中で視覚系は自己受容感覚系の機能を持ち、その重要性を指摘されている。弱視者の直立時重心動揺に関しては、閉眼の影響が現れないとの報告がある[3][4][5][6]。一方晴眼者に対して視力低下が生じる疑似体験用ゴーグルを装着すると重心動揺が増したとの報告がある[7]。本研究では弱視者における直立制御の特徴を検討するために、本学保健学科理学療法学専攻学生(弱視者)46名と近隣の理学療法学科学生38名の重心動揺を測定検討した。 2.方法 1)被検者  弱視者46名、視力右0~1.2, 左0~1.2、視野欠損29名、中心暗点11名、輪状暗点1名、弓状暗点1名、視野測定不能4名、夜盲11名、羞明20名であった。視野に関しては重複人数である。  対照群38名との平均値を比べたところ、平均年齢、平均身長(男女)、平均体重(男女)に優位の差はなかった(表2)(2サンプル平均値検定) 2)装置・手続き(図1)  重心動揺計(stabilometer)はアニマ社のグラビコーダGS-7を用いた。当装置は非検者の直立姿勢時における足底圧の直立作用力を変換器で検出し、足圧中心の動揺を電気信号変化として出力する足圧検出装置である。解析結果に影響を与えるサンプリング周波数は20Hz(サンプリング間隔、50ms)となっている。  検査実施前に目的、動揺に対して安全性の確保を説明し、被検者に安心感を与えておく。検査途中で話したり、動いたりしないように説明する。被検者を検査台の中心線に一致して両足部内側をぴったり合わせ、目の高さ前方2mの位置に設定した直径約1cmの視標を見せ、両上肢は体側に接し楽な姿勢で60秒測定する。両足部の位置を動かさずそのまま後の椅子に座らせ休ませた後、再び立位になり閉眼し、台に立ったり、目を閉じることで生じる過激な動揺が消失(5~8秒)してから60秒間記録を開始した。 検査中、話しかけたり、指示を与えない。 3)対照群、分析方法  統計処理は2サンプル平均値検定で行った。  面積軌跡長検査項目とその意義は以下のごとくである[8]。 (1)外周面積:X-Y記録図における動揺の外周を囲む線(包絡線)で包まれる面積である。小児、高齢者では値が大きい。 (2)単位時間軌跡長: 総軌跡長を記録時間(秒)で割った値であり、高齢者では動揺の大きさを増すとともに動揺速度が速くなる。 (3)単位面積軌跡長: 総軌跡長を外周面積で割った値である。本検査は視性姿勢制御の影響が少ないパラメーターで脊髄固有反射性の微細な姿勢制御を検査する目的がある。単位面積軌跡長は若年者で短く、壮年者で長くなる。 (4)X軸(左右)変位:台の基準点と動揺平均中心の距離で測定する。本検査は迷路障害などで生ずる四肢・躯幹の筋緊張の左右差による変位の程度を検査する。加齢に伴う一定傾向の変化は認めがたい。 (5)Y軸(前後)変位:台の基準点と動揺平均中心の距離で測定する。抗重力筋緊張の亢進、低下で現れる姿勢異常による前後への変位を検査する。 (6)外周面積ロンベルグ率: 外周面積における閉眼/開眼動揺の比を言う。本検査の目的は視覚性の姿勢制御の役割を評価すること、脊髄後索、迷路障害を検出することである。各年齢層とも平均約1.5前後で加齢による変化は認めがたい。 表1 重心動揺に関与する反射・制御機構[2] 表2 両群の平均値検定 図1 測定機器と測定方法 3.結果 1)開眼時の測定結果  開眼時における各測定値の平均値比較を表3に示す。(対応2サンプル平均値検定) 2)閉眼での測定結果  閉眼時における各測定値の平均値比較を表4に示す。(対応2サンプル平均値検定) 3)ロンベルグ率が1以上と1以下の割合を表5に示す。 4)対照群における開眼と閉眼の比較を表6に示す。(対応2サンプル平均値検定) 5)弱視群における開眼と閉眼の比較を表7に示す。(対応2サンプル平均値検定) (結果のまとめ) 1)弱視群と対照群の比較 A)開眼では ①外周面積は対照群と差がなかった。 ②動揺の大きさ・速度は弱視群が大きかった。(p<0.05) ③四肢・体幹の筋緊張の左右差による変位は弱視群が大きかった。(p<0.01) ④抗重力筋緊張の亢進・低下で現れる前後への変位は対照群が大きかった。(p<0.01) B)閉眼では ①外周面積、動揺の大きさ・速度、脊髄固有反射性の微細な姿勢制御、四肢・体幹の筋緊張の左右差、ロンベルグ率は対照群と差がなかった。 ②前後方向の動揺は対照群が大きかった。(p<0.01) 2)開眼と閉眼の比較 A)対照群では ①動揺の大きさ・速度が閉眼で大きかった ②その他の項目に差はなかった B)弱視群では ①左右差による変位は開眼のほうが大きかった 表3 各測定値の平均値比較(開眼) 表4 各測定値の平均値比較(閉眼) 表5 ロンベルグ率1以上と1未満の割合 表6 開眼と閉眼の比較(対照群) 表7 開眼と閉眼の比較(弱視群) 4.考察 1)弱視群で発達した平衡機能  動揺の大きさ・速度を比較すると対照群では開眼時に比べ閉眼時が有意に悪い(p<0.01)ことから、対照群では開眼時に視覚情報を多く利用していると考えられる。一方弱視群は開眼、閉眼の差が見られないことから、弱視群は開眼時に視覚をあまり利用していないと考えられる。また開眼時では動揺の大きさ・速度は対照群に比べ弱視群が大きかった(p<0.05)にかかわらず、閉眼では対照群との差がないことから、弱視群は小脳、迷路等、視覚以外の平衡機能を発達させていることが推定される。  ではどの平衡機能を発達させているかを考えると、直立時の前後方向の外乱により全盲者の足圧応答が晴眼者に比べはやいとの報告がある9)。本研究でも抗重力筋緊張の亢進・低下で現れる前後への変位が開眼、閉眼とも対照群が大きいことから、弱視群は体性感覚系の機能を発達させていることが考えられる。 2)視覚の立位バランスに対する影響  開眼時と閉眼時を比較すると対照群では閉眼で動揺の大きさ・速度が大きくなり、その他の項目では開眼と閉眼の差が認められなかった。このことから動揺の大きさ・速度のみが視覚による影響が大きいと考えられる。弱視群では開眼に比べ左右の変位は閉眼のほうがむしろ少なく、他の項目は開眼と閉眼の差がなかった。このことから立位バランスのための視覚の役割は弱視者では重要ではないと考えられる。ロンベルグ率1以上は立位バランスに対する視覚の影響があると考えられるが1以下の者が対照群、弱視群ともに多く、立位バランスに対する視覚の影響は大きくないことが考えられる。 3)左右変位  左右変位に関して弱視群は開眼に比べ閉眼のほうがむしろ変位が少ない。その理由として、弱視者は両眼の視力や視野等の左右差、測定時に中心視野の欠損や視力の影響により目標のマークを見ることが困難な場合があること等を考えると、閉眼のほうが周囲の景色の影響を受けずそのため変位が少なくなると考えられた。閉眼では弱視群と対照群とは左右動揺に差がないことからみても、両群の左右動揺は本来差がないと考えられた。 5.まとめ 1)開眼では対照群に比べ弱視群は動揺の大きさ・速度が大きく、それを補償するために弱視群は体性感覚の機能を発達させていると考えられた。 2)視覚は動揺の大きさ・速度以外、直立位バランスに関してあまり関与しておらず、他の平衡系の関わりが大きいと考えられた。 参考文献 [1] 時田 喬:重心動揺検査.pp.2, アニマ株式会社,東京,2002. [2] 時田 喬:重心動揺検査.pp.3, アニマ株式会社,東京,2002. [3] 中田 英雄:重心動揺から見た視覚障害者の直立姿勢保持能力.姿勢研究2:41-48,1982. [4] 中田 英雄:視覚障害者の直立時重心動揺の特徴.日本人間工学学会関東支部大会要旨集:21-22,1982. [5] 中田 英雄:視覚障害者の直立時重心動揺の特徴.心身障害者研究9(2):1-7,1985. [6] 伊藤 裕之,仲迫 聡他:高度視覚障害者の重心動揺検査.Equilibrium Res Vol.61(5):394,2002. [7] 松野 豊,南里 文香他:視力低下が身体動揺に及ぼす影響.日本眼科紀要55(8):637-641,2004. [8] 時田 喬:重心動揺検査.11-12,アニマ株式会社,東京,2002. [9] 中田 英雄,横山 智恵他:盲人の直立姿勢保持能力と補償機能.バイオメカニズム学術講演会予稿集17:233-234,1996. Characteristics of Standing Balance of the Low-vision People TAKAHASHI Hiroshi1) TSURUMAKI Toshie1) YAMANA Takayoshi2) and TAKATA Yhu2) 1) Course of Physical Therapy, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology 2) Department of Physical Therapy, Ahru Medical & Welfare Professional Training College Abstract: In order to investigate the characteristics of standing control of low-vision people , we measured and compared 46 students (low-vision people) belonging to the Course of Physical Therapy in Tsukuba University of Technology and 38 students belonging to the neighboring College of Physical Therapy. It was considered that low-vision people developed the function of somatic sensation. It was suggested that visual influences were not so strong but other balance systems were important for standing balance. Keywords: Low-vision people, Standing balance, Somatic sensation