医療系辞典の利用方法の改善 筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター1) 筑波技術大学保健科学部保健学科鍼灸学専攻2) 村上 佳久1) 上田 正一2) 要旨:医療系の辞書・辞典について、電子図書閲覧室では機能を強化した。特に最新で語数が多く、国家試験にも参照される大型辞書・辞典を視覚障害学生にどのように提供するかは重要な課題である。ここでは、医療系学科の学生が利用する医療系辞書・辞典の利用環境や利用方法、システム構築について検討する。 キーワード:医療系辞書・辞典・視覚障害 1.はじめに  保健科学部には、学生に対して学習支援を行うコンピュータ室がいくつかあるが、鍼灸学専攻や理学療法学専攻のような医療系の学科では、医療系辞書は必要不可欠である。この2つの専攻の学生が主として利用するコンピュータ室は、図書館の電子図書閲覧室と5階の536演習室である。  電子図書閲覧室は平成3年から稼働しているが、536演習室は平成12年頃から稼働し始めた。この両者は、全く異なる発想で設計され運用されているため、視覚障害補償の考え方も異なり、同一の操作環境と言うには無理がある。したがって辞書・辞典に対する考え方も異なる。  ここでは、電子図書閲覧室での医療系辞書の利用方法について、最新の辞書の利用方法とシステム構築について解説する。 2.電子図書閲覧室における辞書検索  電子図書閲覧室は、平成3年に校舎棟2階の鍼灸講義室で仮開設され、平成4年に現在の図書館の場所に正式に開設された。平成3年の開設時より辞書検索には力点を置いており、10台のMS-DOSパソコンに6台のCD-ROMドライブを付け、8cmの電子ブック版CD-ROM辞書で、画面読み合成音声を利用しながら全盲が検索できるシステムを有していた。平成4年に図書館に移設後は、全てのパソコンにCD-ROMドライブを付け、辞書検索が行えるようにしていた。しかし、辞書検索の度にCD-ROMを交換することは非能率的なため、徐々にCD-ROMサーバへ移行した。また著作権の問題から出版社とのライセンス契約の元にネットワーク上でCD-ROM辞書の検索が行えるように改善した。平成8年までは学生寄宿舎や校舎棟の教官研究室でも、辞書検索が可能となっていたが、ネットワークを巡る人的トラブルのため、電子図書閲覧室のみの利用に制限した。このCD-ROMサーバによる辞書検索システムは、平成11年まで運用し、平成12年の機器更新とともに、CD-ROMサーバからHDD(ハードディスク)によるサーバ運用に切り替えた。  辞書の種類としては、つぎのようなものである。 最新医学大辞典 医歯薬出版 新・英和和英中辞典 研究社 リーダース英和辞典 研究社 広辞苑 岩波書店 コンピュータ用語辞典 日外アソシエイト 薬の事典ピルブック ソシム  これらの辞書は、全盲が検索可能なことが絶対条件として選択された。視覚障害者を対象とする保健科学部では、全盲と弱視が学習している。そのために最も障害程度の重い全盲が利用できる環境を整えることが本学の使命である。電子図書閲覧室は3つの専攻・学科が利用するため、その全てに対応できなければならない。  MS-DOS版の場合、検索ソフトにフリーウェアの"EB"を利用し、Vzエディタ上から辞書検索できるようマクロを利用した。得られた結果は、エディタ上で展開されるので、画面読み合成音声ソフトで読み上げが可能で、全盲も利用可能である。しかし、Windows版の場合、検索ソフトとして利用できるのは、フリーウェアの"DDwin"であり、画面読み合成音声ソフトに対応しない。そのため、平成11年までMS-DOS版の運用が続くこととなった。  平成12年にWindows版の画面読み合成音声ソフトである95Readerに添付された、"Viewing for 95Reader"でこれらの辞書の合成音声化での利用が可能となったため、機器更新とともにMS-DOS版は撤去された。  しかし、医学の進歩とともに医療系辞書の充実を求める声は多くなり、医歯薬出版の医学大辞典を語彙数や検索方法などで超える辞書が求められた。  そこで、平成14年に南山堂のPromedica Ver.2を導入し、辞書語彙数は飛躍的に向上し、利用者の便を図った。Promedica Ver.2は、HDD収納型の辞書であるため、全ての内容がそれぞれのパソコン単体に収録される。そのため、パソコンの台数分のライセンスが必要である。出版元の南山堂では、Promedica Ver.2のライセンス契約を実施していないため、この辞書の導入は非常に高価となる。(ライセンス導入と台数分導入では、倍の金額となることが多い) このため苦渋の決断として、年次ごとに辞書を増やしていくことにして、10台から導入し、3年で20台とした。このPromedica Ver.2 の導入は、その当時の医学系辞典の最高峰ではないが、全盲が利用できる環境としては、技術的に最善に近いものであった。 3.より高度な辞書・辞典  鍼師、灸師、あん摩・マッサージ・指圧師の国家試験や柔道整復師の国家試験、理学療法士・作業療法士などの国家試験を作成する際に利用されるリファレンス的な医学辞典としては、次のようなものが挙げられる。  Stedman 医学辞典 Ver.5(メディカルビュー)  今日の診療Vol.16(医学書院) これらの辞典は、国家試験問題を作成する担当者がレファレンスとしてよく利用することが知られている。その中でも「今日の診療」は、12種類の医学書院発行の辞典を一括で検索できる非常に優秀なものである。しかし、この2つの辞書は、画面読み合成音声ソフトに対応しておらず、全盲が利用するには難しい面が多い。また、1つあたりの価格が高価で、全てのパソコンの台数分を揃えるには、多額の費用がかかる。  平成18年に電子図書閲覧室の機器更新がされた時にStedman医学辞典 Ver.5 を、購入し、"Promedica Ver.2" と"Stedman Ver.5" を同時に画面読み合成音声ソフトで利用できないかどうか検証した結果、シェアウェアの辞書検索ソフトを利用してこの機能を実現することとした。 "Promedica Ver.2" と"Stedman Ver.5"にはそれぞれ独自に検索ソフトが添付されているが、全盲が利用するには問題も多く、画面読み合成音声が利用できない場合もあるため、シェアウェアの整合性を取りながら検索を行う。但し、この検索を実現するためには、シェアウェアの導入順番に注意を払う必要があり、シェアウェアの導入順番を間違えると、画面読み合成音声ソフトが稼働せず、全盲が利用できない。  さて、現在最も機能が高いと言われる医療系辞典である「今日の診療」は、画面読み合成音声が利用できないため、全盲が利用できない。また、「今日の診療」は医学系辞典の中で最も高価であり、1ユーザあたり74,550円のコストがかかる。しかも、全盲が利用できないことは、電子図書閲覧室の基本ポリシーに反する。そこで、辞典を発行している医学書院と協議し、ライセンス版のイントラネット版を活用することとした。  イントラネット版「今日の診療」は、通常の「今日の診療」の検索をWebベースのブラウザで行うことが出来る。 したがって、辞典ソフトウェアを各端末にインストールする必要がなく、サーバにインストールして運用する。最大利用者数は、サーバに接続して検索する人数ではなく、同時に利用する人数によって管理される。これらは、サーバに接続するハードウェア型のプロテクト・ドングルによって管理され、同時利用が制限されるようになっている。つまり、同時に利用するのでなければ、何ユーザでも利用可能となる。但し、授業などで利用する場合には、同時利用ユーザまでしか利用できない欠点もある。  今回の導入では、既に"Promedica Ver.2"や"Stedman医学辞典 Ver.5" が導入されているため、補助的に利用することを前提に導入したため、最低限に近い、「同時利用3ユーザ」で契約した。  十分に辞典の内容を全て画面読み合成音声が音声化するわけではないが、補助的な利用には活用できる。辞典の内容は、1ユーザのパソコン導入型と全く同一であり、過不足はない。価格は、若干高額であるが、電子図書閲覧室の全てのパソコンから利用可能であることを考慮すると、十分と思われる。 4.おわりに  保健科学部は、1学年あたり定員数40名であり、医療系辞典の必要な人数は30名である。したがって、年次進行でも最大120名が利用対象となる。そのために電子図書閲覧室の全てのパソコンに高価な医療系辞書を導入することは、費用対効果としてほとんど無駄と言わざるを得ないのが実情であり、「金がないから、医学辞典が買えないので授業が出来ない」といった別のパソコン室の話には、同意できない。  費用対効果と、全盲・弱視学生に対する視覚障害補償を両立させ、より使い勝手のよい学習支援システムを構築することは、保健科学部の使命であると考える。その意味で辞書・辞典に関する様々な情報を入手し、学生の意見も取り入れて最適な設計を行うことが必要不可欠である。  なお、本研究は平成18年度保健科学部長裁量経費「医学系辞書の利用の改善」(研究代表者:上田 正一)によるものである。 参考 医学書院ホームページ http://www.igaku-shoin.co.jp/index.html メディカルビュー社ホームページ http://www.medicalview.co.jp/ 南山堂ホームページ http://www.nanzando.com/ EBダウンロードページ http://www.vector.co.jp/soft/dos/util/se000026.html DDwinホームページ http://homepage2.nifty.com/ddwin/ Improvement of usage of a medical dictionary MURAKAMI Yoshihisa1) and UEDA Shoichi2) 1) Division for General Education for the Visually Impaired, Research and Support Center on Higher Education for the Hearring and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology 2) Course of Acupuncture and Moxibustion, Department of Health, Faculty of Health Science, Tsukuba University of Technology Abstract: In computer library room, a function of a medical dictionary was improved. It is regarded whether a student of a visual impairment can refer to the latest dictionary as an important problem. In addition, the dictionary that a lot of numbers of words are referred to for a national examination as for the used dictionary is desirable. Here, it was examined environment and a method, the systems construction that a visual impairment student used a medical dictionary. Keyword: Medical Dictionary