点字盤を用いたコンピュータ支援点字学習システムの開発 筑波技術大学保健科学部情報システム学科 1) 同障害者高等教育研究支援センター2) 小野 束1) 大西 淳児1) 長岡 英司2) 要旨:点字離れが危惧されるが点字の有用性は言うまでも無い。点字学習に興味を持たせる工夫も必要である。点字の学習法は大きくは二通りある。第一はパソコンと点訳ソフトあるいは点字タイプなどを用いる方法で比較的学習しやすい。第二は点字版と点筆を用いて一文字ずつ紙に点を打ち点字を作る方法である。あたかも手で文字を書いて覚えることに相当する。もっとも基本的かつ重要で多くの盲学校で指導されている。しかし、この方法による学習は容易ではない。本研究は点字盤を用いた点字学習法を支援する新しい教育システムに関する提案である。 キーワード:点字,点字盤,点字教育,コンピュータ支援教育,電子点字盤 1.はじめに  スクリーンリーダが普及した現在でも点字学習の重要性は言うまでもない。視覚障害者にとっての点字は健常者にとっての手書きに相当する。残念ながら健常者の文字離れと同様に視覚障害者においても点字離れが危惧される。厚生労働省の調査によると障害者のうち点字必要無し、と回答している者が62.6%で点字を必要としている者7.3%を大幅に上回っている[1]。その一つの要因はパソコン、インターネット、携帯電話などの情報技術の普及である。パソコンを用いれば、スクリーンリーダにより楽に情報を入手できる。点字を学習しなくてもコミュニュケーション上は特段の問題はない時代となった。現況では点字離れが起きることは止むを得ないのかもしれない。しかし点字はスクリーンリーダには無い特徴がある。スクリーンリーダでは一文字ずつ読み上げるのであたかもテープを聞くような順序処理となる。これに対して点字は文字であるから読みたい場所へ簡単に移動できる。読書中に2ページ前の3行目あたりへ戻りたいということはしばしばある。いわゆるランダムアクセスが可能である。この差は極めて大きく、文章を書くときの校正や、コンピュータプログラムのループ処理のように前後関係が重要な場合には決定的な差となる。また、点字図書は情報機器のように電源を入れる必要もなく静かに味わうことができ、読者の想像力を育てる。このように点字の重要性は大変大きいにもかかわらず点字離れがおきるのは何故であろうか。理由の一つは前述のスクリーンリーダなどが手軽に利用できることであろう。第二は点字の学習が困難であり習得に1年以上必要とすることにある。第三には中途失明が増加したため一層点字習得が困難なことである。糖尿病性の失明は既に年間3000名に達している[2]。本研究はこのような理由を考慮し点字を楽しく学習する方法を提示し点字学習に興味を持たせることを試みるものである。点字学習あるいは作成には幾つかの方法がある。点字タイプライターは六点に対応したキー入力により点字とする。またパソコンのキーを六点に対応させたソフトを利用することも多い。後者は編集が容易であり紙に出力する必要がないのでより簡単に学習できる。そのため現在ではもっとも多く利用される。基本的に両者に大きな相違はない。また、学習効率を上げるための工夫も幾つか行われている。例えば音声で読み上げる方法がある[3]。一方、点字学習の最も基本的な方法は点字盤をもちいることである。点字盤上の点字用紙に一点ずつ点筆により打点していく。あたかも、晴眼者のノートをとることに相当する。しかし、この方法は道具こそ簡単であるが学習には時間を要する。紙の裏から点字を打つため読むときの凸点字とは反対の凹点字となる。結果的にこの方法では凹点字と通常の凸点字と二種学習することになり必然的に習熟には時間を要する。また点字品質を一定にするためにも打点を均一にする目打ちなどの訓練が必要である。しかし、点字盤による学習には幾つかの特徴がある。まず、すぐにその場で点字用紙を裏返し自分で打った凸点字の確認をすることができる。このとき必然的に凸と凹の両方を学習することになる。また、点字盤は携帯が容易で授業などのノート取りにも適するから障害当事者にとっては点字教育の基本といえる。もし、点字盤の学習が簡単にできれば楽しみも増し点字の習得率を向上できるはずである。  本研究ではその点に着目し点字盤を入力インターフェースとする新しいコンピュータ支援点字学習装置を提案、開発する。また将来的にはこの方法による効果的な教材教育法を提供していく。 2. 開発システムの概要 2.1 システムの概要  はじめに本研究において開発するシステムの原理を図1に示す。特徴は、従来の点字盤を利用するので教育現場に馴染みやすく、またパソコンから打点位置の音声が出ることによる楽しさがある。習熟後も点字盤のみの使用にスムースに移行できる。システムは、仲村製点字盤、電子点筆、座標読み取り装置及びインターフェース、パソコン、ピンディスプレィ及びスクリーンリーダから構成されている。ここで用いた仲村製点字盤と点筆を図2に示す。 32マスの点字盤である。この点字盤を点字入力部として用いることに一つのポイントがある。 2.2 動作原理  動作原理を述べる。仲村製の既製点字盤上で電子点筆により打点するとセンサーで約18msec毎に打点座標を検出する。この打点信号をUSB接続されたパソコンにより反転して凸パターンに変換するとともに複数打点からパターン認識を行い六点点字パターンに対応させる。その点をピンディスプレィ(触覚ディスプレィ)に表示し触読もできる。また同時に音声で打点を読み上げることにより記憶を定着化させる。点字では打点を「2、3の点」などと表現するが、音声に出すと記憶が定着しやすいことに基づく。また点字盤を用いているため紙に直接打点され点字品質の確認も簡単である。さらに練習した点字用紙が残っていくので学習過程の把握ができる。同時にデジタルデータとしての点字データが得られるので間違いやすい点や成長過程を把握することが容易となる。図3に処理の過程を示す。  次にこの機能を用いて学習システムを利用した教材を開発し効率的な教育法として完成させる基礎を作る。本法では同時に点字用紙上の点字も得られるのでピンディスプレィ以外でも触読の練習ができる。既にパソコン等で点字を学習しても実際には点字を打てない場合もあるが本システムにより再学習が期待できる。 図1 システム構成図 図2 仲村製点字盤と点筆 図3 処理の概要 3.試作装置の仕様 3.1 試作システムの概要  開発にあたっては以下の原則を極力守ることとした。 @実際に利用される字盤を改良なく利用すること。 A点筆も既製品あるいはそれに近いものが利用できること。 この前提で開発試作したシステムの外観を図4に示す。点字盤は座標検出用センサーの取り付けられたアダプタにセッティングする。図4の右端にあるのが点字盤で、既製品を改造することなく利用していることがわかる。点筆についても既成品を利用するためには座標検出センサーとして静電式、電磁誘導方式などを検討した。しかし、さまざまな理由から今回は点筆側に一定の能動的機能を持たせることとした。結果的に点筆は既製品とは異なることになった。今回採用した方式は超音波方式で[4]、我々は今回開発したそれぞれを電子点字盤、電子点筆と呼ぶことにする。 3.2 座標読み取りの原理  電子点筆が打点などにより押圧されるとサンプリングレートに従う超音波信号が発信される。その信号を電子点字盤の受信部が読み取り打点信号を検出する。スタイラスは仲村製点字盤に付属の点筆と極力近い先端形状にした。 電子点筆の仕様を下記に示す。 @解像度100dpi A超音波方式 Bサンプリングレート約18msec 電子点字盤の仕様は以下である。 @内蔵メモリ:2MB A通信方式:USBインターフェース 今回採用した方式には以下の特長がある。 @点字定規が厚みを持った金属性であるが超音波方式のため影響されることがない。 A信号読み取りユニットはメモリを内蔵するため、オフラインでも利用できる。すなわち、パソコンが無くても打点データを保持することができる。 Bこのことは点字盤のみで点字練習を行い、ユニットに記憶したデータを後刻PCに取り込み解析することが可能となる。 図5は電子点字盤と電子点筆を用いて点字入力を行っている様子を示す。 図5から通常の点字盤で得られるものと同じ点字が点字用紙上に作成されることが見てとれる。また左のパソコン画面には点字の一部が表示されていることもわかる。 図4 試作システム 図5 点字を入力 4.実験結果 4.1 検出信号とパターン処理  試作システムで得られる信号例を図6に示す。図にはパターン処理をおこなう前の打点信号が表示されている。サンプリングレートに従い多数の打点が記録されていることがわかる。点字のドット間隔は2.13mm、縦の点間は2.97mm、隣の文字との距離(マス間)は3.27mmと近接している。上記の検出のバラツキから六点を正しく認識する方法の確立が不可欠である。今回は打点位置の度数から最も近傍の打点を決定する方式とした。 4.2 点字座標読み取り能力  試作システムの点字座標読み取り能力を評価した。点字盤に点字用紙をセットし用紙の右端部と左端部、左端部と右端部において点字座標の読み取り能力の相違を調べた。その結果、点字パターンの検出能力はいずれの場所でも大きな差はみられなかった。一方、電子点筆の角度の影響を多少受けることがわかった。角度と点字座標読み取り精度の関係については現在も実験を継続している。理由としては、電子点筆のスタイラス部と信号発信部が約5mmオフセットしているため生じるものとみられる。対策として、今回は点筆を極力垂直に立てるようにして打点することにした。この点に関しては通常の点筆を使用する時も紙面に垂直に打点するのでそれほどの違和感は無い。逆に正しい打点法として垂直に立てて使用するための何らかの信号として用いることも検討している。  電子点筆による打点は図6のようにバラツキを持つので、六点の打点に対応した信号処理を行う。  これらの処理を施した実際の点字パターンを図7に示す。  図7において、下段が図6で示した原信号で上段が六点に対応づけした点の表示である。次に、図8に示すようにこの信号を反転し凸点字のグラフィック表示とする。図9はこのとき同時に点字用紙に打点された点字である。 4.3 スクリーンリーダとピンディスプレィ  スクリーンリーダへの出力は打点位置に対応した六点の数字テキストファイルに変換し読み上げる方式とした。この処理は一旦点字データ入力を終了後にバッチ処理で行った。また、ピンディスプレィについては点字パターンに相当する墨字ファイルを変換テーブルにより作成しピンディスプレィに出力する方式で現在進めている。 図6 読み取りデータ 図7 原信号から点字パターンに変換 図8 凸点字パターン 図9 点字 5.検討課題  今回の開発システムのなかで最も重要な課題は点字盤の打点をパソコンにどのように取り込むか、その方法の開発にあった。この課題はこれまで述べてきた電子点字盤と電子点筆の方式により実現することができた。また凹点字を凸点字に変換しかつスクリーンリーダに出力することも実現できた。当然、点字用紙に打点された結果も得られる。 何といっても通常の点字盤への打点と同様の感覚で利用できるメリットは大きい。しかしながら現在の試作システムには下記のような幾つかの課題もある。 @点筆の角度依存性  既に述べたが点字盤に対して点筆を垂直に押し当てる必要がある。基本的に点筆においても同様のことが要求されているのであるが許容範囲が大きいほど使いやすいことは言うまでもない。この解決方法としては電子点筆自体の構造を改善する方法と、後述のパターン認識にて改善する方法とを検討している。 A点筆の形状と構造  点筆の形状が仲村製のものと異なるため打点時の感覚がやや異なる。電子点筆側に発信機構が必要であり、またそのための制御回路やバッテリを搭載しなければならないことによる。多くの人に意見を求めつつ、将来的には使いやすさを検討していくべき事項である。 Bパターン認識の精度及び認識方法の検討  検出打点は当初の想定より分布が広いことがわかった。 原因の一つは1の理由による。すなわち、電子点筆の位置や角度の影響を受け広範囲に分布する。そのため六点に対応させるためにはより高度なパターン認識処理を検討する必要がある。 Cリアルタイム性  試作システムは実時間で点字パターンに変換するが、スクリーンリーダへの対応については、打点をテキスファイル化した後バッチ処理にて読み上げる。リアルタイム性については今後の継続課題としていきたい。 D 教材の作成  本システムの特徴を最大に生かすための教育法を構築する必要がある。本システムには打点位置、打点順序まで記録される。すなわち、学習過程をデータベースとして蓄積していくことが可能である。また、PCを用いないオフラインでの利用も可能である。例えば、終日授業などで電子点字盤により点字記録した結果について打点入力の誤りを発見するなどの応用ができる。このような特徴を最大限生かすための教育教材の開発がさらに教育効果を上げるであろう。  以上、システム上と教材・教育法に関した課題があるが今後も継続的に検討していきたい。 6.おわりに  点字盤を利用した点字学習は最も基本的な方法であるが構造が簡単であるがゆえに学習には長い時間を要する。本研究はその欠点を解決しようとするものである。開発したシステムによれば、従来の点字盤を用いながら、従来と同様の感覚で点字を打つ。打点が音声、ピンディスプレィにより示される他、点字用紙に打点されるので点字品質や触読の練習にも利用できる。また、打点した点字用紙と蓄積されたデジタルデータを対比することにより学習の進歩過程をきめ細かく把握することが可能となる。デジタルデータとして蓄積された打点や打点順などを解析することにより誤りやすい点などを抽出し重点学習も行うことができるであろう。また、今回は実験していないがメモリ機能によりオフラインによる学習も可能でありこの機能の利用法も興味深い。打点を自分の手で作りだすという独特の感触はパソコン点字その他では得られないものである。この方法を発展させ点字学習の一助にしたい。 終わりに、本システムの開発に当たり多大なるご協力、ご支援をいただいたペンテル株式会社様に厚く御礼申し上げる。  また、本研究は平成18年度教育研究等高度化推進事業にて実施したものである。関係各位に感謝申し上げる。 参考文献 [1] 厚生労働省「身体障害児・者実態調査(平成13年度調査)」平成18年度版より [2] 所啓,金井順編集:現代の眼科学、金原出版 [3] アニモ点字自習ソフトhttp://www.animo.co.jp/products/welfare/tenji/func.jsp [4] Airpen(エアペン):ぺんてる株式会社 A Study of Teleteaching for Hearing Impaired Students in an Island Tsukasa ONO1) Junji ONISHI1) Hideji NAGAOKA 2) 1) Department of Computer Science, Faculty of Health Science, Tsukuba University of Technology 2) Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: The importance of braille study is known well. There are a number of different methods for personal braille study that can result in tactile output. It is easy to study by the method of using the personal computer. Other method by using Braille slate is most fundamental method of wiring braille, comparable to writing print with pencil. However, study by this method is not easy. We propose the computer-aided braille study system that uses the digital braille slate in this research. Keywords: Braille, Braille Slate, Braille Education, Computer-assisted Education