離島の難聴児通級指導教室に対する遠隔支援 筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター1)  筑波技術大学産業技術学部産業情報学科2) 鹿児島大学教育学部学校教育教員養成課程理科専修3) 鹿児島大学教育学部障害児教育専修4) 鹿児島県立鹿児島聾学校5) 石原 保志1) 堀之内 恵司5) 土田 理3) 三好 茂樹1) 西岡 知之2) 加藤 伸子2) 河野 純大2) 皆川 洋喜2) 村上 裕史2) 内藤 一郎2) 白澤 麻弓1) 若月 大輔2) 黒木 速人1) 長南 浩人1) 中村 豊隆5) 内田 芳夫4) 小林 正幸1) 要旨:離島、僻地にいる聴覚障害児の教育を支援するためテレビ電話やインターネットを利用した遠隔指導、支援プロジェクトを開始した。鹿児島県名瀬市立名瀬小学校の難聴児通級指導教室にブロードバンド環境を整備し、つくばとの間の通信実験を通して遠隔指導、支援に必要な機器、環境について検討した。また難聴児童2名に対してテレビ電話、インターネットを活用した指導を試行し、この中で筑波技術大学の聴覚障害学生と難聴児童との遠隔コミュニケーションを行った。さらに指導教室に通級する難聴児童が在籍する小学校のクラスの健聴児37名に対して遠隔通信による啓発授業を実施した。 キーワード:離島,聴覚障害児,遠隔指導,通級指導教室,特別支援教育 1.はじめに  現在、聾学校、難聴学級は、それぞれ特別支援学校、特別支援教室として、通常の学級にいる聴覚障害児に対していっそうの教育支援を行うことが求められている。しかしこれらの学校は、数が限定されている上に主に都市部に所在するため、離島や僻地のように交通の便が悪い地域の通常の学級に在籍する聴覚障害児は、都市部の聴覚障害児と同量、同質の指導、支援を受けることが困難な状況にある。また聴覚障害教育の専門性を有する教師の数は有限であり、これらの人材が離島・僻地の通常の学級に在籍する聴覚障害児・者に対しても十分な教育支援を行うためには、地理的な悪条件を解決する方策が必要である。  このような状況に対して、我々は聴覚に障害がある子どもや保護者、そして指導を担う教師に対して遠隔通信手段(テレビ電話、インターネット等)を利用した指導、支援を行うことを検討してきた。このような手段は対面指導を代替するものではないが、指導の一部を担いあるいはこれまで困難であったことがらを付加することが可能であると考えられる。  構想を具現化するため、平成17年度から日本学術振興会科学研究費補助金を得て研究プロジェクト(4年計画)を開始した。本研究では、このプロジェクトによる鹿児島県離島地域の難聴通級指導教室に対する支援について報告する。 2.プロジェクトの概要 2.1 研究計画 本プロジェクトは、以下の点を明らかにすることを目的としている。 ・遠隔支援、指導に関する機器及び通信環境  指導者と学習者(聴覚障害児・者)が、モニター画面の映像を介して口話(口形)、手話、指文字、身振り等の方法でコミュニケートするために、動画表示及び動画像伝送のパラメータをどのように設定するか。学習者が補聴器を介して聴覚を最大限に活用するためには、音声の呈示や伝送のパラメータ、及び音場をどのように設定するか。複数の教師等または学習者、相談者が同時に指導、学習、相談に参加する場合に、画像及び音声をどのように提示するか。 ・大学と聾学校、難聴学級との連携  聴覚障害教育、教科教育、工学などの専門知識を有する大学等の組織と教育現場が連携して指導、支援を行うために、遠隔システムがどの程度有効に活用できるか。 ・コミュニケーション・情報保障に関する支援  授業、集会等で、教師や友人の音声を文字や手話に即時変換して示した場合(遠隔パソコン通訳、遠隔手話通訳)、教科や場面によりその有効性にどのような、あるいはどの程度の差異が生じるか。 ・教科や言語に関する指導  専門家チームと現場の教師が連携して教科や言語の指導を行う場合に、どのような教授法が有効か。学習者に対して教材をどのように提示するか。課題に対する学習者からの応答をどのように受けるか。指導者と学習者との間の遠隔コミュニケーションを円滑に行うためは、どのような配慮が求められるか。 ・教育相談  専門家チームと現場の教師が連携して保護者等からの相談に対応する場合に、どのような配慮が必要か。 2.2 研究組織  図2は本研究のプロジェクト体制を示している。図1に示した研究計画のうち、平成17年度は第一段階である奄美大島の聴覚障害児を指導、支援の対象とした。  まず鹿児島大学を通して本プロジェクトに対する鹿児島県教育委員会、鹿児島県立鹿児島聾学校、名瀬市教育委員会、名瀬市立名瀬小学校の了解を得た。次に名瀬小学校通級指導教室(きこえとことばの教室)担当教員と筑波技術大学、鹿児島大学との間で協議し、指導、支援の対象及び内容と、大学および通級指導教室の具体的な役割分担について検討した。 図1 研究の流れ 図2 指導、支援の体制 3.研究経過 3.1 通信用機器および通信環境の整備  8月に奄美大島の名瀬小学校難聴通級指導教室に専用回線(光ファイバー式ブロードバンドシステム)の工事を行い、通信用機器(IP テレビ電話端末、インターネット用PCシステム一式、ビデオカメラ)を設置した。  設置した回線、機器を使用し、通級指導教室担当教員と筑波技術大学との間で十数回にわたりテレビ会議を行い、離島の児童や教育関係者のニーズの詳細について把握することに努め、さらに本研究プロジェクトの具体的な指導、支援内容について協議した。また通信実験を数回にわたって実施し、コミュニケーションメディア(口話、手話の動画像と音声)の伝送に必要な映像、音声のパラメータ、音の回り込みやハウリングが生じない音場の設定、複数の教師等または学習者が同時に指導、支援に参加する場合の画像及び音声の提示方法等について検討を行った。  通信実験を通したテレビ電話およびPCのパラメータを設定した後、9月から筑波技術大学と通級指導教室においてこれらのシステムを利用した指導を開始した。 3.2 通級指導教室におけるシステムの活用 3.2.1 言語コミュニケーションに関する遠隔指導  言語コミュニケーション学習の一環として、通級指導教室担当教員の指導の下、筑波技術大学教員と通級児童との間で電子メールによるコミュニケーションを行った。この活動は、児童の自己表現力と言語リテラシーの向上をはかったものである。対象児は第5学年児童(良耳の平均聴力レベル41dB)および第3学年児童(良耳の平均聴力レベル64dB)の2名であった。数回のテキストメールによるやり取りの後、ビデオメールの交換を行い、次の段階としてインターネットを介した2 者間通信用プログラムによる遠隔対話(以下、テレビ対話)を実施した。対話相手は筑波技術大学の健聴教員および聴覚障害学生であった。この対話における児童の様子からは、以下のことが推察された。 ・テレビ対話においては話し手と聞き手の交代を意識する必要がある。このことは日常の対面によるコミュニケーションにも般化される可能性がある。 ・テレビ対話では対面時と比較して得られる音声や視覚情報の質は低い。したがって相手の発話を理解しようとした時には「聞く」「見る」ことに集中しなければならない。このことは児童が話し手となったときに明瞭な話し方を意識させる場合がある。 ・離島の難聴児童が成人聴覚障害者と接する機会は少ない。 しかし遠隔通信手段を利用すれば成人のみならず他の地域の聴覚障害児者とコミュニケートすることが可能であり、視野を広めることができる。 3.2.2 健聴児童の障害啓発に関する遠隔授業  難聴指導教室に通級する難聴児童が在籍するクラスの健聴児37 名に対して、テレビ会議システムおよび2者間通信用プログラムを利用した遠隔通信による障害啓発授業を実施した。総合学習の単元「インタビュー名人になろう」の一部として行われたもので、筑波技術大学側の聴覚障害学生3 名と児童との間で、地域の名産品、テレビ電話、聴覚障害者の社会生活、手話などについて質疑応答がなされ、児童の聴覚障害に関する理解が深まる様子がうかがえた。 3.2.3 関係機関との情報交換  本プロジェクトで設置した通信回線とPCシステムは、情報面において孤立しがちな通級指導教室担当教員が他校の通級指導教室教員や関係機関と連絡を取り合い、連携を深めることにも使用された。具体的な使用事例として、指導計画案や日々の指導方法に関する文書・資料、指導の様子・授業形態に関する静止画像、児童の作品(作文や絵)等の交換があげられている。この中には大学から通級指導教室への知識や情報の提供も含まれている。 3.2.4 教材の作成、収集  通級指導教室専用の通信回線とPC システムを設置したことにより、教材の作成と利用に関して以下のことが可能となった。 ・学習・指導に利用できるコンテンツや関係する教員や保護者へ広められる情報をWebから得ることができる。 ・ワープロソフトを活用することにより構文学習や作文学習をする機会が増え、構文力や意志をまとめる力が今まで以上に高まる。 ・図形ソフト、画像処理ソフトを活用し壁新聞などを作成することで、表現する力や自分の障害を受容・啓発する力が高まる。 ・各教科のパソコン学習ソフト・お絵かきソフトを活用することにより, 学習の定着や苦手な学習の教科補充が行える。 図3 IPテレビ電話端末 図4 大学と通級指導教室の間の遠隔会議 図5 難聴児童と大学教員との遠隔対話 図6 障害啓発に関する遠隔授業(筑波技術大学側) 図7 障害啓発に関する遠隔授業(名瀬小学校側) 4.今後の計画  研究の第2段階として、先ず地域の聴覚障害教育の基幹である聾学校との連携体制を充実させていかなければならない。その上で、名瀬小学校通級指導教室の他に、鹿児島県内の離島、僻地を管轄する難聴学級あるいは通常学級に遠隔指導システム設置し、個々の地域あるいは個人のニーズに即した指導、支援を行うとともに、遠隔指導、支援の有効性を客観的に評価するための具体的なデータを収集していく予定である。 参考文献 [1] 石原 保志:遠隔地の聴覚障害児・者に対するインターネットを活用した発話指導に関する研究,文部科学省科学研究費補助金研究成果報告書,2005. [2] 加藤 伸子,河野 純大,内藤 一郎,村上,皆川 洋喜,三好 茂樹,石原 保志:会話場面での遠隔手話通訳システムにおける視覚情報に関する評価.ヒューマンインタフェース学会論文誌7(3):59-68,2005. [3] 三好 茂樹,西岡 知之,河野 純大,加藤 伸子,村上 裕史,内藤 一郎,皆川 洋喜,白澤 麻弓,石原 保志,小林 正幸:ゼミ形式授業の遠隔情報保障におけるWeb 版リアルタイム字幕提示システム.ヒューマンインタフェースシンポジウム2005 講演論文集 2:661-664, 2005.  本研究は日本学術振興会科学研究費補助金(プロジェクト・研究種目等「離島、僻地の聴覚障害児・者に対するブロードバンドによる遠隔指導・支援に関する研究」基盤研究(B)課題番号17330205)の助成を受けて行いました。 A Study of Teleteaching for Hearing Impaired Students in an Island Yasushi ISHIHARA1) Keishi HORINOUCHI4) Satoshi TSUCHIDA3) Shigeki MIYOSHI1) Tomoyuki NISHIOKA2) Nobuko KATO2) Sumihiro KAWANO2) Hiroki MINAGAWA2) Hiroshi MURAKAMI2) Ichiro NAITO2) Mayumi SHIRASAWA1) Daisuke WAKATSUKI2) Hayato KUROKI1) Hirohito CHONAN1) Toyotaka NAKAMURA4) Yoshio UCHIDA3) and Masayuki KOBAYASHI1) 1) Research and Support Center on Higher Education for the hearing and Visually Impaired,Tsukuba University of Technology 2) Department of Industrial Information, Faculty of Industrial Technology,Tsukuba University of Technology 3) Faculty of Education, Kagoshima University 4) Kagoshima Prefectural School for the Deaf. Abstract: We began the tele-suport project to help the education for hearing impaired students in isolated islands or remote rural areas. The broadband line was maintained to the classroom for the children with hard of hearing in the elementary school, and the equipments and an environment necessary for support were examined through the telecommunication experiment. The teacher in the remote place taught the language and communication to two children with hard of hearing through the videophone and internet. The deaf student in Tsukuba University of Technology and the child with hard of hearing communicated with a videophone. And a telecommunication session to understand hearing impaired was executed to 37 children of the class to which the child with hard of hearing was on the register. Keywords: Hearing impaired, Isolated Islands, Telecommunication, Special Education