視覚障害者とリスニング・テスト:センター試験と英検の比較 筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター 加藤 宏 青木 和子 要旨:平成18年度大学入試センター試験から英語リスニング試験が導入され、視覚に障害のある受験生にもリスニングが課されることになった。障害を補償するための特別措置方法と回答行動の分析は、今後、視覚障害者の英語教育研究の課題となると考えられる。リスニング試験は、時間延長に加えて連続・音止め方式という2つの試験方法を受験生が選択する方式が採用された。リスニング試験の視覚障害者特別措置としては他に実用英語技能検定(英検)の解答時間の一律2倍延長方式がある。本研究はセンター試験の試行テストと英検準2級問題のリスニング問題を用い、視覚障害学生の両試験おける解答方略や認知リソースの配分を解答行動を中心に分析した。 キーワード:センター試験,リスニング・テスト,視覚障害,特別措置,認知リソース 1.はじめに  視覚障害者教育において英語教育は、専門教育や職域開拓の点からもますます重要性が増している。特にリスニング(聴解)は読み・書き・話すと並ぶ基本的能力であると同時に、視覚に依存しないため視覚障害者には伸ばしやすい能力であると考えられてきた。また、リスニングの評価試験は点字触読や文字の視認困難の影響も比較的少ないと考えられ、晴眼者と同じように能力が発揮でき、視覚障害者のための情報保障措置もしやすいと考えられてきた。一方、時間的制約の厳しい条件で選択肢や問題文を触読しながら、同時に慣れない外国語を聴くというマルチな情報処理を要求されるリスニングは、視覚障害者にとっても認知的に負荷の高い課題となっている可能性が考えられる。  平成18年度大学入試センター試験には初めて英語リスニング試験が導入された。英語リスニング能力の判定と障害を補償するための特別措置方法とその認知機構の検討は、今後視覚障害者英語教育の大きな課題となっていくであろう。従来センター試験では視覚障害者特別措置として全試験科目共通に点字使用者1.5倍、墨字使用者にも障害の程度において1.3倍までの試験時間延長が認められてきた。2006年1月の第1回リスニング試験は、時間延長に加えて連続・音止め方式という2つの試験方法を受験生が選択できる方式で実施された[1]。ところで、リスニング試験の視覚障害者特別措置としては他に実用英語技能検定(英検)の解答時間を一律2倍に延長する方式がある[2]。  本研究はセンター試験に先立って2005年に実施された試行テストと英検準2級問題のリスニング問題を用い、両試験の特質、両試験おける視覚障害のある受験者の解答方略や認知リソース配分を解答行動を中心に分析した。 2.リスニングテストの受験特別措置  国際的場面でコミュニケーションができる英語教育の必要性が叫ばれて久しく、ついに大学入試センター試験にもリスニング試験が導入された。センターは英語のリスニング試験を導入するにあたって障害者のための特別措置として、重度聴覚障害者へのテストの免除のほか、従来の時間延長に加えてあらたに連続・音止め方式という2つの試験方法を受験生が選択できる方式を発表した。連続・音止めの選択方式は視覚障害のほか肢体不自由およびその他の障害にも必要に応じて適用される。  音止め方式とは、音源テープの読み上げを各問題ごとに受験者の指示により適宜停止・再開ができる方式のことである。これにより受験生は解答をマークしたり、選択肢を読むための時間をコントロールすることができる。一方、連続方式は健常受験生と同じく、音源は一度スタートさせたら、試験終了まで停止できない。しかし、1.5倍の時間延長が認められているので、音源終了後に通常より長い解答時間を確保することができる。いずれの方式も試験時間は通常の試験時間の1.5倍延長まで認められ、試験途中でも45分(通常は30分)で試験は終了させられる。  センターが発表した音止め・連続の2方式については実際の障害者で検証したデータの報告はない。また、視覚障害者用のリスニングテストに長い実績を持つ実用英語検定試験では、問題部分の英語音声のあとの解答のための空白時間を健常者の2倍とすることで特別措置としているが、こちらも障害受験者のデータは公表されていない。  障害のある受験生のための聴解問題についての特別措置の方式に関する報告としては、このほか留学生のための日本語能力試験があるが、ここでも1.5倍の時間延長規定と絵を見て答える問題の免除規定の他は明確な指針はない[3]。  本研究ではセンター試験の試行テストとこれと難易度が近いとされる英検準2 級問題のリスニング試験の問題を用いた。いずれも視覚障害者用の特別措置方式で実施し、視覚に障害のある受験者のリスニングテストにおける解答方略や認知リソース配分を解答行動を中心に分析した。 3.方法 3.1.被験者:視覚に障害を持つ短期大学の学生。被験者の英語力は、事前にプレイスメントテストとして行われた英語能力判定テスト(財団法人日本英語検定協会)で中学レベルとされるグループから英検準2級レベル以上で中級の上に相当すると思われるグループに渡っていた[4]。 点字使用者:7名 墨字使用者(弱視):4名 3.2.リスニング・テストの実施方法 3.2.1.センター試験問題:リスニング試験のセンター試験導入に先立ち実施された試行テストの問題を用いた(問題、スクリプト、音源は入試センターホームページにて公開)。 試行テストはセンター試験導入に先立ち2004年9・10月に全国約35,000人の高校2年生に実施されたもので、弱視用拡大問題および点字問題はこの試行問題をもとに実験者が作成した。点字問題では原問題の図は一部触図に、他は文章による説明に代替化した。実施方式は選択ではなく、点字使用・墨字使用とも全員音止め方式とした。 3.2.2.英検問題:2003年度準2級英検(10月実施分)の弱視用拡大問題および点字問題を使用した。 3.3.2つのテストの特別措置と特徴 3.3.1.特別措置  センター試験は全問題で2回音声が流れる(晴眼者も同じ)。英検は1回のみである。センター試行試験の実施には、各設問後の解答のための時間を試験時間内で受験生が自由に設定できる音止め方式を採用した。晴眼者用試験はICプレーヤで実施されるが、音止め方式では音源はCDとなり、再生停止の操作は受験者の合図で実験者がCDプレーヤで行う。各設問後の解答のための時間を受験生が自由に設定できるほか、実験では45分(通常30分の1.5倍換算)の時間制限を設けず、無制限とした。  一方、英検の特別措置は問題文朗読のあとにもうけられた解答のための空白時間が原問題では一律10秒に設定されているのに対し、視覚障害者特別措置問題は一律20秒に延長されている。  行動はすべてビデオ記録され、解答所要時間・発話等が分析された。また、解答後には出題形式別に難易度や情報保障の評価について聞き取り調査を行った。  実験は2005年4月~2006年3月に実施。両テストを同日に受験する場合も、別の日に実施した場合もあった。 3.3.2.問題の形式と内容  以下にセンター試験のリスニング試行テスト問題と英検問題の構成を表にまとめた。センター試験については、小問題ごとの特徴や難易度・語彙数・会話ターン数等については別表資料参照。  センター試験と異なり、英検の第1部は選択肢もすべて読み上げる形式になっており、解答にあたり問題や設問等を点字や墨字で読む必要はない。 表1 センターリスニング試験問題形式 表2 英検準2 級リスニング試験問題形式 図1 リスニングテストの実施状況 4. 結果と考察 4.1.得点および解答時間  両テストの得点および解答時間は表3の通りであった。  センター試行テストについては得点については全国平均(60.84, SD17.40)よりも低かったが、点字(全盲)と拡大文字(弱視)の問題用紙形式の違いでは得点に差はなかった。また、解答に要した時間は点字使用者および弱視群(拡大文字使用)ともセンター設定の特別措置制限時間内(点字45分:2700秒、弱視用40分:2400秒)に解答可能であることがわかった。英検については解答時間はテープでコントロールされているので、時間の測定は行わなかった。 4.2.テスト間の得点の相関関係等  次にテスト間の得点の相関関係をみてみる。図2にセンター試行リスニングテストと英検のリスニングテストの得点の散布図を示した。相関係数はr=0.58でやや高い相関傾向が見られたが、有意ではなかった(n=11)。  被験者には入学時に英語能力判定のためのプレイスメントテスト(n=9)を実施していたが、いずれのリスニングテストもプレイスメントテストの総スコア(図3、4)と有意な相関はなかった。さらにプレイスメントテストに含まれるリスニングのサブスコアとも両リスニングテストに相関関係は見られなかった。  プレイスメントテンスでは「語彙・熟語」、「読解」等のサブスコアも算出されるが、いずれの下位項目とも2つのリスニングテストのいずれについても得点間に有意な相関は見られなかった。 4.3.点字読速度とリスニング得点  リスニングテストでは墨字や点字をいかにすばやく読むかも重要な要素になってくる。秒単位で問題が進行するためリスニングと並行で問題文を読み取る能力が必要となる。ここでは点字版のリスニングテストを受けた被験者(n=5)のみ点字読速度を測定し、リスニングの得点との関係をみた。  リスニングの点字問題は2級英語点字で作成されているので、本来は英語点字の読速度を測定するべきであるが、問題文には日本語の解説文も含まれるので、点字への総合的習熟度という観点からここでは日本語点字読みとの関係を調べた。センター試験、英検の両リスニングテスト得点ともに日本語点字の読速度とは有意な相関はなかった。有意ではなかったが、両テストとも点字読速度とは負の相関傾向が示された。 4.4.解答パターンと出題形式・問題特性  次に問題の特性や形式別に成績との関係をみてみる。 英検準2級のリスニングテストの第1問は選択肢も音声で読み上げる形式(表2参照)であるが、点字触読や文字による読みの負担が少ないためか点字使用者からも弱視受験者からも容易との評価を受け、正解率も高かった。しかし、一部の弱視者では選択肢を「読む」形式の方が、問題の先読みが可能となるため認知的負荷の軽減になると評価する者もいた。問題形式への慣れの効果も大きく、テスト形式全般への経験不足の影響が大きかった。大問ごとに出題や解答の形式が変わると両リスニングテストともはじめの小問題の数題はパフォーマンスが下がる傾向にあった。  大問別の成績では、英語以外の論理的思考・科学的知識を必要とする長文のモノローグ形式問題の成績が特に低かった(表1、第4問B)。  センター試験の試行テストの点字版では触図が1枚使用された。一問あたり数秒しかない解答時間が1.5倍に延長されたとしても、また音止め方式で時間配分を受験者がコントロールできるとしても、時間制限が厳しいリスニングでは、触図は使用せず、代替か削除による情報保障措置が望ましいと考えられる。  センターのリスニングテストの問題音源の連続・音止めという実施方法に関しては、本研究では点字・拡大版とも全員音止め方式で実施した。しかし、実際には全くテープを停止させないで、健常受験生と同じく30分の試験時間内で終了した者も複数いた。両実施方法への評価も個人で分かれ一貫した傾向はなかった。全体的傾向として、点字使用者は墨字使用者に比べ、リスニングと設問の点字触読を同時にではなく継時的に行う傾向が強く、かつ点字用紙の交換時間が必要なため、音止め方式を好んだ。しかし、健常者が連続方式で受験しているのであれば、1.5倍の時間延長という特別措置を受けている以上、健常者と同じく連続方式に統一すべきであるという意見も点字・墨字受験者とも複数あった。 4.5.正解率を下げる・解答時間を延長させる要因  正解率を低下させる、あるいは解答潜時を延長させる要因とテスト属性(別表1)との関係を次に考察する。  触図を含む問題、道路案内などの空間的情報に関する説明文や簡単な暗算が要求される課題は解答所要時間が長くなり成績も低かった。この場合、解答行動が次の問題の音声に重なってしまい、次問の正解率にも影響を与えた。  内容に「意外性のストーリ展開」が含まれている問題も、正解率は低下し、解答時間は長くなる要因となった。会話の前半部と後半部で予定が変更し、結局最終的にはどうなったかを問うような問題である。  科学的知識や一般教養知識を運用して解答できるような問題や長文読解形式の問題の成績ほど個人の既有知識に依存する傾向があった。  設問分や選択肢の長さと正答率に関しては、選択肢が句の方が、選択肢がセンテンスの場合よりも解答時間が短い傾向がある。一方、センテンス全体の意味や文脈よりも、文中の1 単語の聞き取りに「正解」が大きく依存する問題では、正解率が低下する場合がある。これは文法や統語法に関する正確な知識ではなく、スキーマに依存しすぎた解答方略で失敗した例と考えられる。韓国の統一大学入試の英語リスニング試験にも似たような事情はあるようである[5]。  触図問題や時系列情報を聞き取り、表を埋めるような作表問題で途中メモ(外的資源活用)を活用しにくい点字受験者は特に不利である。  障害補償の観点からは、点字使用の場合、現在何問目を解答中であるかという情報の摂取が晴眼受験者よりも困難である。このため解答マーク時に問題番号の確認行動が頻繁に出現し、解答のために使える時間が侵食された。  全体に英語以外の認知処理として、空間情報処理、数的・量的処理、時系列処理、スキームにないストーリ把握などの要因を含む問題では成績低下・解答時間延長などの影響が見られた。これらの要因が関わる問題では、英語の知識、論理的思考力以外の個人の既有知識により正解が導かれる場合があった。  また、設問内容や構造とは直接関係ないが、点字受験の場合には何問目を解答中であるかという現在時点に関する情報の摂取が晴眼受険者よりも困難である。このため、リスニングおよび解答中に問題番号・ページ番号等を確認する行動が頻繁に出現し、解答のために使える時間・リソースが阻害される傾向になった。 4.6.問題の妥当性の検討  問題の妥当性を検討するためにセンター試験リスニングテストについて各設問の項目分析[7]を行った(資料 別表2)。 4.6.1.項目困難度  別表2の項目困難度は正答者数/受験者数の正答率で求められる。数値が1.00に近いほど簡単な問題といえ、一般に理想困難度は0.500とされる。本テストは多肢選択式なので、理想困難度に各設問の選択肢の数と当て推量による補正を行った困難度を最適困難度として示した。さらに項目困難度適切度=1-ABS((最適困難度-項目困難度)×2)で求めた。  設問4、6、16が正答率10%を切っており、極端に成績が悪くなっていた。困難度適切度からみてもこの3問のみマイナスとなって、最適困難度からのズレが大きいことがわかる。設問4は買い物に支払った金額を問う問題であったが、バーゲンによるディスカウント分をリスニングしながら暗算して答えなければならない問題であった。設問6も買い物でしかも同じくバーゲンが関わってくる。当初予 定していた買い物を別のバーゲン品をみつけ、急遽予定変更するという設定である。さらに選択肢には身につけていた他の被服品も含めた選択肢が設定されている。しかも選択肢は絵であった(弱視用問題)。設問16ではキャンプの段取りに関する問題であるが、父母娘の役割と希望が錯綜してストーリを追いにくく設定されている。これら設問には、正答率を低下させるような計算、意外性ストーリ、時系列の把握といた負荷が加重されており、単に外国語を聞き取るというだけでなく、聴解そのものが問われている。 設問の難易度につての受験者からの主観的評価では設問23~25がもっとも難しいという評価であった。これは比較的長い講演を聴き、内容について3つの設問に答えるという形式であった。内容は環境問題であり、日米間の比較も含む。いわば一般的科学知識、時事問題などの一般教養的知識の運用ができるかどうかが成績を大きく左右する問題である。この設問はセンターが行った全国の高校生におこなった試行テストでは成績は悪くなかった。大学入学試験という観点からは、この設問は入学後にもっとも必要とされるアカデミックな場面での求められるリスニングに近い設定であり、大学教育へのスクリーニングという観点からは、最もふさわしい問題ともいえる[6]。本研究の被験者と全国の高校生の評価が異なるということは、視覚に障害のある受験生が高等学校レベルでどのような教育を受けてきたのか、また大学全入時代に向けてどのような教育を行うべきなのかといった問題に示唆を与えている。 4.6.2.項目弁別力  次にKeely[8]に従い、項目弁別力を検討した(別表2)。この指標はその設問が能力の高い者とそうでない者を識別、弁別することができているかの基準である。まず、全被験者を成績によって上位群、中位群、下位群にKellyの基準によって分ける。表ではGが上位、Mが中位、Pが下位に属することを表す。次に上位群の正答率(pU)と下位群の正答率(pL)を求め、さらに項目弁別力=pU-pLの式で、項目弁別力(idp)を算出する。この指標は1.000に近いほどその設問の弁別力、すなわち能力が高い者と低い者を識別する効率が高いとされる。  さらに、項目弁別力の適切度をEbel[9]の基準に従って、「不良」、「改善」、「良好」、「最善」に分けた。25題中9題は、英語リスニング能力の判定のものさしという観点からは除外もしくは改訂が必要な設問であったということになる。センター試験のリスニングテストの項目分析に関してはTOEFLとの比較研究[6]において、設問の適切さや難易度、さらには大学教育に求められるアカデミック・スキルとしての聴く力が十分に測れていないのではないかという指摘がある。意表を付くようなひっかけ問題や一語単語を聞き落とすと意味が全くとれなくなるような出題形式よりも、長文を聞き、そこから正しく科学的情報や全体の趣旨の把握ができているかを問うような出題に、今後はより問題が精選されていくことが望ましいと考えられる。 表3 2つのテストの得点(100点満点換算)と解答時間 図2 2つのリスニングテスト得点の相関(r=0.58) 図3 センターリスニングとプレイスメント総得点の相関(r=0.08) 図4 英検リスニングとプレイスメント総得点の相関(r=0.26) 図5 センターリスニングと日本語点字読速度との相関(r=-0.32) 図6 センターリスニングと日本語点字読速度との相関(r=-0.81) 5.まとめと今後の課題  視覚障害者のために特別措置された2つのリスニングテストを視覚に障害のある短期大学生に実施した。結果は、視覚障害学生は両テストに解答することは十分に可能であり、大学入試に使用されることも妥当性があると示された。 また、はじめて施行されたセンター試験のリスニングテストの難易度については、英検準2 級レベルのリスニング問題と同等か少し難しいレベルであることがセンターより公表されていたが、施行後の予備校による分析だけでなく、試行テストによる視覚障害者集団でも確認された。  英検テストとセンター試験の両リスニングテストの差異としては、英検問題の第1部が、音声指示のみで実施され、読みを必要としない形式であるのに対し、センター試験のリスニングは全問題で選択肢や設問文の読みの能力も要求される。制限時間内に数多くの文字を読むことには不利となる視覚障害者にとっては、この差異は大きいと考えられる。事後評価の内省報告でも英検テストの方が易しいと評価されていた。  両テストの差異は問題構成の内容にも及んでいた。英検テストでは日常会話場面の設定された問題が多く、コミュニケーション能力に評価の重点が置かれていた。一方、センター試験では、講義を聴いて内容が把握できているか問う問題も含まれている。大学入学者の選抜のための試験という性格上、アカデミックな場面での英語運用をテストするという要請のためと考えられる。しかし、TOEFLのような英語圏への留学を希望する人を対象としたテストに比すと、さらにアカデミックな場面での運用能力を測るテスト項目をふやすべきであるという指摘もある[6]。 5.1.視覚障害者の解答パタンの特徴と問題特性とのマッチング  両テストとも点字使用者および弱視群ともセンター方式の特別措置によって制限時間内に解答することは可能であった。以下に解答パタンと問題特性にみられたおもな関係性を列挙する。 ・センター試行試験の得点は全国平均よりも低かった。テストの難易度については、センター試験の方が英検より若干難しいとの評価が多い。 ・センター試行試験では英語以外の論理的思考・科学的知識を必要とする長文聴解形式の成績が悪かった。 ・問題形式による正答率のばらつきが大きい。英検第1問の選択肢も音声で読み上げる形式は音声処理のみだけで、点字読みの負担が少なく容易との評価。 ・触図問題や作表問題で途中メモ(外的資源活用)を活用できないのは不利である。 ・点字使用者では触読とリスニングを平行して行うのは負担が大きいと評価された。 ・問題形式への慣れの効果が大きく、テスト形式全般への経験不足の影響が大きかった。 ・連続・音止めの両実施方法への評価は個人で分かれ一貫した傾向はなかった。 ・弱視者では選択肢が記述されている形式では、先読みにより認知的負荷が軽減される場合もあった。 ・センター試験には原問題に図表を含む問題が多く、点字試行テストおよび18年度実施テストでも触図が1枚使用されたが、リスニングでは受験生への心理的負担も多く、代替か削除による措置が望ましい。連続・音止めの両実施方法への評価は個人で分かれ一貫した傾向はなかった。 5.2.正解率を低下させる、あるいは反応までの時間を延長させる要因  リスニングに関係する心理機構や認知プロセスに関しては今日定説とよべるものはない[10、11]。しかし、リスニングテストの成績や解答行動から推論される認知機構を次に考察してみたい。  解答中の行動観察や解答パタンからは以下のような特徴やパフォーマンスを阻害要因が見られた。これら阻害要因は主に認知心理学におけるワーキング・メモリー説と関連づけて考察された[12、13、14]。ワーキングメモリーとは「目標志向的な作業の遂行にかかわるアクティブな記憶」とされており、容量の制約や時間的制約のもとで情報を統合するはたらきをするとされる心理的機能である。 (1)選択肢が触図や道路案内などの空間情報を含む問題・簡単な暗算等が要求される問題では、解答が遅くなる傾向がある。空間処理や数的処理のためにリソースが消費され、言語処理と競合している可能性が考えられる。従来のワーキングメモリ説では知覚下位モジュールとして視覚スケッチパッドと音響ループが分離されているが、今後は点字触読という視覚障害者独自の特性から触覚に関するモジュールの関与の分離および関与も考えていかねばならないかもしれない。 (2)解答所要時間が長くなると、次の問題の準備・余裕がなくなり、次問題の出だし部分の聞き取りが阻害され、次問題の正解率にも影響を与えた。小問題形式で次々と状況や場面がかわる設問形式では、各問題終了時に、いかにワーキング・メモリーの内容をキャンセルできるかが成績に影響すると考えられる。 (3)点字使用者の場合には今現在、何問目を解答中であるかという現在情報の摂取が晴眼受験者よりも困難である。このため、リスニングおよび解答中にも問題番号・ページ番号等を確認する行動が頻繁に出現し、解答のために使える時間・リソースが侵食される。 (4)英語の知識、論理的思考力以外の個人の既有知識により正解が導かれる場合がある。科学的知識や一般教養知識を援用して解答できるような問題や長文読解形式の問題の成績は個人の教育レベルに依存する傾向がある。 (5)選択肢が句の方が、選択肢がセンテンスの場合よりも解答時間が短い傾向がある。逆に設問文や選択肢中の語彙数が多いほどワーキング・メモリーのリソースが消費されると考えられる。言語心理学の古典にMillerのマジカルナンバー7説[15]があるが、リスニングの音声言語が脳内のある種の処理機構内に保持されるのは音節数にして7±2であるという研究もある[16]。一時的に保持される語彙数には制限があるが、語彙数を増加させるのは自動化により複数単語をひとつの単位として処理する方略が考えられる。 (6)内容に「意外性のストーリ展開」が含まれている場合は、正解率は低下し、解答時間は長くなる。リスニングにも状況把握などのトップダウン処理の過程が関与していることが示唆される。 (7)センテンス全体ではなく、文中の1単語の聞き取りに「正解」が大きく依存する問題では、正解率が低下する場合がある。音素や単語の聞き取りが左右するボトムアップ処理がリスニングの成績と関係していることが示唆される。 5.3.外国語副作用と自動化への示唆  竹内[12]は、認知的アプローチによる外国語教育への提言の中で、日本人の英語リスニングの困難さの要因として(1)音声上の問題、(2)語彙力の問題、(3)文法能力の問題、(4)背景知識の問題の4要因をあげている。本研究でも、これら知識の欠如が成績に関係していることが示され、視覚障害者のリスニングにおいても同様な要因が関与していることが示された。  リスニング・テストでは問題文を読みながら英語を聴取するタスクが要求されるが、点字使用者(触覚情報)は墨字使用者(視覚情報)に比べ、継時的処理を行う傾向が強かった。すなわち、音声を聞くことと、点字で書かれた設問や選択肢を読むことを同時ではなく、逐次的に行っていた。点字触読の認知的負荷が高いためと考えられる。また空間情報処理や科学的・数理的情報処理、ストーリ展開の処理等の音声処理以外のタスクが負荷されると成績が低下することも示された。これら成績低下要因を説明する概念のひとつに外国語副作用がある[17]。これは「慣れない外国語を使っている最中は、一時的に思考力が低下した状態になる」という現象に名付けられた(図7)。  Takano(1993)は言語課題と思考課題を被験者に同時に行わせた。十分に習得されていない外国語で言語課題の処理をしている時は、母国語で同じ言語課題が呈示された時よりも、同時に行っている思考課題の成績が低下した。ここで思考課題とは知能テストの図形課題など言語に依存しないとされる課題である。この現象は限りある認知リソースの中から外国語処理のために多くの注意が注がれ、思考課題のための注意が足りなくなるためと考えられている。この作用を抑えるためには外国語の処理を母国語と同じように自動できるまで反復練習し、習熟度を上げることが有効であると考えられている。視覚障害は情報障害とも言われるように、情報の摂取には保障のための十分な措置が必要である。今回の実験でも示された一般の高校生よりも低い傾向にあるリスニングテストの成績を上げるためには、晴眼者以上英語に接する機会の確保と反復練習等といった英語運用の自動化を促進するような教育プログラムの推進が重要な課題となるであろう。 5.4.リスニング試験と大学受験  今回の実験では被験者がリスニングテストの形式そのものに慣れていないことも成績低下の一要因となっていると考えられた。リスニングのような秒を競い、時間に追われて解答しなければならないような状況そのものへの経験不足が見られた。点字用紙の交換や点字タイプライタの操作に手間取る者も多かった。音止め方式というセンターが特別措置した方法は、受験者が試験時間全体を使って読みと解答を筆記する時間に配分できる一方、個人で試験時間の配分を管理しなければならない。課題をこなしながら同時に進行と残り時間への配分ができる能力が求められる。このためにも成績を上げるには、外国語処理の高いレベルでの自動化が達成されていることが条件となる。 図7 外国語副作用 参考文献 [1] 独立合成法人大学入試センター事業第1 課:平成18年度大学入学者選抜大学入試センター試験受験案内)別冊),2005. [2] 財団法人日本英語検定協会:文部科学省認定実用英語技能検定リスニングテストテープ説明書2級~5級,2003. [3] 上田 和子:日本語能力試験における障害者受験特別措置対応の現状と課題.日本語国際センター紀要,13:99-115,2003. [4] 青木 和子:視覚障害者のための単語認知テスト及び語彙サイズテストの開発–Are they slow readers or poor readers?–. Language Education & technology, 42:169-185, 2005. [5] 緑川 日出子,韓国の大学入試に学ぶ:リスニング・テスト最新情報,Unicorn Journal, May10, 2-11, 2004. [6] Sage, Kristie & Tanaka, Nozumi, So what are we listening for?: A comparison of the English listening constructs in the Japanese National Centre Teat and TOEFL iBT, Authentic Communication: Proceedings of the 5th Anuual JALT Pan-SIG Conference, May 13-14, 2006, Shizuoka, Japan: Tokai University College of Marine Science.)2006) [7] 古賀 功,古典的テスト理論による分析:IRT研究会 www.modern.tsukuba.ac.jp/~mochizuki/IRT/IRT02a. pdf, 2004. [8] Kelly, T. L.: The selection of upper and lower groups for the validation of test items. The Journal of Educational Psychology, 30, 17-24. 1939. [9] Ebel, R. L.: Essentials of educational measurement)3rd ed.). Printice-Hall, 1979. [10] 武井 秋枝 編著,英語リスニング論,河源社,2002. [11] 門田 修平,英語の書きことばと話しことばはいかに関係しているか-第二言語理解の認知メカニズム,くろしお出版,2002. [12] 竹内 理:認知的アプローチによる外国語教育,松柏社,2000. [13] 苧阪 直行:脳とワーキングメモリ,京都大学学術出版会,2000. [14] Goldstein, E. B.: Cognitive Psychology, Thompson Wandsworth, 2005. [15] Miller, G. A.:The magical number seven, plus or minus two: Some limits on our capacity for processing information, Psychological Review, 63, 81-97, 1956. [16] 河野 守夫:リスニングのメカニズムについての言語心理学的研究,ことばとコミュニケーション:外国語教育へのニューアプローチ,1,5-31,1997. [17] Takano, Yotaro: A temporary decline of thinking ability during foreign language processing. Journal of Cross-Cultural Psychology, 24(4),445-462, 1993. 別表1 センター試験「リスニング試行テスト」問題分析 別表2 センター試験リスニングテストの小問別項目分析 Cognitive Resource Allocation in Performance of the Listening Comprehension Tests for the Blind Hiroshi KATOH and Kazuko AOKI Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: From the 2006 fiscal year, the English listening test was introduced to the National Center Test for University Admissions. This is expected to have a great impact on English education in regular schools and schools for the blind in Japan. We conducted two types of English listening comprehension tests; The J-NCT English Listening Test and The EIKEN test, both were adapted for students with visual impairment. We discuss the performance of the two tests in relation to the properties of the two tests and cognitive resource allocation. Keywords: Blind, The J-NCT English Listening Test, EIKEN, Cognitive Resource Allocation