日本点字における医療用語の表記法の研究-文節分かち書きの原則について- 筑波技術大学保健科学部保健学科鍼灸学専攻1) 筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター2) 和久田 哲司1) 光岡 裕一2) 要旨:西洋医学、東洋医学に用いられる医療用語には複数の自立語、複数の付属語で構成される用語が非常に多い。点字使用者が正しく用語を認識するためには、本来1語であっても、医療用語の内部での一定の原則に沿って分かち書き表記をすることが必須である。  そこで、誤読で本文理解を妨げることのないように、点字使用者や点訳者が医療用語を点字文にする際の基本的な分かち書き原則を定めることを検討した。 キーワード:日本点字,医療用語,表記法,文節分かち書き 1.はじめに  点字表記は、漢点字などの特別な表記以外は仮名表記である。誤読を防ぐために「文節分かち書き」(以下、分かち書きと略す)して書き表される。例えば「その女の子」は、「その(小さな)女の子」という意味であれば「その おんなのこ」と分かち書きし、「その女の人の子供」という意味であれば「その おんなの こ」と分かち書きして誤読を防ぐ。  また、点字文は触読のため文頭から順次読み進むという特徴がある。漢字仮名混じり文では視覚的に文節把握が出来ているが、触読では分かち書きによって文意を捉える。例えば、仮名表記で「わたしわないむきょくにてしごとをしにいく」という文章を、「わたしわ ないむきょくにて しごとを しに いく」と分かち書きすれば「私は内務局にて仕事をしに行く」という意味になり、「わたしわな いむきょくに てしごとを しに いく」と分かち書きしてしまえば「私はな医務局に手仕事をしに行く」という文意にもなってしまう。点字文では分かち書きが重要視されるのもこの点にある。  まして、専門的な西洋医学、東洋医学に用いられる医療用語には複数の自立語、複数の付属語(副次的な意味の成分)で構成される用語が非常に多い。例を示せば、「左鎖骨下動脈」は、「ひだり さこつか どうみゃく」なのか、「さ さこつ かどうみゃく」なのか、「ささこつか どうみゃく」とするのが良いのか、様々な分かち書きが出来る。したがって、正しく用語を認識するためには、本来1語であっても、医療用語名の内部での一定の原則に沿っての分かち書き表記をすることが必須となる。  そこで、誤読で本文理解を妨げることのないように、点字使用者や点訳者が医療用語を点字文にする際の基本的な分かち書き原則を定めることを検討した。  検討に当たっては、鍼灸療法および按摩マッサージ指圧療法に関わる解剖学・生理学など基礎医学、臨床医学・リハビリテーション医学・整形外科学などの現代医学ならびに東洋医学における経絡経穴学・東洋医学概論およびその臨床と鍼灸・按摩理論など18,000語余りを抽出して、医療用語の分かち書き法を検討した。その主眼点は次の通りである。 【原則を定めるための留意事項】 (1)わかち書きの方法を簡易にするために、一般文書の場合とほぼ同様の原則によって分かち書きし、特別な分かち書きはなるべく避ける。 (2)文意や語意を重視して、単に音読みのみに偏することのないよう配慮する。 (3)音読み・訓読みや、平仮名・片仮名の別をも読み手が理解出来るように考慮する。 (4)例外的な分かち書きはなるべく避け、全体的に一貫性があり、統一性のある原則とする。  以下の項目中における〔資料〕内の第1から第5の章・節・番号は「日本点字表記法2001年版」(文末の主な資料[1])により、関係箇所を逐次示した。  なお、分かち書きの記述に当たっては、同じ用語でも二通りの意味がある場合や、見解の相違から複数の分かち書きが考えられる場合には、適切と判断される順に示した。‐(ハイフン)はそのまま‐で示したが、点字表記では3・6の点とする。アルファベットと仮名文字との間の第1つなぎ符(点字3・6の点)は、便宜上、_で示した。  以下、各項目ごとにいくつかの用語を例示しながら述べる。 2.漢字で構成される医療用語の分かち書き  医療用語が全て漢字で表される場合は、次のように分かち書きする。 2.1 複合語の漢字4文字以上の場合は、読みやすさを考慮して区切る。  〔資料1〕 3章2節4.  複合名詞の構成要素のうち、3拍以上の自立可能な意味の成分が、二つ以上あればその境目で区切り、2拍以下の副次的な意味の成分は、そのどちらかに続けて書き表すことを原則とする。  注意: 漢字4字以上の漢語名詞で、自立可能な意味の成分の前か後ろに、副次的な意味の成分が一つ以上付け加えられたと思われるものは続けて書き表す。 2.1.1 3音節(拍)、4音節は文意を考えて区切る。(それぞれにまとまった意味があれば区切る。) 橈側手根屈筋 トウソク シュコン クッキン 糸球体腎炎 シキュウタイ ジンエン 胸郭出口症候群 キョウカク デグチ ショウコウグン 2.1.2 ただし、漢字4字以上であっても文意が通じない場合は区切らない。(複合語は、明らかに1語であるものは続ける。) 総頸動脈 ソウケイドウミャク(総頸の語はないため区切らない) 高脂血症 コウシケツショウ(高脂の独立語はないため区切らない) 内胸動脈 ナイキョウドウミャク(内胸も同上) 長胸神経 チョウキョウシンケイ(長胸も同上) 甲状腺腫 コウジョウセンシュ(腺腫は独自の語はないため区切らない) 2.2 複合語における2音節以下の語の取り扱い  2.2.1 臓器や体部あるいは部位などが、漢字1字の2音節以下の文字との組み合わせの複合語は続ける。 掌側指静脈 ショウソク シジョウミャク 胸神経 キョウシンケイ 嗅神経 キュウシンケイ 脳神経 ノウシンケイ 筋収縮 キンシュウシュク 胃十二指腸 イ12シチョウ 外呼吸 ガイコキュウ 蛋白尿 タンパクニョウ 扁平上皮癌 ヘンペイ ジョウヒガン 大腿骨頭 ダイタイコツトウ 蝶形骨洞 チョウケイコツドウ 上腕筋膜 ジョウワンキンマク(上腕の筋膜は区切るが、上腕筋を覆う筋膜は続ける) 歯槽枝 シソウシ 2.2.2 複合語の自立語の前もしくは後の語が2音節で漢字2文字であるものは区切る。 皮膚感覚 ヒフ カンカク 皮脂欠乏症 ヒシ ケツボウショウ 皮下出血 ヒカ シュッケツ 胃脾間膜 イヒ カンマク 側頭下窩 ソクトウ カカ 2.2.3 複合語の中間にはさまれている場合は書き分ける。すなわち、語中に有る2拍以下の副次的な意味の成分は、意味の構成に従って前または後ろに続ける。おおよそ方向を表わす語は前に、状態を表わす語は後ろに続けることが多い。 陰茎背神経 インケイハイ シンケイ 眼窩下動脈 ガンカカ ドウミャク 上腕深動脈 ジョウワン シンドウミャク 眼面横静脈 ガンメン オウジョウミャク 胸骨傍リンパ節 キョウコツボウ リンパセツ 繊維芽細胞 センイ ガサイボウ 腹膜後器官 フクマク コウキカン 子宮広間膜 シキュウ コウカンマク 環椎横靭帯 カンツイ オウジンタイ クモ膜下出血 クモマクカ シュッケツ 2.2.4 複合語の語頭もしくは語尾に有る2音節以下の副次的な意味の成分が他の成分と結合して独立性を有すると見なす場合は自立語とみなされる語の前もしくは後を区切る。 (1)複数個前置される場合はこれらを一まとめに書き、後ろを区切る。 上前腸骨棘 ジョウゼン チョウコツキョク 後下小脳静脈 コウカ ショウノウ ジョウミャク 腸脛靭帯 チョウケイ ジンタイ 上後鋸筋 ジョウコウ キョキン 後縦靭帯 コウジュウ ジンタイ 仙結節靭帯 センケッセツ ジンタイ 注意:固有名詞の語頭に、これらの語が含まれている場合、注意を要する。 例:上大静脈 ジョウダイジョウミャク (2)語尾に有る2拍以下の副次的な意味の成分が他の成分と結合して独立性を有すると見なす場合、前の自立可能な意味の成分と区切る。 梨状筋下孔 リジョウキン カコウ 鎖骨上窩 サコツ ジョウカ 結節間溝 ケッセツ カンコウ 大脳下面 ダイノウ カメン クモ膜下腔 クモマク カクウ 注意1:上部・下部、上口・下口、前部・後部、内膜・外膜などは通常前を区切る。 注意2:間膜、筋膜なども多くは前を区切るが、続ける場合もある。 例:内肋間膜 ナイロクカンマク(内肋の語はないため続ける) 2.2.5 ただし、医療用語は漢語的表現が多いので、2音節以下でも文意から区切る方が解りやすいと思われるものは、発音上の切れ目も考慮して区切ることもある。 非炎症性 ヒ エンショウセイ 抗真菌薬 コウ シンキンヤク 〔資料2〕 3章2節2. 注意1  接頭語や造語要素であっても、後ろの成分に対して連体詞的な関係を持ち、意味の理解を助ける場合には、発音上の切れ目も考慮して区切って書き表す。 2.3 分かち書きする複合語の前につく語は、その複合語全体あるいは分かち書きする後ろの部分にかかる場合、区切って書く。 〔資料3〕 3章2節2.注意2  語頭にある接頭語や造語要素が、マスあけを含む複合語全体にかかる場合には、その後ろを一マスあけて書き表す。すなわち、 付属語+自立語+自立語 下甲状腺静脈 カ コウジョウセン ジョウミャク 横足根関節 オウ ソクコン カンセツ 長母指伸筋 チョウ ボシ シンキン 浅腓骨神経 セン ヒコツ シンケイ 外肛門括約筋 ガイ コウモン カツヤクキン 短撓側手根伸筋 タン トウソク シュコン シンキン 3.訓読みと音読みで構成される医療用語の分かち書き  訓読みと音読みで構成される複合語は区切る。 3.1 左・右は、通常「サ」「ウ」とだけ読むもののほかは、「ヒダリ」「ミギ」を優先させ、かつ「右手」のような短い語のほかは、あとを区切る。 左心房斜静脈 サシンボウ シャジョウミャク 右腕頭静脈 ミギ ワントウ ジョウミャク 左胃リンパ節 ヒダリ イ リンパセツ 肩手症候群 カタ テ ショウコウグン 指鼻試験 ユビ ハナ シケン 右上肢 ミギ ジョウシ 左気管支 ヒダリ キカンシ 注意:音読みする場合は、造語要素であるので、後ろと続ける。 3.2 複合語の1字の部分が3音節以上であれば区切る。 頤隆起 オトガイ リュウキ 杯細胞 サカズキ サイボウ 3.3 複合語で訓読みと音読みをする場合は、その間を区切る。 肩関節 カタ カンセツ(ケンカンセツ、音読み) 膝関節 ヒザ カンセツ(シツカンセツ、音読み) 脊髄猫 セキズイ ネコ 鍼治療 ハリ チリョウ(シンチリョウ、音読み) 頚神経罠 ケイシンケイ ワナ 大腸襞 ダイチョウ ヒダ(ダイチョウヘキ、音読み) 野球肩 ヤキュウ カタ 注意: 音読みする場合は、造語要素であるので、前あるいは後ろと続ける。 4.その他の表記 4.1 漢字音で発音する数で、数量または順序の意味を表す場合は数字で書き、数量または順序の意味がないか、薄れている場合は仮名で書き表す。 〔資料4〕 2章3節6.  数量または順序を意味する語で、漢字音のまま発音する場合には、数字を用いて書き表すが、数量や順序の意味のうすれた慣用語では、意味の理解を妨げない限り、仮名を用いて書き表す。 三焦兪 3ショウユ 三陰交 3インコウ 四華患門 4カ カンモン 顎二腹筋 ガク2フクキン 第5肋間 ダイ5 ロクカン 十字靭帯 ジュウジ ジンタイ 三里 サンリ 四白 シハク 百会 ヒャクエ 4.2 促音化は認められるが、元音で発音しても通じる場合、なるべく元音の「キ」または「ク」で書き表す。 〔資料5〕 2章1節6. 促音は、促音符を用いて書き表す。 注意:「キ」または「ク」で終わる字音が、次の字音と結合しているもののうち、次のような語は、結合の部分が促音化しているか、「キ」または「ク」の発音を保っているかにかかわらず、その部分をなるべく「キ」または「ク」と書き表す。また「ツ」で終わる字音が次の字音と結合して促音として発音されていても、意味の理解を容易にする場合には、促音符を用いず「ツ」と書き表してもよい。 腹筋 フクキン 膝窩動脈 シツカ ドウミャク 絡穴 ラクケツ 中足骨頭 チュウソクコツトウ 外側翼突筋 ガイソク ヨクトツキン 5.カタカナ語との医療用語の分かち書き  カタカナの複合語は、ほぼ上記原則に従う。 5.1 カタカナ用語の語頭の漢字1文字2音節以下の自立語は、読みやすさを考えて区切る。語尾の場合は続ける。 筋ジストロフィー症 キン ジストロフィーショウ 肺ジストマ ハイ ジストマ 胃アトニー イ アトニー バウマン嚢 バウマンノウ グラム値 グラムチ 6.理化学に関する医療用語などの分かち書きと表記  理化学用語は表記辞典等による。 6.1 動植物名や理化学用語などは、複合名詞の内部の切れ続きの原則に準じて書き表すことを原則とする。ただし、一つの動植物名や理化学用語などで、区切ると理解を損なうと思われる場合は、第1つなぎ符をはさんで続けて書き表すか、またはひと続きに書き表してもよい。 ポリ塩化ビフェニル ポリ エンカ ビフェニル デオキシリボ核酸  デオキシ_リボカクサン(第1つなぎ符をはさんで続けて書き表すか、またはひと続きに書き表す) ポリエチレンテレフタラート ポリ_エチレン_テレフタラート 6.2 1語中のアルファベットの後の漢字は第1つなぎ符をはさんで続けて書く。 M期 M_キ S期 S_キ X線 X_セン A型 A_ガタ 7.おわりに  医療用語の分かち書きについては、これまで日本点字委員会において検討されては来たが、一定の基準が示されるに至っていない。そのために、点字出版や点訳など関係者によって様々な見解で独自に進められて来たのが実際である。  点字使用の医療学習初心者が、正しく医療用語を修得するためにも、一定の基準作りは肝要である。今回、こうした課題の不統一性を解決するための一つの試案として示した。  日本点字委員会も、本年「医療用語分かち書き検討委員会」を発足して、こうした課題について取り組むこととなり、この筑波技術大学方式が、検討のたたき台ともなれば幸いである。  なお本研究は、文部科学省特別教育研究経費による『高等教育のための学内外視覚障害者アクセシビリティー向上支援事業』における「鍼灸・医学辞書システム開発プロジェクト」の一環として行われたものである。  この研究を進めるに当たって、点訳者の立場から終始ご助言をいただいた石塚 和美さんをはじめ、筑波技術大学点訳後援会の皆様、また関係者の皆様に深く感謝申し上げます。 文献 [1]『日本点字表記法2001年版』,日本点字委員会,東京,2001年 [2]『点訳・音訳のための医療関係用語集』,神奈川ライトセンター,1999年 [3]『点字表記辞典改訂新版』,(社)視覚障害者支援総合センター,東京,2002年 [4]『広辞苑第5版』,東京,岩波書店,1998年 [5]『今日の診療プレミアムNo.16』,医学書院,2006年 [6]『南山堂医学大辞典』Promedica Ver.3.0,南山堂書店,2007年 [7]『ツムラ医療用漢方製剤』,(株)ツムラ,東京,1997年 [8]西山英雄編著:『漢方医語辞典』,創元社,大阪,1975年 [9]白川 静著『字通』第1版,平凡社,東京,1996年 [10]日本点字委員会総会資料,宮村 健二,1997年 Research on the Medical Term Notation of Japanese Braille–Fundamental Rule on the Division of Phrases (wakachigaki)– WAKUDA Tetsuji 1) and MITSUOKA Yuichi 2) 1) Course of Acupuncture and Moxibustion, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology 2) Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: An extremely large number of medical terms used in Western and Eastern medicine consist of multiple self-sufficient words or attached words. Even though those terms were originally one word, they should be written with a space in between (wakachigaki in Japanese) according to certain rules of medical terminology. To avoid misreading words, we consider introducing fundamental rules for wakachigaki for Braille users and translators when translating medical terms in Braille sentences. Keyword: Japanese Braille, Medical Terms, Notation, Division of Phrases (wakachigaki)