アメリカにおける聴覚障害者のための文字による情報保障技術に関する報告 筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター1),筑波技術大学産業情報学科2),静岡福祉大学3), 群馬大学4), 大阪大谷大学5) 黒木 速人1) 三好 茂樹1) 白澤 麻弓1) 河野 純大2) 萩原 彩子1) 磯田 恭子1) 田中 美希3) 金澤 貴之4) 大倉 孝昭5) 要旨:日本聴覚障害学生支援ネットワーク(PEPNet-Japan)では、アメリカ視察を年1回ほど実施している。アメリカではADA法が整備されていることからも聴覚障害学生支援が盛んであり、支援体制や機器導入に関して色々と参考になる点が多いためである。今回は、先端技術を用いた支援方法を知る目的で視察を企画した。視察を行った地域は最北東部に位置するMaine州であり、この地域は地理的・歴史的な背景から、遠隔による支援が盛んな地域である。本報告では、文字通訳・字幕に関連する内容を取り上げて報告を行う。 キーワード:聴覚障害,音声-文字通訳,字幕,PEPNet-Japan 1.はじめに  日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)[1]では、アメリカ視察を1年度に1回程度実施している。アメリカではADA法(Americans with Disabilities Act;障害を持つアメリカ人法)[2]が整備されていることからも、聴覚障害者・学生に対する情報保障は「権利」であり、ごく当然のものとして実施されている。その状況を視察することで、日本で行う支援体制作りや機器導入などのヒントを得ることが出来る。  今回は、アメリカにおける先端技術を用いた情報保障手段を知る目的で、北東部にあるMaine州で視察を行った。Maine州は、遠隔による講義支援など機器を利用する情報保障が盛んであるため、今回の視察地とした選定した。  本報告では、視察内容の中で文字通訳・字幕に関連する内容を取り上げて報告する。 2.Maine州の概要  Maine州はアメリカ最北東部に位置する。州都はAugusta、人口最大の都市はPortlandである。州の人口は132万人(アメリカ50州の第40位,2005)、人口密度は14.42人/km2(アメリカ平均の約半分(日本の平均は337人/km2))である。州の広さに加え、人口の流出による過疎化、産業の衰退化における労働者の再教育の必要性から、遠隔による教育支援が発達した地域である。これらの支援技術は聴覚障害学生支援にも用いられている。 3.視察日程 3.1 日程  視察の日程は以下の通りである。現地には約3日間滞在した。  2007.1.7(日)~1.12(金)(JST) 3.2 視察都市と施設  視察期間中、以下の都市と、かっこ内の視察施設を訪問した。 ・Augusta(University of Maine at Augusta; UMA(メイン州立大学)、Maine州教育省) ・Portland(WCSH6(Portlandローカル放送局)) ・Mackworth Island(Maine Educational Center for the Deaf and Hard of Hearing; MECDHH(Maineろう教育センター)、Governor Baxter School for the Deaf; GBSD(バクスターろう学校)) 4.UMSについて  Maine州では、州立大学(7校)と地区の大学支援センター(University College regional outreach centers; 11箇所)からなる大学組織網UMS(University of Maine System)[3]を形成しており、州立大学キャンパス間はUNET(UMS Network for Education and Technology Services)の光回線で結ばれる。UMSは1968年に設立された。大学で行われる講義は、州立大学キャンパス・大学支援センターの他に、ローカルITV(Interactive Television)サイト(州立高校・生涯教育センター・公民館など、75箇所)においても遠隔で受講することができる[4]。このネットワーク網は教員間のTV会議による打合せなどにも日常的に活用されている。 5.CART  CART(Communication Access Realtime Translation)[4]は、法廷速記者が用いるstenotype(図1)をリアルタイムの音声-文字通訳に用いたものである。CARTを実施するには、stenotype・ノートPC・専用ソフトウェアが必要となる。アメリカで販売されているstenotyepeには通常シリアル入出力端子が備えられており、ノートPCとの通信が容易にできる。文字の入力は22個のキーを組み合わせることで行う。基本的には話されたことばをすべて文字にする。始業・終業ベルや笑い声など、聴覚障害学生に必要な音情報も文字として入力する。入力された文字は、ノートPCに送信され、ノートPC上で起動している専用ソフトにより外部出力機器に出力される。どのような外部機器に出力できるかは、ソフトにより異なる。  アメリカにはCARTを操作できる速記者が数多く存在している。これは、法廷速記者が多いためで、アメリカの裁判事情を反映していると言える。 6.C-Print  C-Print[6]はNTID(National Technical Institute for the Deaf)[7]で開発された、コンピュータのキーボード入力によるノートテイクシステムである。システムは2台のノートPCと、それぞれにインストールされたC-Printのソフトウェアで構成される。2台の内、1台をキャプショニストと呼ばれるタイピングする人が使用し、もう1台を聴覚障害学生が見る。文字入力はキャプショニスト1人で行うため、内容を要約しながらキーボード入力を行う。文字を提供するサービスの形態としては、出張サービスと遠隔サービスがある。出張サービスは、キャプショニストが聴覚障害学生のいる現地に赴いてサービスを行う。遠隔サービスは、キャプショニストは現地に赴かずに、会社等のサービス提供先にてサービスを行う形態である。遠隔サービスの際の音声送信には、Microsoft NetMeetingを用いる。  C-Printには、送られてきた文字を呈示する領域の脇に聴覚障害学生が自身でノートを取ることができる領域が設けてある。これは、学生自身が効率的にノートを作成するための補助機能である。また文字チャット機能があり、キャプショニストとの簡単な会話を可能にしている(図2)。文字チャット機能を用いて、聴覚障害学生がキャプショニストを通して、講師に質問することもできる。その際、聴覚障害学生の文字による質問入力をキャプショニストが読み上げて講師に伝える。現在は、音声認識ソフトウェアによる入力に対応したバージョンであるC-Print Proもリリースされている。 7.CaptionMIC・ccSattelliteシステム  CaptionMIC・ccSattellite[8]は、音声認識技術を用いた、大学等を対象にした授業向け字幕付与システムである。CaptionMICが音声-文字変換を行う装置でPC・音声認識ソフト・マイクで構成される。音声の入力には復唱者を介在する復唱方式を用いる。ccSatelliteは教室-復唱者間の音声・字幕の通信のための中継器の役割と、教室での字幕の出力の役割を果たす装置である。文字の出力はビデオ・VGA・Web(学生はWebブラウザで字幕を閲覧)・Line21などが組み込まれている。ccSatelliteを1台使用する場合は、教室のその場で復唱をして字幕を提供する形態となる。2台使用する場合は、1台を教室、もう1台をCaptionMICとともに設置し、通信にて文字を送信する(図3)。  機器の製造・販売を行うULTECHでは、字幕付与サービスや復唱者養成プログラムの実施などは行わず、機器は売り切りとなる。 8.放送局における字幕付与  視察期間中、Maine州最大の都市Portlandにある地方局である”WCSH6”を見学した。アメリカにおける字幕付与に関する法律は、ADA法(Americans with Disabilities Act;障害を持つアメリカ人法)[2]、TDCA法(Television Decoder Circuitry Act;テレビデコーダ法)、電気通信法(Telecommunications Act)の3法が存在する[8][9]。電気通信法では、新規に製作される英語のTV・ビデオ番組(AM6:00~AM2:00の時間帯の番組、CMは除く)に対し2006年1月までに100%字幕付与することと規定している。  WCSH6では自局で制作する番組に対して、2種の方法で字幕を付与している。1つがリアルタイム字幕であり、サービス自体はCaption Colorado[11]に委託して行っている。Caption Coloradoは全米最大の放送業務向け字幕付与サービス提供会社である。字幕作成は、stenotypeを用いる。  もう1つがNews Computerによる方法で、これは自局で実施している。キャスタが読む原稿を事前にNews Computerに保存しておき、キャスタの喋る音声に合わせて原稿の該当部分をオペレータがジョグダイアルでスクロールさせる(図4)。原稿の該当部分はTV映像に字幕としてスーパインポーズされると共に、キャスタ用のプロンプタにも呈示される。 9.おわりに  今回、実質現地3日間と強行軍であったが、数多くの場所・施設を視察でき、非常に有意義な時間を過ごすことができた。特に実際に支援を行っている現場や現場で働いている方々と意見交換ができたことが非常に貴重な経験となった。日本とは社会背景が異なるために、得られた内容をそのまま日本に適用させる際には注意が必要であるが、ADA法はじめ、聴覚障害者・学生に対する支援の根底思想に関しては、大変素晴らしいものがあり、多くの学ぶべきものがあると感じた。  本報告で述べた内容の詳細に関しては、別途、PEPNet-Japanで報告書[12]を作成したので、そちらを参照されたい。 謝辞  本視察の実施に当たっては、NETAC Maineサイトコーディネータ(当時)Barbara Keefe氏やPEN-International吉田稔氏を始めとする関連機関の方々に大変支援して頂いた。ここに感謝する。 図1 ステノタイプ(stenotype) 図2 C-Printの文字出力の様子(学生側) 図3 CaptionMIC・ccSatelliteシステム 左が教室側,右がキャプショナー側 図4 NewsComputerシステム 左からNewsComputer,字幕スクロール用モニタ,最終出力画面 文献 [1] PEPNet-Japan http://www.pepnet-j.org/ [2] ADA Home Page http://www.ada.gov/ [3] University of Maine System http://www.maine.edu/ [4] Distance learning Site http://www.learn.maine.edu/ [5] Communication Access Information Center http://www.cartinfo.org/ [6] C-Print http://www.ntid.rit.edu/cprint/ [7] NTID http://www.ntid.rit.edu/ [8] CaptionMIC, ULTECH http://www.ultech.com/products/default.asp [9] 石川 准, 関根 千佳, 米国における字幕の歴史, http://fuji.u-shizuoka-ken.ac.jp/~ishikawa/subtitle.htm [10] Related Lows, NCI http://www.ncicap.org/rlaws.asp [11] Caption Colorado http://www.captioncolorado.com/ [12] 日本聴覚障害学生支援ネットワーク(PEPNet-Japan)(編), 聴覚障害学生サポートネットワークの構築をめざして -アメリカ視察「聴覚障害学生のための先端情報保障技術報告書」-,2007. Speech-to-Text Translation Technologies for the Hearing Impaired in the United States KUROKI Hayato 1), MIYOSHI Shigeki 1), SHIRASAWA Mayumi 1), KAWANO Sumihiro 2), KANAZAWA Takayuki 3) and OKURA Takaaki 4) 1) Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology 2) Department of Industrial Information, Tsukuba University of Technology 3) Gunma University, 4) Osaka Ohtani University Abstract: The Postsecondary Education Programs Network of Japan (PEPNet-Japan) offers opportunities to discover practical ways of how to organize a support system for deaf and hard-of-hearing students and to put new technical equipment into support systems in the United States on an almost annual basis. When visiting the United States, we planned to see advanced technologies that were used for assisting deaf and hard-of-hearing students. Distance learning and support are very active in the State of Maine, which we visited because of its geographic and historical backgrounds. In this report, we describe the technologies related to speech-to-text translation and captioning, based on our visit. Keyword: Hearing impaired, Speech-to-text translation, Speech-to-text transcription, Caption, PEPNet-Japan