中国長春大学特殊教育学院針灸推拿科からの教員と学生の研修を受け入れて 保健科学部保健学科鍼灸学専攻 殿山 希 形井 秀一 柴崎 正修 一幡 良利 要旨:2005年度から本学鍼灸学専攻では大学間交流協定校である中国の大学で教員と学生の研修を行ってきた。今年度は、中国から教員と学生を研修に招待した。本稿はその研修受け入れまでの準備と研修内容について報告する。 キーワード:中国,研修招待,鍼灸手技学,教育,交流 1.招聘の経緯  鍼灸学専攻では、学生希望者を募り、2005年度より中国の大学間交流協定校に訪問して現地の鍼灸手技療法を見学・視察する研修を行ってきた。その機会は学生の鍼灸手技学に対する関心や学習意欲を高めた。また、海外を訪ねるということで、異国の文化や言語への関心も高まった。さらに、海外で行われている鍼灸手技療法を知ることで、自らの将来に大きな夢を描くようになった学生もいた。  そのような学習効果をもっと多くの、訪中する機会の持てない学生にも与えることができたら素晴らしいと私達は考えた。また、本学の中国訪問学生が抱いたような異文化への感動や将来の仕事への夢を中国の視覚に障害のある学生にも与えられたらとも考えるようになった。そんな私達の思いが、教育研究助成財団の助成事業として平成19年度から新たに始まった海外からの教員や学生の日本での研修助成費および平成19年度筑波技術大学学長裁量経費を得て、中国から日本への教員と学生の研修招待として結実した。 2.研修受け入れまでの準備  鍼灸学専攻では、中国からの研修受け入れを本年度の最重要実践項目のひとつとして位置づけ、5月より担当を配置した。準備は事務の協力を得ながら、表1に示す段取りで進めた。  日中間の細々とした連絡は、日本語が堪能な長春大学の金野先生が仲介となって下さった。先生には、昨年度の鍼灸学専攻訪中研修団も現地でお世話になっている。  研修招聘者の要件は以下の通りとして、王愛国学院長に推薦を依頼した。 1)長春大学特殊教育学院で鍼灸手技療法を教えている将来性のある正規教員1名。研修期間内に1回(40分程度)、中国の鍼灸手技療法の現状をテーマに本学の教員と学生に対して講演をお願いする。 2)成績優秀、普段の生活態度も積極的で、日本での研修に意欲的な学生1名。  研修者は英語、あるいは日本語で簡単な日常会話ができることが望ましいとした。 表1 招待者受け入れの準備予定表 3.研修者と研修の留意点  中国から本学鍼灸学専攻での研修招待者第1号となったのは、長春大学特殊教育学院針灸推拿科主任・宋宇先生(37歳)と4年生の王愛新さん(24歳)であった。宋先生は北京中医薬大学出身の針灸注1)推拿医師(日本の鍼灸あん摩マッサージ師に当たる)で、長春大学では実技を中心に指導しており、視覚に障害はない。王さんは生まれつきの眼疾患で片眼のみの視力だが、0.2程度であると言う。  中国では、盲学校中学部は多くの市にあるが、高等部は日本の県庁所在地に相当する市に各省1校ずつしかなく、その市在住者でなければ入学はできない。しかし、チンタオ(中国山東省)には国立の盲学校高等部があり、そこだけは全国からの学生を受け入れるという。王さんの故郷には盲学校高等部はないため、チンタオの盲学校高等部へ入り、卒後長春大学に進んだ。  今回の研修に際して、特に留意したのは、通訳者の配置であった。言葉が通じなければ、学ぶことも伝授することもできない。ましてや、視覚に障害があれば、「見て学ぶ」ことは難しい。  残念なことに、中国語で専門領域の説明や難しい会話ができる教員は鍼灸学専攻にはいない。一方、研修者が日本語か英語で私達とコミュニケーションし、充実した研修期間を過ごせるとも考えにくい。では、通訳者を帯同させるしかないが、研修内容である現代医学、鍼灸手技学、視覚障害者教育に関する専門用語を熟知した通訳者は周囲にいない。業者に頼めば、謝金が高く、とうてい予算内では済まない。そこで、こちらで通訳者を"養成"する必要があると考えた。  まず、通訳を筑波大学大学院修士課程芸術研究科2年の諸黎瑋さんに依頼した。彼は昨年本学が主催した第8回WBUアジア太平洋盲人マッサージセミナーにおいて、英語・中国語圏からの視覚に障害のある参加者の歩行介助をする障害者支援ボランティアとして活躍してくれたことから、その仕事ぶりと人柄の良さは私達のよく知るところであり、安心して今回の仕事を任せることができた。しかし、彼の専門は医療や教育とは全く無縁であった。  7月に1度、諸さんに今回の研修のメインとなる手技療法を知ってもらうために授業の見学をしてもらった。その後、日本の手技療法の特徴や施術法、専門用語の説明を行った。  10月になって、当日の授業見学をお願いした先生方から、その日の授業に必要なキーワードを出してもらい、通訳者とともに予め訳語を準備した。もし、専門性の高い言葉が当日の授業に用いられて、その領域の素人の通訳者が通訳に困ることを避けるための策であった。  招待講演の原稿は事前にメール添付で受け取り、諸さんに翻訳を依頼した。専門的な内容は監修し、文章を校閲した。原稿を元に、パワーポイントを作成した。日本と異なる内容であるため、理解ができない点については、招待者が到着してから確認して、講演会に間に合わせた。 4.研修プログラムとその実施  研修日程は2007年11月7日(水)~11日(日)であった(表2)。今回の研修プログラムに以下の5本の柱を設定し、それに合う研修内容を企画した。 (1)本学の教育の全貌を知る  本学は聴覚・視覚に障害を有する人のための日本で唯一の国立の高等教育機関である。そこで、視覚障害者のための鍼灸学専攻のみならず、大学全体の理念、それに従った教育課程を知ってもらおうと考えた。そこで、各学部、学科、専攻の先生方の多大なる協力を得て、産業技術学部の見学、保健科学部でも理学療法学専攻や情報システム学科、障害者高等教育研究支援センターの見学を用意した。  情報システム学科を見学した時、中国からの留学生の張世良君に出会った。王さんは授業そっちのけで話しかけた。それに、宋先生、通訳の諸さんが加わって中国人だけで中国語で約10分間経過した。後で何を話していたのかと尋ねると、王さんは留学に関心を持って、留学のこと、生活のこと、費用のことなど質問していたと言う。王さんにとっては、思いがけない収穫になったようである。 (2)本学の鍼灸学専攻で行っている教育の全貌を知り、特に、鍼灸手技学を中心に見学を進める  本学鍼灸学専攻では、現代医学と伝統医学の理論を基礎に、鍼灸手技学を教育している。そこで、基礎医学系の解剖学と衛生学実習、東洋医学理論としての経絡経穴学理論を解剖学的に教授する経絡経穴学実習、1年の手技基礎実習(図1)、3年の診察から治療までを外部の施術ボランティアの方々に対して行う総合臨床実習注2)、東西統合医療センター鍼灸施術所での鍼灸臨床実習注3)の授業に学生とともに入って、研修していただいた。  総合臨床実習では、学生が宋先生と王さんに問診から検査をして、手技療法を行った(図2)。宋先生は地域住民参加の教育体制に感動され、自分の所でも取り入れたいとのことであった。また、鍼灸手技療法に問診や検査が充実していることに驚嘆されていた。  また、そのように東西医学を学んで鍼灸あん摩マッサージ師の国家試験に合格した本学の卒業生がどのような所で働いているのかを紹介する目的で、ヘルスキーパーとして企業内マッサージ室に勤めている卒業生の職場を訪問した。  宋先生によると、長春大学特殊教育学院針灸学科の卒業生の進路は4つ、①病院就職(病院で医師の指導下に患者に医療の目的で施術を行う)、②保健・癒しを目的とした施設で健康者を対象に施術を行う、③治療院開業、④針灸手技を教える教員。国の政策で視覚障害者は開業がしやすく教員より高収入だそうだ。王さんは卒後は開業を希望していた。  11日(日)はつくば市から、ねんりんピック(全国健康福祉祭)茨城大会2007の会場で学生達がマッサージボランティアテントに協力を要請され、実技実習の授業として参加することになっていた。そこで、宋先生と王さんもその雰囲気を見学した。マッサージテントは盛況で、何人も列になって施術を待っていた。その様子を見かねた二人からは自らも協力の申し出をいただき、マッサージボランティアとしても活躍した(図3)。 (3)日本の教員や学生が中国の針灸手技の現状を知る  宋先生に『中国における鍼灸・推拿の現状』をテーマに約1時間の講演をしていただき、鍼灸学専攻教員と学生が拝聴した。講演原稿は別稿として本誌に掲載する。  当日、会場の大学会館には、こちらで準備した日本語のパワーポイントと宋先生が中国から持参した実技の写真のパワーポイントを同時に動かすという方法で、視覚がある学生には目と耳から情報を提供した。見えにくい、あるいは全盲学生のことを考慮して、講演中に司会者が随時説明を挿入した(図4)。講演後は教員や学生から多くの質問があり、関心の深さが伺えた。 (4)日中の教員・学生間の交流を深める  研修期間中に、鍼灸学専攻の学生の企画による歓迎会を催した。学祭のカラオケ大会で優勝した学生と学生推薦による学生が日本で流行りの歌を披露した。また、宋先生に出した質問には本学教員が答え、王さんに出した質問にも本学学生が答えるという『日中対抗クイズ大会』が実施された。その一端を披露すれば、「家庭サービスは何をしますか?」などの質問を宋先生と鍼灸学専攻の教員に答えてもらう、また、「日本に来てカルチャーショックだったことは何?」と王さんに、「昨年度、中国に行ってカルチャーショックだったことは?」と本学学生に尋ねるという形式で、たくさんの質問が用意された。文化の違いを感じたり、思いの共通性に納得したりで、笑いが絶えなかった(図5)。  11月9日(金)の夜は、体育館で柔道部の練習を見学した。王さんは元柔道の選手だった。2003年カナダで行われたIBSA(国際視覚障害者スポーツ協会)世界選手権、柔道60kg級で当時本学の学生であった田村友一君と対戦して勝っていた。その時、王さんは世界9位、友一君は敗者復活戦で7位だったそうだ。現在、友一君の弟の修也君が柔道部で活躍中である。王さんはカナダの試合後ひとまず引退したようであるが、ここで日中友好(因縁?)試合となった。対戦は修也君の勝ちであった。「でも、すごい、さすが王さんは強かった」と試合後、修也君が語った(図6)。 (5)日本の現代医学・鍼灸手技学を育てた風土・文化を知る  10日(土)は大学の授業がないので、研修は外に出た。現在の日本の鍼灸手技学を育んだ日本の風土・文化をじっくり見てもらうという企画であった。  まず、日本の現代医学発祥の地である築地地区を訪ねた。18世紀末、前野良沢がオランダ語の医書『ターヘルアナトミア』を訳し、『解体新書』五巻を完成させたのはこの地であった。現在でも医療・看護の拠点である聖路加国際病院、国立癌センター界隈を散策しながら、近隣の銀座、浅草、秋葉原と足を延ばし、日本の伝統と現代文化、過去と未来への夢が交錯する街並みを見学してつくばに戻った(図7)。大都会であるにも拘わらず、道路がきれいで衛生的であること、隅田川の水が澄んできれいであることに二人は驚いた。 表2 研修日程 図1 基礎実習に参加して 図2 総合臨床実習に参加して 図3 ねんりんピックで活躍 図4 講演会(左より司会、通訳、宋先生) 図5 日中対抗クイズ大会(左より王さん、通訳、宋先生、日本の学生) 図6 日中友好柔道戦(白が王さん) 図7 隅田川に感動 5.終わりに  成田空港への見送りの車の中で、二人から笑顔で1週間の冒険談を聞いた。朝食は、宿泊先の紫峰会館から近い食堂で食事の写真に指をさして注文したこと、産業技術学部の食堂では知らずに納豆に箸をつけ、とても食べられなかったこと、日本酒が美味しかったこと、銀座のユニクロに入ったこと等々...。そして、日本の先生方は皆10~15歳は若く見えるとサービスしてくれた。  宋先生は「今度、長春大学に来てくれたら、是非、中国の針灸手技療法の実技を披露、伝授したい」とのこと、王さんは帰国したら大学の日本文化学科で日本語の訓練を受けるとの決意を語った。本学の学生が中国から帰って来て、中国語頑張るぞ、とか、いつか留学したいと熱く語ったことを思い出した。最後に二人は「すばらしい旅だった」と言った。 6.今後の課題  研修受け入れの一番の問題点は言葉の壁であると考える。今回は心優しく向学心の旺盛な諸さんの惜しみない協力のおかげで安くお世話が行き届いたものと思う。せめて、日常会話程度が交わせる共通言語を持つことが、研修者にも受け入れ側にも求められると考える。 注 1)日本では、日本で行われているシンキュウを表す場合、通常、「鍼灸」と記載するが、中国では、中医学におけるシンキュウを「針灸」という簡体字で表記している。そこで、本原稿中でもその慣例に従って、鍼灸と針灸を適宜使い分けている。中医学については本誌別稿『中国における針灸・推拿の現状』を参照していただきたい。 2) 地域住民で鍼灸手技療法や本学の教育に関心のある方々であまり大きな疾患を持たない人々にボランティア登録してもらい、学生の鍼灸手技施術を無料で受けてもらう。教員の指導の下に施術を行い、効果を評価し、専門職業人として必要な技術、態度を学ぶ。鍼灸あん摩マッサージ師となるための教育上、仕上げとなる外来実習の直前の科目と位置づけている。 3)東西統合医療センター鍼灸施術所で教員が患者に治療しているところを見学する実習。 Acceptance of a Teacher and Student for Study of a Course of Acupuncture, Moxibustion, and Massage, Special Education College of Changchun University DONOYAMA Nozomi, KATAI Shuichi, SHIBASAKI Masanao and ICHIMAN Yoshitoshi A Course of Acupuncture and Moxibustion, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: Every year since 2005, certain teachers and students in the Course of Acupuncture and Moxibustion , Tsukuba University of Technology have visited universities in China according to an agreement between Changchun University and the Tsukuba University of Technology. In 2007, we invited a teacher and a student of a course on acupuncture, moxibustion, and massage of the Special Education College of Changchun University to our university to study traditional Japanese acupuncture and massage.  In this report we describe the preparation for their acceptance for study in Japan and report on how the study program was conducted. Keyword: China, Invitation to study, Acupuncture and massage, Education, Exchange