視覚障害学生の学習教材に関する調査-教科書、参考書の現状と希望教材に関するアンケート調査- 保健科学部保健学科 吉田 次男 要旨:本研究の目的は、高等教育機関に在籍する視覚障害学生が教科書、参考書をどのように読んでいるか、またどの様な形でそれらの学習教材提供を望んでいるかに関するアンケート調査を行い、学習教材利用の実態把握と今後の学習教材提供のあり方を検討することである。調査の結果、多くの視覚障害学生は1種類だけでなく2種類以上の教材を併用していることが明らかになった。すなわち紙に印刷された墨字や拡大文字のほか積極的に他の形態の教材も併用しているのである。提供を希望する教材では電子データが多かった。録音教材についても希望が多いが、従来の録音テープ、CD の他に検索性に優れたデイジーシステムという新しいシステムに期待している部分もあると考えられる。学生には、パソコンの使い方や情報リテラシーの教育を受ける機会が与えられており、一部の学生はこれらを活用して電子データとして提供された教材を使用しており、また今後よりいっそうの活用を望んでいる。 キーワード:視覚障害,墨字,拡大文字,点字,録音,電子データ 1.目的  高等教育機関に在籍する視覚障害学生が教科書、参考書をどのように読んでいるか、またどの様な形でそれらの学習教材提供を望んでいるかに関するアンケート調査を行い、学習教材利用の実態把握と今後の学習教材提供のあり方を検討することである。 2.対象と方法  アンケート調査は平成17年2月(1回目)と平成17年6月(2回目)の2回行った。  1回目アンケート調査は、筑波技術短期大学(現筑波技術大学注1)鍼灸学科2年生13人及び理学療法学科2年生10人の合計23人で、平成16年度「臨床検査学」受講生を対象とした。2回目アンケート調査は、筑波技術短期大学鍼灸学科2年生23人で、平成17年度「臨床医学総論」受講生を対象とした。1回目、2回目合わせて調査対象は46人である。用いたアンケート調査項目は章末(表1)に示した。なお、調査用紙は学生の希望に合わせて大きな活字ポイントを用いたものや点字版を用意した。 3.結果 3.1 全体  2回のアンケート調査をまとめて(調査対象46人)各設問項目毎に結果を本文末にグラフにて示す(グラフ8,グラフ9)。現在、教材をどの様にして読んでいるかという問いに対する回答の上位3つを多い順に挙げると、「ア.墨字本のままとくに道具を使わずに読んでいる。」、「イ.拡大鏡や拡大読書器で読んでいる。」、「オ.テキストファイルなどの電子データになっているものは、パソコンの読み上げソフトにより聞いている。」であった。教材をどの様にして読みたいかという問いに対する回答の上位3つを多い順に挙げると、「エ.テキストファイルなどの形式の電子データにして欲しい。」、「ア.墨字本のままでよい。」、「オ.録音テープやCD、デイジーシステム注2による録音物にして欲しい。」であった。  現在使用している教材と希望教材との比較をするため便宜的に設問1において、「ア.墨字本のままとくに道具を使わずに読んでいる。」にチェックしたものを、墨字使用者とする。「イ.拡大鏡や拡大読書器で読んでいる。」、「ウ.拡大文字版のあるものはそれを読んでいる。」のどちらかまたは両方にチェックしたものを、拡大文字使用者とする。「エ.点字になっているものは点字で読んでいる。」にチェックしたものを、点字使用者とする。「オ.テキストファイルなどの電子データになっているものは、パソコンの読み上げソフトにより聞いている。」、「カ.テキストファイルなどの電子データになっているものは、パソコン上で拡大して読んでいる。」のどちらかまたは両方にチェックしたものを、電子データ使用者とする。「キ.録音テープやCD、デイジーシステムで聞いている。」にチェックしたものを録音使用者、「ク.対面朗読により聞いている。」にチェックしたものを朗読使用者とする。  設問2においては、「ア.墨字本のままでよい。」にチェックしたものを墨字希望者、「イ.拡大文字にして欲しい。」にチェックしたものを拡大文字希望者、「ウ.点字にして欲しい。」にチェックしたものを点字希望者、「エ.テキストファイルなどの形式の電子データにして欲しい。」にチェックしたものを電子データ希望者、「オ.録音テープやCD、デイジーシステムによる録音物にして欲しい。」にチェックしたものを録音希望者とする。「カ.対面朗読を希望する。」にチェックしたものを朗読希望者とする。以下、これら便宜上の群を用いて検討していくことにする。これらの群の人数をグラフ1に示す。 3.2 現状について  現状で2つ以上の教材使用者を中心に結果を整理する。 3.2.1 墨字使用者と拡大文字使用者について(グラフ2)  墨字使用者は27人いるが、墨字のみの使用者は15人である。他の12人は他の教材を併用している。墨字使用者と拡大文字使用者の重なりは8人で、墨字使用者の29.7%、拡大文字使用者の40%である。 3.2.2 墨字使用者と電子データ使用者について(グラフ3)  電子データ使用者は20人であり、墨字使用者との重なりは7人で、墨字使用者の25.9%、電子データ使用者の35%である。 3.2.3 墨字使用者と録音使用者について(グラフ4)  録音使用者10人であり、墨字使用者との重なりは5人であり、墨字使用者の18.5%、録音使用者の50%である。 3.2.4 拡大文字使用者と電子データ使用者について(グラフ5)  拡大文字使用者は20人で、このうち5人は拡大文字や、拡大鏡、拡大読書機のみの使用者である。他の15人は、他の教材も併用している。拡大文字使用者と電子データ使用者の重なりは11人で、拡大文字使用者の55%、電子データ使用者の55%である。 3.2.5 拡大文字使用者と録音使用者について(グラフ6)  拡大文字使用者と録音使用者との重なりは4人であり、拡大文字使用者の20%、録音使用者の40%である。 3.2.6 電子データ使用者と録音使用者について(グラフ7)  電子データ使用者と録音使用者との重なりは9人であり、電子データ使用者の45%、録音使用者の90%である。 3.2.7 点字使用者について  点字使用者4人は、全員電子データも使用し、2人は電子データの他に録音教材を使用している。 3.2.8 対面朗読使用者について  対面朗読を使用しているのは2人だけで、うち、1人は墨字と電子データの併用者で、他の1人は点字と電子データの併用者であった。 3.3 学生が希望する教材について  学生が希望する教材についての結果を整理する。全体的傾向をみると(グラフ1)、現状の墨字使用者または拡大文字使用者は減少して、電子データまたは録音を希望するものが増加している。 3.3.1 墨字希望者について  墨字を希望するものは18人(39.1%)であり、現状の墨字使用者27人に比べて減っている。また、18人中17人は現在墨字を使用しているものであり、他の1人は拡大文字使用者である。現状で墨字のみを使用している15人についてみると、このうち3人は拡大文字を希望し、5人は電子データ、4人は録音を希望している。対面朗読や点字を希望するものはなかった。 3.3.2 拡大文字希望者について  拡大文字希望者は15人(32.6%)と、拡大文字使用者の20人から5人減っている。 3.3.3 電子データ希望者について  電子データ希望者は29人(63.0%)と、電子データ使用者の20人から9人増えている。現状で電子データのみを使用するものは1人のみであり。希望教材も電子データのみであった。 3.3.4 録音希望者について  録音希望者は16人(34.8%)と、録音使用者の10人から6人増えているが、対面朗読希望者は現状の2人(4.3%)と変わりない。 3.3.5 点字希望者について  点字希望者4人(8.7%)については、点字使用者のうち2人が新たに録音を希望し、残りの1人は現状と希望が変わらなかった。これまで点字を使用しなかった者が1人新たに点字希望にチェックしたが、点字使用者の1人が点字を希望せずに新たに録音を希望したため、現状と希望で見かけ上人数(4人)は変わらなかった。 3.3.6 朗読希望者について  現状の朗読希望者2(4.3%)人と数の上では差はないが、うち1人は録音を希望し対面朗読にはチェックしていない。新たに現状で墨字と録音にチェックしたものが対面朗読希望にチェックした。従って、現状と希望で見かけ上人数(2人)は変わらなかった。 4.考察 4.1 現状の分析 (1)1種類のみの教材を使用しているのは、墨字使用者27人中15人、拡大文字使用者20人中、5人、電子データ使用者20人中1人であり、点字使用者、録音使用者、朗読使用者は全員他の種類の教材も併用しており、晴眼者のように1種類の教材提供では学習上不十分である現状がうかがわれる。 (2)現状では従来の教材である墨字、拡大文字、録音教材に加えて電子データの使用者の割合が多いと言えよう。電子データは実際には、教科書の本文部分をフロッピーディスクやCD-ROM上にテキストファイル化したものである。学生はそのテキストファイルをパソコンの画面上で拡大して見たりあるいは読み上げソフトで聞いたりしている。このようなことは非常に便利であり、パソコンの普及につれてこのような電子ファイルの使い方はますます多くなるのではないかと考えられる。幸い筑波技術短期大学(現筑波技術大学)では、入学後パソコン利用や情報リテラシーの講義によりパソコンについて学習する機会が学生に与えられており、今後もこういった教育が重要になると考えられる。 (3)点字使用者全員が電子データも使用しているのは、点字がかさばることが挙げられる。特に臨床医学系の教科書や参考書の中には1,000頁を超えるものもあり、すべて点字に変換し保管するとなると、部屋がきわめて手狭になってしまうという事情もあると考えられる。これを電子データであるテキストファイルにするとフロッピーディスク数枚程度で収まってしまいかさばらない。また、検索の面でも電子データの方が格段に優れている。 (4)自宅学習で教材を音として聞くという観点から考察する。学習の時間や場所が限定されてしまうので朗読はこの検討から外した。電子データ使用者のうち「オ.テキストファイルなどの電子データになっているものは、パソコンの読み上げソフトにより聞いている。」、「キ.録音テープやCD、デイジーシステムで聞いている。」の両方または片方にチェックしたものは16人(全体の34.8%)であり、彼らは電子データによる教材を音声としても聞いている。このような学習形態は、現在の学習の中で比較的重要な位置を占めていると考えられる。 (5)拡大文字使用という点から考察する。設問1において拡大文字に関する項目は、「イ.拡大鏡や拡大読書器で読んでいる。」、「ウ.拡大文字版のあるものはそれを読んでいる。」、「カ.テキストファイルなどの電子データになっているものは、パソコン上で拡大して読んでいる。」の3項目であり、これらの項目のいずれか1つ以上にチェックしたものは23人(全体の50.0%)であった。印刷あるいはディスプレイ上に表示された拡大文字を読むことが現在の学習の中で非常に重要な位置を占めていると考えられる。 (6)録音教材使用者の90%が電子データも併用していることやあるいは電子データ使用者の45%が録音教材を併用していることについては、ともに機器を使用することに抵抗がないという共通点があるのかもしれない。また、CD-ROMはパソコン上でも再生できることから録音教材使用者がパソコン操作に慣れていることも考えられる。 4.2 現状と希望する教材との関係について  現状で使用している教材と希望する教材との比較では、電子データと録音教材の希望者増加が特徴的である。墨字や拡大文字を希望する者が減っていることの理由として、見えにくいが無理して読んでいたりあるいは拡大読書機や拡大文字の印刷物は使いづらいので、電子データのテキストを拡大して見ることを希望していることが考えられる。すなわち、現在拡大文字を含む墨字を使用しているものは、電子データや録音教材が与えられれば、そちらを利用したいという傾向がうかがわれる。  電子ファイルはパソコンの読み上げソフトで聞くことができるので1つの録音教材[1~3]と考えることもできる。また、従来の録音テープやCD-ROMによる教材に比べて検索、コピーや作成が簡単なことから、これを希望するものが増えたと考えられる。今後ますます需要の増大が予想される。録音教材の方でもデイジーシステムという新方式が登場しており、これも作成、検索、コピーが容易なことから電子ファイルと競合していくことが考えられる。 グラフ1 現状と希望教材の比較 グラフ2 現状と希望(墨字使用者と拡大文字使用者) グラフ3 現状と希望(墨字使用者と電子データ使用者) グラフ4 現状と希望(墨字使用者と録音使用者) グラフ5 現状と希望(拡大文字使用者と電子データ使用者) グラフ6 現状と希望(拡大文字使用者と録音使用者) グラフ7 現状と希望(電子データ使用者と録音使用者) グラフ8 設問1に対する回答(設問項目( )内は人数) グラフ9 設問2に対する回答(設問項目( )内は人数) 表1 アンケート調査項目 1.現在臨床医学系の教科書や参考書をどの様にして読んでいますか。当てはまるのはいくつでも回答してください。 ア.墨字本のままとくに道具を使わずに読んでいる。 イ.拡大鏡や拡大読書器で読んでいる。 ウ.拡大文字版のあるものはそれを読んでいる。 エ.点字になっているものは点字で読んでいる。 オ.テキストファイルなどの電子データになっているものは、パソコンの読み上げフトにより聞いている。 カ.テキストファイルなどの電子データになっているものは、パソコン上で拡大し読んでいる。 キ.録音テープやCD、デイジーシステムで聞いている。 ク.対面朗読により聞いている。 ケ.その他 2.臨床医学系の教科書や参考書をどの様にして読みたいですか。当てはまるものいくつでも回答してください。 ア.墨字本のままでよい。 イ.拡大文字にして欲しい。 ウ.点字にして欲しい。 エ.テキストファイルなどの形式の電子データにして欲しい。 オ.録音テープやCD、デイジーシステムによる録音物にして欲しい。 カ.対面朗読を希望する。 キ.その他 文献 [1] 吉田 次男,大武 信之 他:パソコン点訳から生まれる録音教材の開発.筑波技術短期大学テクノレポート9(2): 43-47,2002. [2] 吉田 次男,大武 信之他:録音教材の開発-パソコン点訳を利用して-.電子情報通信学会技術研究報告102(594):19-22,2003. [3] 吉田 次男,大武 信之他:視覚障害者のための録音教材の開発とインターネットによる利用.国際経営・文化研究,7(2): 45-52, 2003. 注 注1)筑波技術大学 概要:聴覚障害者が主にものづくりを学ぶ「産業技術学部」と、視覚障害者が主に健康づくりを学ぶ「保健科学部」の2学部と、各学部の学生やスタッフを支援する「障害者高等教育研究支援センター」から構成されている。 教育の理念: 1.人間形成に資する幅広い教養を習得させ、社会性の涵養を図る。 2.障害を理解・克服し、自ら社会に適合できる自主性、柔軟性の育成を図る。 3.情報化社会に対応できる情報リテラシーと国際化に対応できる語学力や学生生活・社 会生活を円滑に行うためのコミュニケーション能力の育成を図る。 4.専門技術の習得に必要な専門基礎教育及び専門教育を充実し、社会が求めている専門的、応用的職業能力及び指導能力の育成を図る。 注2)デイジーシステム デジタル音声システム(DAISY, Digital Accessible Information Systemの略)カセットテープの録音図書の欠点であった情報検索生を画期的に改良したもの。カセットテープでは不可能だった聞きたい箇所をページや見出しで検索できる特徴がある。 Questionnaire Survey Regarding Learning Materials for Visually Impaired Students YOSHIDA Tsuguo Tsukuba University of Technology Faculty of Health Science, Department of Health Abstract: The purpose of this study is to research how visually impaired students of the institute of higher education, Tsukuba College of Technology, read text and reference books, and to investigate the way in which learning materials are presented to them. From the results of this research, it became clear that many students were concomitantly using more than two kinds of material, in addition to a single kind. In other words they use more than one type of learning material, which is printed on paper or Braille, and also digital text data created on a personal computer and recorded materials, among other types of the learning material. In college, they have the opportunity to receive education of the computer usage and information literacy. Some of them can use digital text data thanks to this literacy, and want to use such materials more frequently. Keyword: Visually impaired, Braille, Recording materials, Digital text data