聴覚障害者のためのリカレント教育の検討 産業技術学部産業情報学科1),障害者高等教育研究支援センター2) 内藤 一郎1) 加藤 伸子1) 河野 純大1) 村上 裕史1) 若月 大輔1) 西岡 知之1) 皆川 洋喜1) 黒木 速人2) 白澤 麻弓2) 石原 保志2) 三好 茂樹2) 要旨:本学の短期大学時代の卒業生は社会の中核を担う世代になってきており、卒業生自身からばかりでなく、社会からもスキルアップを望む声は強い。また、この世代は聴覚障害者の高等教育機関への進学率が決して高くなかったことから、リカレント教育への希望が強いとも考えられる。今回、本学卒業生を対象に資格取得を目的としたリカレント教育を企画・実施した。今回のプロジェクトでは、東京会場での実施、テレビ会議システムを使った遠隔講義の実施、多地点の会場同士での通信、立体映像通信の検討などを行った。本稿では、実施した結果を報告するとともに、その結果を基に、将来的な取組みの可能性についても考察する。 キーワード:聴覚障害者,リカレント教育,遠隔講義,多地点間通信,立体映像通信 1.はじめに  本学は平成17年度に四年制大学となった。現在、短期大学時代の卒業生は20代後半から30代後半を占め、社会の中核を担う世代となってきている。そのため、卒業生自身からばかりでなく、社会からも卒業生のスキルアップを望む声が強い。一方、この世代は、聴覚障害者の高等教育機関への進学率が決して高くない世代でもあり、本学卒業生に限らず潜在的にリカレント教育への要望が強いと考えられる。  こうした背景から、聴覚障害者へのリカレント教育を検討・実施していくことは、本学にとって重要な課題であると考えられる。しかし、本学には、ほとんどの卒業生が大学の設置されている地元には就職せず全国各地に展開しているという特殊な事情もあり、他の大学に比べて、リカレント教育の実施は容易ではない。  我々は、こうした問題の解決を目指して、卒業生を対象としたリカレント教育を企画・実施した。今回のプロジェクトでは、将来的な取組みの検証として、東京会場での実施、本学からテレビ会議システムを使った遠隔講義の実施、多地点の会場同士での通信、立体映像通信の検討などを行った。本稿では、実施した結果を報告するとともに、その結果を基に、将来的な取組みの可能性について考察する。 2.リカレント教育の実施 2.1 リカレント教育の内容  今回、卒業生を対象にしたリカレント教育を企画・実施した。内容は、情報系の資格取得(基本情報技術者試験ならびに初級システムアドミニストレータ試験)を目的とした講習会とした。基本情報技術者試験ならびに初級システムアドミニストレータ試験は、情報理論から実務内容まで非常に幅広い内容になっており、少ない実施回数ですべての内容を講義することは極めて困難である。そのため、今回の講習では、各回、範囲を決めて前半の1時間で20問程度のテストを実施し、その場で採点、後半の1時間で正答率の低かった問題、受講する卒業生から解説の希望の多かった問題を中心に解説する形式を採用した。  また、卒業生が就業後に集まれる場所として東京(日本財団ビル)で午後7時から午後9時に実施した。日程、実施場所、参加者数を表1に示す。 2.2 東京会場での講義  第1回から第3回までの講習は、受講生の就業後の時間帯に本学教員が東京会場で直接指導した。また、第1回の1月18日の講習では、最初の30分程度を使って、今回の実施内容ならびに資格試験の内容に関するガイダンスも行った。  年度末の業務が忙しい時期でもあり、ガイダンスだけを受けに来た卒業生も多く、2回目以降の講習では、実際に4月の資格試験を受験したいと考えている卒業生が参加する結果となった。東京会場での講習の様子を図1に示す。 2.3 本学からの遠隔講義  本学は、ほとんどの卒業生が大学の設置されている地元に就職しないという特殊な事情を抱えている。そのため、将来的にリカレント教育を企画・実施していく際には、テレビ会議システムなどを用いた遠隔講義の検討が必要になってくると考えられる。その可能性を検討するために、第4回の講習(2月23日)では、後半の問題解説の部分を本学側のスタジオからテレビ会議システムを用いた遠隔講習という形式で実施した。遠隔講習の様子を図2ならびに図3に示す。  今回実施した遠隔講習では、講師が提示している教材用スライドを講師映像へ合成して、講師自身が映像の中でそのスライドを指差しながら解説することができる(図2)。講師はペン操作ができるタブレットPCを用いて教材を操作するとともに、タッチペンで教材用スライドに自由に書き込みを加えることができる。また、重要な説明についてはオペレータが入力し、講師映像の下部に字幕として提示することでより正確な伝達を心がけた(図3)[1][2]。  上記の手法を用いることで、受講している聴覚障害者は全ての情報を同一画面内に視認することができ、教材用スライドが提示されているスクリーンを見ている際に解説を見逃すような問題や、手話単語がない専門用語などが指文字では十分に把握できないなどの問題を解決できると考えている。なお、講師映像に合成した教材用スライドは通常の2/3程度に縮小され、スライド内の文字などが読みにくくなっている場合もあるので、会場では教材の細部の確認もできるように、別のスクリーンにも教材用スライドを提示した。 2.4 立体映像通信ならびに多地点間通信  今回、将来的な取組みの検討として、立体映像通信ならびに多地点間通信の検討を行った。  立体映像通信の検討は、第2回(1月25日)と第3回(2月2日)の講習で実施した。この2回の講習では教員による説明が東京会場で行われていること、また、立体映像の提示装置が本学側のみに存在することから、東京会場での講習の様子を本学側へ送信し、本学側で卒業生、本学学生、本学教員に評価してもらった。立体映像通信では、通常の映像通信に比較しデータ量が多くなるため、手話などの高フレーム・レートの通信では専用回線などが必要となる場合が多いが、今回は画面の解像度を落とすことでフレーム・レートを維持したまま低帯域の通信にも対応できるシステムを試作した[3]。立体映像を提示している様子を図4に、立体映像を見ている様子を図5に示す。立体映像通信では左眼用映像と右眼用映像が同時に提示され(図4)、受講者が偏光フィルタの眼鏡を装着して左眼・右眼でそれぞれの映像を見ることで(図5)、立体視を実現している。また、映像の解像度を落としている関係で、会場の教材スライドは本学側で別のスクリーンに提示するとともに、ホワイトボードに書き込まれた内容についても東京会場より本学へ送信して提示することで、本学側で受講する者にも内容の把握が出来るように配慮した(図4)。  多地点間通信に関しては、今回実施した講習の報告会として、3月2日に東京(丸ビル)、名古屋(名古屋会議室)、大阪(新梅田研修センター)、つくば(本学情報保障スタジオ)に卒業生11名に集まってもらい実施した。通信方法としては、各会場の映像を本学スタジオへ送信し、スタジオ側で映像を合成後、各会場へ配信する方法を採用した。また、発言会場の映像をメイン映像として大きく映し出すとともに、発言内容の簡単な要約をスタジオで入力、字幕として映像の下部に提示することで、コミュニケーションのとりやすい環境が実現できるように配慮した。多地点間通信の様子を図6に示す。 表1 実施日程・実施場所 図1 東京会場での講習の様子 図2 会場側での遠隔講習の様子 図2 スタジオ側での遠隔講習の様子 図4 立体映像を提示している様子 図5 立体映像を見ている様子 図6 多地点間通信の様子(大阪会場) 図7 講習に参加して良かったか 図8 講習の内容は適切だったか 図8 TV会議による遠隔講習を受けてみたいか 3.評価結果 3.1 東京会場での講習の評価  今回、各講習の終了後に講習に関するアンケート調査を実施した。調査方法は、設問に対して7段階で評価してもらうとともに、評価理由などあれば自由記述として答えてもらう形をとった。「講習に参加して良かったか」の結果を図7に、「講習の内容は適切だったか」の結果を図8に示す。回答者数はのべで19名(未回答を含む)、うち3回回答した者が2名、2回回答した者が4名、1回のみ回答した者が5名であった。また、アンケート調査の際に自由記述欄に記載された内容は以下の通りである。 ・説明がわかりやすく、勉強のきっかけになった。 ・苦手な分野の勉強ができて良かった。 ・説明が速く、メモを取るのに精一杯だった。 ・勉強していないプログラミング言語に関する問題がわからなかった。 3.2 遠隔講習の評価  テレビ会議システムを用いた遠隔講習に関するアンケート調査結果を図7ならびに図8に示す。受講した卒業生は4名と少なかったが、「参加して良かったか」という設問に対して全員が「非常に思う」という回答であった。アンケート調査の際に自由記述欄に記載された内容は以下の通りである。 ・ニュースを観ているようで楽しかった。 ・字幕などがあり、わかりやすかった。 ・たまに手話が画面からはみ出す場面があった。 3.3 立体映像通信ならびに多地点間通信の評価  立体映像通信に関しては、受講してもらった卒業生、学生、教員4名に自由記述の形で意見を出してもらった。その結果は以下の通りである。 ・動きがスムーズであり、手話が読みやすかった。 ・ホワイトボードや教材用スライドなどが確認でき、内容の把握ができた。 ・立体的な教材があるとより効果的だと思う。  多地点間通信に関しては、各会場で受講した卒業生に対してアンケート調査を行った。調査方法は、東京会場と同じ形をとった。「TV会議を用いた遠隔講習を受けてみたいか」の結果を図9に示す。回答者数は11名(うち未回答1名)であった。また、アンケート調査の際に自由記述欄に記載された内容は以下の通りである。 ・思ったより伝わった。他の地域の卒業生と意見の交換が出来て良かった。 ・映像については、より改善の必要があると思う。 ・遠隔講習の技術を活用して東京以外でも今回のような講座を実施して欲しい。 ・他分野、他学科の講習も実施して欲しい。(例:他の資格取得、技術英語、マナーなど) 4.考察  今回の東京会場での講習のアンケート結果には講習に継続的に参加した受講生の回答が参加した回数分加算されているので、単純に結果を評価することはできないが、資格取得に真剣に取り組んでいる卒業生に関して、今回実施した講習は意義があったと思われる。ただし、参加した卒業生の間には現在の職種やレベルにも差があり、参加人数が少ない場合にもグループ分けをするなど、こうした差異に配慮した講習を企画する必要があることもわかった。  テレビ会議を用いた遠隔講習についても、十分なネットワーク帯域の確保ができる会場を用いることで実施可能であることがわかった。ただし、多地点間通信の際には、最もネットワーク帯域の苦しい会場の影響を受けてしまうため、厳しい意見も出された。遠隔講習・多地点間通信を実施する会場については、事前に十分調査する必要があるだろう。  また、立体映像通信については、今回試作してシステムを用いることで手話の認識ならびに立体的な教材への活用に効果があることがわかった。今後は、デザイン関係の講習など立体教材を用いた講習を企画・実施する中で、検証する必要があるだろう。  将来的には、東京会場や遠隔講習の定常的な運用と夏期休暇中などの本学での集中講義的なスクーリングなどを組み合わせ実施することで、短期大学時代の卒業生や一般の聴覚障害者に対して、学士の取得や職業的な資格取得を可能にするようなカリキュラムについても検討する必要があると思われる。特に、この世代は高等教育機関への進学率が決して高くなく、リカレント教育への潜在的なニーズが非常に高いと考えられ、本学の重要な課題であると思われる。 謝辞  今回の講習の実施では、日本財団より会場の利用などでご協力をいただきました。関係された方々に心から深く感謝いたします。  なお、本研究は平成18年度筑波技術大学教育研究等改革・改善事業による成果の一部です。 文献 [1] 加藤, 内藤, 皆川 他:聴覚障害学生の講義支援のための遠隔地手話通訳システムの検討,信学技報,HCS2003-69,pp19-24,2004 [2] 加藤,河野,村上 他:聴覚障害学生のためのキーワード付き手話通訳映像を用いた情報保障の試み, 筑波技術大学テクノレポート,Vol.14,pp1-6,2004 [3] 若月, 河野:手話の3次元動画の撮影・表示方法に関する研究, 筑波技術大学テクノレポート,Vol.14, pp.81-88,2005 Study of Recurrent Education for the Hearing Impaired NAITO Ichiro 1), KATO Nobuko 1), KAWANO Sumihiro 1), MURAKAMI Hiroshi 1), WAKATSUKI Daisuke 1), NISHIOKA Tomoyuki 1), MINAGAWA Hiroki 1), KUROKI Hayato 2), SHIRASAWA Mayumi 2), ISHIHARA Yasushi 2) and MIYOSHI Shigeki 2) 1) Department of Industrial Information, Faculty of Industrial Technology, National University Corporation Tsukuba University of Technology 2) Research and Support Center on Higher Education for the hearing and Visually Impaired, National University Corporation Tsukuba University of Technology Abstract: The graduates of the Tsukuba College of Technology became a generation necessary to society. The rate of students who receive higher education in this generation is low. Therefore, we think that recurrent education has good potential, so we carried out recurrent education to encourage graduates to acquire qualifications. We examined lectures in Tokyo and remote lectures. For future examination, we conducted an experiment with 3D video conferencing and multipoint video conferencing. In this report, we consider how recurrent education for the hearing impaired is carried out. Keyword: Recurrent education, Hearing impaired, Remote lecture, 3D video conference, Multipoint video conference