聴覚障害者にわかりやすいピクトグラム―向きの誤認を無くすための改良― 産業技術学部 総合デザイン学科 井上 征矢 要旨:聴覚障害者は視覚情報に頼る割合が高いため、公共空間における指示や誘導で案内サインが果たす役割は大きい。本研究では、聴覚障害者がピクトグラムの意味を解釈する際の特性や、誤認の傾向について探るため、公共空間で頻繁に使用されるピクトグラムに関する2種の調査を聴覚障害者と健聴者を対象として行った。その結果、現在使用されているピクトグラムは必ずしも聴覚障害者にとって分かりやすいとはいえず、また聴覚障害者は一部のピクトグラムにおける人物や人体の図像の向きを本来の意味と逆に解釈してしまう傾向が健聴者よりも強い可能性が示された。そこで向きの誤認を減らすための修正案を提案した。 キーワード:聴覚障害,ピクトグラム 1.はじめに  聴覚障害者は視覚情報に頼る割合が高いため、公共空間における案内サインは健聴者に対して以上に聴覚障害者にとって分かりやすい必要がある。しかし手話という視覚言語の使用に慣れている場合には、ピクトグラムの意味を解釈する際に健聴者とは異なる特性をもち、意味の誤認につながる可能性がある。  そこで本研究では、公共空間で頻繁に使用されるピクトグラムについて、「意味を答える調査」と「アイデアスケッチを行う調査」を聴覚障害者と健聴者を対象として行うことで、聴覚障害者がピクトグラムの意味を解釈する際の特性や誤認の傾向について探り、意味の誤認を減らす方法について検討した。 2.ピクトグラムの意味を答える調査(調査1) 2.1 調査方法  JIS Z 8210 案内用図記号に定められた110種類(109種類+非常口)の意味を答える調査を、聴覚障害者学生39名と健聴者学生54名を対象として、アンケート方式で行った。  アンケート用紙は、1枚あたり25種のピクトグラムをJIS Z 8210 案内用図記号に定められた順に配置した5枚綴りで構成し、回答者はそれぞれのピクトグラムの意味について回答欄に記入した。回答時間、回答順については特に指定しなかった。 2.2 調査結果  聴覚障害者の誤認の傾向について注目するため、両回答者群の正答率を比較するのではなく、それぞれのピクトグラムについてどのような誤答が多いかについて注目した。  両回答者群の誤答を分類すると、主に表1に示すように、①何が描かれているのかを誤解したための誤答、②シンボルが何を表すのかを誤解したための誤答、③シンボルが表す範疇の判断がずれた誤答、④向きの誤認が意味の誤認につながった誤答、の4種に分けられた。 ①何が描かれているのかを誤解したための誤答  これは何を描いたピクトグラムなのかが分りにくいものである。両回答者群ともに「広域避難場所」について「マンホール注意」、「きっぷうりば/精算所」について「自動販売機」と回答するなど、描かれている図像の解釈を誤ったと思われる誤答が多かった。 ②シンボルが何を表すのかを誤解したための誤答  これは、何が描かれているのかは理解できるが、その図像で何を表しているのか(象徴しているのか)が分かりにくいものである。両回答者群ともに、例えば「ミーティングポイント」「ホテル・宿泊施設」などで表に示す誤答が多かった。また「立入禁止」について、「立ち止まるな」と逆の意味に解釈した誤答も見られた。 ③シンボルが表す範疇の判断がずれた誤答  これは、例えば「電子機器使用禁止」について「パソコン禁止」、「ベビーカー使用禁止」について子連れ禁止、「身障者用設備」について「車椅子(身障者)用トイレ」などと回答した場合であり、この傾向も両回答者群ともに多くみられた。 ④向きの誤認が意味の誤答につながった誤答  向きの手がかりのない人物や人体について、本来の意味とは逆に認識してしまうことによる誤答であり、例えば「右側にお立ちくだい」と「左側にお立ちください」について、左右を逆に回答したり、「さわるな」について、「とまれ」「とまるな」「待て」「禁止」「断る」などと回答した場合である。  前者の誤答は、ピクトグラム中の人物が、背面側ではなく正面側が描かれていると認識したためと考えられ、計25.6%の聴覚障害者が左右を逆に回答したのに対して、健聴者では同様の誤答はほとんどなかった。後者の誤答は、手の甲側ではなく、手のひら側が描かれていると認識したためと考えられ、両回答者群ともに多かった。 3.ピクトグラムのアイデアスケッチ調査(調査2) 3.1 調査方法  調査1において誤答が多かったものや、聴覚障害者特有の誤答がみられたものを中心としてアイデアスケッチを行う調査を、聴覚障害者学生31名(「さわるな」「とまれ」「立入禁止」については17名)と健聴者学生40名を対象として行った。 3.2 調査結果  主な結果について以下に述べる。  「右側にお立ちください」のピクトグラムについては、やはり聴覚障害者の25.8%が、人物を左側に立たせたスケッチを描いた(健聴者では5.0%)。調査1と2において、左右を逆に回答したり、スケッチした聴覚障害者は、全体の約4分の1であり、ピクトグラム中の人物と対面しているように認識したり、スケッチしたものと考えられる。このような傾向と日常で対面の視覚的なコミュニケーションに慣れていることを安易に関連づけることはできないが、健聴者では同様の回答をした者が少なかったことからも、やはり聴覚障害者特有の傾向と考えられる。  「さわるな」については、健聴者では現状のピクトグラムと同様の手の表現をした者の方が多かったのに対して(60.0%、聴覚障害者では41.2%)、聴覚障害者では手を傾けたり、横から描いたスケッチの方が多かった(47.1%、健聴者では35.0%)。「とまれ」との誤答が多かったため、この意味についてもアイデアスケッチを行ったところ、聴覚障害者の29.4%が手で相手を止めるようなスケッチを描いた(健聴者では10.0%)。調査1の結果からも分かるように、両回答者群ともにこの表現に対して拒絶のイメージをもつ者が少なくないようであるが、特に聴覚障害者でこの傾向が強い可能性がある。  「立入禁止」については、両回答者群ともに現状のように「立ち止まる人物(足)」に禁止マークを描いたスケッチ(聴覚障害者では23.5%、健聴者では15.0%)よりも、「歩く人物(足)」に禁止マークを描いたスケッチ(聴覚障害者では47.1%、健聴者では20.0%)の方が多く、特に聴覚障害者で差が大きかった。  「電子機器使用禁止」については、両回答者群ともにパソコンと携帯電話のふたつに禁止マークを描いたスケッチが(聴覚障害者では22.6%、健聴者では40.0%)、現状のピクトグラムのようにパソコンのみに禁止マークを描いたスケッチ(聴覚障害者では12.9%、健聴者では10.0%)よりも多かった。  「ベビーカー使用禁止」については、両回答者群ともにベビーカーのみに禁止マークを描いたスケッチ(聴覚障害者では71.0%、健聴者では72.5%)が、現状のように母親がベビーカーを押す様子を描いたスケッチ(聴覚障害者では16.1%、健聴者では27.5%)よりも圧倒的に多かった。 表1 意味の誤答の分類 4 ピクトグラム修正の提案  何が描かれているのか分りにくいものや、シンボルが何を表しているのか分かりにくいものについては、より分かりやすい形に改良する必要がある。ピクトグラムは言語や知識を超えたコミュニケーション手段であるべきで、誰もが一見して正しく意味を理解できることが望ましい。  例えば現状の「きっぷうりば/精算所」では「自動販売機」との誤答が多かった。しかし手話でも切符にスタンプを押す動作で「切符」を表す者が多いことからも、やはり発券機や人物を強調するのではなく、切符を強調した方が理解しやすいと考えられる。  また「ミーティングポイント」についても、現状のように2人の人物が握手するような形よりも、互いに手を上げ合う様子を描く方が、出会いの場面としては、より自然で分りやすいと考えられる。  シンボルが表す範疇の判断がずれやすいピクトグラムについては、必要十分な情報を再検討する必要がある。例えば「電子機器使用禁止」については、パソコンのみでは限定的な禁止のイメージを与えがちであるため、他の図像も加えるべきである。このことで視認性が落ちる可能性もあるが、この種のピクトグラムでは、瞬時に意味を伝えることよりも、正確な意味を伝えることが重視されるべきである。  最後に、向きの誤認が意味の誤答につながるピクトグラムについては、人物や人体に向きの手がかりを与える必要がある。「右側にお立ちください」のピクトグラムでは、例えば図2に示すように、靴を描く、親子連れにするなどの方法も考えられる。またこのピクトグラムでは、左右を誤認しない場合にも、「~側通行」と誤答した者も多かったため、反対側に矢印などを加えて、例えば「右側にお立ちください」の場合であれば、立ち止まる人は右側に寄り、歩く人は左側を歩く、という意味を合わせて表現する方法も考えられる。図3はこの両者を描いたピクトグラムの事例である。  「さわるな」については、爪やシワを描くことによって手の向きの手がかりを与える方法もあるが、図4に示すように、手を傾ける、あるいは更に手首を描くなどの処理を加えて、拒絶のイメージを弱めることで誤認を減らす方法も考えられる。 図2 ピクトグラム修正案-「右側にお立ちください」 図3 立ち止まる人物と歩く人物の両者を描いたピクトグラム 図4 ピクトグラム修正案-「さわるな」 5.おわりに  今回の調査では、現在公共空間で使用されているピクトグラムは必ずしも聴覚障害者にとって(健聴者にとっても)分かりやすいとはいえず、また聴覚障害者は一部のピクトグラムにおける人物や人体の図像の向きを、本来の意味と逆に解釈してしまう傾向が健聴者よりも強い可能性を示す結果が得られた。  聴覚障害者は公共空間における指示や誘導において視覚情報に頼る割合が高いため、本稿で示したようにわずかな修正で解消できる問題であれば改良を行う必要がある。回答者数が限られているため、結果を一般化することはできないが、たとえ一部の回答者のみに当てはまる傾向であったとしても、誤認がより少ないピクトグラムを目指す上で改良が必要である。  また聴覚障害者に対しても、JISなどに定められた一般的なピクトグラムについては、学校教育などにおいて知識を身につけることが望ましいといえる。 文 献 [1] 井上 征矢:案内サインにおける聴覚障害者に対する情報保障-色とピクトグラムの有効性.日本感性工学会第3回春季大会予稿集,D33,2007. [2] 井上 征矢:聴覚障害者に分りやすい案内サインに関する基礎研究.日本デザイン学会第54回研究発表大会概要集:160-161,2007. [3] JISハンドブック60 図記号,日本規格協会,2006. この研究は平成18年度筑波技術大学教育研究等高度化推進事業における「障害を補償・代行する機器及びシステムの開発研究」の一研究として行われた。 Comprehensible Pictogram for the Hearing Impaired in Sign System Amendment to Decrease Misidentification of Direction INOUE Seiya Department of Synthetic Design, Tsukuba University of Technology Abstract: To improve assured information compensation for the hearing impaired on sign systems, we investigated the characteristics by which the hearing impaired interpreted the meaning of pictograms, using two kinds of examination. The results of these investigations show that JIS pictogram regulations are not necessarily comprehensible to the hearing impaired, because they might interpret the direction of an image of the human body contrary to the original meaning. Furthermore, regarding this tendency of interpretation, hearing impaired people are more remarkable than people with normal hearing. Therefore, we proposed amendments to decrease misidentification of the meaning of pictograms. Keyword: Hearing impaired, Pictogram