点訳者のための英語点字表記解説書『英語点訳ガイド』の刊行 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター1),同 保健科学部2)同 視覚障害系支援課技術係3),英語点訳者4) 長岡 英司1) 石井 薫4) 小林 雅子4) 小野 束2) 青木 和子1)辰巳 公子1) 小野瀬 正美3) 納田 かがり3) 要旨:点訳者が英語点字の表記法を独力で系統的に学べるようにするための解説書を製作し、発行した。点訳が必要な学習資料において英語での記述が増えるなか、それを適切に点訳できる人材が不足している。点訳者による活用を主たる目的とする本書は、英語点訳で多くの実績を持つ二人の点訳者の知識と経験を基に製作された。豊富な点訳例や実用的な縮約形辞書の掲載が、本書の特色の一つとなった。刊行の目的に沿って、本書は全国の点字図書館や盲学校(視覚障害系特別支援学校)、障害学生支援を行う大学等に寄贈されたほか、希望に応じて多数の点訳グループや点訳者に無償で提供され、活用の容易さや有用性で高い評価を得ることができた。 キーワード:視覚障害、大学教育、学習資料、英語点字、点訳者 1.はじめに  今日の世界では、英語が国際共通語として大きな役割を果たしており、日本の国内でも、国際化と情報化の進展に伴い、英語に接する機会が増えた。その結果、国際的な活動や限られた職業に携わる人だけでなく、広く一般に、英語を理解する力や英語を使う力、いわゆる英語力が求められるようになっている。英語力の有無が、生活の質的向上の可能性を左右するといってもけっして過言ではない。  このことは、重度の視覚障害を持つ大学生についても同様である。英語力が乏しいと学業に差し支える場合がある一方、充分な英語力があれば、学業やその後の進路での可能性が大きく広がる。このように、英語力の有用性は疑う余地がないが、その習得や強化には、点字化された学習資料の存在が欠かせない。英語を伴う学習資料は、文字ベースでの確実な読み取りができる必要があり、媒体としては点字が適しているからである。しかしながら、その製作は、(1)体系化された縮約規則を持つ英語点字の表記法が正確に用いられること、(2)英語点字と他の点字体系の併用と使い分けが適切になされること、(3)触読に適した書式に整えられること、などの条件の下に行われなければならず、容易ではない。英語点字を能率良く読むために(1)は必須であり、(2)と(3)は学習途上の者にとって、とくに重要と考えられる。現在のところ、コンピュータによる自動点訳にはまだ限界があり、これらを確実に行うためには、熟練した点訳者の介在が不可欠と言える。だが、そうした人材は、まだ不足している状況にある。  文部科学省の特別教育研究経費による「高等教育のための学内外視覚障害者アクセシビリティ向上支援事業-視覚障害者用学習資料の製作拠点の整備」で、視覚障害者用学習資料の供給体制の整備に取り組んでいる、国立大学法人筑波技術大学(以下「本学」と記す)障害者高等教育研究支援センターでは、前述のような背景から、英語点訳技能を効率よく確実に普及することを目的に『英語点訳ガイド-Textbook Written by Braille Transcribers』[1](以下「本書」と記す)を製作・発行した。本稿では、刊行までの過程、英語点字の要点、本書の構成、配布とその結果について記す。 2.刊行までの過程  本書は、小林雅子と石井薫が共同執筆し、本学の監修で完成した。その実現のきっかけは、本学点訳後援会の会員を対象に2007年に開催された英語点訳講習会の講師を、米国での点訳活動の経験を持つ小林が引き受けたことであった。同講習会のための書き下ろし教材を基盤に点訳者向けの体系的なテキストを作って欲しいとの本学側からの依頼を、小林が、英語点訳サークルLOUISで活動を共にしている石井との共同執筆という形で受諾した。著者二人と本学側関係者による検討の結果、英語以外の点字体系とのかかわりについての解説などは他書に委ねることとし、英語点訳の方法を独学でも確実に習得できる実用書の製作を目指して作業が始まった。著者は、点訳活動の合間をぬって打ち合わせを重ねて執筆を進め、この「点訳者の視点で綴ったテキスト」の原稿を約5ヶ月余りで完成した。その後、本学教職員らによる校正・校閲と、それに伴う修正等を経て、2008年3月に本書の発行に至った。なお、本書は点字版も製作されており、その点訳は著者自身が行い、校正等は、本学が担当した。 3.英語点字の要点  英語点字では、マス数を節約して触読しやすくするために、よく使われる単語や単語の一部を縮約した特別の点字がある。これらを「縮約形」と呼び、以下の3種類に分類される。 ① 略語(Whole-Word Contractions)⇒1語を縮約したもの 1マスで表す略語:1マス略語(One-Cell Contractions) 2マスで表す略語:2マス略語(Two-Cell Contractions) ② 略字(Part-Word Contractions)⇒単語の一部を縮約したもの 1マスで表す略字:1マス略字 2マスで表す略字:2マス略字 ③ 縮語(Short-Form Words)⇒単語を短縮したもの  例えば、このうちの1に属する「アルファベット略語」(Alphabet(or Single-Letter)Contractions)は、アルファベット1文字でひとつの単語を表す。不定冠詞のa、人称代名詞「私」のI、感嘆詞のOを除く23文字が、それぞれ一つの単語に対応している。xとz以外は各アルファベットで始まる単語で、いずれも使用頻度の高い単語となっている。  下に示すこれらの略語は、その綴りを持つ単語であれば、品詞や意味に関わらず単独で用いることができるが、単語の一部として使うことはできない。  縮約形には、同じ点字の形で、略語と略字の両方として使われるものや、単語のどの部分に使用するかによって意味が異なる略字などもある。上記①~③に分類される縮約形を使われ方の違いによって個別に数えると、全部で196種類になる。  縮約形を使った点字を“Contracted Braille”(あるいは“Grade 2”、「2級点字」)、縮約形を使わない点字を“Uncontracted Braille”(あるいは“Grade 1”、「1級点字」)という。  英語点字では、縮約形の使用の有無にかかわらず、書式や記号類に関する厳密な規則がある。また、縮約形を使う点字では、縮約形の使用の可否や優先順位に関する仔細な規則に従って表記しなければならない。 表 アルファベット1マス略語一覧 4.本書の構成  本書は、次のような構成となっている。 Lesson 0 点訳における基礎知識 Part 1 基本となる点字:英語点字の基本となるアルファベット、句読符、数字などの点字表記について学ぶ。 Part 2 略語・略字・縮語:単語や単語の一部を縮約した点字表記について学ぶ。 Part 3 点字特有の表記:点字特有の記号や墨字記号の点字表記などについて学ぶ。 Part 4 点字書の書式:一般文献を点訳する場合の点字書式について学ぶ。 巻末資料1 記号類・縮約形 点字表記一覧:すべての点字記号を種類別に分類してまとめた一覧表。 巻末資料2 アルファベット順 点字表記一覧:すべての略語・略字・縮語をアルファベット順にまとめた一覧表。 巻末資料3 Contraction Dictionary:約6,000語に及ぶ単語の正しい縮約形の使い方を、アルファベット順にまとめたリスト。  さらに、以下の内容について、学習の参考になるよう、コラムとしてまとめた。 ≪句読符と特殊記号の優先順位≫ ≪略字の一般的な規則≫ ≪低位記号の規則≫ ≪略字の選び方の基本≫  次に、本書の主な目次を示す。 はじめに テキストの構成 Lesson 0 点訳における基礎知識 Part 1 基本となる点字 Lesson 1 アルファベット26文字 Lesson 2 句読符(Punctuation Marks) Lesson 3 特殊記号(Composition Signs) ≪句読符と特殊記号の優先順位≫ Lesson 4 アラビア数字の基数(Cardinal Numbers) Part 2 略語・略字・縮語 Lesson 5 アルファベット略語(Alphabet(or Single-Letter)Contractions) ≪略字の一般的な規則≫ Lesson 6 略語・略字としてのand, for, of, the, with Lesson 7 略語としての child, shall, this, which, out, still 略字としての ch, sh, th, wh, ou, st Lesson 8 略字としての ar, ed, er, gh, ow, ble, ing Lesson 9 低位略語・低位略字(Lower-Sign Contractions) Lesson 10 低位略語 to, into, by ≪低位記号の規則≫ Lesson 11 頭文字を使用する略語・略字(Initial-Letter Contractions) Lesson 12 語尾の文字を使用する略字(Final-Letter Contractions) Lesson 13 縮語(Short-Form Words) ≪略字の選び方の基本≫ Part 3 点字特有の表記 Lesson 14 文字符(Letter Sign) Lesson 15 略称(Abbreviation) Lesson 16 単位の表し方、墨字記号、演算記号 Lesson 17 ローマ数字(Roman Numerals)、序数(Ordinal Numbers) Lesson 18 終止符(Termination Sign)小型大文字(Small Capital Letters) Lesson 19 アクセント符(Accent Sign)、英語テキストの中の外国語、特殊な話し方や綴りが区切られた語 Lesson 20 参照記号(Reference Symbol)、出典の表示方法、点訳者注(Transcriber's Notes) Part 4 点字書の書式 《点字書の構成》 《冒頭ページ(Preliminary Pages)》 《本文(Text)》 《特殊な書式》 参考文献 巻末資料1 記号類・縮約形 点字表記一覧 巻末資料2 アルファベット順 点字表記一覧 巻末資料3 Contraction Dictionary索引 5.配布とその結果  A4版158ページの冊子体に仕上がった本書(写真)は、刊行の目的に沿って広く活用されるよう、すべて無償で提供されている。 5.1 関連機関や施設への寄贈  2008年4月より、次の教育機関や福祉施設等に順次寄贈された。 ①全国の盲学校(視覚障害系特別支援学校)71校 ②全国視覚障害者情報提供施設協会加盟の点字図書館(視覚障害者情報提供施設)85館 ③視覚障害学生支援メーリングリスト(VISS-Net)加盟の45大学 ④日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)加盟の39大学 ⑤海外。韓国の大学・視覚障害関係施設等4施設 ⑥学内教職員ならびに本学関係点訳者等257人 ⑦その他 9大学の11部門 公共図書館、研究所、福祉・リハビリテーションセンターなどの公的機関 15施設(国立国会図書館の図書ID JP:21417497を取得) 5.2 点訳者への無償提供  一方、点訳者による直接的な活用を進めるために、その希望を募る広報活動を行い、次の形での情報発信が実現した。 ①東京新聞(2008年3月12日)に紹介記事が掲載 ②中日新聞(Webサイト:http://www.chunichi.co.jp/article/living/life/CK2008031202094675.html)に紹介記事が掲載 ③点字毎日(毎日新聞社発行)(点字版:2008年3月30日、活字版:同4月3日)に関連記事が掲載 ④NPO法人・教科書点訳連絡会ニュースレター(2008年4月10日)に紹介文が掲載  その結果、これまでに、141件の入手希望が寄せられた。  中には、点訳グループからの10冊以上を求める希望も複数件あったが、原則として、一つのグループへの提供を2冊までに制限した。2008年末までの提供実績は、点訳グループならびに個人点訳者に157冊(27都道府県)である。  5.3 評価  寄贈・提供先の点訳者等から、メールや郵便で約80件の反応が寄せられた。そこに記された意見や感想は、 ・既存の解説資料に比べて点訳者の視点で書かれていて使いやすい ・点訳で実際に直面する問題の解決に役立つ ・調べたいことが書かれている箇所がすぐに見つかる ・点訳例が豊富でわかりやすい ・縮約形辞書の語彙数が多くて役立つ ・洋書を点訳するさいの書式が明確に理解できた といった評価に集約できる。また、市販を望む声も多数あった。 図 『 英語点訳ガイド』の表紙 6.考察  本書の刊行を通じて、次のようなことが改めて明らかになった。 6.1 点訳の解説書 (1)教科書や学習資料の点訳のほとんどを点訳ボランティアが担わなければならない状況にあるなか、点訳解説書などの参考資料が十分に整備されていない。 (2)英語以外にも、数学や理科、他の外国語といった分野の点訳解説書が必要とされている。 (3)既存の関連資料は専門的で使いにくいため、点訳の実践に根ざした実用的な解説書や手引書が求められている。 (4)有用な点訳解説書の製作には、点訳者の経験や知識の蓄積の活用が不可欠である。 6.2 点訳者への情報伝達 (1)点訳者の全国的な組織化がほとんどなされていないため、広域の点訳者に情報を確実に伝えるには多面的方法が必要である。 (2)その一つとして、一般メディアを通じての情報伝達が有効である。 (3)点訳者間では、所属グループの月例会などにおけるいわゆる口コミで関連情報が伝わる場合が多く、一般に情報の浸透に時間がかかる。また、時間はかかるが点訳者間の個人的なつながりを通じて、情報が広く伝播することもある。 (4)その一方で、最近では独自のメーリングリストで情報交換を行う点訳グループもあり、その場合には情報の伝播が速く、確実である。 7.おわりに  刊行にかかわった関係者は、本書が、視覚障害者用学習資料を、より安定的に供給できる体制の整備のために有効に活用され、高等教育を含む視覚障害者教育を発展させる一助となることを願っている。ただし、今回の刊行では部数が限定されているため、ニーズのすべてに応じることはできない。そこで今後、本書を基盤とする改訂版を一般購入が可能な形で出版するなどの新たな取り組みが必要であろう。 文献 [1] 小林雅子・石井 薫:『英語点訳ガイド ―Textbook Written by Braille Transcribers―』(2008). [2] C. Risjord, J. Wilkinson, and M. L. Stark: Instruction Manual for Braille Transcribing, 4th Ed., National Library Service for the Blind and Physically Handicapped, Library of Congress(2000). [3] Braille Authority of North America, English Braille American Edition 1994, Revised, American Printing House for the Blind(2002). [4] Braille Authority of North America, Braille Formats: Principles of Print to Braille Transcription, American Printing House for the Blind(1997). [5] B. M. Krebs: Transcribers' Guide to English Braille, California Transcribers and Educators of the Visually Handicapped(1993). [6] A. J. Koenig and M. C. Holbrook: The Braille Enthusiast's Dictionary, Scalar's Publishing(1995). [7] Braille Authority of North America, Computer Braille Code, Revision, American Printing House for the Blind(2000). [8] 福井哲也:『初歩から学ぶ英語点訳』四訂版、日本点字図書館(2007). [9] 宮代会点訳サークル:『点訳指導マニュアル2000年版』(2003). Textbook for Braille Transcribers to Learn English Braille Notations NAGAOKA Hideji1), ISHII Kaoru4), KOBAYASHI Masako4), ONO Tsukasa2), AOKI Kazuko1), TATSUMI Kimiko1), ONOSE Masami3) and NOUDA Kagari3) 1) Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology 2) Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology 3) Academic Affairs Section for Students with Visual Impairment, Administrative Division, Tsukuba University of Technology 4) English Braille Transcriber Abstract:A textbook was issued so that braille transcribers could learn English braille notations by themselves. It is necessary to increase braille transcribers who can produce braille materials in English, because learning materials in English should be supplied more sufficiently for students with visual impairment. The book is written by two braille transcribers who have excellent knowledge and experience with English braille, and their careful attention to every part of the textbook makes it suited for practical use. The book has two distinguished features; the first one is that various examples of notations are shown in ink-printed braille and the second is that a powerful dictionary of braille contraction is appended. The book was sent as a presentation copy, on a nationwide scale, to all schools and libraries for the visually impaired, as well as to universities having special departments or staff for supporting students with impairment. In addition, it was distributed free of charge to more than 140 braille transcribers at their requests. As a result, the book has got high evaluation because of its usefulness. Keyword: Visual impairment, University education, Learning material, English Braille, Braille transcribers