高等教育機関における障害学生支援の動向 障害者高等教育研究支援センター 石田 久之 要旨:平成17年度から始まった日本学生支援機構の『大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査』については、すでに3年分の結果報告書が出されており、この分野における動向を論じられるようになってきた。本論文では、それらを用い、障害学生の在籍数や支援率などから、我が国における障害学生支援状況を明らかにし、今後の展開を論じた。 キーワード:障害学生支援、支援率、支援体制 1.はじめに  平成17年度、日本学生支援機構(Japan Student Services Organization:以下、JASSOという)は、『大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査』を開始し、今年度で4回を数えることになる。この間、すでに3年分の結果報告書[1][2][3]が出されており、この分野における動向を、“数値的”にも論じられるようになってきた。  そこで、本論文は、それらの結果報告書より、大学・短期大学・高等専門学校(以下、大学等という)における障害学生在籍数、支援率、障害別在籍数、障害別支援率、支援体制について、我が国の近年の状況を明らかにし、今後の展開を予測しようとするものである。 2.障害学生数  図1は、全国の大学等に在籍している障害学生の数を表している。  図の左が17年度で、5,444名の障害学生が在籍していた。18年度が4,937名、昨年度が5,404名ということで、一昨年から昨年へと増加がみられている。  17年度の5,444名という数字は、実態調査初年度ということもあり、どういう学生が障害学生かというようなことについて、多少明確さを欠いた調査項目もあった。回答する大学でも一部混乱し、身体障害学生以外を「その他」に入れるなど、調査側で予想していなかった学生も含まれていた。  そのような理由から、18年度は障害学生や調査項目の定義をはっきりさせたため、17年度から18年度にかけて、数値が減少したものと考えられる。  さらに19年度は回収率が100%と報告されている。5,404名という数値は推定値ではなく、実際の在籍数である。  これらの数値を各年度の全学生数に対する割合で示したものが障害学生の在籍率となる。18年度の調査大学に在籍する全学生数は約307万、19年度は323万で、それらに対する障害学生の割合は、18年度0.16%、19年度0.17%であった。  なお、17年度については、調査は障害学生数だけで、全学生数を調べていないが、17年度学校基本調査から推定すると0.15%となる。  基本的に障害学生は年々増えていくと考えられるが、より重要なことは、支援を必要としている障害学生数の増加である。図中、赤で示した部分が、支援を必要としている障害学生数、青で示した部分が、支援は要らないという学生の数である。  全ての障害学生が、必ず、あるいは毎日、支援が必要ということではない。17年度、18年度では、支援を必要とした学生は半数以下である。それが19年度になると、赤と青が逆転し、支援を必要とする学生の方が多くなってくる。今後、学生数全体と同様に、支援を必要とする学生も増えていくと考えられる。  その理由としては、学内外における障害学生支援の機運の高まりと支援室(後述)等の積極的なPRを挙げることができよう。  表1は、特別措置により受験し、合格・入学した障害学生数を示している。この3年間、入試に際し、毎年1,700人前後の特別な措置を受けた受験者がいる。障害のある受験者で、かつ時間延長・別室受験等の特別な措置が必要という受験生だが、極めて概括的に言うと、1,700人前後のうちの4割弱から5割が合格し、その合格者の8割程度が入学している。結果として、毎年500強~700弱の数の障害者が、特別な措置を受けて(つまり、その後の学生生活で、支援が必要と考えられる学生として)入ってくることになる。  このように、入学者数に関しては(100名前後と)大きな変化はないが、図1に示したように、支援を受けている学生が増えている理由の一つとして、1年次の後半、あるいは2年次、3年次になり、支援を受け始める学生が出てくることが挙げられる。受験時を含め入学時から支援を受けているのではなく、半年、1年経ち、大学の専門的な教育にはどうしても支援が必要と自覚し、支援を受け始める学生である。これには、学内で様々な支援を行なっているというPRが、大きく影響しているものと考えられる。 図1 障害学生在籍状況 表1 特別措置受験者数等(単位:人) 3.障害別学生数  表2は、障害別に学生数を示している。  どの年度も、最も多いのは肢体不自由学生である。この肢体不自由学生を含め、視覚・聴覚障害学生は、漸増しているが、逆に、病弱・虚弱(内部障害)学生数は減少している。  病弱・虚弱学生における支援は、情報保障としては、あまりない。むしろ医務室における休憩や医療的な配慮が主となるので、本人・周囲共に、いわゆる情報保障等の支援対象として、強い意識が払われていないとも考えられるが、正確な理由は不明である。  他方、数は多くないが、発達障害学生の増加という変化もみられる。17年度は、“―”で示したが、これはいないということではなく、調査していないのである。  当初、JASSOは“身体”障害学生の支援事業を推進しようとしていたため、発達障害については、考えていなかった。ところが、大学を訪問し意見交換を行なうと、必ずと言ってよい程、「身体障害学生もそうですが、最近は、発達障害学生への対応に苦慮しています」と言われたため、身体障害だけではなく、発達障害も考えなければいけないと、18年度以降、発達障害学生の数も調べるようになったのである。  最近のJASSOのセミナーでは“発達障害”に関するテーマが多いようだが、背景には、そんな理由がある。  ところが、発達障害学生について調査を行なうと、今度は、更に“発達障害もそうですが精神障害も”という話になるのである。さすがに精神障害学生への支援までは同一に行なえないと、JASSOの事業範囲を限定したのだが、多様な障害学生への対応、身体障害学生に限らない様々な障害学生への対応で、多くの大学が苦慮しているのが今の状況である。  現在、日本には約330万の身体障害者(在宅、18歳以上)がいる。その中で、50%が肢体不自由者、20数%が内部障害、10%強が聴覚障害、10%弱が視覚障害となっている。ところが、表に示したように、大学での障害別の割合は、社会全体における割合と異なっている。肢体不自由障害の割合が少ない。別な言い方をすれば、視覚障害や聴覚障害の割合が多いのである。どのような理由かわからないが、大学教育に入り易い障害、逆に、まだまだ我々が気付いていない入りにくいバリアーがあるのかもしれない。  なお、極めて大まかな言い方ではあるが、大学にいる視覚、聴覚、肢体不自由各障害学生の割合を、1対2対3とみることができる。視覚障害、あるいは聴覚障害学生が1人いれば、肢体不自由学生も、表には現れてこない(例えば、支援を必要としない)としても、1人・2人はいる可能性が強いと推測できるのである。 表2 障害別学生数(単位:人) 4.障害別支援率  表3は、障害別の支援率を表している。  この表から、障害が異なると支援率も違うことがわかる。図1で、平成19年度、全体の支援率が50%を超えたことを説明したが、実は障害によりその割合は異なっているのである。  最も支援率が高いのは視覚障害で、17年度63.9%、18年度72.0%、19年度では78%と8割近くになっている。  聴覚障害に関しても、19年度68%と高い割合で支援が入っている。  この視覚障害と聴覚障害は、“感覚障害”といわれる。感覚障害とは、ものを聞く、あるいは見るという、情報を入力する部分の障害のことである。教員が様々な知識・技術を提供し、学生がそれを受けるのが、大学教育の基本だが、その受ける部分がきちっとしていないと、学生にすれば大学で授業を受ける意味はなく、大学側からすれば、教育にならない。このため、情報を受ける部分、感覚する部分に障害がある場合、支援の割合が高くなることは当然である。  先に障害学生の割合を1対2対3と述べた。視覚障害学生の割合はあまり高くはないが、支援率からみると、視覚という重要な情報入力源に障害があるが故に、点訳、資料の拡大等で、多くの学生に支援を行なうということである。  表最下段に示した発達障害学生の数は少ないのだが、この障害学生に対する支援はそれぞれの大学で、“試行錯誤”を重ねながら、かなり高い割合で取り組まれている。試行錯誤と言ったのは、発達障害学生への対応は始まったばかりであり、学生一人一人、学習・生活上の困難さ、それ故に必要な支援も異なっているので、参考となる事例も少なく、正に個別の対応であり、どの大学でも、確信を持った支援とは言い難いのが現状である。 表3 障害別支援率(単位:人) 5.支援体制  表4は、支援担当者、支援室・支援センター、支援委員会がどのくらいの大学に設置されているのかを示している。  支援担当者は、17・18年度については、33大学、40大学と推移している。この値は、障害学生の支援業務を専門に担当する職員(支援コーディネーター)を配置している大学数である。19年度になると、飛躍的に増加し、173大学となるが、この値は、括弧の中に示したように、支援コーディネーターか兼任職員が配置されている大学数である。173大学の内訳は、コーディネーター配置校35大学、兼任職員(例えば教務を担当、留学生を担当しながら、同時に障害学生の支援業務も専任として担当している職員)配置校138大学となっている。  コーディネーター配置校については、大きな増減は見られない。兼任職員については、17・18年度、いなかったわけではなく、「支援を専門に行なう担当者」と質問しているので、兼任職員は、回答に入ってこなかったものと思われる。  しかし、質問する側も回答する側も、兼任という業務形態が意識に上ってきたのは、大きな意義がある。支援を希望する障害学生は、現在400あまりの大学に在籍しているが、その全ての大学で、コーディネーターを配置するのは難しいと思われる。つまり、どうしても、兼任職員という職種が必要となり、その職員が支援の中心となるわけである。どのように兼任職員を養成・支援していくかは、今後の障害学生支援にとって、大きな課題である。  表中中段は、支援室(障害学生支援室)、支援センター、あるいはボランティアセンター(支援業務の所掌がボランティアセンター事務室であり、ボランティアで支援を行なっているわけではない)など、支援のために組織を設置している大学数である。17年度は、支援委員会と分けて質問しなかったため一緒に示されているが、18年度の28大学から19年度44大学と、増加している。  支援委員会(障害学生支援のための年度計画策定、予算確保などを担当)も、18年度88大学から、19年度129大学と同様に増加している。支援室・センター、委員会の両者を併せてみても、17年度から19年度へと増えていることが明瞭である。  以上に示した数的変化は、支援体制の組織化が進んでいることを示している。ある職員が一人で、それも往々にして、突然職務命令を受け、大きな苦労をしながら対応している状況ばかりではなく、支援室という何名かの職員が配置された部署で、教員や事務局管理職が委員となる支援委員会などにバックアップされながら、障害学生を支援するという組織的対応が進みつつあるものと思われる。  しかし、JASSOが調査した1,230の大学において、支援室・センター設置大学は44、支援委員会については129大学ということを考えると、方向としては“組織化”を向いているが、現実には、兼任職員や兼任とも意識されない職員が、試行錯誤をしながら、時には、孤独感や無力感を感じながら、日々対応しているのが実態である。  欧米では法的規制が明確になっており、大学等における支援センターなどの設置は、稀ではない。また、在籍率を比べても、日本の(19年度)0.17%に対し、イギリスでは、1桁違い、6%と報告されており、アメリカにいたっては10%を超えるというデータもある[4]。 表4 支援体制(単位:校) 6.支援の構図  障害学生支援に係わるのは、主として、支援担当職員、支援学生、教員の三者である。現在、支援の実質部分を担っているのは、障害学生の周囲にいる支援学生であり、支援学生がいないと、支援は立ち行かない。  教員もまた、支援の重要な要素である。その理由は、授業を作るのが教員であり、わかり易い授業となるのも、ほとんど理解できない授業となるのも、教員の授業法に依存しているからである。  以上の三者を中心として、これに保健室、医務室、学生相談室等々の学内他部署や支援委員会が係わることになる。  しかし、近年、特に注目すべき存在として“保護者”への対応が模索され始めている。  保護者は、勿論大学の組織に入っているわけではないが、保護者をどのように組織化し、大学の良きパートナーとして協力関係を築いて行くかは、今後の大きな課題であると思われる。  保護者というと「モンスター・ペアレント」という言葉がすぐに浮かぶが、実は障害学生のことを一番よく知っているのは保護者である。大学に入るまでの20年近くを一所懸命育て上げ、さらに大学を卒業してからも、家族としてサポートしていくわけである。そういう人々の協力なくして、障害学生の支援というのは本当にうまくいくのだろうか、と考えざるを得ない。  キャンパスの中では、保護者との係わりはあまりないが、例えば、家で保護者にした“大学でこんなことがあった、こんな良いこと、嫌なことがあった”という話を大学にフィードバックしてもらうことは大きな意味がある。特に“見えにくい”といわれる障害(発達障害など)の学生については、様々な角度から理解し、またアドバイスを提供する必要があるので、保護者の協力は極めて重要である。  年に、あるいは4年の在籍期間中に、何回か話をし、この学生を社会に向けてどう育てていくか、どう支援していくか、保護者と大学とで共に考えることは、決して、大学教育の枠を越えることではないと考える。 7.終わりに  著者は、“他大学を参考にしても、目標にしない”を、修学支援における心構えの一つだと考えている。しかし、数値目標はともかくとして、授業においても学生生活においても、健常学生と障害学生とを問わず、“同じ内容を提供する”という(国内外を問わず)先進諸大学が有する支援に対する考え方は、我が国全ての大学で取り入れるべき、目標とすべき支援ポリシーであると言えよう。 文献 [1] 日本学生支援機構:大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査報告書,2006. [2] 日本学生支援機構:平成18年度(2006年度)大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査結果報告書,2007. [3] 日本学生支援機構:平成19年度(2007年度)大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査結果報告書,2008. [4] 日本学生支援機構:諸外国の高等教育機関における障害のある学生に対する修学支援状況調査・情報収集事業報告書.平成19年度厚生労働省障害者保健福祉推進事業障害者自立支援調査研究プロジェクト,2008. Trend of Support for Students with Disabilities in Higher Education Hisayuki ISHIDA Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired Abstract:Japan Student Services Organization (JASSO) has investigated the actual conditions of support for students with disabilities in higher education from the year 2005, and has presented three surveys. This report is aimed at clarifying the trend of support to the disabled students by the number of students, the support rate of students who want supports, and the support system such as committees, coordinators, and students for the support. In addition, this report discusses the direction of the support hereafter. Keyword: Support to Students with Disabilities, Support Rate, Support System