NTID、ギャローデット大学との大学間交流協定に基づく交流活動 障害者高等教育支援センター 須藤 正彦・佐藤 正幸・中村 有紀 要旨:平成20年3月10日から3月16日の1週間、NTID(アメリカ聾工科大学、ロチェスター、NY州)およびギャローデット大学(ワシントンDC)に本学4名の学生と教員2名が滞在し、授業参加、討論を通じて米国における聴覚障害者のための高等教育の一端を学んだ。当研修は、平成19年11月2日、ギャローデット大学との姉妹校締結後はじめてのギャローデット大学訪問であり、協定には、学生・教職員の相互訪問やカリキュラムの共同開発、シンポジウムの開催がうたわれている。 RIT(ロチェスター工科大学)においては在籍する聴者の学生やNTIDの聾学生とともに手話通訳等の情報保障がついた授業に参加する機会を得、指導者として教員のみならず指導を受ける学生自身の生活、学習を再考する有益な研修となった。 キーワード:国際交流、聾学生、NTID、ギャローデット大学 1.はじめに  本学は1992年にNTID(アメリカ聾工科大学)と最初の姉妹校提携を結び、これを機に教職員、学生による相互交流、国際シンポジウム、NTIDより講師を招いた講演会を行ってきた。本学の卒業生の中にはNTIDに留学した者もいる。NTID卒業後にはメインキャンパスであるRIT(ロチェスター工科大学=NTIDを含めて8学部を有する工科大学)に編入する学生も多い。本学のモデルとなった理工系3年制教育機関のNTIDとともに米国における聾・難聴学生の高等教育機関で140年を超える歴史を持つギャローデット大学は、米国のみならず世界から学生や研究者を受け入れて各国のリーダーを育ててきた。本稿では2大学への引率、授業参加、討論を通じて得た成果や新たな大学間交流協定について述べる。 2.1 参加学生  産業情報学科 折橋 正紀、村瀬 真史、田原 裕  総合デザイン学科 足立 奈々 2.2 選考  学生募集は2007年10月から11月とした。当該研修は大学間協定にもとづく公的な研修であること、本学教育財団の補助を得ることになったため、所属学科長と保護者の了解、クラス担任の推薦状、小論文(参加希望理由)の提出を求め、学業成績、面接結果をもとに4名を選抜した。 2.3 研修スケジュール 3月10日:成田発、同日ロチェスター着 3月11日 NTID見学 ・ダンス:Theresa Fyke講師 ・生物学:Carla Deibel講師(写真2) 昼食:Alan Hurwitz学長 ・討論:Academic Program Laurie Brewer ・討論:Student Life Asian Deaf Club, Karey Pine ・ロボティックス:Ben Magee講師(写真3) 3月12日 移動:Washington DCへ 3月13日:ギャローデット大学見学 ・ダビラ学長訪問、学内見学(写真4,5) ・ロッククライミング授業見学・参加 ・ダンス見学:Gallaudet Dance Club(写真6) 3月14日 ギャローデット大学見学 ・数学:Muhamad講師・難聴 ・リーダー養成講座:Simon講師 昼食:留学生との交流 ・歴史:Deaf Eyes Jean講師 3月15日:ワシントン市内見学 3月16日:帰国 写真1 積雪のNTID玄関前にて 左から足立、須藤、折橋、村瀬、田原、中村 写真2 免疫に関する授業 手話通訳と字幕 写真3 積極的な学生、機械工の授業 写真4  学長室にて、ダビラ学長と 写真5 GallaudetとAlice像 写真6  ギャローデットダンスクラブ 3.ギャローデット大学沿革と大学間交流協定  ギャローデット大学は1864年創立された世界最古の聴覚障害者のための大学である。これまで、聾者における高等教育を行う傍ら、聾研究、手話研究といった聾・難聴者に関する先駆的研究を多数行っている。また、同大学は、学部・大学院を有するCollege of Liberal Arts, Science Technologies及び大学院のみのGraduate School and Professional Programsで聴覚障害のある学生の高等教育を行い、その他8つの研究所で研究活動を行っている。  国立大学法人筑波技術大学とギャローデット大学との大学間交流に関する協定書  国立大学法人筑波技術大学とギャローデット大学は両大学の相互理解、友好交流と日米両国民の友好関係の促進のために、協定を通じて、両大学間の友好関係を促進することに同意した。本協定書の内容は以下の通りである。 第一条 筑波技術大学とギャローデット大学において以下の領域で協力と交流を行う。 1.聴覚障害学生にとって適切な教育及びカリキュラムに関する協力と交流 2.研究、カリキュラム、教授法などの学術研究における協力と交流 3.情報、資料、文書、研究論文、出版物の協力と交流 4.国際学術会議、シンポジウム、及びカンファレンスへの参加 5.教員、学生、研究者及び事務職員の交流 第二条 上記の活動の具体的な実施については、筑波技術大学とギャローデット大学が協力して適切な方式で決定する。 第三条 特別な説明がない限り、上記の活動に伴う費用はそれぞれの大学が負担するか、またはそれぞれの後援者が負担する。 第四条 本協定書は署名された時点から効力を生じ、5年間有効とする。本協定書の施行期間中、両大学は年に1回、あらゆる相互理解のもと、次年度にむけた目的を明確なものにするために見直しを行う必要がある。 第五条 本協定書は日本語と英語によって作成する。 国立大学法人筑波技術大学 大沼 直紀 博士 ギャローデット大学学長 学長ロバート・ダビラ博士 ○協定書の形式  まず、協定書の形式について、協定書を簡略化にすることについて合意された。しかし、表現についてはさらにわかりやすくするためにも修正が必要であり、提携の詳しい内容についてはAppendixの形を採る。 ○交流協定の期間について  毎年見直しをしながら、5年間の協定を続けていくという表現とする。そして具体的にどの項目を見直しするのかを明らかにする。すなわち、契約の内容、契約の精神を生かすためにも毎年総括をして、具体的な活動を行っていく。 ○国際交流協定に基づくシンポジウムについて  シンポジウムを行うことについては、ギャローデット大学が主催するのか、筑波技術大学が主催するのか、共同で開催するのか、または何らかのシンポジウムと共催するのか。現在本学が行っている国際シンポジウムの概要を説明し、提携を結んでいる大学の教職員を招聘して情報の交換を行っていること、日本で開催する場合は本学が主催とする旨の説明をした。 4.ギャローデット 大学における大学間国際交流協定の現況  フルブライトの制度を利用してイギリス、アイルランド、そしてイタリアの大学とで学生の交換、交流を行っている。同時に教授陣の交換も行っている。これらはアメリカンフルブライトがサポートをしている。イギリス、アイルランドについては民間の企業にもサポートしてもらっている。この場合、フルブライトへ申請する必要がある。  また、スウェーデンのオリブロ大学、フランスのリヨン大学、南アフリカの大学、チェコのチャールズ大学と協定の話し合いを進めている。オリブロ大学では言語学、リヨン大学は公共政策、政治学、南アフリカ大学では、社会学の分野(Sociology, Social Work),そしてチャールズ大学とは、英語言語の教授法の分野での交流を考えている。いずれも教授陣との交流、次に学生の交流へと進めていく。 5.参加学生の感想 村瀬 真史  R.I.TとNTID:聴覚障害を持つ学生に対する支援姿勢は、日本における一般大学の支援姿勢と同様であると思われた。また、聴覚障害を持つ学生と健常学生間に学習面、友好面などにおける境界を感じさせることがなく、相互の理解が出来ている雰囲気にあった。また、教授と学生間におけるコミュニケーションや意思疎通、学生等の学習に対する意欲も十分に見られ、各人に自由奔放な雰囲気を大きく感じた。学生等各人の聴覚障害の認識が、大抵同一傾向にあることも見られ、またその傾向が「聴覚障害といったマイナス面を、何らかの形でプラス面に生かす。」のように感じた。主にコミュニケーション方法に注目し、また同年代における日本との違いも含めて考察したものである。アメリカ国民独特の文化的影響による自由奔放、積極的である性格は、日本とは正反対であり、また、これに伴う聴覚障害の認識傾向にも影響をもたらしていると考えた。是非、この面は日本ならず、世界的にも必要な事項であると思う。この結果が、健常者の教授や学生等と聴覚障害者の相互理解に貢献すると予測した。 ギャローデット大学:日本における筑波技術大学と同一存在にある。一番印象に残ったことが、留学生との交流である。全てASLでコミュニケーションを取る中、分からないことには真剣に何度も繰り返し伝えようとすることが、「手話には国境がない。」と感じた。手話は、時にジェスチャーと化し、大抵の予想は付くだろうと思ったことが根拠にある。途中、各国の留学生の聴覚障害に対する認識については、Gallaudetに入ったことで、自分自身に自信を持つようになったとの声を聞く機会があった。これにより、Gallaudetの学生は聴覚障害を認識している学生が非常に多いことだろうと予測し、教授や事務側もその聴覚障害に対する十分な理解をしているという雰囲気があった。教授や事務側も十分な手話が出来ることに驚き、聴覚障害というマイナスを感じさせることのない環境にあった。 足立 奈菜  R.I.TとNTID:ロチェスター工科大学内には、聴覚障害者のための学部がある。聴覚障害者が他の健聴者と同じキャンパス内で学ぶ環境があり、健聴者と切磋琢磨しながら質の高い教育を受けている。  健聴者とともに学ぶ姿が印象的だった。他学部の科目を履修でき、手話通訳者をつけてもらいながら健聴者と分け隔てなく受講していた。PowerPointや板書の積極的な使用、机を半円状に並べてのディスカッション、グループを組んでの研究、レポート課題など講義の形式を工夫して健聴者と聴覚障害者が共に意欲を持って学べるようにしている教授がいた。雪原を歩いたことをよく覚えている。 ギャローデット大学:  聴覚障害者のための大学であり、私立大学でありながら国からの多額の補助金を受けている。聴覚障害者だけのコミュニティーを形成しており、ASLを言語として教育を受けている。約145年の長き歴史を持ち、聴覚障害者の団体活動が盛んである。  学生への支援がパワフルでフレンドリーなところを見て驚いた。学生の活動などに対して、「これはダメ、これはこうだから」と淡々と抑圧的に応対しているのではなく、学生の身になって相談に応じアドバイスやサポートをしていると関係者と学生は言う。大学の経営組織内の支援課とは違ってどちらかと言えば学生生協のような感じだった。学生の自主性を尊重しているような学風だった。  見学ばかりの行程だったが、最終日の帰りのバスで学生と少々くだけた話ができたのも良かった。もう少しASLを勉強していたらもっと濃い話ができたなと後悔したことが一番心に残っている。 折橋 正紀  2008年3月に行われた米国研修旅行は、私にとってとても有意義なものであった。この旅行の目的は、ギャローデッド大学、NTIDの見学が主であったが、それ以外に私は初めての海外ということもあって、米国の文化、雰囲気などを生で感じてみたかった。まず、2つの大学の見学について、ギャローデッド大学は聴覚障害者のみが在籍する大学、NTIDはRITの中にある短大であるが、どちらも情報保障がしっかりしていると感じた。全員の教員が手話を使え、NTIDでRITの学生と一緒に受ける講義では必ず手話通訳者、ノートテイクなどの配慮がなされていた。筑波技術大学でも同じような配慮はなされているが、2つの大学との差を感じた。何故なら、手話を使えない教員が居ること、大学職員のほとんどが手話を使えないからだ。やはり、私として筑波技術大学は聴覚障害者のための大学なのだから全員が手話を使えるようになって欲しいと思う。また、学生の様子も技大と違うと感じた。私は、大学の行事、学生会の活動に活発的であった短大時代と比べて今の技大の学生はそのような活動に積極的な学生が少なくなっていると感じている。これは、現在の日本の若者にも同じような傾向にあると思う。  そして、米国の食文化に大きなカルチャーショックを受けた。米国では、肉料理が中心であることは知っていたが、ここまで肉ばかりであるとは思わなかった。また、野菜が少なく、カロリーが高いので米国で肥満の人が多いのも納得できた。研修旅行の終わりには日本食が愛しく感じた。さまざまな面を含め、1週間の研修旅行は参加して良かったと思えるくらい楽しいものであった。この旅行を企画してくれたことを大学に感謝したい。 田原 裕  RITでは、健聴者と聴覚障害といった障害を持つ学生が在籍している。筑波大学では健聴者の学生が聴覚障害学生の支援をしているが、NITDでは専門のスタッフがいる。在籍している聴覚障害学生数をサポートするスタッフ数は決して多いという状況ではなかったが、調査によるとほぼ十分な情報補償がされているそうだ。ある講義では、手話通訳、パソコン通訳が使用されていた。このパソコン通訳は、本学と違って聴覚障害学生自身が持つパソコンにそれぞれ通訳文が表示されていた。学生にあわせたトータルなコミュニケーションがほぼ十分である情報補償という結果になっていると感じた。他大学の友人らにこの話をすると、是非日本にも取り入れてもらいたいという声を聞いた。パソコン通訳をつける場合、席が前で自由に座れない。また通訳者の人に気を使ってしまうといった声があった。  Gallaudet Universityでは、幅広い分野の専攻があった。また、第一言語がASLと聞いてはいたが、実際目のあたりにすると学生だけでなく職員などもASLを使用していた。昼食会などで、インドや日本からの留学している学生たちと交流する機会を設けてもらい、日本からの留学生たちに手伝ってもらいながら身振り手振りで必死にコミュニケーションをとった。この時ASLを少しでも学ぶべきだったと思い、本学の第二外国語ASLを受講した動機の一つとなった。また、聴覚障害者の世界的リーダーシップの教育担当から話を聞き、そこで保守的な自分を痛感した。それからは聴覚障害者としての自分という意識を持ち、行動や考えることができるようになった。  NTIDとGallaudet Universityを視察して、二つの大学では多様な専攻もあり、「手話」という言語、情報が理解できる環境があると感じた。今回訪問した時期が春休みなのもあって、学生との交流はなかなか出来なかったが、ゆっくりと大学内を視察することが出来た。本学の場合は、規模は小さいが、その分学生や職員の距離が近い環境である。今回の研修に参加して、改めて足りないもの、そして良さを見つけることが出来た。 6.おわりに  平成19年11月2日、ギャローデット大学との姉妹校締結後はじめての公式のギャローデット大学訪問となった。RIT(ロチェスター工科大学)においては在籍する聴者の学生やNTIDの聾学生ともに手話通訳、ノートパソコンのモニターに文字情報を提示する情報保障がついた授業に参加する機会を得た。NTID,ギャローデット大学においては教室内外での米国の学生の積極的な態度を目の当たりにして、本交流活動に参加した本学の学生も自身の日頃の学習への取り組みや課外時間を再考する契機になった。  今回の訪問受け入れにはNTIDのハーウィッツ(Hurwitz)学長、ギャローデット大学のダビラ(Davila)学長をはじめ、ギャローデット大学においてはメイソン(Mason)教授の多大なる支援を得た。ギャローデット大学との大学間交流協定締結は2年がかりの作業となったが、学生・教職員の相互訪問、カリキュラム開発、指導法の研究における協力、シンポジウムの開催などがジョーダン(Jordan)前学長時から話し合われてきた。ふりかえれば締結の準備として小畑修一元学長と筆者らが協定締結前年度にギャローデット大学訪問・締結の意向確認の任を大沼学長から受け、渡米したことに今回の大学間協定交流は端を発する。小畑修一元学長のギャローデット訪問のご尽力に改めて感謝したい。今般の訪問では、ギャローデット大学で受けた講義のように「聾のリーダー」を育てることの重要性を教員が、「自由と責任」の表裏一体性を学生が再認識する研修となった。そして両大学における教職員と学生間のコミュニケーションの確かさとその向上は、本学がFD等を通じて検討すべき事項と痛感した。本研修は本学国際交流委員会および教育研究財団の補助を受けて行われた。 文献 [1] 須藤 正彦:米国研修旅行の成果と今後の課題.筑波技術短期大学テクノレポート,7, 157-161, 2000 Exchange Programs based on Sister Institute Agreements among NTID, Gallaudet University and National University Corporation Tsukuba University of Technology SUTO Masahiko, SATO Masayuki and NAKAMURA Yuki Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired Abstract:Four students and two faculty members visited and participated in physical education class and biology class et al at National Technical Institute for the Deaf in Rochester and Gallaudet University in Washington DC. These exchange programs were based on the sister institute agreements and carried out for the first time after conclusion between Gallaudet University and National University Corporation Tsukuba University of Technology in 2007, November 2. Through these programs, Curriculum development for the deaf college education and cooperation for the research of instruction strategy and hosting symposium were discussed. Some lectures and activities with communication support, such as sign interpreters and captions of speech by the lecturers were presented, these experiences gave us tips for reconsideration of teaching and learning. Keyword: deaf student, exchange program, agreement, NTID, Gallaudet University