視覚障害を有する学生のための国家試験対策とCAI 障害者高等教育研究支援センター1),保健学科 鍼灸学専攻2) 村上 佳久1) 上田 正一2) 要旨:全盲や弱視といった視覚障害を有する学生用の国家試験対策とCAIを平成5年から開発し、運用を重ねてきた。年次が進むに従って、より高機能化し、最新の国家試験対策CAIでは、様々な弱視の眼疾に対応したバージョンとして運用している。ここでは、過去の国家試験対策とCAIを概要するとともに現有のシステムについて解説を行う。 キーワード:視覚障害補償、国家試験対策、CAI 1.はじめに  国家試験対策CAIが誕生したのは、平成5年のことである。当時、筑波技術短期大学の鍼灸学科向けに、国家試験対策を行うべく、どのような方法があるかを模索していた時期に、コンピュータで出来ないかという話があり、CAI(computer-assisted instruction)を活用したシステム開発を行うこととなった。これには、様々な技術の集積が必要であり、システム化に対しては、かなりの労力が必要であった。前提として、全盲でも弱視でも利用可能という命題があったためである。ここでは、この平成5年から作り続けて、鍼灸学専攻・理学療法学専攻に対するシステム化を行っている、国家試験対策とCAIのシステム面についてその概要を紹介するとともに現有のシステムについて解説する。 2.様々な国家試験CAIソフト MS-DOS版 2.1 Elios(エリオス)  Elios(エリオス)とは、平成5年度に完成した国家試験対策CAIである。元々、筑波技術短期大学の鍼灸学科向けの国家試験対策CAIとして設計されたものである。鍼灸学科一期生の3年次(平成5年度)から運用を開始した。  当時のパソコンの代表的な環境は、 パソコン:NEC PC-9801DA CPU:i386 20MHz, RAM:3.6MB, HDD:100MB OS:NEC製MS-DOS 2.11 であり、ディスプレイは、14インチCRTと20インチCRTの二種類である。  この環境下で全盲も弱視も利用可能な国家試験対策CAIは、国家試験の問題を一行ずつ表示し、その表示とともに、画面読み合成音声が表示と同時に発音するという手法を採用した。鍼灸学科の国家試験である、「あん摩・マッサージ・指圧師試験」は、午前・午後75問ずつ、併せて150問である。一方、「はり師・きゅう師試験」は、午前・午後80問ずつ、併せて160問である。さらに設問は四択選択であり、4つの回答選択肢から1つを選ぶ方法である。  このEliosのプログラムは、電子図書閲覧室のNetWareサーバ上で稼働させた。問題の表示は、この国家試験の出題通りに行うこととした。ここに表示例を示す。 問題1 次の文で正しいのはどれか。 1.A型肝炎は、リケッチャで感染する。 2.エイズは、細菌で感染する。 3.肺炎は、ウィルスで感染する。 4.梅毒は、スピロヘータで感染する。 正解は?  ここで、半角数字で1~4を選択する。正解なら、「正解です」と表示し、不正解なら「間違いです」と表示する。これらは、表示とともに画面読み合成音声ソフトウェアが発音する。全盲は合成音声を頼りに問題を読み、数字で答える。弱視は、表示と音声を頼りに問題を読み、数字で答える。国家試験と同じように、午前・午後それぞれ75問または80問を答えると、正解率が表示される。 2.2 EliosM  EliosM(エリオスM)は、平成6年に開発された。鍼灸学科の二期生から運用を始め、Eliosの成績を保存し、成績の伸びを管理する目的で作成したものである。Eliosの始まる前に、学生番号を入力し、その番号とEliosの成績を保存する。EliosMもElios同様に電子図書閲覧室のNetWareサーバ上で稼働したため、サーバ上に記録を残しても、端末側からその記録を参照することは出来ても、改ざんすることは不可能である。これは、サーバであるNetWareの特徴を生かして、端末ではソフトウェアは起動できても、管理情報は書き込みが出来ないようにネットワークの設定を行えるからである。NetWareというNOS(Network OS)の機能を最大限に活用した。 2.3 Elios PT  Elios PTは、EliosMと同じく平成6年の理学療法学科の二期生から運用を開始した、理学療法国家試験用のCAIソフトウェアである。理学療法国家試験は、鍼灸国家試験に比較すると、5つの選択肢から1つを選ぶことと、専門問題には図があることである。ここでは、図は無視して、問題を入力し鍼灸学科向けのEliosやEliosM同様に電子図書閲覧室で運用を行っていた。  これら3つの国家試験CAIは、電子図書閲覧室の端末が、MS-DOSで動作していた時期に利用され、全てがテキストベースのデータを活用したものである。これに対して、CAIではないが国家試験対策として国家試験の音声データを利用したものが次のシステムである。 2.4 無線型音声KIOSK  MP3形式の音楽プレイヤーが世に出始めた頃、これを無線配信で販売しようという試みがあった。そこで、この音楽配信用のシステムを国家試験用に利用できないかという実験を神戸製鋼所とともに実施した。  このシステムは、Photo 1のような小型のMP3プレイヤーとKIOSKと呼ばれる無線を利用してデータを配信する機器から構成されている。鍼灸学科向けに構成された。過去の国家試験データの全てを科目別・年度別に分類した。  ここで言うデータは全て音声データである。ここでの音声データは2種類のMP3データが用意された。1つは国家試験のカセットテープの再生音をデジタル化しMP3データとしたもの。もう一つは、テキストデータを合成音声ソフトウェアでText to SpeechとしてMP3データとした。  運用は、学籍番号を選択し、必要なデータを科目別・年度別で選択する。無線KIOSKからデータが端末に送信され、データ受信が完了すると、音声で知らせるようになっていた。無線KIOSKの送信可能範囲は、電子図書閲覧室の内部である。電子図書閲覧室の内部であれば、どの場所でも受信可能であった。実際の利用場面では、試験問題はランダムに再生され、問題だけのモードと問題と解答付きのモードの2つのモードを有し学生の利用状況に合致させて活用していた。KIOSK側で学生がどの程度活用したかがわかるよう内部にパソコンを有して統計データを処理するとともに管理作業を行っていた。国家試験のテキストデータの活用が難しい、強度弱視や準盲の学生を中心に利用が多かった。この無線型音声KIOSKは、携帯型のMP3形式音楽プレイヤーが年々小型化し、その魅力を失い、存在価値が無くなったため、2~3年ほどで運用を中止した。  電子図書閲覧室がMS-DOSで運用していた時代のシステムは、単純であるが、複雑な組み合わせに対応できないため、その後はWindowsでの運用を目指して開発を続けることとなった。 Photo 1 MP3 Player and KIOSK 3.様々な国家試験CAIソフト Windows版 3.1 ごたくどす  五者択一形式のクイズゲーム形式のCAIソフトである。この出題形式と同じの理学療法国家試験用に利用した。しかし、理学療法国家試験には画像付きの問題が20問程度出題されることや、最近、5つの選択肢から2つ選べという、複数回答問題が増加したため事実上使えなくなった。このCAIソフトの実質稼働期間は2年程度である。 3.2 ハッシー(橋)  EliosやEliosMのWindowsバージョンとして開発したのがHasi(ハッシー)である。このCAIソフトの特徴は、時間制限機能や途中放棄禁止機能などの様々な機能を付加したことである。電子図書閲覧室のサーバと連動し、指定時間中にCAIソフトウェアを稼働させて指定問題数をクリアしないと、再試験となる。さらに途中放棄が出来ないように何度も繰り返しCAIソフトを行わせる機能があり、ディレクトリサービスと連動し、端末の電源を切ろうとしても、切れないよう設定されている。このソフトは、集中的にCAIソフトを繰り返し利用させるための仕組みが最大の特徴で、現在も利用可能である。 3.3 Web問題作成ツール  Irie氏が開発したJavaを利用したWebブラウザを利用するCAIツールソフトで、2択~5択までの選択肢が可能である。また、解説や図を表示させることも可能で、福岡高等盲学校をはじめとして、既に幾つかの盲学校で利用されている。(参考URL http://www.fureai.or.jp/~irie/webquiz/)  このJavaプログラムは一部を改変すると、本学の鍼灸学科や理学療法学科向けのCAIソフトとして非常に有望なので、これを一部利用して改変し本学用に対応させた。  鍼灸学科向けは、4択問題として作成した。理学療法学科向けは、5択問題として作成し、図がある場合は、図を追加した。更に「2つ選べ」など複数回答問題に対応させるため、Javaのプログラムの一部を改変した。  両学科向けとも、解説付きを用意したが、結果として利用されることは、ほとんどなかったので、2年程度で解説付きを省略した。 文字コードは、Windows 95~Windows Meまでが、Shift-JISコードの外字を作成して、その外字を文字コードとして、Javaのプログラムに組み込んだ。  Windows 2000では、一部をShift-JISコードからUnicodeに変更して対応した。この場合、Webブラウザの一部でUnicodeに対して対応できないため、Windows 2000では、鍼灸学科向けの全てが、合成音声ソフトウェアで読ませることが出来なかった。  Windows Xp~Windows Vistaでは、Unicode 3.2対応のUnicode文字で全ての問題を稼働させた。また、合成音声ソフトウェアにも読みを登録したが、一部の文字は、合成音声ソフトウェアの発音文字領域外のため、読ませることが出来なかった。また、外字の読みは基本的に利用する合成音声ソフトウェアにも依存する。  回答の統計処理は、CGIとJavaプログラムで、2段階で処理される。成績の経時変化を導入したが、学生の意見は別であった。これについては別項に譲る。そのため、現在は、CAIソフトを行う毎に成績を表示するようにしている。  視覚障害補償についての配慮も重要である。理学療法国家試験では、図があるため図の処理が問題となるが、学生の中には黒白反転で画面を利用する学生も少なからず存在する。Fig.2は、黒白反転で利用する学生用の画面である。図は黒白反転で表現するが、写真はそのままで処理している。これは、X線画像・CT画像・MRI画像・図・写真・カラー写真など様々な形式で画像表現されるが、その中で図は、反転画像とするが、国家試験のデータに即して医療診断画像や写真は反転せずに処理した。  また、理学療法国家試験では、複数解答選択問題がある。これもWeb問題作成ツールで処理できないため、Javaプログラムの一部を改変して、対応した。  鍼灸国家試験では、図や複数回答問題は無いため、このような処理は必要ない。  このWeb問題作成ツールは、現在、運用中である。 Fig.1 CAI Application Hasi for Acupuncture and Moxibustion Fig.2 Web CAI Application for Physical therapy 4.国家試験対策CAIソフト作成方法  国家試験対策CAIソフト開発は、プログラミングは上田が担当し、MS-CのC言語やVisual Studioでプログラム開発を行った。Javaのプログラミングや問題データ作成、合成音声などのシステム化は村上が担当した。このシステムは、電子図書閲覧室のサーバ上で運用された。技術的な問題としては、次のような点が上げられる。  1)国家試験にJISコードにない文字(外字)が存在。  2)この外字には合成音声ソフトウェアが読めない。  3)画面拡大がMS-DOSの制限から四倍角のギザギザしか出来ない。  4)個人別の問題試行の時間と成績の記録が難しい。  5)国家試験問題のデータ入力  これらの問題点は、MS-DOSとWindowsの場合で条件が異なるため、全ての場合で現実には作成し直している。 4.1 外字の問題  1)の外字については、MS-DOSの場合、MS-DOS 2.11と日本語入力のATOK6の技術的制限から63文字しか利用できない。そこで、MS-DOS 2.11とATOK6用の外字を63文字作成して、鍼灸学科の国家試験に対応した。[1]  MS-DOSのバージョンが、3.0~3.3Dでは、外字は188文字で日本語入力のATOK7は同じく188文字に対応するため。外字数を174文字まで拡張した。これで、国家試験に登場するJIS X0208以外のいわゆる外字に対応可能となる。  MS-DOSは、5.0以降から最終版の6.2までは、外字数は188文字であるが、構造が少し変化した。そのため外字の作成をやり直した。日本語入力はATOK9となり、これもMS-DOS版の最終バージョンである。  Windowsの場合も、Windows 3.1までは、MS-DOS 6.2と同様の外字で対応出来るが、Windows 95、Windows 98では、別の外字を作成する必要がある。また、Windows 2000とWindows XpでもWindows 95とは異なった、外字を作成する必要がある。  Windows Vista以降では、Unicode 3.2のコードが利用可能なため、外字を作成する必要はない。但し、問題文にUnicode 3.2対応の文字であることを記述する必要がある。 4.2 合成音声の読み  2)の外字の合成音声の読みについても、MS-DOS版の場合は、MS-DOS上で動作する画面読み合成音声ソフトウェアの文字読み領域に63文字分を作成して、全盲が合成音声のみで外字を利用できるように対応した。  外字の文字と同様に、MS-DOSの制限とともに最大188文字まで外字の合成音声の読みを拡張し、登録した。このため、MS-DOSで動作したCAIは、画面読み合成音声ソフトが全ての外字を読むことが可能であった。  Windowsの場合は若干事情が異なり、Windows 98までとWindows XP以降で利用する画面読み合成音声ソフトが異なるため、それぞれのバージョンにあわせて外字の読みを別登録した。Windows Xp以降では、新しい画面読み合成音声ソフトを利用したため、新規に外字の読みを作成し直した。また、一部のUnicode文字には合成音声が対応しないため、一部の文字が、文字コードを読んでしまう制限もある。[2] 4.3 文字の大きさ  3)はMS-DOSの制限であり、OSのメモリの制限の問題もあるため、物理的なディスプレイの大きさで対応することとした。Windowsの場合は、画面拡大ソフトウェアで対応させるか、Javaの文字拡大機能で対応させた。 4.4 成績の管理  4)については、平成5年度では対応できていない。平成6年度以降にEliosMやディレクトリサービスによって解決をみた。 4.5 問題作成方法  5)については、次のような国家試験問題入力システムを開発した。 ① 試験問題をコピー、不要な部分を削除、再度コピー。 ② ADF(自動原稿送り装置)付きのスキャナーを利用して、画像データを取り込む。 ③ OCR(光学的文字認識)ソフトウェアによって、テキストデータ化を行う。 ④ 原文と参照して、修正する。  この時、最も時間がかかるのが4の修正作業である。そこで、出来るだけ修正作業が少なくて済むように、必要な単語登録や文字データの入力をあらかじめ100時間程度行った後、2のOCR作業を行うこととした。平成5年の時点で、このOCR作業の認識率は95%程度である。つまり、A4用紙1枚あたり、約1000文字として、950文字は正しいので、50文字程度が修正の対象となる。(この認識率は年度を重ねる毎に向上し、平成19年度では、99%程度まで向上している。)  さらにバージョンによって文字コードをShift-JISやUnicodeとし、外字とともに組み合わせて、原文データとする。Unicode 3.2に対応させるためには、原文で利用されている文字を文字ではなく、文字コードとして記述し、外字処理を行う。(例:瘀;血(瘀血))  このシステムにより、鍼灸学専攻用に国家試験第1回~16回、理学療法学専攻用に第21回~43回分を文字データ化した。また、正解は、鍼灸学専攻については、国家試験を所轄する「東洋療法研修試験財団」発表のものを利用し、理学療法学専攻については「厚生省・厚生労働省」、および問題集として出版された本を参照した。 5.おわりに  前述のように様々な国家試験対策や国家試験CAIを開発してきた。しかし、本学の国家試験の合格率は、盲学校や視力障害センターに比べて決して芳しくない。その理由として、盲学校や視力障害センターでは、通常の定期テストも国家試験と同一の試験方法で、問題も国家試験と同様な試験問題で行うのが一般的である。しかし、本学では、医師や教員が独自に問題を設定する場合もあり、授業において、鍼灸学専攻の学生と理学療法学専攻の学生が同時に授業を受ける場合もあるので、問題はそれぞれの国家試験とは異なる場合が多いのが現状である。大学らしい授業で評価するか、それとも国家試験対策の一部として授業を行い評価するかは、それぞれの教育機関の教育の本質であるから、ここでは論じないが、本学で作成しているような国家試験対策は、既に盲学校や視力障害センターでも行われており、その意味で、本学の方が国家試験対策は遅れていると言わざるを得ないのが現状である。 文献 [1] 村上 佳久:外字について(2).筑波技術短期大学テクノレポート,12:33-40, 2005. [2] 村上 佳久:外字について(3).筑波技術大学テクノレポート,15:139-144, 2008. Computer-Assisted Instruction as National Examination support for Visually Impaired students MURAKAMI Yoshihisa1) and UEDA Shoichi2) 1)Research and Support Center on Higher Education 2) Faculty of Health Science, Department of Health Abstract:Since 1993, computer-assisted instruction has been provided as an examination support plan of the visually impaired students taking the national examination. The newest computer-assisted instruction corresponded well with the various demands of low vision. Computer-assisted instruction developed up to now was introduced, and the system was explained. Keyword: Visually impaired, CAI, National examination support