職員研修におけるTV会議システムの活用-遠隔講演による進路指導および人工内耳研修の実際- 1)鹿児島県立鹿児島聾学校,2)筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター,3)筑波技術大学産業技術学部産業情報学科,4)鹿児島大学教育学部学校教員養成課程理科専修 中村 豊隆1) 堀之内 恵司1) 石原 保志2) 土田 理4) 三好 茂樹2) 西岡 知之3) 加藤 伸子3) 黒木 速人2)白澤 麻弓2) 萩原 彩子2) 中島 亜紀子2) 小林 正幸2) 河野 純大3) 若月 大輔3) 福永 憲一1) 杉崎 美穂1)岩ア 由美1) 本村 洋子1) 本田 あい1) 倉内 隆1) 砂走 友隆1) 久保田 隆弘1) 本田 和也1) 要旨:聴覚障害教育において、教師の専門性向上のための職員研修の充実は大きな課題である。しかしながら、鹿児島など首都圏から地理的に離れた地域の聾学校においては、出張による研修は多大な旅費や時間を要し、中央から講師を招こうとしても予算等の制約があり困難な状況である。そこで、鹿児島聾学校においては、筑波技術大学が開発したインターネットのTV会議システムを活用して、遠隔講演による進路指導、人工内耳の研修会を実施した。 キーワード:聴覚障害児教育、職員研修、遠隔講演、TV会議システム、特別支援教育 1.はじめに  鹿児島聾学校は、県内では唯一の聴覚障害児を対象とした特別支援学校である ・本校在籍児童数75名 ・本校通級教室を利用する地域の児童数8名 ・0〜2歳の乳幼児教育相談の利用者数約40名 ・3歳以上の「きこえの相談」(外部)の年間延べ利用者数は約95名 ・本校以外の難聴教室等に通っている県内の聴覚障害児数は約52名  以上のような、本校内外の聴覚障害教育の状況である。鹿児島県には聴覚障害児の福祉施設はなく、本校が果たすべき聴覚障害教育のセンター的役割は大きい。  なお、鹿児島県は本土最南端に位置しており、本校の職員が中央の各種研修会へ参加するには、多大の旅費、時間を要している。本校を会場とした職員研修も、予算は年々削減されているため外部講師を招聘した講演会等の開催は難しい状況である。  このように、本校に求められる聴覚障害教育の専門的な役割を考えたとき、職員の専門性を高めるための研修機会の確保は重要な課題である。そうした中で、ブロードバンド回線によるTV会議システムを活用した遠隔講演は、職員研修の充実に大きく寄与するものと期待されている。  本稿は、筑波技術大学の先生方に講師を依頼し、平成20年度に実施した、2回の遠隔講演の状況とその成果と課題をまとめたものである。 2.遠隔講演の実施に関する校内の体制  筑波技術大学と鹿児島大学が中心に推進している共同研究「離島へき地の聴覚障害児に対するブロードバンドによる遠隔指導・支援に関する研究」への鹿児島聾学校の本格参加は平成18年度以降である。19年度からは校務分掌の中に位置付け、地域支援部の離島へき地支援係として組織的に対応しつつある。  遠隔講演については、20年度当初に校内の研修に関するニーズをもとに、「進路指導に関する研修」と「人工内耳に関する研修」について、離島へき地支援係が中心になり研修係と連携して計画・実施に当たった。講師依頼、TV会議システムを使った遠隔講演の技術的なサポートなど多大な面で、筑波技術大学諸先生方の支援を受け実現できた取り組みである。 3.遠隔講演の実際 3.1 進路指導の研修  平成20年6月23日16:10〜17:00 講師:筑波技術大学教授 石原 保志 参加者数:本校20名 3.1.1 進路指導の研修を企画した経緯  本校は高等部に普通科を設置していない。そのため、中学部卒業後は他県の普通科設置の聾学校へ進学するケースがある。また、高等部卒業後は就職(福祉就労を含む)がほとんどであり、大学へ進学するケースは稀である。こういった状況のなか、高等教育への進路指導に関して情報を得る機会を持ち、本校の今後の方向性を検討する一機会にしたいとのことで、聾者の進学先となっている筑波技術大学の様子について詳しく話を聞くこととなった。 3.1.2 方法  聾学校側では、参加者数に対応するため、普段の部屋とは違う幼稚部プレイルームまで回線を引いて、パソコン画面をスクリーンに映し出し、ウェブカメラではなくデジタルカメラを接続して交信を行った。  事前に、テスト通信を行い映像と音声のやりとりがスムーズに行えるよう調整を行った。その際、音声の調整に時間を要した。聾学校側では、音声の回り込みが起こり聴き取りにくい状態となってしまう。これを回避するために、マイクを2本使用して、聾学校からの音声をインターネットへ送るためのマイク、それから、会場のスピーカーアンプへ送るためのマイクと、音声を二系統に分けて流すといったマイク接続の工夫が必要となった。  また、筑波技術大学側では、講演の内容を部屋に設置したスクリーンにてプレゼンテーションしながら、講師が話を進めることになった。その際、TV会議システムの画面ではスクリーンの画像が見づらいため、その画像を別のパソコンでスクリーンに映し出して見やすくする必要があった。 3.1.3 結果と考察  通信状況については、画像の乱れ等はなく、また音声も事前の調整があったためとても良好な状態で実施できた。講師のプレゼンテーションファイルを事前に送信してもらい、講演の流れに沿って聾学校側で別のスクリーンに映し出す方法は、画像が鮮明でとても分かりやすく今後も応用できる方法である。  講演に関しては、筑波技術大学の様子を分かりやすく伝えて頂いた。本校においては、近年、重複障害の生徒の比率が高まり、大学まで行こうと意欲を持って取り組んでいく生徒が減少している状況である。しかし、今回の講演によって、普通科が設置されていない本校からも、生徒の努力と職員の支援次第では筑波技術大学へも入学できる可能性はあるのでは、という希望を持つことができ、有意義な研修となった。 3.2 人工内耳の研修  平成20年7月22日9:30〜11:30 講師:筑波技術大学学長 大沼 直紀 参加者数:本校65名  講演に先立ち、9:30からの30分間は第1部として、本校の自立活動担当者による人工内耳の基礎的事項の研修を行った。(ここまでは、TV会議システムを使わない通常のスタイルの研修である。)10:10からの第2部において、開会セレモニー(校長挨拶、講師紹介)を行い、その後約60分、「聾教育と人工内耳」と題して講演して頂いた。 3.2.1 人工内耳の研修を企画した経緯  本校においては、人工内耳を装用している子供は、幼稚部において5年ほど前から毎年3〜4名は在籍している。今年度は、幼稚部が3人、小学部においては、初めて人工内耳の子供が在籍するという状況を迎えている。  人工内耳装用児への対応については、これまでも医療機関との連携等を図ってきたが、今後一層、医療・教育・保護者間での十分な情報交換を行い、適切な指導・支援を展開していく必要があることから、今一度、人工内耳の研修に取り組み、子供たちの聴覚活用の指導をより効果的なものにしようということで、この研修会を企画した。 3.2.2 方法  今回も、会場は幼稚部プレイルームにて実施した。進路指導の研修の時と異なる部分は、聴覚障害の職員の参加もあるため情報保障を行う必要があった。聾学校側では手話通訳者を依頼し、筑波技術大学側ではパソコン要約筆記も行い、インターネットの別回線にて聾学校へ送信してもらい、もう一台のスクリーンに映し出して情報保障を行った。  下の図の様に、プロジェクターを2台使用して、左に講師の先生が映し出され、右にパソコン要約筆記の画面が映し出されるようにした。  また、講演の内容については、事前に大沼学長の人工内耳に関連する論文等の資料をメールにて送って頂き、当日までに参加者に目を通してもらうようにした。  さらに、今回はTV会議システムの同時受信の機能を活用して、離島の屋久島町立安房小学校の郡山教諭と、鹿児島大学教育学部障害児教育専修の学生も同時に聴講することができた。 3.2.3 結果と考察  以下は研修会実施後の職員へのアンケートより抜粋したものである。結果と考察に代えて、長くなるがここに引用したい。 ○大沼先生の遠隔講演について ・とても具体的に分かりやすく説明して頂きよく分かった。話しをした言葉がすぐパソコン上に出てくるのは感激。 ・自分のクラスに人工内耳の子供がいるのですごく勉強になった。保護者も手話、口声模倣、発音指導等でいろいろ悩んでいるので、自分ももっと勉強しなくてはと思った。聴覚活用については、いろいろ課題があるので、今後も研修しながら子供や保護者へ支援ができたらと思った。 ・新しい情報が分かって良かった。人工内耳についていくつか誤解していたのだと気付いた。目からうろこ、のような話であった。 ・基本的な考え方⇒先生の体験⇒踏み込んだ考え、までとても分かりやすくて勉強になった。自分自身の人工内耳に対するマイナスイメージが少しずつ変わる部分もあった。医学の進歩や周りの人たちの考え方で、人工内耳成功例もたくさんあると知り感動した。 ・これからの聾学校のあるべき姿が少し見えた気がしてとても参考になった。今回は人工内耳に関する 研修であったが、補聴器装用の場合も同様なのかなと思えることがいくつかあった。 ・“人工内耳の子供たちにもきこえが育ちやすい人、育ちにくい人がいる””聾学校が自信を持って教育できる子供を、自信を持って受け入れる””聾教育の復権”...納得したり、重い課題に感じたりした。今後、学部として学校として考えていきたいと思う。 ○TV会議システムを使った研修形態について ・映像、音声、字幕、全て情報がしっかり補償されていて分かりやすかったと思う。 ・大人が研修する分には、一つの方法、形態として確立できると思う。特に肉声と筆記が同時に利用できるのは意外と内容を理解しやすい。 ・遠く離れていながら貴重な話が聞けるので、とっても素晴らしい形態だと思う。 ・研修場所に来ていただく時間や労力(旅費も含めて)等を考えると、非常に良かったと思う。 ・著名な先生の素晴らしいご講演で有意義な研修になった。なかなか来て頂いたり、こちらから出向いたりできないので、こういう機会があると新しい情報を仕入れることができ良かった。準備等は大変かと思うが今後もお願いしたい。 ・学校にいながら直接話が聞けるのはすごいと思う。今後も事例研究などでアドバイスをもらうなど取り組んでいけるといい。授業(保育)も参観できるといいなあ。 ・中央の第一線の先生方の話がリアルタイムで聞けるのはとても有難い。今後、広い会場でもできるように配線したら、県内の難聴教室等へも呼び掛けられるのではないか。 ・情報補償の字幕は、文がつながっていない部分がたくさんあった。聴覚障害の方に、正しい内容が伝わったのか疑問に思った。改善が必要では。 図1 会場校における表示装置 図2 会場校における講師画面 図3 会場校における受講者の様子 4.総合考察  進路指導の研修、人工内耳の研修、と続けて実施してまず感じたことは、普段の研修会と比較して、さほど違和感が無かった、ということである。通信状態が良好で、スクリーンに講師の先生の顔がアップで映し出されるため、ふだんの講演よりむしろ集中して話を聴くことができたようである。  確かに、別室にインターネットの回線を延長して引いたり、事前に通信テストを行ったりと準備に少し時間を要する面はある。しかし、これについても講師が直接来校する場合の準備や講師への対応などを考えると、同じような負担であるといってよい。  また、アンケートにもあったように、遠隔講演の一番の特徴、利点といえば、やはり費用や時間面でのコスト軽減である。鹿児島から首都圏等へ研修会に参加する、あるいは、講師の先生に鹿児島までおいでいただくことを考えると、金額や時間の面で多大な節約が図られる。鹿児島に居ながらにして、専門性の高い、内容のある研修が実現できることは画期的なことである。  さらに、同時受信の機能を活用することで、複数の学校において、同時に、多くの先生方が講演を聴くこともできて、可能性は大きく膨らむ。  教師の専門性の向上が強く求められている昨今において、ブロードバンド回線によるTV会議システムを活用した遠隔講演による職員研修は、今後、大きな役割を担っていくものと予想される。  図4は、人工内耳の研修会の様子を取材した鹿児島の南日本新聞社の記事である。このようなTV会議システムを活用した教育的取り組みは、鹿児島県内においては小学校、中学校等において最近取り組まれるようになってきており、時々、新聞記事等で目にすることがある。しかしながら、特別支援教育においては、インターネットを活用した取り組みは少なく、サイト検索で情報を得る程度が現状のようである。  この共同研究に参加してから、本校では小、中、高等部の子供たちと、宮崎県や長野県の聾学校の子供たちとの、TV会議システムを使った交流や、離島のことばの教室の担当者と本校、筑波技術大学、鹿児島大学が同時に参加するTV会議による定期的な連絡会も行うようになっている。こういった中で、今回の遠隔講演の研修会を企画できるまでになった。  特別支援教育の分野においても、今後、TV会議システムを活用した遠隔講演、児童生徒や保護者、担任への遠隔支援、情報交換などの教育的取り組みが期待される。 図4 研修会に関する新聞報道 5.今後の課題  @通信可能な広い部屋の確保  本校の遠隔講演では、TV会議システム用のパソコンの部屋から会議室を兼ねる図書室まで遠すぎて回線を引けなかった。そのため、椅子やテーブルの無い、やや手狭なプレイルームを会場とせざるをえず、床に座って講演を聴かねばならない状態であった。本校では校内ランが敷設されておらず、会議室等が充実していないという構造上の問題があった。  そのため、インターネットのルーター設置場所との距離にもよるが、高速無線ランを取り付けることで、通信可能な広い部屋を確保できると思われる。  A講師側への技術面のサポート  今回は、筑波技術大学の先生方が講師であったため、スムーズに企画できた。しかし、TV会議に慣れていない大学や関係機関の先生方に講師を依頼する場合、接続の仕方、使い方に関してサポートが必要になってくるかもしれない。また、TV会議システムだけの活用であればなんとかなりそうであるが、パソコン要約筆記など情報補償を行う場合は筑波技術大学の専門的な支援に期待したい。 謝辞  TV会議システムと聞くと、たいそうパソコンに精通していないと取り扱えないのでは、との印象を持ってしまう。しかしながら、中心になって取り組んだ中村、堀之内ともども、パソコン機器の基本的な接続、メールやインターネット検索等の利用に少々慣れている程度のスキルで対応できたのである。  われわれ教師が、教育現場での取り組みの機会を積み重ねていくことで、やってみようという意欲を持った先生方が増えていくことを願っている。  最後に、このような取り組みの機会を提供してくださった筑波技術大学、鹿児島大学の先生方に改めて感謝し結びとしたい。 文献 [1] 石原 保志・堀之内 恵司・土田 理・三好 茂樹・西岡 知之・加藤 伸子・河野 純大・皆川 洋喜・村上 裕史・内藤 一郎・白澤 麻弓・若月 大輔・黒木 速人・長南 浩人・中村 豊隆・内田 芳夫・小林 正幸:離島の難聴児通級指導教室に対する遠隔支援.筑波技術大学テクノレポート14:125-129, 2007. The Remote Lecture for the Teachers in School for the Deaf Using the Teleconference System NAKAMURA Toyotaka3), HORINOUCHI Keishi3), ISHIHAR Yasushi1), TSUCHIDA Satoshi4), MIYOSHI Shigeki1), NISHIOKA Tomoyuki2), KATO Nobuko2), KUROKI Hayato1), KOBAYASHI Masayuki1), SHIRASAWA Mayumi1), NAKAJIMA Akiko1), HAGIWARA Ayako1), KAWANO Sumihiro2), WAKATSUKI Daisuke2), FUKUNAGA Kenichi3), SUGISAKI Miho3), IWASAKI Yumi3), MOTOMURA Yoko3), HONDA Ai3), KURAUCHI Takashi3), SUNAHASHIRI Tomotaka3), KUBOTA Takahiro3) and HONDA Kazuya3) 1) Research and Support Center on Higher Education for the hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology, 2) Department of Industrial Information, Faculty of Industrial Technology, Tsukuba University of Technology, 3) Kagoshima Prefectural School for the Deaf., 4) Faculty of Education, Kagoshima University Abstract: It is critical issue that improving the educational specialty of the teachers at schools for the deaf. Therefore, the faculty development for teachers is carried out in every school. However, it is difficult for the schools which distant from a metropolitan area to invite lecturers because of insufficient budget for their traveling expenses. Then, we tried the remote lecture using the teleconference system. The lecturer in Tsukuba gave a lecture to the teachers in the Kagoshima school for the deaf through the teleconference system which NTUT developed. The lecture of cochlear implant and guidance counseling could be contributed to improve in educational specialty of teachers. Keyword: Faculty development, Remote lecture, Remote rural areas