リテラシー向上を目的とする教育プログラム開発に関する中間報告-2006-2008年度の取り組みから- 筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター 細谷 美代子 要旨:学生のリテラシー向上を目的とする教育プログラム開発を2006年度から行っている。学生の興味関心の幅を広げるために新聞を読むことを奨励し、記事に基づいて文章を書く課題や小テストなどを「リテラシー向上短期プログラム」として継続的に試行してきた。4年計画のうち2006-2008年度の3年間における実施内容と参加者による評価等を報告する。 キーワード:リテラシー、教育プログラム開発、新聞 はじめに  大学生が新聞を読まなくなったと言われて久しい。理由としていくつかの点が指摘されている。代表的なものはいわゆる「活字離れ」であり、他に「速報性に欠ける」「ネット志向」「購読費」などがある。情報収集における紙媒体の地盤低下は新聞に限らない。重くかさばる従来の辞書類は敬遠され、電子辞書の時代になっている。新聞など紙媒体による情報発信の劣勢という状況に今後も大きな変化はないだろう。  しかし、情報発信力や即時性という視点からではなく、リテラシーを高める言語資料、教育素材として新聞を見るならいまなお利用価値は高い。現代社会を映す言語資料として新聞を見るとき、多種多様な分野と日常語から学術用語までさまざまなレベルのことば・用語・表現が紙面に存在することに気づく。高等教育における喫緊の課題として大学生のリテラシー向上、論理的思考の鍛錬、論理的文章作成能力の涵養が挙げられる今、豊富な言語素材としての新聞を活用することが課題の改善・解決に資するものと思われる。  筆者は2006年度から新聞を活用した「リテラシー向上短期プログラム」を試行してきた。プログラム参加者は筑波技術大学産業技術学部に在籍する学生とし、毎年、初年次学生を中心に上級学年学生も対象としている。 本稿ではその概要と学生の記事選好状況および学生による評価アンケートの一部を報告する。 1.2006年度 1.1 プログラムⅠ 実施期間 2007年1月10日(水)から2月9日(金)の5週間。 実施内容  06年度「日本語表現法B」の受講生に授業日の新聞(朝日新聞茨城県版・朝刊)を配布する。学生は朝刊紙全体から興味関心を持った記事一篇を選び約400字でコメントを書き次回(翌週)の授業時に提出する。筆者がコメントに添削を加えて、さらに翌週、返却する。個々の学生はこの活動に計4回参加することになる。記事選択は基本的に自由とするが「番組欄」「株式欄」「スポーツ記事」等は除外とした。毎回約50人が参加し、提出された課題数は196篇であった。 考察  プログラムIの活動は「読む」「対象記事の選択」「書く」「振り返り」という一連の流れから成る。当初の予想では記事選好に一定の傾向が出てくるのではないかと思われたが、実際は図1に示すようにかなり幅広い範囲から選ばれていた。分野別分類例を資料1として稿末に掲げた。指導では新聞全体を読んでから記事を選ぶよう求めたが、事後アンケートの回答(資料2)から見ると、44人中29人が「全体を読んで、多くの記事の中から選んだ」と答えており、約3分の2の学生がプログラムのねらいを理解して取り組んだことがわかる。普段は読まないテーマ・領域の記事も「全て読む」というルールに従って読んだ結果であろうか。  4週連続の課題に「かなり重荷だった」と答えた学生と「少し重荷だった」と答えた学生は44人中合わせて26人で半数を超した。授業外で同様のプログラムがあれば参加するかという問いには7人が「ぜひ参加したい」と答え、23人が「条件によっては参加したい」と答えた。 図1 プログラムⅠ分野別記事選択数 2.2007年度 2.1 プログラムⅡ 実施期間 2007年6月6日(水)から7月5日(木)の5週間。 実施内容  プログラムⅠを経験した2年生から参加者を募った。応募した学生2人を対象に以下のように準備会を含め全9回の活動を行った。 準備会(6月6日) 第1回(6月12日)昨年度提出課題の検討(読解と表現)・新聞記事2件を資料として提供 第2回(6月14日)前回配布資料の読み合わせ(読解)・課題:表現 第3回(6月19日)提出された課題作品(1次稿)の検討。検討方法はピア・レスポンス(peer response)及び指導者講評による(以下同じ) 第4回(6月21日)2次稿の検討 第5回(6月26日)3次稿の検討 第6回(6月28日)4次稿の検討 第7回(7月3日)5次稿の検討 第8回(7月5日)6次稿の検討 考察  Ⅰの参加者を対象にプランを策定し、約50人の2年生に呼びかけたが、結果は極めて少数の参加者にとどまった。 その理由として次のようなことが考えられた。 ・広報が十分でなかった。 ・学生は出席すべき授業が多く、時間的余裕がない。 ・募集時にプログラム期間を1カ月としたことが長期間であるとして敬遠された。  参加者数を限定し、活動時間を十分確保することでプログラムのレベルをⅠより上げることをねらいとした。任意参加のプログラムに応募してきた2人の参加者は自己のリテラシーを高めることに対してモティベーションが高く、取り組みの姿勢も真剣であった。しかし、指導レベルをやや高めに設定したことから、修正稿の版を重ねても参加者と指導者の双方が納得できるレベルに達するのに予想以上の時間を要した。当初プランではプログラム期間中に2件を仕上げることとしていたが、結果は1件に止まった。  反省点として毎回の活動ごとの成果が参加者に見えにくかったかという点がある。その原因はやはり指導プランにあったと言わざるを得ない。参加者の自主性を重んじるという方針で次回に向けての原稿の見直しを「自らの気づき」と「ピア・レスポンス」に託したのだが、その結果、指導者の介入がタイミングのずれたものとなり、効果的に働かなかった結果である。 2.2 プログラムⅢ 実施期間 2007年6月20(水)から7月6日(金)の3週間。  実施内容 07年度「日本語表現法A」受講生を対象とし、他はプログラムIに準ずる。課題作成は1人あたり3回であった。 考察  プログラム内容はⅠに準ずるが、添削指導の体制に改善を加えた。Ⅰでは添削担当者は筆者1人であったが、Ⅱでは補助者を迎え、1篇を2人で見ることにした。役割分担として文法・用語・言い回しなどの適否を補助者が担当し、筆者が全体の構成をみるなどして、異なる視点からの指導を加えることができた。また、時間的ゆとりが生まれ、前年度よりきめ細かな添削が可能になった。  図2に示すように学生の記事選好は広範囲に分散し、特定の領域に偏することがなかったのはプログラムIの結果と同じである。学生による評価は次のプログラムIVの実施後、合わせて実施した(資料3)。 図2 プログラムⅢ分野別記事選択数 2.3 プログラムⅣ 実施期間  2007年12月5日(水)から2008年1月11日(金)まで。冬季休業を挟むため、実質4週間である。 実施内容  07年度「日本語表現法B」受講生を対象とし、他はⅠ・Ⅲに準ずる。課題作成は1人あたり2回であった。 考察  プログラムⅣの記事選好は広範囲に及び、Ⅰ・Ⅲに続いて特定の領域に集中することはなかった。集計結果は図3に示した。  記事の選び方についてアンケート(資料3)に「全体を読んで、多くの記事の中から選んだ」と答えた学生は43人中16人でIに比べてその割合は減っている。授業外で同様のプログラムがあれば参加するかという問いには11人が「ぜひ参加したい」と答え、11人が「条件によっては参加したい」と答えた。ここでもIに比べて積極的な学生が減少していることがわかる。一方、課題を作成するにあたっての負担感について8人が「かなり重荷だった」、24人が「少し重荷だった」と答えており、負担感はIより増大している。  Ⅰ・Ⅲで示唆されていたことであるが、興味関心のある記事とコメントを適切に書くことができる記事とは同じではないことを理解している学生が少ない。興味を持った後、さらに自分で調べていれば書くことができるが、調べずに記事から得た情報の範囲で書くと独善的な内容や事実誤認のレポートで終わる。Ⅳではそうしたことも注意点として伝えたが十分活かされたとはいえない憾みがある。 図3 プログラムⅣ分野別記事選択数 3.2008年度 3.1 プログラムⅤ 実施期間  2008年6月13日(金)から7月24日(木)の6週間。 実施内容  08年度「日本語表現法A」受講生に新聞を配布し、翌週、新聞から出題する小テストを5クラス各4回計20回実施した。出題内容は漢字の読み書き、ことばの意味、慣用句、熟語、成語などとした。後日、この小テスト問題をまとめて総集編を作成した。総集編には小テスト問題の他、応用問題も新しく加え問題数は全部で150問となった。総集編は受講学生に配布し、クラスで受けた以外の小テスト問題にも取り組むことを奨励した。 考察  2006-2007年度に実施したプログラムⅠ・Ⅲ・Ⅳについて、事後アンケートから課題作成に負担を感じる学生が少なくないことが分かったので、08年度は内容を再検討し変更した。作文課題を止め、小テスト方式を試みたのであるが問題点もあった。まず、比較的言語能力の高い学生は資料として配布された新聞を読んでいなくてもある程度の得点が可能であったという点である。一方、基本的言語能力のやや低い学生にとっては努力しても朝刊紙一部の隅々まで目を通したうえで、出題されそうなことばや表現をチェックするということが難しかったという点である。したがって、小テストは実力テスト的なものとなり、当初想定した「新聞を読む→言語的知識・理解を自分で高める→成果を小テストで確認する」というサイクルが有効に機能しなかった。もちろん、中間層では、一定の成果を見たが、クラス全体が毎回の資料を読み込んで翌週の小テストに備えるという態勢には至らなかった。学生評価結果を資料4に示した。 3.2 プログラムⅥ 実施日 2008年11月5日(水)・6日(木)・12日(水)の3回。 実施内容  2年及び3年を対象に「日本語テスト大会」を開催した。同年1学期に実施したプログラムVの小テスト総集編を活用して実施した。参加者は2年生7人、3年生8人、計15人であった。 考察  参加者は対象者の2割に満たず低調であった。テスト実施時間が授業と重なり参加できないという連絡をしてきた学生もあったが、やはり少ない。広報活動として学内TVでの掲示、学生のメールボックスへの案内文配布を行っていた。開催自体は周知されたものの、出題内容、レベル、参加する意義などについての情報提供が十分ではなかったためと思われる。次回に同様の企画を行うときは参加者数を増やす方策をもう少し考える必要がある。  後日開かれた3年対象の就職説明会会場で就職活動に活かせる自己研修素材として希望者に問題集を提供した。この場で問題集を受け取った学生は22人であった。日本語テスト大会参加者と合わせると3年生約50人のうち60%の学生が小テスト総集編を手にしたことになる。 3.3 プログラムⅦ 実施時期 2008年10月29日(水)から12月5日(金)にかけての6週間。 実施内容  08年度「日本語表現法B」の受講生を対象とした。新聞を配布し、全体を読むことを奨励すると同時に、読者投稿欄から一篇を選び、投稿要旨と投稿者に対する返信という形で文章を書かせた。学生1人あたりの課題作成は4回である。 考察  プログラムⅠ・Ⅲを通じて、学生の中には新聞全体から自由に記事を選んでよいということにかえって負担感を持つ者がいることがわかった。また、適切なコメントを書くことができなかった例には、約400字という指定の字数でコメントを書くのには向かない記事を選んだ結果であることも少なくなかった。こうした問題点を解消する一つの試みがプログラムⅤであったが、小テスト形式にも問題が見られたため再び文章表現形式にし、Ⅰ・Ⅲとは異なる活動を策定したものである。  読者投稿欄を指定したのは、一般の記事より主張が明確であるため、それに対する意見を書きやすいであろうと思われたからである。さらに投稿者の主張を正確に把握した上で自分の考えを書くという作業手順を誘導するために投稿要旨を書くこととした。したがって意見文を書く前に要旨を書くという「手順」を重視し、要旨の書き方そのものについては特に注意を与えなかった。しかし、提出されたものを見ると、要旨の書き方に問題がある例が多かったため、改めて要旨の書き方について解説をすることとなった。  他方、今回のねらいの一つである「主張内容の妥当性・整合性の確保」に関しては一般記事についてコメントする時よりある程度改善された。 4.総括  アンケート結果などから見えてくる、学生のリテラシーに対する意識・態度は次のようなものである。 1.学生は自らのリテラシーを高める必要性を認識している。 2.リテラシーの向上を目指す教育プログラムに関心を持っている。 3.個別の文章添削指導に対するニーズは高い。 4.2年生・3年生では課外活動に対して関心を寄せながら、実際は参加するに至らない者が多い。  3年間に実施した7件のプログラムについては次のようにまとめられよう。 1.プログラムⅠ・Ⅲ・Ⅳのように「読む」ことと「書く」ことを合わせた活動内容は参加者にとって負担は大きいが、反面達成感も得られるものである。 2.プログラムⅡのような個人指導に近いプログラムを短期集中型で展開するのは参加者と指導者双方に負担が大きいが、期間・指導頻度・レベルなどを周到に設定すれば高い効果が得られる。 3.プログラムⅤのように資料から小テストを出題する方式は参加者のモティベーションに配慮しつつ出題方式・内容・レベルを決定することが望ましい。 4.プログラムⅥのように参加者を募って行う単発の活動は広報のあり方が重要である。 5.プログラムⅦでは文章作成に方向性を与えた。その結果、資料選択と主張の方向を定めやすくなったという利点が確認された。 今後の課題としては次のようなものがある。 1.上級学年を対象とするプログラム策定および実施。上級学年の参加を促し、参加率を高めるための環境整備を含む。 2.リテラシー向上を目指す学生の自律的な活動への支援。試行済みプログラムの継続的改善と並行してこれらの課題に取り組みたい。  本稿は科学研究費補助金による研究成果の一部である。(18611003:聴覚障害学生のリテラシーを高める教育プログラムの開発) 文献 [1] 細谷 美代子:論理リテラシーを高める論文表現演習.月刊国語教育研究,431:48-53, 2008. [2] 細谷 美代子:日本語表現法A(2008)小テスト総集編,2008. 資料1 プログラムⅠ記事分類例 資料2 プログラムⅠ学生による評価 資料3 プログラムⅢ・Ⅳ学生による評価 資料4 プログラムⅤ学生による評価 An Interim Report on Short Programs to Improve Literacy HOSOYA Miyoko Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired Tsukuba University of Technology Abstract:Since 2006, we have been implementing a series of short programs to improve students’ literacy. We encouraged the reading of newspaper articles to develop broad interests and awareness. We then assigned writing exercises and short tests based on the newspaper articles. Here, we report on the curriculum implemented in consecutive academic years (2006-2008), and students’ post-course evaluation of the program. Keyword: Short programs, literacy, newspaper articles