鍼灸・手技実習における簡易手洗いチェック装置の試作と教育実践 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻1),障害者高等教育研究支援センター2) 上田 正一1) 森 英俊1) 村上 佳久2) 要旨:ホームセンターなどで販売している安価な資材を利用して、簡易手洗いチェック装置を試作した。簡易手洗いチェック装置は数千円で試作可能であった。また、この簡易手洗いチェック装置を活用した手洗いの教育実践を行ったところ、手洗い評価とトレーニング教材として十分な成果が得られた。また、数校の盲学校の協力を得て、盲学校でも試行したところ、同様の効果が得られ、手洗い評価の重要性が確認できた。 キーワード:鍼灸、手技、手洗い評価、手洗いチェック装置、教育実践 1.はじめに  鍼灸や手技の教育現場において、手洗いの評価の重要性が高まっている。手洗いチェック装置は、市販品(手洗いチェッカー®)で販売されているのは、別項のサラヤ製をはじめとして、比較的高額である。学校現場など導入するためには、5千円程度の材料費と簡易な工作で作製できるものが望ましい。そこで、今回この条件に合わせて、ホームセンターで入手可能な安価な材料を購入し、きちんと手が洗えているかを評価し、トレーニングする教材を試作した(以下 簡易手洗いチェック装置)。今回の最も高価な部材が紫外線用のブラックライト蛍光灯である。学校現場における利用も考慮して、直接ブラックライトが眼に入らないような安全面にも考慮した。  実際に、この簡易手洗いチェック装置を教育現場で活用すると、指導上の様々な問題点が浮き彫りとなった。ここでは、簡易手洗いチェック装置の作製方法を披露するとともに、手洗いに対する教育実践について検証を行った。 2.手洗いの重要性  手技実習や鍼実習等における手洗いの重要性は、改めて述べるまでもないが、教育現場における効果としては次の3つに集約されると思われる。 2.1 手の消毒  指先や手首、手掌など指先の爪の間に至るまで、十分な消毒を行うことは、医療行為や医療類似行為に最も重要な問題であり、初歩の初歩である。汚染された指先や手で手技実習や鍼実習を実施することは、衛生学的にも極めて危険な行為であり、真に慎まなければならない事象である。盲学校や視力障害センターなど、理療に関わる教育機関でも極めて重要視しており、場合によって、消毒後の手の乾燥をペーパータオル等を利用せずに高温の温風器で乾燥させる、徹底ぶりを行う場合もある。この事は消毒がいかに重要かを示すよい例でもある。 2.2 自己のチェック  手の消毒を行うと同時に身なりをチェックして、医療類似行為従事者としてふさわしい服装であるかどうか、また、清潔感を保ちつつ威厳を損ねない態度を示せるかどうかなど、自分自身のチェックを行うことも重要である。手洗いとともにこれらの身だしなみを整えることは重要である。 2.3 患者に対する態度  手の消毒を常に行うことは、患者に対する安心感を与え、患者と施術者との間の信頼関係を醸し出すのに有効である。患者は、施術者のそのような態度に安心感を覚え、「この先生なら大丈夫」と言う信頼を寄せる。患者と施術者との信頼関係が治療においては極めて重要な問題であり、この信頼関係なしに施術を行うことは、後々のトラブルの一因ともなりかねない。つまり、普段からこのような態度を身につけることこそが、施術者としての資質を高めるとともに患者の再訪に繋がり、結果として治療院等の開業を行う場合には、安定収入に関わっていくのである。  このような手洗いの重要性を教育実践の場で指導するためには、手洗いが正確に出来ているかどうかのチェックが必要不可欠である。そこで、教育実践に適応した手洗いチェック装置について検討を行った。 3.簡易手洗いチェック装置の試作 3.1 市販の手洗いチェッカー®  このサラヤ製 業務用「手洗いチェッカー®」(図1)は、小型のブラックライト(乾電池利用4W)で紫外線を照射するもので、ビニール製の組み立て式である。観察部分は、写真のように組み立て式で内部にブラックライトをマジックテープで止める構造となっている。  手洗い検査の方法は次の通りである。 ①専用の手洗いチェッカーローションを少し取り、手によく塗り込む ②十分に手洗いを行う ③「手洗いチェッカー®」に手を入れる ④手洗いで十分に取り切れなかった、専用の手洗いチェッカーローションがブラックライトの紫外線に感応して、青白色に光る。  一般の晴眼者が利用する場合は、この手洗いチェッカー®でも洗い残しなどを確認することが可能となるが、視覚障害者が利用する場合には、様々な問題がある。 1)確認できる面積が小さい  写真でもわかるとおり、手を入れて手洗いの洗い残しが確認できる部分が狭く、視覚障害者ではわかりづらい。 2)ブラックライトの出力  ブラックライトの出力が4Wしかなく、紫外線の強度が非常に弱いため、十分な青白色の光が確認しづらい。 3)自分で確認しづらい  全体的に小型に作成されているため、自分の残存視力で確認するためには、非常な苦労をする。これは小型さ故に全体が見通せないためである。 4)高価である  また、サラヤ製も比較的高価であるが、より大きな機種は価格が高価であり、学校現場への導入が比較的困難である。 3.2 簡易手洗いチェック装置  そこで、これらの欠点を元に自作したのが今回の簡易手洗いチェック装置である(図2)。  目標として、 1)ホームセンターなどで売られているもので、入手が容易 2)ドライバー程度で完成できる、製作が容易なもの 3)価格が5,000円程度であること 4)教育的効果が高いこと 5)視覚障害者にも利用可能なこと 等が条件とした。  なお、手洗いチェッカーローションは、様々な種類を試したが、もっとも安価なサラヤ製のものを流用することとした。ホームセンターなどで売られている、980円程度の開放型置き箱に10Wの蛍光灯2つを取り付け、内部を黒色の画用紙で貼ったものである。  制作費は、次の通りである。 ①筐体箱:980円 ②蛍光灯台:680円×2=1,360円 ③ブラックライト:1,280円×2=2,560円 ④スイッチと電源コード:520円 ⑤画用紙:120円 ⑥木ネジ:30円 合計:5,570円(別途消耗品:手洗いチェッカーローション:1,575円)  利用方法は、前述のサラヤ製と同様である。前面の黒い画用紙の遮蔽板は、ブラックライトの光が直接眼に入らないための配慮である。ブラックライトの出力は、10Wが2本なので、20Wとなり、眼で目視することも可能であり、デジタルカメラで撮影することも可能である。 図1 市販の手洗いチェッカー(サラヤ製) 図2 簡易手洗いチェック装置 4.教育への適応  2005年頃、鍼基礎実習において、「鍼教習手帳」1)の実践を行ったが、その「鍼教習手帳」の第0段階の項目4において、「手洗い」について、その実践すべき内容を記述し、合格か不合格かを判別していた。内容としては次の通りである。 手洗い ①手指の間を手洗いできる ②母指の付け根を手洗いできる ③指先を手洗いできる ④手背を手洗いできる ⑤手首を手洗いできる ⑥手指から手首まで円滑に手洗いできる ⑦蛇口に触れずに手洗いできる ⑧手の湿り気を残さず拭き取れる ⑨白衣や床を濡らさずに手洗いできる  この、項目の中で①~⑥は、簡易手洗いチェック装置で検証可能である。実際のチェック例を以下に示す(図3) 4.1 本学での教育実践  本学の実践では鍼基礎実習において行った。実習前に手洗いを行うが、この機会を利用して実践を行った。 手順 ①「手洗いチェッカーローション」を学生の手に付ける ②両手でよく擦り込ませる ③通常通り、手洗いを行う ④簡易型手洗いチェック装置でチェックし、写真撮影を行う ⑤2週間後に再度、同じことを繰り返す留意点  強度弱視の学生や全盲の学生は、手の汚れている部位が把握できない。そこで、以下のような配慮を行った。 ①口頭で説明 ②汚れている部分を手で触る ③写真をデフォルメし、触図を作製 ③の触図は学生の意見では不必要ということであり、途中から中止した) 試行 第1回目:16名中、11名に何らかの汚れ 第2回目:16名中、2名に汚れ(2週間後) 第3回目:16名全員が合格(4週間後) 第4回目:16名中、3名に汚れ(2か月後)  このように繰り返し行うことにより、教育効果が上がるものと思われる。また、抜き打ち的に検査を実施すると、手洗いに対する関心が薄れるのか、気がゆるむのか、手洗いが緩慢になることを意味している。多くの学生がきちんと手洗いが出来ている現状で、数名の学生が出来ないのは、消毒に対する基本的な意識が欠如しているためである。そのためにも抜き打ち的に、この簡易型手洗いチェック装置を活用することは、教育上非常に効果のあるものと思われる。 4.2 盲学校での実践 山口県立下関南総合支援学校(旧:山口県立盲学校) 福岡県立高等盲学校 青森県立盲学校 の3校で、簡易型手洗いチェック装置の教育実践を行った。この実践は3校とも鍼実技実習において実施した。  3校とも実習室は充実しており、手で蛇口を触ることなく手洗いできる環境がある。また、自動アルコール消毒器も備わっており、手洗いと共に、手のアルコール消毒を実施している。さらに、自動送風式手乾燥機が備わっており、手洗いとアルコール消毒後に、他に触れることなく手の乾燥まで行うことが出来るのは、本学よりも消毒に対する意識が進んでおり、本学も見習う点が多い。  しかし、実際に簡易型手洗いチェック装置で検証すると、前述の本学での実践同様に様々な問題が浮き彫りとなった。  問題が多い順に記すと ①一部分が洗えていない ②手首に汚れが残る ③指先に汚れが残る ④教員でも十分でない場合がある等が挙げられる。  これらは、指導上の問題であり、教員の意識の問題でもあるため、教員が率先して意識改革する必要がある。 図3-1 手洗いチェック 手掌部の手洗いはよいが、指先に汚れが残っている 図3-2 手洗いチェック 全体的に汚れが取れていない 図3-3 手洗いチェック 手首や手掌部の手洗いが徹底していない 図3-4 手洗いチェック 全体的に汚れが取ておらず、手根部分も洗えていない 図3-5 手洗いチェック 左手はよいが、右手が十分でない 5.おわりに  この簡易型手洗いチェック装置は、ホームセンターなどで部材などが簡単に入手できることで、いくつかの盲学校で作成されている。手洗いに関する意識は年々高まっており、手の洗い残しをチェックし、洗い方を改善していくことで感染予防に貢献する。平成20年度の全日本盲学校教育研究大会(全日盲研)でも、手洗いに関する発表がいくつかあったが、今後とも、理療教育における手洗いの重要性とその指導方法について、この簡易型手洗いチェック装置が役立つことを願ってやまない。 謝辞  この研究は平成19年度教育研究等高度化推進事業(競争的教育研究フロシェクト事業)「自学自習を念頭に置いた視覚障害者向けの多方向観察型の鍼実技映像教材の教育面での展望(II)」の一部として実施された。 文献 1) 上田 正一・森 英俊・村上 佳久:鍼実習における教授方法の改善の試み-鍼実習手帳-.筑波技術大学テクノレポート,14:89-98, 2007. Trial Production of Simple Hand-Washing Checker and Training in Acupuncture Technique Practice UEDA Shouichi1), MORI Hidetoshi1) and MURAKAMI Yoshihisa2) 1) Faculty of Health Science, Department of Health, Course of Acupuncture and Moxibustion 2) Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired Abstract: We experimentally produced a simple hand-washing checker using cheap materials currently sold at a home center. This device cost several thousand yen for trial production. This simple hand-washing checker for training in hand-washing produced good results as an evaluation and training aid. Moreover, when trying this device at several schools for the blind, we obtained the same effect. The importance of hand-washing evaluation has been recognized. Keyword: acupuncture, technique, hand-washing evaluation, hand-washing checker, training practice