聴覚障害学生のための講義におけるキーワードマップ提示の検討 筑波技術大学 産業技術学部産業情報学科 加藤 伸子 若月 大輔 河野 純大 村上 裕史 内藤 一郎 要旨:大学等の高等教育における講義において、専門用語等のキーワードを随時学生に提示することにより聴覚障害学生を支援するシステムについて検討を行っている。講義中にキーワードを表示することで、手話や指文字と専門用語との対応が明確になることが期待される。さらに、キーワードの意味や関連語を提示することで、専門用語の意味の確認、これまでの講義内容や他の講義との関連性の把握が容易になることが期待される。特に、関連語を2次元マップで表示することにより、キーワード間の関連や全体の構造の把握が可能になると期待できる。本稿では、テキスト表示、全周表示、六角表示の3種類の関連語の表示方式について述べる。また、試作システムを用いてキーワードとその意味、関連語を聴覚障害学生に提示した際のアンケート結果について述べる。 キーワード:情報保障、聴覚障害学生、講義保障、手話、関連語、構造化 1.はじめに  近年、大学や大学院などの高等教育に進学する聴覚障害学生が急増しており、専門的な内容の講義における情報保障体制の確立が急務になってきている。そのため我々は、聴覚障害学生への情報保障手段の一つとして、講義中に専門用語等をキーワードとして提示する手法を提案している[1]~[7]。  聴覚障害学生は全ての情報を視覚より得ているため健聴の学生のように聞きながらノートをとる、資料を見るといった行為ができない。このため、講義中は講義内容を目で追うだけで精一杯であり、講義の全体像や他との関連性の把握、構造化が非常に困難である。このことが高等教育での内容理解に大きな影響を与えていると考えられる。また、聴覚障害は情報障害であるために、ある特定の分野の情報が欠落している場合がある。このような場合、講義の土台として利用している専門用語の意味把握が曖昧であったために、内容理解が十分に進まないという問題が起きる。  このため、我々は専門用語の意味や関連性が把握できるよう支援するキーワード可視化方法、ならびに講義中に活用できるキーワード入力方法を検討し、大学の講義等において聴覚障害学生を支援するキーワード提示システムの開発に取り組んでいる。  キーワードだけでなく同時にキーワードの意味や関連語を提示することにより、以下の効果が期待される。 ●手話や指文字と専門用語との対応が明確になる ●専門用語の表記や意味の確認ができる ●これまでの講義内容や他の講義との関連性の把握が容易になる  特に、関連キーワードを提示する場合には、単にテキストとして提示するだけでなく、2次元のマップとして表示することで、より関連性や全体像の把握が容易になると考えられる。  本稿では関連語の表示方法と試作したキーワード提示システムを運用した際のアンケート結果について報告する。 2.聴覚障害学生へのキーワード提示システム 2.1 サーバー、クライアントシステム  試作したキーワード提示システムは、サーバー、クライアントの構成となっている[8]。講師がサーバー側システムよりキーワードを入力すると、LANで接続されたクライアントにおいてキーワード、意味、関連キーワードが提示される。講師がキーワードを入力する際には、キーボードによる入力だけでなく、音声認識による入力も可能となっている。  辞書データはEPWING形式の汎用の辞書、自作の辞書を任意に指定することができ、複数の辞書を指定する串刺し検索も可能になっている。 2.2 キーワード・意味・関連語表示の評価  関連語をテキスト表示するシステム(図1)を聴覚障害学生に提示し、アンケートを行った。  キーワードエリア,キーワードの意味を表示する辞書エリア、関連キーワードを表示する関連語エリアの3つのエリアを講義中にどの程度見たか、という問に対して、1(かなり見なかった)から7(かなり見た)の7段階で答えてもらった。また、どのエリアが参考になったという問に対しても同様に、1(かなり参考にならなかった)から7(かなり参考になった)の7段階で回答を得た。有効回答数は9人であった。評価値の平均値と標準偏差を各々図2、図3に示す。  この結果より、どのエリアを見たかという問では3つのエリアに差は見られない.また3つのエリア共に参考になったとの評価が得られており、辞書の評価値がやや高めの傾向が見られた。  システムを利用してよかった点は何かを複数回答可で答えてもらった結果を図4に示す.「意味がわかった(5人)」「キーワード間の関連がわかった(4人)」の他に「読みがわかった」(2名)、「忘れていた語を思い出すことができた(1名)、「理解度が高まった(1名)」という回答があった。すなわち、キーワード提示システムを利用することで、講義で用いている専門用語の意味の確認やキーワード間の関連の確認がはかられており、専門用語の復習にも有効だと考えられる。  講義において表示したキーワード数の過不足、関連語数の過不足、辞書の内容の増減について質問したところ、9人中8人が「今のままでよい」という回答であった(表1~3参照)。関連語については関連キーワードエリアの枠を超えては表示できないため、限定された関連キーワード数となっているため、表示される関連語は関連度が高いもののみとなっている。しかし、講義中に把握が容易な関連キーワード数はテキスト表示では限界があると考えられる。 3.関連語のマップ表示  マップ表示の方式は, 全周表示と六角表示の2種類を試作した。各々の表示方式について述べる。 3.1 全周表示方式  該当キーワードと直接関連があるキーワードを一次関連キーワードとして、関連度が高いものから順に、キーワードの周りに関連キーワードを配置する。  各一次関連キーワードからはさらにそのキーワードに関連するキーワードを二次関連キーワードとして一次関連キーワードの外側に配置する。この際、マップ内にすでに存在しているキーワードは表示しない。マップの表示範囲内で、これを繰り返しN次関連キーワードまでを表示する。最後に関連があるキーワード同士を次数に応じた太さの線で結び、関連を明示する(図5参照)。 図1 クライアント側システム画面 図2 どのエリアを見たか(評価値平均) 図3 どのエリアが参考になったか(評価値平均) 図3 どのエリアが参考になったか(評価値平均) 図4 システムを利用して良かった点(回答人数した人数、複数回答可) 表1 キーワード数について 表2 辞書の内容について 表3 関連キーワードの数について 3.2 六角表示  六角表示では、1つのキーワードの周囲に6個のマスが存在し、このマスに順に関連キーワードをうめてゆく。まず、該当キーワードと関連があるキーワードのうち関連度が高い上位6個までを一次関連キーワードとしてキーワードの周りのマスに配置する。  一次関連キーワードのうち最も関連度が高かったキーワードより順に二次関連キーワードを決定する。一次関連キーワードに関連するキーワードのうち、すでにマップ内に表示されたキーワードをのぞいて関連度が上位M個(Mはまだうまっていないマスの数)までを二次関連キーワードとして、外側に配置する。これをすべての一次関連キーワードについて行う。同じ作業を表示エリア内に表示可能な範囲で繰り返す(図6参照)。 3.3 関連度の表示閾値  マップ表示では関連キーワードが互いに重なり読みにくくなるという問題がある。そのため、表示閾値を変更できるようにした。表示閾値としては、関連度の閾値と重要度の閾値の2種類の閾値を用意している。これらはスライダーまたは数値入力により変更が可能である。 3.4 マップ表示方式のアンケート結果  関連キーワードの表示方式として、テキスト形式、全周表示(図5(b))、六角表示(図6)の3つを提示し,各々の見やすさを7段階(1:かなり見にくい、7:かなり見やすい)で答えてもらった。評価値の平均と標準偏差を図7に示す。また、関連性がわかりやすい順に順位づけをしてもらった。9人より回答を得た結果の順位和を表4に示す。  この結果、全周表示は見にくく、限定された関連語のみ表示する六角表示やテキスト表示が見やすいものの、関連性のわかりやすさでは、六角表示と全周表示はほぼ同じ順位和で評価がわかれた。  また全周表示において閾値を変化させた表示(図5(a)(b)(c))を提示し、関連性のわかりやすい順に順位付けをしてもらった。順位和を表5に示す。閾値が高く表示する関連キーワードを限定した方が評価が高いことがわかった。 図5 全周表示 図6 六角表示 4.おわりに  高等教育に適した聴覚障害学生へのキーワード提示システムについて述べた。講義中に専門用語等をキーワードとして表示することで講義の理解が高まる傾向にあることがわかった。システムを利用して良かった点としては、専門用語の意味がわかること、キーワード間の関連性がわかること、などがあげられており、キーワードとあわせて読みや意味を辞書表示すること、関連キーワードを表示することが有効であると考えられる。すなわち手話や指文字と専門用語との対応を明確化できるだけでなく、キーワードの意味や関連語を提示しながら講義を進めることで、専門用語の表記や意味の確認、これまでの講義内容や他の講義との関連性の把握が容易になることが期待される。 関連キーワードの表示方式としては、テキスト表示、全周表示、六角表示の3種類の表示方式を検討した結果、キーワード間の関連のわかりやすさと見やすさは必ずしも一致せず、評価の高い表示方式は個人で好みがわかれることがわかった。  このため、キーワード提示システムの利用方法としては、プラズマディスプレイ等で全員に同じ内容を見せるだけでなく、個別の端末を用意し、個人の好みにあわせて表示方法をカスタマイズする方式が適切であると考えられる。 図7 関連語表示の見やすさ(評価値平均) 表4 関連語示方法の順位(和) 表5 閾値の違いによる示方法順位 謝辞  本研究において多くの貴重な意見や協力を頂いたスタッフならびに本学の学生の方々に深く感謝を致します。なお本研究は、文部科学省科学研究費基盤研究(B)課題番号18300261による成果の一部である。 文献 [1] 加藤・河野・村上・白澤・皆川・若月・西岡・三好・黒木・石原・内藤:講義資料とキーワードを画面合成した遠隔手話通訳システム-通訳スタジオにおける検討-.ヒューマンインタフェース学会研究報告集,Vol.9, No.1, pp.23-28, 2007. [2] 加藤・河野・西岡・三好・村上・皆川・若月・白澤・内藤:遠隔情報保障における手話通訳者へのキーワード提示の基礎的検討.ヒューマンインタフェース学会研究報告集,Vol.8, No.5, pp.35-40, 2006. [3] 河野・加藤・村上・白澤・皆川・若月・西岡・三好・黒木・石原・内藤:講義資料とキーワードを画面合成した遠隔手話通訳システムにおける聴覚障害学生への提示方法.ヒューマンインタフェース学会研究報告集,Vol.9, No.1, pp.29-32, 2007. [4] 加藤・河野・村上・皆川・西岡・若月・三好・白澤・石原・内藤:聴覚障害学生のためのキーワード付き手話通訳映像を用いた情報保障の試み.筑波技術大学テクノレポート,Vol.14, pp.1-6, 2007. [5] 加藤・河野・三好・西岡・村上・皆川・若月・白澤・石原・内藤:聴覚障害者の情報保障におけるパソコン要約筆記入力者に対するキーワード提示.ヒューマンインタフェース学会Ⅰ論文誌,Vol.9, No.2, pp.195-203, 2007. [6] 西岡・三好・河野・加藤・村上・内藤・皆川・白澤・石原・小林:遠隔地リアルタイム字幕提示システムにおける字幕作成者に対するキーワード提示について.WIT2005-88, pp.81-86, 2006. [7] 村上・斉藤・橋本・内藤・加藤・西岡・皆川・河野・若月:エアロビクス授業での視覚情報支援.筑波技術大学テクノレポート,Vol.14, pp.69-74, 2007. [8] 加藤, 若月・河野・村上・内藤:聴覚障害学生のための講義におけるキーワード提示システムの検討.テクノレポート,Vol.15, pp.1-5, 2008. Key Word Map System for Hearing Impaired Students in Higher Education Nobuko Kato, Daisuke Wakatsuki, Sumihiro Kawano, Hiroshi Murakami, Ichiro Naito Department of Industrial Information, Faculty of Industrial Technology, National University Corporation Tsukuba University of Technology Abstract: For lecture of the higher education at universities, we have proposed a new support system for hearing impaired students with the technical terms as key words. It is expected that displaying key words from a lecture will clarify the corresponding sign language, the finger spelling, and the technical terms. Moreover, displaying a key word map clarifies understanding of the relationships with other technical terms. We prepare two different drawing methods, circumferential and hexagonal grid , for visualizing relationships among a number of key words as a key word map. In this paper, we described the drawing methods of key word maps and results of a questionnaire for hearing impaired students. Keyword: Communication support, hearing impaired, deaf, sign language, key word