ワンセグ放送を用いた情報保障に関する基礎的考察 筑波技術大学産業技術学部 塩野目 剛亮 加藤 伸子 村上 裕史 若月 大輔 西岡 知之 皆川 洋喜 河野 純大 内藤 一郎 要旨:本学のコミュニケーション支援研究グループ(Communication Support Group: CSG)は聴覚障害学生に対する情報保障を実施している。手話通訳に加えてキーワードやスライド、PC要約筆記といった複数の情報を組み合わせた情報保障は、設備、機器、設定などのコスト増大が課題となっている。近年、エリア限定ワンセグ放送という特定の範囲のユーザに対する新しい情報提供の手段が試行され始めている。本稿では、ワンセグ放送の簡便で柔軟な情報提示の手段としての可能性を検討している。ワンセグ放送受信機の持つ機能や性能、情報保障画面のレイアウトなどが情報受容に影響することが示唆された。また、実際的な運用に対する課題群を示している。 キーワード:ワンセグ放送、遠隔情報保障、聴覚障害者、情報保障コスト 1.はじめに  聴覚に障害がある人たちは、情報の取得にバリアがあるといわれており、本学では、聴覚障害学生に対する講義中の情報保障を継続的に行っている[1][2]。このような情報保障にかかわる取り組みは各自治体でも手話通訳者派遣、要約筆記ボランティアによって行われているが、人的、機器的な福祉コストは無視できる大きさではない。  現在の遠隔情報保障システムでは、手話通訳、講師が使用するスライド、手話通訳者が指差すキーワード、要約筆記の字幕を現地(支援する聴覚障害学生がいる)に送信し、講義中の情報保障を行っている。遠隔情報保障を実現するためには、情報保障を担当するスタジオ側、現地側のそれぞれに大規模な設備、機器類が必要となる。すなわち、情報保障の高度化にしたがい、機器の設置・調整の労力が増大している。  情報保障の提供機器をワンセグ放送によって代替すれば、機器設置の労力を低減し、学生個人の手元にモニタを設置することができる。しかしながら、ワンセグ放送は一般のテレビ放送に比べて時間・空間解像度の低い映像を使用しており、それが情報の受容に影響を与えると考えられる。すなわち、ワンセグ放送の限られた情報量の中で、効果的な情報保障を行うための検討が必要である。  本稿ではワンセグ放送を用いた柔軟、かつ簡便な情報保障のシステムの構築を目的とし、情報提示手法、および情報保障画面の構成について検討する。効果的な情報受容の視点から、ワンセグ放送受信機の特性を分析し、情報保障画面のワンセグ放送を試行した結果から、ワンセグ放送を情報保障に応用する際の課題群について考察する。 2.情報保障の構成  現在利用している情報保障画面を図1に示す。  情報保障画面には手話通訳、キーワード、および講師の使うスライドが配置される。通常の情報保障の場合はこれに加えてPC要約筆記の字幕を同時に提示している。キーワードは専門用語などを表示し、手話通訳者が指差しをして手話表現の補助に利用するほか、簡易的な情報保障の手段としても利用できる[3]。スライドは手書きで講師が話しているところにアンダーラインを引いたり、メモ書きを加えたり、通訳者が指差しをして使用する。なお、スライド、およびキーワードの合成にはV-440HD(Roland社製)を用いており、字幕はPC要約筆記用のソフトウェアIPtalk[4]を用いて入力、送信している。  現在の情報保障システムでは、図1のような情報保障画面とPC要約筆記の字幕をひとつのノートPC画面に表示している。これは、情報保障画面の大きさや、字幕のフォントなどを個々の利用者が自由に調整できることと、机の上に自由に配置できることを目的としている。  ノートPCにはIEEE1394ポートからDV(Digital Video)形式の情報保障画面を入力し、LANポートからPC要約筆記字幕を受信している。このため、電源ケーブルを含めて3種の配線がPCに接続され、2種のアプリケーションが稼働している。すなわち、複数の情報の受信のために複数の機能を動作させる必要があり、このことが情報保障実現のコスト増大を招いていると考えられる。このような情報提示方法をワンセグ放送に代替することで、情報受信の無線化、機器の小型化と設置の柔軟性の向上が可能になると考えられる。 図1 情報保障画面とPC要約筆記字幕 図2 情報配置の例 3.ワンセグ放送受信機の特性  初めに、ワンセグ放送の受信機、および送信機について調査を行なった。ワンセグ受信機は大きく4つのタイプに分類できる。(1)携帯電話、(2)ワンセグ放送受信専用機、(3)携帯型ゲーム機、(4)PC接続型である。それぞれ、画面の大きさや画素数、データ放送受信の可否などさまざまな特性を持っていることがわかる(表1)。なお、ここに示したすべてのワンセグ放送受信機は字幕の表示機能を持っている。  ワンセグ放送では映像、字幕、データ放送の3種の情報を受信しているが、その表示方法・配置は機種により異なることがわかる(図2参照)。 4.ワンセグ放送による情報保障画面の配信  ハードウェアワンセグ放送システムDBS5002デモ機(ヒロテック株式会社)を用いて現在利用している情報保障画面のワンセグ放送を行ない、各種ワンセグ受信機で受信可能であることを確認した(図3参照)。 表1 ワンセグ放送受信機の特性(抜粋) 図3 PSP-2000を用いて受信した情報保障画面 5.考察  ここでは、3.および4.で示したワンセグ放送受信機の特性分析と情報保障受信実験の結果から、実際的な運用に向けた課題について考察する。 5.1 情報の可読性  ワンセグ放送を情報保障に利用した場合、通常のテレビ放送に比べて小さな画面、低フレームレートによって、手話の手の形、動きの読み取りに負荷がかかると考えられる。また、スライド部分の文字はつぶれて見づらくなるが、キーワード領域は十分な文字の大きさであることがわかる。  受信機によって受信特性が異なることから、320 × 240、15 fpsの制約のある映像コーデックの中でも見やすさに差異が生じることが示唆された。また、携帯型のワンセグ放送受信機の場合、画面の大きさ、画素数に制約があり、手話の読み取りに負荷がかかるおそれがある[5]。このように、映像の形式だけでなく、受信機の特性も情報受容に影響すると考えられる。  以上のことから、情報保障画面(手話、キーワード、スライド)の配置の最適化が必要であることがわかった。また、情報保障画面の作成から、エンコード、多重化、放送、デコード、表示の過程における遅延も情報保障の品質に影響すると考えられる。さらに、要約筆記の字幕をどのような方法で提示するかも議論の余地があると考える。 5.2 情報提示の形態  ワンセグ放送は、映像、字幕、データ放送を含んでいる。手話通訳とキーワードはリアルタイム性が重要であり、映像によって提示することが必須であるが、スライドと要約筆記字幕は提示方法に選択の余地がある。  スライドをデータ放送で表示すると文字情報、もしくは画像情報への変換が必要となるが、手話映像に合成するよりも鮮明に情報を提示することができる。しかしながら、閲覧のためにユーザ側の操作が必要だったり、機器によってデータ放送の受信ができない場合もある。また、リアルタイムでの手書き入力が現時点では困難であることや、手話通訳者が指差しをして使用することができなくなるといった問題点もある。  要約筆記字幕をワンセグ放送の字幕として提示した場合、多くの受信機ではその表示が16文字×3行、または12文字4行の限られたものとなる1)。字幕をデータ放送として提示する場合、タイムラグが発生する恐れがあり、手話通訳との整合性が取れるかどうかの検討が必要である。 また、それぞれの情報の配置は受信機によってカスタマイズが可能なものもある。たとえば、PSP-2000の場合は画面全体に映像を表示して字幕を映像に重ねたり、画面左側に映像、右側にデータ放送を表示するなど、表示レイアウトにいくつかのパターンがある。 5.3 情報受信の形態  現在提供を考えている情報は、手話通訳、スライド、キーワード、要約筆記字幕の4つである。これらの情報をどのようにワンセグ放送に乗せるかはいくつかの方法が考えられる。すなわち、情報の提示に複数の放送チャンネルを用いることで情報受信の形態も変化する。  (1)2チャンネルを使用すると、手話通訳と字幕の両方を映像で受信できる。これによって、手話通訳だけでなく字幕も滑らかな動きでスクロールさせて読むことができる。1文字あたり16ピクセル四方で表示するとしても、20文字×15行程度の字幕を表示することができる。これは一般的な字幕表示領域16文字× 3行の約10倍である。  (2)1チャンネルで手話通訳映像を受信し、字幕はデータ放送で受信する。この形態には1つのチャンネルだけで情報保障画面を送受信できることに優位性がある。ただし、データ放送が受信できないワンセグ放送受信機もあることに注意が必要である。  (3)1チャンネルで手話通訳映像を受信し、字幕は無線LANを通して字幕入力PCから直接受信する。このような情報受信はPCにUSB接続型のチューナを用いることで実現可能である。一般的なワンセグ放送受信機に比べて画面の大きさを調整でき、見やすさが向上すると考えられるが、机上により広いスペースを必要とする。 5.4 ワンセグ放送波の発信と受信  独自にワンセグ放送を行なう場合は他の放送電波に干渉しないように、その地域で使用されていないチャンネルを使用することが定められている[6]。このため、情報保障の放送を受信するためには、ほとんどの受信機ではチャンネル設定を変更する必要がある。このとき、手動設定やオートスキャンなどの方法があるが、あらかじめ地域にあわせて設定されたプリセットしか持たない受信機もある。すなわち、独自の放送を受信することができないことがあり、受信機の選択にも注意が必要である。  少ない人数、限られた範囲に対する情報提供ならば微弱電波を用いたワンセグ放送でも十分可能であると考えられるが[7]、講義室全体にワンセグ放送をするためには設備のほか、実験局免許の取得も必要である。このとき、免許取得にかかる費用を情報保障の支援者側と利用者側とでどのように分担するかの議論も必要であると考える。 6.あとがき  本検討によって、ワンセグ放送を用いた情報保障は可能であるが、受信機によってワンセグ放送受信・画面表示の特性が異なることから、多様な特性をカバーする情報保障画面の構成が必要であることがわかった。すなわち、手話通訳者、スライド、キーワードの各領域の大きさをワンセグ受信機に最適化する必要があることがわかった。今後、実験を行なうことで各情報保障領域の適切な配置について明らかにする予定である。受信機によって画面大きさ、画素数が異なるため、どのような配置が適切であると一概には言えないが、情報保障画面設計の指針になると考える。現在でもエリア限定ワンセグ放送が主に商業目的で試行されている[8]。今後、ワンセグ放送による情報保障が実現すれば、電波を聴覚障害者のための簡便な情報保障授受手段として利用することにつながると考えられる。 文献 [1] 加藤・河野・若月他:講義の情報保障におけるキーワード提示タイミングに関する基礎的検討,信学技報,Vol.108, No.170, WIT2008-28:51-56, 2008. [2] 河野・加藤・村上他:講義資料とキーワードを画面合成した遠隔手話通訳システムにおける聴覚障害学生への提示方法,ヒューマンインタフェース学会研究報告集,Vol.9, No.1:29-32, 2007. [3] 加藤・河野・村上他:講義資料とキーワードを画面合成した遠隔手話通訳システム-通訳スタジオにおける検討-,ヒューマンインタフェース学会研究報告集,Vol.9, No.1:23-28, 2007. [4] IPtalk:http://iptalk.hp.infoseek.co.jp/ ,Retrieved July 21, 2008. [5] 塩野目・鎌田・山本・Fischer:画面大きさと手話知覚との関係に関する検討,ヒューマンインタフェース学会論文誌,Vol.9, No.2:87-96, 2007. [6] (社)デジタル放送推進協会(Dpa):「ワンセグメント・ローカルサービス」の送出運用に関する暫定ガイドライン,http://www.dpa.or.jp/corp/pdf/1seg-local-guideline.pdf ,Retrieved Jan. 22, 2008. [7] 総務省:電波利用ホームページ|微弱無線局の規定,http://www.tele.soumu.go.jp/j/material/rule.htm ,Retrieved Jan. 19, 2008. [8] 兵庫エリア限定ワンセグ放送実験協議会:姫路スイーツワン,実証実験報告書,http://web.pref.hyogo.lg.jp/contents/000111729.pdf ,Retrieved Nov. 28, 2008. 注 注1) DS Liteのワンセグチューナには字幕の履歴を表示する機能(読むテレビ)があり、複数行の字幕を閲覧することが可能である。 A Basic Study on Information Assurance via One-Segment Broadcasting SHIONOME Takeaki, KATO Nobuko, MURAKAMI Hiroshi, WAKATSUKI Daisuke, NISHIOKA Tomoyuki, MINAGAWA Hiroki, KAWANO Sumihiro, NAITO Ichiro Faculty of Industrial Technology, National University Corporation Tsukuba University of Technology Abstract: One-segment broadcasting (1Seg) is expected to provide simple and flexible information assurance. The reasons are that 1Seg receivers have some rational features: 1) portability of devices, 2) wireless information reception, and 3) individually owned and controlled. In this report, we show the results of our analysis of 1Seg receivers and provided suggestions for the arrangement of information assurance displays. We also discussed the intelligibility of sign language and text information from the results of 1Seg experiments. Moreover, we found that the perception characteristics of information depend on the number of broadcasting channels. Keyword: One-segment broadcasting, information assurance, hearing impaired, operational costs