第4回アメリカ合衆国理学療法研修報告 筑波技術大学保健科学部保健学科理学療法学専攻 中村 直子 薄葉 眞理子 要旨:第4回アメリカ合衆国理学療法研修を2008年9月21日~10月1日までの日程で行った。カリフォルニア州のKaiser病院や関連施設での研修、理学療法士養成課程の大学での授業参加などを行い、アメリカにおける理学療法の臨床・教育について理解を深めた。 キーワード:理学療法学、アメリカ合衆国、国際交流 1.はじめに  筑波技術大学国際交流委員会主催による4回目の理学療法研修を米国にて行った。第1回~3回はアイオワ州立大学を中心に研修が行われたが、今回はカリフォルニア州のKaiser病院を中心に研修を行った。 2.カリフォルニア州へ渡航の経緯  つくば市で開催された第42回日本理学療法士協会全国学術研修大会での教育講演のテーマは海外の卒後研修プログラムであった。米国における卒後研修の第一人者であるTichenor氏が演者として招聘された。氏は大学の教員を経てKaiser病院にて整形外科疾患に対する徒手的理学療法の卒後研修を始め、アメリカの理学療法士界における卒後研修制度を確立した人物である。薄葉はこの教育講演のコーディネーターとして氏と知り合い、アイオワ大学での研修経験について話したところKaiser病院に是非訪問して欲しいと招待を受けた。  現在Kaiser病院の卒後研修プログラムは有名で、特にPNF(理学療法の手技の一つ)を学ぶために日本を始め世界中から理学療法士が集まり、1年間の研修に参加している。このような施設への訪問は教員にも学生にもまたと無い良い機会であるため、国際交流委員会の活動として計画を薦めた。 3.研修の目的・期間等 3.1 研修期間  2008年9月21日~10月1日の夏季休暇期間に研修を行った。理学療法学専攻は9月上旬及び3月に臨床実習を行うため、支障のない期間に研修を設定した。 3.2 参加者  参加者4名の内訳は、蒲生 歩(理学療法学専攻 2年)、立花 淳二(卒業生)、薄葉 眞理子・中村 直子 (教員)である。 3.3 目的 1)米国における理学療法の臨床現場を視察する。 2)理学療法士養成課程の大学を訪問し、授業に参加する。 3)米国の理学療法士との交流を通じて、国際的視野の拡大を図る。 3.4 出国前までの事前準備 1)国際交流委員会は今回米国カリフォルニア州で初めて研修を行うため、2008年3月20~27日に下見を実施した。教員(薄葉・中村)は研修予定の病院・施設・学校等を訪問し、9月の研修打ち合わせや本学の紹介、交通手段の確認、宿泊施設の検討等を行った。 2)参加者に対し医学用語と英会話 (主に自己紹介)のセミナーを学内で行った。 4.研修内容 4.1 Samuel Merritt大学で授業参加・見学  Samuel Merritt大学(Oakland市)の理学療法士養成コースは博士課程(DPT)である。密度の高い授業と充実した臨床実習で、理学療法士認定試験の合格率には定評がある。 4.1.1 授業参加  博士課程1年生の理学療法基礎科目、「Clinical Foundations」の授業に参加した。講義内容は「感染予防」及び「ボディーメカニクス」であった。この大学の多くの授業はメインとサブの2名以上の教員が1つの講義に関わる体制で行われており、今回のメイン講師は Susan Grieve先生、サブの教員はSharon L. Gorman先生とLinnette Clark先生であった。授業開始前に10分程度、自己紹介の時間を頂いた。  「感染予防」の授業では、感染の原因、種類、対処法、ガウンやグローブの着脱法などを学んだ後、グループごとに模擬症例に合った感染予防衣を考え、全員が装着する実習を行った。本学学生は、はじめ、何を指示されたのか理解できなかったようだが、同じグループの学生たちのアドバイスや働きかけによりすぐに打ち解けて、正しい感染予防衣を身に着ける事ができた。  「ボディーメカニクス」の授業では、まず良い姿勢と不良姿勢の比較を通して、重心線、支持基底面といった概念を学んだ。ここを起点として姿勢と関連の深い腰痛をテーマに、脊柱・骨盤の構造から理学療法士(以下PT)の職業病である腰痛の予防法まで幅広い内容を、運動学、整形外科学、機能解剖学的観点から融合的に学んだ。講義の間に多くの実習が入り、腰椎や骨盤の動きの確認、誘導法の実技を立位や臥位で行った。ここでは、動きに特徴ある学生を誘導し、その運動歴や病歴から動作の考察を深めながら周りの学生が触って動きの確認をしたり、動作の上手な学生を前でデモンストレーターとして起用したりと、学生が前に出るような工夫ある授業が展開された。授業形態の特徴-ディスカッションを中心としたメリハリある授業-メインの講師はテーマを与え、授業の流れを作る。そしてサブの教員は臨床における実例を話すことで学生に気付きを持たせ、議論を活性化する。これらが相補的に作用することで学生の興味を引き出す授業を展開し、またそこに学生が意欲的に参加することで活発な意見交換が行われていた。更にポイントを明確にした講義やリズミカルに実習を組み込み、メリハリある授業が実現していた。 4.1.2 大学見学  授業終了後、Clark先生に大学校内を案内して頂いた。実験室には免荷歩行の測定可能なトレッドミル(ウォーキングマシーン)やイクイテスト(ダイナミック平衡機能測定装置)などが設置されていた。大学の書籍部には、教科書や参考書など様々な医学関係の書籍のほか、医学用の単語ゲーム、イラスト中心の参考書など楽しく学べる医学雑貨類も販売されていた。また、大学のロゴ入りオリジナルグッズも多種揃えられていた。同行者が Clark先生に希望分野の専門書について質問したところ、先生の個人研究室に案内されお勧めの文献を紹介して下さった。また熱心に質問した立花さんには蔵書がプレゼントされるなど、最後まで温かい対応を頂いた。 4.2 Kaiser外来病院  Kaiser Permanente病院(Union市)、外来専門の総合病院を訪問した。整形外科、放射線科、産婦人科などの6つの大きな部門に分かれており、それぞれ2名ずつ理学療法士が配属されている。リハビリテーション科はリハビリ関連スタッフのメインステーションであり、米国初となった卒後教育用の研修室も併設されている。  研修の前半は病院の見学、後半は腰痛教室の研修を行った。コーディネーターはIvan Matsui先生(PT)であった。  Kaiserとは、米国最大の医療サービスを提供する非営利団体で米国西部の9つの州、およびワシントンDCに系列の病院や関連施設を持っており、多くの人がKaiserの保険に加入することで病院施設が運営されている。加入者が患者となって入院するよりも健康でいる方が医療費も削減できグループ全体の利益につながるため、患者教育や予防医学にも積極的に取り組んでいる。この病院内には患者教育を目的としたライブラリーがあり、各診療科でも疾病の予防教室などが数多く行われている。Kaiserではトリアージを外来予約の際に応用している。予約の対応は医療知識の豊富なベテラン看護士や理学療法士などが行い、電話による問診から通院の必要性、診療科の判断をし、自宅での処置法をアドバイスしている。日本では、ちょっとした体の不具合も気軽に相談する場所がないため、病院に行くのが当たり前になっているが、このトリアージシステムは医療費削減のためにも有効な方法ではないかと感じた。  後半に研修した腰痛教室は2週に1回リハビリテーション科で行われている腰痛予防プログラムであった。今回は7名の患者が参加した。Matsui先生は参加者の名前と症状(主訴)、治療目標などを1人ずつ丁寧に確認した。中村の経験より、日本の患者に同様の質問をしても、「どうして腰痛になったか分からないから病院に来た。痛みをとって楽にしてほしい」という答えが大多数である。米国の患者は自分の症状をしっかり説明でき、何ができるようになりたいか全員が治療の目標を明確に答えていた。米国の患者の、「自分の病は自ら学び治すべき」という自立した心構えや、医療者側の上手な患者教育の表れではないかと感じた。腰痛予防のトレーニングでは、まず背臥位で腹部のコアマッスル(腹横筋)を収縮させてから全ての動作を行うように指導していた。その後、骨盤の動きを誘導、骨盤~足の筋のストレッチなど、小さい動きから大きい動きに徐々に移行し四つ這いから立ち上がるまで、更に下の荷物を持ち上げる動作など、腰痛のある人が自分で行える体操や注意すべき日常の動作について順序よく指導された。先生は粗大な動作の説明をした後、一人一人の動きを観察しながら個々に合わせて指導し、最後に各自の目標に到達するための職業や生活に合わせた動きを指導した。動作の理由も丁寧に説明し、理解できたか、動きは正しいかなど細かい配慮の元、1時間半で体操指導を終了した。またこの腰痛教室で指導した内容はホームページに写真解説付きで公開しているため、いつでも確認して欲しいと伝え、実際にパソコンでページを開いて本日のトレーニングと一致する部分を提示し、各自の質問に答えた後プログラムを終了した。Matsui先生の丁寧で簡潔な言葉遣いは相手に好印象を与え患者と接する基本姿勢の手本として非常に勉強になった。 4.3 Kaiser入院(急性期)病院  Kaiser入院病院(Union市)は外来専門病院から車で10分ほど離れた所に位置している。Marta Hasted先生(PT)にご指導頂き研修を行った。前半は病院見学と集中治療室(以下ICU)のリハビリを見学し、後半は PTが行う創傷ケアを見学した。急性期病院ということで、ベッドサイドでのリハビリが中心である。対して運動療法室はほとんど使われておらず非常に小さく、歩行器やリハビリ機器、処置の道具の倉庫のようになっていた。その中で工夫されていた用具は自作の車輪付き踏み台である。高さ20~30cmの踏み台を横に立てた状態で転がして移動させ、使用時には倒して患者のステップ訓練を行う。その他の機器も病棟に持ち運ぶための工夫が随所に見られた。この病院で目を引いたのは、ナースステーションの構造である。病棟はICUや一般病棟など3つに分かれており、それらをつなぐ広めの通路そのものがナースステーションとして機能している。病院スタッフや患者、訪問者はみな、通路横にモニターや救急セットが並び、医師や看護師がカルテ記載、打合せ、処置などをしている間を歩いて移動する。無駄のない空間の使い方がされていた。  ICUでは昨日腹部大動脈瘤の手術をしたばかりの男性のリハビリを見学した。初回のため問診をしながら手際よく臥位~起立訓練を行った。しかし1分程度の立位保持で患者が疲れてしまい、ベッドに戻ってその日のリハビリは終了した。急性期のリハビリが、時間との勝負である事を改めて感じ、Hasted先生の優しくリズム良い話し方が印象的であった。  後半はWound care(創傷ケア)の見学をした。日本ではPTが創傷ケアを行うことは殆んどなく、アメリカでも実際に PTが行っている病院は少ないようで非常に貴重な経験であった。この病院には創傷ケア用の処置室があり、外来患者も予約をすればケアしてもらえるとの事である。火傷の患者 2名の処置を見学した。創の状態を確認し生理的食塩水で洗いながら水疱を丁寧に剥がし、薬を塗ったドレーシング剤でラップ後、クッション材や包帯、ネットでカバーする手際のよい処置が行われた。日頃より患者の体に触れる機会が多く、観察の目が養われている PTだからこそ、こういった領域でも活動できるのではないか、という可能性を感じた。 4.4 Kaiser回復期施設  Kaiser Post-Acute Care Center(San Leandro市)はKaiserグループの回復期施設である。急性期病院を数日~数週間で退院した後自宅に帰るまでの2~3ヵ月間、治療やリハビリを行う。前半はIngvild Gasmann先生(PT)にセンターを案内して頂き、後半はCynthia Kitani先生(PT)にリハビリの見学や実習をして頂いた。ここでは、私たちの興味ある事を確認し、すぐ見せて下さるなど、温かい対応を受けた。例えば学生がアニマルセラピーに興味を示したところ、その日はアニマルセラピーのプログラムはないため見せられない、と言いながらも実際にドックセラピーに関わるPTアシスタントが実体験を元にその効果を語った。また、体重100~200kgの患者の移動介助法や介助機器についての質問をしたところ、400kg程度まで移動可能な可動式リフターの使い方や車イス、歩行器の説明を患者がいない所で実習した後、実際に患者が移乗している様子や歩行器で起立訓練をしている様子を見学した。更に、PTアシスタント制度やスケジュールの組み方など、日本にはないシステムを学ぶことができた。 4.5 小児リハビリテーション施設  California Children Services Bay Medical Therapy Unit(San Lorenzo市)は普通小学校に隣接した小児リハビリ施設である。 コーディネーターはJanice Darche先生(PT)であった。教員と学生、教員と卒業生の2班に分かれて担当の先生に付き、研修を行った。  Jastin先生(PT)の班は二分脊椎やドゥシャンヌ型筋ジストロフィー症、脳性マヒなどの子供のリハビリを見学した。学生は子供たちと話したり、おもちゃを渡したりしながらリハビリに参加し、膝のジャックナイフ現象や足クローヌスの触診、動作分析などを行った。施設全体は明るい雰囲気で、スタッフや子供たちと様々な触れ合いのある研修となった。 4.6 開業理学療法クリニック  Janet Soto先生(PT)開業のクリニック (Berkeley市)を訪問した。開業後25年経っており、PT5名、助手数名が勤務している。ビルの1区画を2つに分け、マシーンの充実したトレーニングエリアと治療用個室が 3~4室並ぶ個別リハビリエリアがあり、全体的にコンパクトにまとまっている。整形外科疾患が多く、徒手的な治療とトレーニング指導を中心に行っている。Soto先生のご指導で前半は開業PTについての説明、後半は治療の見学を行った。日本ではPTに開業権はないが、米国では開業できることになっている。開業に際して、どのように患者を紹介してもらうのか、これまでに苦労したことは、など日本にないシステムについて教えて頂く貴重な経験となった。後半は3症例の治療場面を見学した。短い時間に効率よく患者の状態を把握し、簡潔な徒手的アプローチで効果を出し、日々のトレーニングにつなげていく、プロセス構築の技を見学した。卒業生の立花さんは徒手療法(マニュアルセラピー)に興味を持ち、実際にSoto先生の治療を体験した。 4.7 水治療法(プールエクササイズ)  Janet Soto先生のクリニックでは水治療法のプログラムを週に1回行っている。場所はクリニックから徒歩 5分程度の距離にある YMCAプール施設で、一部を貸し切りにして行っている。Diane Kerr先生(PT)にはまず、患者の基礎情報、プールでの注意点を教えて頂いた。今回は2名の患者のリハビリを見学した。1人目の大腿骨頭骨折の男性は松葉杖で免荷歩行をしており、今回が2度目の参加であった。1週前は痛みのためプールの中でも股関節を曲げられず、細かい動きもできない状態だったが、わずか1週間で水中での動きは大きく改善し、怪我を感じさせないスムーズな動作ができていた。2人目の前十字靱帯損傷の女性は初めてプールエクササイズに参加した。階段がうまく登れない、膝が曲がらないとのことで、水の中でも階段動作に近い動きのトレーニングや膝中心のメニューを行っていた。全体的な流れとしては、様々なバリエーションの水中ウォーキングから開始、体が温まった頃から筋トレや関節の動き、バランスなどを重視したトレーニングに移行し、最後は個々の課題に合わせたトレーニングを個別に指導する形であった。筋トレを1例に挙げると、水圧を利用する、発砲素材の棒やアームを使う、多方向からの感覚入力をするなどアレンジの幅の広さに感心した。 4.8 米国の接遇セミナー  本研修のトータルコーディネーターのCarol Jo Tichenor先生はKaiser外来病院の理学療法士であり、今回訪問した施設の大半の先生は、Tichenor先生の教え子という、この地域では有名な存在である。また米国で初めて卒後研修制度を作った人物でもある。この研修中に、米国における理学療法士の接遇(患者への言葉遣いや振舞)が大変優れている事に関心を示したところ、私たちのために急きょ接遇セミナーを行って下さることとなった。セミナーの前半は接遇技術習得の必要性を学び、後半は具体的な米国流接遇法を学んだ。  先生によれば、現在、米国では医療サービスが他の病院と比較され、顧客満足度リストが公表されている。各病院の主任がサービス向上計画を作り、顧客アンケートの結果によっては医師でも再教育クラスに入らなければならない。それでも改善しなければ減給や退職となる事もある。患者に対してどのように対応するかという事は PTの技術よりも大切との研究も報告されている。  具体的な接遇法として、最初の 2分間の印象が非常に大切とされる。医師が処方を出してもリハビリをやりたくない人もいるため、挨拶の後患者のニーズとなぜ来院したかを聞き、共感する態度が必要である。話すときの技術としては、患者の正面を向き、身を乗り出すように聞くと更によい。自分の発言には自信を持って簡潔に伝えること。患者と合意できているか常に確認し、他に何かありませんかと最後に聞くこと。いかに短く文章をまとめるか、繰り返し練習が必要である。自分に投資しなさい。コミュニケーションスキルを高めるために週に3~4回、1~2時間練習をするとよい。学生の場合は実習に行く前と、卒業前に接遇の練習をするとよいとのことである。これらの実用的で分かりやすい説明を受けた。 4.9 予習・フィードバックについて  研修で得た知識を共有し、語学力不足を補うため、毎日全員でミーティングを行った。また翌日の研修に必要な医学用語の確認を行った。 図 1 感染予防衣の実習 図 2 集合写真 図 3 外来病院リハビリ室 図 4 運動療法室 図 5 回復期 リハビリ室 図 6 小児リハビリ施設 図 7 開業PT 図 8 プールエクササイズ 5.その他の成果 5.1 英語力について  今回研修に参加したメンバーは、それぞれ社会経験があり、様々な面で自立した行動が選択でき、英語力ではカバーできない問題も、他の手段で対応する事ができた。英語力については、研修期間前半は学生も卒業生も教員に助けを求める場面が多く見られた。また、意見が伝えられず、先方を見ずに教員に向かって話している事もあった。後半は相手の意思を理解し、又、伝えようとする姿勢が育ってきた。繰り返し練習した自己紹介は、非常にスムーズに行えるようになった。 5.2 食事会での交流  米国の理学療法士と3回食事会をする機会を得た。病院で話す医療的な話題に加え、米国の抱える問題から日常の生活まで様々な体験に基づく興味深い話を聞く事ができた。また、米国における理学療法士の、社会に対する責任意識の高さを感じることができた。 5.3 在校生・卒業生の交流  本研修は在校生・卒業生各 1名が参加して行われた。研修期間中の様々な場面で在学生から社会人のアドバイスを聞く、臨床や実習など学生生活の不安を相談する等の交流が見られた。 5.4 教員 2名参加の利点  これまで1名の教員引率にて研修を実施してきたが、今回初めて教員2名で研修を行った。これにより病気や怪我、パスポート紛失などトラブルへの対応がスムーズに行えるようになった。毎回の食事でも、1人が注文とレジの対応をし、もう1人は調味料や配膳の対応をするなど、移動やトイレ誘導といった多くの生活場面で、学生の動きに合わせた柔軟な対応が行えた。更にこれまで困難であった、通訳をしながら写真を撮り、先方との打合せをしながら学生の視覚補償を同時に行う事ができた。また学生と教員が24時間ともに過ごす事で、学生の生活の様子が伺え、ちょっとした生活の工夫に感心したり、悩みを共感したりと、より身近な交流が得られた。 6.感想(学生、卒業生) 6.1 蒲生 歩(学生)  今回9月21日から10月1日までの日程で、アメリカ合衆国の西海岸カリフォルニア州北部にある病院及び老人保健施設、小学校の中に設けられた理学療法のスペース、そして個人で開業されている理学療法士の先生の現場を見学させていただき、且つ、Samuel Merritt Collegeでの講義を受ける機会も得、大変に貴重な体験をさせて頂きました。  研修の最初に、カイザーの外来病院を訪ね、理学療法士のアイバン先生に、大まかに病院内の案内をしていただいた後、理学療法士のアイバン先生の指導による、患者さんの腰痛を軽減する体操の様子を見学させて頂きました。アイバン先生は、専門的な知識を持ち合わせていない患者さんに対しても、とても分かりやすい言葉で説明をされ、現状での痛みや困っていることを尋ねられた患者さんたちも、それぞれご自分の痛みや、けがの場所、現在困っていることなどを具体的に説明され、患者さんご自身が回復に向けてとても前向きに取り組まれている様子が大変印象に残りました。  カイザーの入院患者さんのための病院を見学させて頂いた時は、ICUに入られている患者さんで、前日に大動脈瘤の手術をされた年配の男性のリハビリを見学させて頂き、さらに火傷の処置をされる様子を見学させて頂いた。ICUを使われている患者さんは、手術からまもなく、座っていることすら大変そうな患者さんに、やさしく、かつ適切に声をかけ、患者さんの負担にならないように、短い言葉で会話をされ、的確に、必要な部分を聞き逃さないように効率よくお話をされていたことが印象的でした。また、火傷の患者さんの処置の様子も見学させていただき、患者さんに対して、水疱を傷つけないように、心配りが行き届いた処置をされ、さらに、患者さんに対して一方的に話されるだけでなく、患者さんのお話を、丁寧に聞かれて、その上で適切なアドバイスをされており、患者さんを大事にされていることが伝わり、素晴らしいと感じました。  Post Acute Care施設では、患者さんが病院を退院されてからご自宅に帰られるまでの間を過ごされるところで、ご自宅での生活を目標に、それぞれの日々のリハビリに取り組まれ、患者さん自らもとても積極的にリハビリに取り組まれていました。スタッフの方々も患者さんも、全体的にリハビリやこの施設を退院された後の生活についてとても前向きな様子で、特にスタッフの方々は、患者さん一人一人をとても大事にされている様子がよく伝わってきました。患者さんご自身も、回復に向けて前向きな方が多いことが見受けられました。また、患者さん各々に合わせた目標設定やリハビリの内容を大切にされていて、たとえば、大変太っている患者さんもご自信の体のことを大事に考えられとても前向きに話をされていたのが印象的でした。  こちらの理学療法士の先生方からは、とても分かりやすく、リハビリの様子もじっくり見学させていただき、さらにリハビリのエクササイズの資料も頂き、フレンドリーであたたかく迎えていただけたことがとても嬉しくなりました。この施設は、日本での老人ホームなどの閉鎖的なイメージとは異なり、高齢の方々の終の棲家にするためではなく、これから自宅に戻って生活をされるため、ご自宅での生活を見通したリハビリを行われ、患者さんもスタッフ方々も、同じ目標を共有されていたことが、印象深かったです。  開業で理学療法を行っている先生の元を訪ね、プールでのリハビリの様子や、手技やレーザーを用いてのリハビリの様子を見学させて頂きました。プールでのリハビリでは、患者さんそれぞれの症状に合わせて、深さを変えて、負荷や動きを考慮され、指示される理学療法士の先生も、具体的に、患者さんに分かりやすいように説明をされていて、患者さんが理学療法士の先生を心から信頼されていることが良く伝わってきました。また、街の中に開業の理学療法士の先生がいらっしゃるということで、日常の生活に密着したリハビリが行われており、理学療法士のオフィスがあり、患者さんはかかりつけのお医者さんに通うように、気楽に、身近な地域のなかで、理学療法士の先生方を頼りにされている様子がよく伝わってきました。  小学校の中に設けられたリハビリのスペースで、子ども達が通いやすく、かつ親しみやすいように、配慮の行き届いたところでした。リハビリ自体も、子どもが飽きないよう、楽しくできるプログラムが組まれ、その上でしっかりと狙いを絞ってリハビリを行われていました。子どものためを一番に考え、それでも子どもがリハビリを嫌にならないように、慎重に行われており、さらに、英語がよく分らない子どもにも、スペイン語で話しかけられたりするなど、細々とした心配りがとても素晴らしいと感じました。また、子ども達の使っている車いすや歩行器が、California Children Service(CCS)のシステムによって、患者さんご本人やご家族の自己負担なしで購入でき、使われているということが、大変に先進的な取り組みだと感じました。  Samuel Merritt Collegeの理学療法を学ぶコースの授業を見学させていただき、その授業の熱気に圧倒されました。一つの授業を複数の先生で担当され、とてもテンポよく授業が展開され、学生さん達も事前に予習をされているようで、授業の内容を十分に理解し、そして先生から問題が投げかけられると、我先にと答え、先生と学生さんたちのやりとりのスピーディさと、熱気に満ちた空気が授業の最後まで続き、その雰囲気に圧倒されるばかりでした。先生方も、学生さん達も、両方の熱意に驚かされ、学生さん達の積極性を少しでも見習わなければ、と考えさせられる授業でした。  私は、この研修に参加するまで、理学療法士と言うと、リハビリ職として、重要であることは分かっていても、具体的に患者さんに対してどう接したら良いのか、患者さんにとって理学療法士とはどういう風に思われるものであるのかということについて、漠然と、リハビリの指示をする職業と言ったイメージしか持ち合わせておりませんでした。  今回、カリフォルニアでの様々な理学療法士の先生の姿を拝見して、患者さんの身体を第一に考え、個々の患者さんに最善のリハビリを、患者さんに分かりやすく説明されている先生方の姿を拝見し、患者さんに、分かりやすく、具体的に説明ができることの大切さを知りました。  そして、いままで、漠然と勉強に取り組んでおりましたが、具体的にどんなアプローチができる理学療法士になりたいのか、というビジョンを持って学習にあたることの大切さを感じさせていただきました。  今後、どんな分野のどういった仕事のできる理学療法士になりたいか、具体的なビジョンを持てるように、日々の学習にあたりたいと思っております。  そして、理学療法士という職業が、たくさんの患者さんに、心から信頼されており、人々の生活の中で、身近に理学療法士の活躍されている場があり、とてもすばらしいと感じました。  本当に、とても貴重な体験をさせていただき、ありがとうございました。 6.2 立花 淳二(卒業生)  今回どの施設でも感じた事は PTのコミュニケーションスキルが非常に高い事と患者・家族教育がしっかりとなされている事でした。  Kaiserでは腰痛体操教室の見学を行いました。集団エクササイズでありながら個々の患者の能力に合わせた運動の指導を瞬時に行い、ゆっくりと時間を掛けて行っていたのが印象的でした。勝田病院でも集団でのエクササイズを行っていますが、どちらかというとメニューに対象者が合わせるといった形で能力別の指導はあまり取っていないことが多く、その点で臨床的判断能力の違いを感じました。ネットを使って患者が自宅でいつでも見れるという点も参考になりました。  Samuel Meritt Collegeでは理学療法学科の新 1年生の講義に参加し、学生の講義に対する取り組む姿勢や日本の大学・養成校とのカリキュラムの違いを体験しました。Janet Soto’s in Berkeley PTではプールを使った大腿骨頚部骨折術後と前十字靱帯損傷の治療を見学し、負荷量の少ない水中でのエクササイズの有用性を知りました。限られた時間の中での治療の為、共通しているエクササイズは同時に行い、それとは別の個別メニューを組み合わせて行っていて効率の良いプログラムが組まれていると感じました。当院でも機会があれば行いたいと感じました。  Kaiser Post-Acute Care Centerでは「生活の中のリハビリ」という雰囲気の中で利用者とPT・OT(作業療法士)が関わっているところやレクリエーションやActivityの豊富さを学びました。予め入所期間と入所時に目標設定が確立されているのも利用者のモチベーションのupにも繋がっているのではないか。今後、当施設でも利用者のニーズに合わせたレクリエーションやActivityを介護職員と共に実施していきたいと感じました。  California Children Services(Bay Medical Therapy Unit)では先ず、アメリカでは養護学校というものが廃止されていて国や州が脳性麻痺児や筋ジストロフィー等の難病疾患に対して学校内の訓練室で評価、治療、家族指導を行う場面を見学しました。乳幼児、小児、学童期とそれぞれカテゴリーの違う子供達へそれぞれの症状にあった治療の介入を見ることが出来ました。個人的には成人のリハビリを中心に行っている為、成人のリハビリとは異なる治療だったので新鮮でした。  Kaiser Union City Inpatient PTではICUでのリハビリ見学と火傷後の創傷治療の見学をしました。創傷治療を理学療法士が行っているところを見るのは初めての経験でした。以前に火傷後の拘縮に対する関節可動域練習は行ったことがありますが、創傷そのものの治療は医師、看護師が行っており、PTとしての職域の幅の広さを感じました。  最後にJanet Soto’s in Berkeley PTでは日本では開業をしている理学療法士は制度上あり得ないので、職場がどうなっているのか、どういう経緯で患者さんがくるのか興味があった。個室での治療なので患者が集中してリハビリに取り組んでいた感じがしました。  今回の研修では改めてコミュニケーションスキルが理学療法士にとって重要であること、いかに患者さんを良い方向へと導いていくかは PTの能力として必要であることを肌で感じました。若い理学療法士に対しての卒後教育の仕方など講義していただいた事を是非、勝田病院で実践していきたいと思います。 7.今後の課題 アイオワ研修との違い  米国理学療法研修の過去 3回はアイオワにて行ったが、今回初めてカリフォルニアで行った。異なる場所での研修を比較すると、各々に利点がある。日本から現地までの交通の便は、乗り継ぎの多いアイオワに比べカリフォルニア州サンフランシスコへは乗り継ぎが必要ない為、限られた日数での移動での利便性は高い。また、気候も年間を通して穏やかである点は、豪雪地帯であるアイオワに比べ訪問時期の選択肢が多い。  アイオワ大学は州立の総合大学であり、大学付属病院での最先端の研究を見学が可能である。卒業生の一人がここに留学経験があり、既に研修訪問を3度行った。一方、Samuel Merritt大学は私立の小規模の医療系大学であり、臨床実習に力を入れている。主任の Nordstrom氏は2009年3月に来日し、筑波技術大学にて講演会を開催、本学との共通理解を深めた。  サンフランシスコは大都会で多民族文化、アイオワシティーは田舎の大学町で殆どがドイツ系住民である。  両施設に大きな相違はあるものの、其々に私達の訪問に協力的で学ぶことは多い。隔年での研修を計画することで研修の選択肢を増やすことを検討したい。 8.おわりに  この研修を通し、米国の高度な理学療法技術を学び、更に米国における理学療法士の、社会に対する責任意識の高さを感じ取ることができた。これについては、学生も卒業生も同様に感じたようである。今後も多くの学生・卒業生が海外研修に参加し、良い影響を受けて成長して欲しいと願っている。最後に今回初めてカリフォルニア州での研修を行い、事前より様々な協力を頂いた病院施設の先生方、及び全てのコーディネートをして下さった Tichenor先生に感謝したい。また、病気や怪我もなく、無事に研修を終える事ができ、参加者全員に感謝している。 謝辞  筑波技術大学教育研究助成財団より学生の渡航費について援助を受けました。財団の支援に心より感謝申し上げます。 参考文献 [1]薄葉 眞理子:第 1回アメリカ合衆国理学療法研修報告.筑波技術大学テクノレポート,vol.14:225-228, 2007 [2]薄葉 眞理子:第 2回アメリカ合衆国理学療法研修報告.筑波技術大学テクノレポート,vol.14:231-234, 2007 The Fourth Physical Therapy Study Visit to the USA NAKAMURA Naoko, USUBA Mariko Course of Physical Therapy, Department of Health Abstract: The 4th Physical Therapy Study Visit to the United States of America as a part of the annual activities of the National University Corporation Tsukuba University of Technology (NTUT) international committee took place from September 21 to October 1 2008. The previous three visits took place at Iowa: however, on this occasion, we visited Hospitals and a University at California for the first time. The members constituted from a student majoring in physical therapy, one graduate physical therapist, and two faculty members from the Physical Therapy course at NTUT. We attended classes of a physical therapy program at Samuel Merritt University. We visited clinical settings of inpatient and outpatient physical therapy and that of a post-acute care center run by the Kaiser Permanente Medical Center, Bay Medical Therapy Unit which provides physical therapy services to children within the California school system: we also visited Berkeley Physical Therapy, Inc., a private physical therapy practice that provides therapies in swimming pools. We were able to observe advanced treatment techniques at each setting Carol Jo Tichenor, the director of the Physical Therapy Postgraduate Programs and a specialist in orthopedic manual physical therapy at the Kaiser Permanente Medical Center, hosted a seminar on communication skills. We gained considerable knowledge from the approach of the therapists, who always carried out their responsibilities taking into consideration what they could do for their patients. Although the undergraduate student was unable to fully understand English, she improved her ability to speak the language as the days went by. This visit also provided a great opportunity for the undergraduate student and the graduate to develop rapport between themselves. Key Words: Physical Therapy, United States of America, International Relations