筑波技術短期大学聴覚障害系卒業生の転職に関する意識 筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター 石原 保志 要旨:就職委員会が実施した、本学卒業生を対象とした職場適応等に関する一斉調査のうち、転職に関する質問への回答を分析した。この結果を厚生労働行政機関が実施した一般労働者向け調査と比較したところ、離職率は必ずしも高くないこと、転職を考える理由として本学卒業生は「自分のキャリアや将来性」をあげた回答者の割合が一般より高く、これに対して「賃金が低い」については回答割合が低いことがわかった。これらの結果から、本学卒業生が必ずしも目先の条件等の短期的な視点でなく、長期的な視野に立って転職を考える傾向があることが示唆された。また転職の相談においては多様な人物に助言を求めている様子がうかがえた。 キーワード:卒業生調査、聴覚障害、転職理由、相談相手、 1.はじめに  就労を通して社会自立し自己実現をはかる「職業人の育成」は、本学の教育における重要な目標である。この目標を果たすために、本学では専門性や一般教養の育成と併せて「就職の指導と支援」「就職後の職場適応への支援」が行われてきた。しかし、近年の不況による就職状況の悪化は「就職の指導と支援」について、より実際的、実践的な内容を、また卒業生の職場不適応の事例は、これまで個々の教官が行ってきた相談、支援に、より組織的な体制を迫っている。このような状況をふまえ、本学就職委員会では、平成19年度教育研究等高度化推進事業による助成を受け、卒業生を対象とした一斉調査を実施した。調査内容は多岐にわたるものであったが、本稿ではこの中、転職に関する回答の分析結果を報告する。 2.方法 2.1 調査内容  調査事項は、平成10年度調査[2]における内容(現在の仕事の内容、職種、就業形態、情報保障環境、障害理解、コミュニケーション等)と併せて、転職についての項目を加えた。転職に関する質問内容は、一般の労働者を対象とした「若年者の離職理由と職場定着に関する調査」[1]を参考にした。 2.2 対象者および調査方法  筑波技術短期大学(以下、技短大)聴覚障害関係学科(デザイン学科、機械工学科、建築工学科、電子情報学科、電子工学専攻、電子情報学科情報工学専攻)卒業生で、卒業時に住所が登録されていた者752名に質問紙を郵送した。質問紙は平成20年1月に発送した。質問紙の発送とあわせて調査用Webサイトを開設し、郵送によるほかWebサイトからも回答できるようにした。 2.3 結果の分析  本学卒業生を対象とした調査に関しては、質問事項の別に回答を集計し分析した。  一般の労働者を対象とした調査との比較に関する分析では、「若年者の離職理由と職場定着に関する調査」[1]と同一の質問項目について、回答者の比率(%)を比較した。同調査は、平成18年に実施されたもので、全国の従業員100名以上の企業に在職する35歳未満の正社員を対象としたものである。回答数は13,320名で有効回収率は13.3%であった。回答者の属性は、男女比、年齢構成とも今回の本学卒業生対象調査と類似したものとなっている。ただし回答者の最終学歴は、本学卒業生において短大卒の割合が92.6%を占めるのに対して、上記調査では大学卒が43.3%、短大・高専卒が10.3%、専門学校卒が11.7%、高校卒が27.3%と多岐にわたっている点が異なる。 3.結果と考察 3.1 回答者の属性  対象者のうち、149名(郵送92名、Web入力57名)から回答を得た。宛先不明の92名を除外した回収率は22.6%であった。表1は回答者の性別、年齢別の人数を、表2は出身学科別の人数を示している。 3.2 転職に関する質問事項の回答  転職を経験した者は46名で、これは全回答者中の30.9%であった。  図1に示すように、転職経験者の比率は男女により特段の差異はみられない。図2は学科・専攻別の転職者の割合を示している。  図3は転職経験者の調査回答時の年齢を示している。26歳以降の転職者の割合はほぼ一定していることから、転職は30歳までの間に行う者が多いことが推測される。  図4は、質問「現在の会社で、これまでに転職したいと思ったことがありますか」に対する回答を示している(多肢選択)。半数以上の回答者が「ある」としているが、図5に示すように、実際に求就職活動を行ったのは上記の質問で「ある」および「未記入」であった者のうち26.1%にすぎない。  転職を具体的に考えた時期は入社後3年目以降が多い様子がうかがえ(図6)、この理由(多肢選択複数回答可)としては「自分のキャリアや将来性」「障害に対する配慮」「仕事の内容」「職場や人間関係」が上位を占める(表3)。転職を考えた「その他の理由」としては、以下の記述がみられた。  やりがいのある仕事を求めて。/休日形態が不安定。/安住の地に不満。/ストレスで体調がおかしい。/自分に向いてないと感じた。/パワハラ(聴覚障害を差別したり批判するような言い方)。/自分がやりたい職業に就きたかったから。/会社に不満はないが、実家から遠い所にあること(その為、会社近くへアパート住まい)。/情報保障。/精神病・鬱。  図7は転職に関する相談の有無を、表4は相談の相手を示している(多肢選択)。家族や友人に加え、職場の上司に相談したことがある者が多いのが特徴的である。  表5は、離職を思いとどまった理由を示している(多肢選択)。生活ができない、転職先が見つからない、収入が減るといった、現実的な回答が多数を占めた。思いとどまった「その他」の理由として、以下の記述がみられた。  後輩(技短)が入社したのでずっと居てほしいと上司から言われたため。/転職を考えることはあるが、今の職場に不満があるからではないので。/技短大の先生に、会社に来て頂いた。/あきらめることを理解できた。/悩んでいた時に異動があったため。/両親のアドバイスにより上司への対応方法を変えたら、少しずつ良くなったので頑張って続けました。/現在の会社より良さげな会社がなさそうだったから。/相談相手ではないが、総務課課長に色々と言われて考え直した。/離職しようと思ったが、もう少し頑張ろうと意気込んだから。/自分で気持を上手く切り替えたり…。/もう少し現在の会社で働いていこうと思ったから。/現在資格が無いため。/採用試験に落ちたから。給料が上がったから。/休日出勤や研修などで転職活動している暇がない。/しばらく様子見る事にしたから。/自分の将来に対する目標が未定の為。/会議時や仕事上で上司の配慮が出てきた。/どれもあてはまらない。/結婚。 表1 回答者の性別・年齢(人数) 表2 回答者の出身学科・専攻(人数) 図1 男女別の転職者の割合 図2 学科・専攻別の転職者の割合 図3 年齢別の転職者の割合 図4 転職を考えたことがありますか 図5 求職活動の有無 図6 最初に転職したいと考えた時期 表3 転職を考えた理由 図7 転職を誰かに相談したか 表4 転職の相談相手 表5 離職を思いとどまった理由 4.一般の労働者を対象とした調査との比較  本学卒業生を対象とした調査結果と、労働行政機関が実施した「若年者の離職理由と職場定着に関する調査」[1]の結果を比較した。分析に際しては、2.3で述べたように、同一の質問項目について回答者の回答比率(%)を比較した。  図8は、転職を考えた理由を比較したものである。本学卒業生は「自分のキャリアや将来性」について一般より回答割合が高く、これに対して「賃金が低い」については一般より回答割合が低いことがわかる。このことは、本学卒業生が必ずしも目先の条件等の短期的な視点でなく、長期的な視野に立って転職を考える傾向があることを示しているといえよう。  図9は、転職の相談相手について比較したものである。前述したように、職場の上司や人事担当者など、勤務先の人物に相談する割合が一般の人々と比較して高い様子がうかがえる。また学校の先生をあげた本学卒業生は10%程度であるが、一般と比較すれば高く、本学の卒業生相談について示唆を与える結果となっている。総じて、一般の人々が友人、恋人、家族など同世代か家族のみへの相談に終始するのに対して、本学卒業生は多様な人物に相談していることがわかる。このことは、本学卒業生が聴覚障害ゆえに意識的に情報を収集しようとしており、また決断に際しては多くの人物の助言を求める傾向があることを示していると考えられる。  図10は、離職を思いとどまった理由を比較したものである。11の項目の中で8つの項目については、これを理由とした回答者の割合は技短卒業生が一般を上回っていたが、「職場の人間関係が良好だから」という理由をあげた回答者の割合は技短卒業生の方が低くなっていた。 図8 転職を考えた理由(一般調査との比較) 図9 転職の相談相手(一般調査との比較) 図10 離職を思いとどまった理由(一般調査との比較) 参考文献 [1]独立行政法人 労働政策研究・研修機構:若年者の離職理由と職場定着に関する調査.JILPT 調査シリーズ,No.36,2007. [2]根本 匡文・石田 久之・石原 保志・黒川 哲宇・長岡 英司:本学卒業生における職場適応の状況と生涯学習の必要性に関する調査研究-筑波技術短期大学平成10年度学長裁量経費プロジェクト報告書.筑波技術短期大学,1999. [3]筑波技術大学就職委員会:筑波技術短期大学卒業生の職 場適応等に関する調査報告書.筑波技術大学,2009. A investigation into workplace adaptation and job change among graduates at Tsukuba College of Technology ISHIHARA Yasushi Research and Support Center on Higher Education for the Hearing Impaired Tsukuba University of Technology Abstract: The purpose of this study was to obtain data for enhancing support services for career development of Tsukuba University of Technology (TUT) students and graduates. For this purpose, the employment committee in TUT conducted a questionnaire survey on the graduates. The following conclusions were drawn by analyzing the results of the survey. 1) The percentage of respondents who had a job change among those who wanted to change their jobs was 26.1%. 2) The reasons cited by the respondents for considering a job change were “My career and prospect” “Lack of consideration of surrounding people for the handicapped” “Content of work” “Office and interpersonal relationship”etc. 3) The respondents who had dropped the idea of changing jobs cited reasons such as “It was not possible to live” “There is no company available for me for reemployment” and “The income decreases”. Among the TUT students who had dropped the idea of changing jobs, the number of respondents who selected “The interpersonal relationship within the office was excellent” as the reason for dropping the idea was lower than that of those among reported in a previous study on a general population. 4) The graduates of TCT had consulted people such as their superiors, counselors, and college instructors regarding job change, while the general population has been reported to consult only their contemporaries such as friends, lovers, or the family members. Key words: deaf or hard of hearing, the reason of job change, consultation of job change