一般大学における聴覚障害学生支援体制の事例分析 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター1),群馬大学 教育学部2) 中島 亜紀子1) 萩原 彩子1) 金澤 貴之2) 大杉 豊1) 白澤 麻弓1) 蓮池 通子1) 磯田 恭子1) 石野 麻衣子1) 要旨:全国の大学において、障害学生への支援を充実させ学習環境を整えようという取り組みが普及してきており、聴覚障害学生への支援についても様々な情報保障手段や支援者の養成方法などが浸透しつつある。その一方で、大学組織の中に障害学生支援を位置付け、安定した支援体制を整備することについては、その具体的な方法が明らかになっておらず、全学的な支援体制を構築した事例があるものの、それらの取り組みは条件に恵まれた特定の大学のみ実現できると認識されがちである。本稿では、支援体制を構築した14大学の事例を分析し、支援体制の在り方及び体制構築の経緯に関する、より具体的な事項について明らかにするとともに、今後支援体制を構築しようとする大学にとって示唆となる要素を提示する。 キーワード:聴覚障害学生、高等教育、支援体制 1.問題の所在と目的  日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)では、2005年度より、大学等の高等教育機関(以下、大学等)において、聴覚障害学生の支援体制を構築、運営していくための具体的な方策や支援体制の実例について、継続的に調査・研究を行ってきた。中でも、国内で聴覚障害学生支援の先駆的な取り組みをしている大学について、実際に支援を担っている教職員を対象に行った聞き取り及び質問紙等による支援体制の事例調査は、国立大学・私立大学を併せて14大学に及んでいる。これら調査の成果の一部は、聴覚障害学生支援システム構築・運営マニュアル作成事業により、PEPNet-Japan 連携大学・機関に所属する事業メンバーの手で「資料集合冊『聴覚障害学生支援システムができるまで』」にまとめられており、支援体制作りの教材として全国の障害学生支援関係者および聴覚障害学生に向けて配布されている。しかし、各事例間における特性の差異や共通点等については十分明らかにされておらず、支援体制構築の鍵となる要因や成立過程については不明な点も多く残されてきた。  そこで本稿では、これまでPEPNet-Japan にて実施された個別大学への調査結果をもとに、支援体制の在り方及び体制構築の経緯に関する、より具体的な事項について支援体制の在り方及び体制構築の経緯に関するより具体的な事項について再整理、分析することで、今後支援体制を構築しようとする大学にとって有益な手掛かりを得ることを目的とした。 2.方法 2.1 事例の収集方法及び概要  2005年度から現在までの間に収集した支援体制事例の概要と調査方法は表1のとおりである。 2.2 分析方法  収集した事例について、紙面による回答及び聞き取り調査の内容から、主に①現在の支援体制、②支援体制構築までの経緯、③支援体制の形態と大学の特性との関連、の3点について、関連する記述及び発言を抽出し、各大学の支援体制の概要を整理、分析した。なお、調査後に支援体制や組織の名称が変更されている大学もあるが、本稿では調査時点での情報に基づいて扱うこととした。 表1  支援体制事例の概要と調査方法 3.結果と考察 3.1 支援体制の概要及び特性  14大学の支援体制について、委員会等の上部組織と支援実務を担う実動組織の在り方に着目して概要を整理した(表2 )。支援体制の類型には、上部組織として全学規模の障害学生支援委員会などがあり、更に支援実務を担当する部署が設置されているタイプ(A、B、E、F、H、J、L、M、N)と、委員会等の組織を持たずに全学的な支援体制を実現しているタイプ(C、D、G、I、K)とが見られた。  上部組織については、副学長等を代表者とし、各学部教員や事務の各部長などで編成される委員会であるケースが14大学中6大学(A、B、E、F、H、J)を占めたが、副学長直属の支援室あるいは支援プロジェクトといった形態をとるケースも3大学(L、M、N)見られ、これらはいずれも国立大学であった。  また、支援実務を担当する部署の置かれ方として、既存の事務課やセンターの業務に支援業務を加えるケース(B、I、K)と、新しい部署を設置して対応するケース(A、G、F、H、L、M、N)、専門部署や人員を置かず、ある事務部署が兼務するケース(D、E、J)とが見られた。以下、3事例について体制の在り方の詳細を紹介する。 ①支援に特化した委員会と支援担当部署を設置した例  F大学は、全学的な組織として委員会を置き、既存のボランティアセンター内に障害学生支援室を新設して支援体制を構築した。それまで各学部の事務室に一任されていた障害学生への支援が、障害学生数の増加により困難を来たしていたが、委員会および支援室が設置されたことで支援業務に従事する職員による対応が可能となった。また、支援技術の指導など支援学生グループに対するサポートも含めた支援体制の運営が可能となった。 ②支援に特化した委員会組織がなく支援担当部署を設置した例I大学は、障害学生問題を取り扱う学長諮問機関から発展した学生主任連絡協議会において、支援に関する意思決定を行い、支援実務は学生支援課内に置かれた障がい学生支援室が担うという体制を取っていた。学生全般に対応する学生支援課が担当することで、障害学生支援は一部の学生ではなく誰もが関われる大学全体の取り組みと位置付けていた。支援室内では、正規事務職員が他の部署や各学部事務との連絡調整を担当し、支援業務を専任とするコーディネーターが障害学生への対応や支援学生の養成等を担当するという協同態勢がとられていた。 ③副学長のもとに支援室を設置した例  M大学では、副学長を室長とする障害学生支援室が設置され、室の運営や支援方針については専門部会の教員が協議、決定し、支援実務には専任の教員と職員が当たるという体制となっていた。支援の実施や予算の執行に当たっては、必要に応じて事務組織と連携するが、支援室の運営は教員が中心となって行われていた。 3.2 支援体制構築の経緯  次に、支援体制構築のきっかけと経緯について分析した。大学が支援体制の構築に向けて動き始めたきっかけとしては、障害学生の人数が増えるなどしてそれまで各学部や特定の事務部署において兼務で行われてきた支援が立ち行かなくなったり、障害学生を初めて受け入れ対応に苦慮したりしたことで、担当部署が声をあげ体制作りに向かったケースが、14大学中半数以上の事例で見られた。  支援体制を整える過程としては、まず全学規模あるいは特定の部署においてワーキンググループが立ち上げられ、徐々に全学的な組織化が図られたり支援担当部署が新設されたりするケースが大半を占めた(A、B、C、F、G、H、L、M)。また、新たな社会的ニーズに対応した学生支援プログラム(学生支援GP)や特色ある大学教育支援プログラム(特色GP)等競争的資金による事業を体制作りに活用する大学(A、B、N)も見られた。  以下、いくつかの事例について、構築過程における共通点および特性の違いに着目して詳細を紹介する。 ①委員会を立ち上げた後、支援実務体制を整備した例B大学では、障害学生修学支援員会が置かれ、支援実務は学生支援課において正規事務職員とコーディネーターが担当していた。経緯として、障害学生から総合的な支援窓口の設置が要望されたのを契機に障害者学習支援研究・調査委員会が設けられたが、支援実務については学生の支援グループの力に依るところが大きく、学生コーディネーター制度を設けたり、障害学生支援ボランティアの活動を特色ある大学教育支援プログラム(特色GP)によって活性化させたりしながら、全学的な体制作りの試みを重ねてきた。その後、委員会組織は現状の形態となり、支援実務は学生生活課に委譲するとともに、支援学生の活動も体制の一部に組み入れていた。  支援体制が十分整う以前から、支援の問題を取り扱う委員会組織が立ちあげられ、その名称や役割範囲を変えながら発展してきた点については、A、I、M大学も同様であった。また、それまで実質的に支援実務を担ってきた学生の活動が、体制構築の流れの中で衰退することがないよう工夫を図った例は、F、M、N大学にも見られた。 ②支援担当部署が新設された例  H大学では、障害学生支援のみに従事する課を設置し、全学組織としては副学長の下に障がい学生支援委員会が置かれていた。それ以前の状況としては、各学部の判断でそれぞれ独自の支援体制が立ち上げられ、中には支援のための職員を配置する学部もあった。学内では兼ねてから障害学生の受け入れに積極的な雰囲気があったため、これら学部ごとの動きを受けて全学的な体制作りを検討することとなり、大学執行部に障害学生支援検討会が置かれた。この検討会の答申の中で、専門部署とコーディネーター設置の必要性が挙げられたことを受け、課の設置、コーディネーターの配置、および委員会の設置が実現した。  H大学の場合、独立した課として支援担当部署が新設されたのは珍しい事例と言えるが、各学部や事務部署における支援の経験をもとに専門部署の必要性が認識され、設置に至った点については、F、G、M、N大学等、他の事例とも共通する背景要因であったと言える。  また、学生支援課内に障がい学生支援室が置かれていたG大学では、恒常的に障害学生が在籍している現状では特定の部署が責任を持って支援窓口となることが欠かせないと認識した学生生活課が、課内に支援専門部署と職員を置くという長期計画を掲げたことが直接的な契機であった。大学執行部が検討の場となったH大学とは異なり、学生支援課が主導で障害学生支援室設置検討会を立ち上げ、障害学生から支援に関する要望をヒアリングしたり、関係する教員への個別的な働きかけによって理解周知を図ったり、支援室を設置する先進的な他大学の事例を調査したりするなどの計画的な取り組みが、体制構築への大きな効力となっていた。  C大学でも障害学生支援室が新設されたが、その働きかけは聴覚障害学生を受け入れた専攻の教員からなされていた。また、全学規模の委員会を組織するのではなく、全学的な障害学生支援実施要項を制定することで制度化が図られていた。この要項により、支援実施対象となる学生が入学した場合には、どの学部でも必要な支援の実施、支援者の配置、予算化等を行うことが可能となった。支援実施要項の制定は、C大学のほか、同じ国立大学であるE大学、L大学においても行われていた。 3.3 支援体制の形態と大学の特性との関連  以上の結果をもとに、大学の特性と支援体制の形態との関連を検討したところ、以下の3点について特徴的な点が見られた。 ①大学の規模との関連  比較的小規模な大学や障害学生が少数である大学では、障害学生支援の専門家あるいは担当者である教員が中心となって支援を運営している事例があった。その一方で、大規模な大学の中には、全学的な支援体制を発足させるきっかけとして、一部の学部や事務部署において教職員が他の業務と兼任で担っていくことが困難になってきたことを挙げている大学が見られた。  例えば、障害学生数の少ないE大学では、障害学生一人ひとりに個別支援委員会が設けられる体制で、予算面も大きな問題なく必要な支援を実施することができていた。その一方で、前出のF大学は、支援を必要とする学生が増加したことをきっかけに支援体制構築に向けた動きが始まっており、B、G、H大学では、学部間で支援の方法や質に差が生じることに問題意識を持ち、全学的な体制作りの必要性を認識するに至っていた。 ②大学全体の取り組みとしての位置づけ  また、障害学生支援を一部の学生だけを対象とした取り組みと捉えるのではなく、大学の運営方針に叶うものとして特色の一つに位置付けたり、学生全体がその取り組みの成果を享受できるような形で運営することも、継続的で安定した支援体制となる要素であると考えられる。  L大学では、バリアフリーを研究課題の一つとして位置付けたことと併せて、学生のみならず障害のある教職員の支援および学内での障害者雇用の向上にも取り組んでいだ。K大学では委員会や支援室を新設していないものの、ボランティア活動を推進する校風ゆえに、ボランティアセンター内に支援の機能を置くことで恒常的な支援が実現した上、学内外の多くの人材が関わり活性化が図られていた。このほか、A大学、B大学、I大学、N大学は、支援活動に関わることで一般学生の成長も促されるという視点で、支援活動を大学全体の取り組みに発展させていた。 ③キーパーソンの存在  支援体制を構築するに至るまでの過程や体制の運営においては、組織の責任者とは別にイニシアティブをとる特定の教員や事務職員が存在しているケースが、多くの事例で見られた。  更に、国立大学の場合は教員、私立大学の場合は正規事務職員が、その中心的な役割を担っている傾向が見られた。国立大学の場合、前述したようにD、E、N大学では、支援体制の中で教員が支援実務に直接的に関わっていたが、その他A、C、L、M大学では教員が体制の立ち上げまで主導的な役割を果たし、且つA、L、M大学では支援担当部署に専属の教員が位置付けられていた。  一方、私立大学のうちF、H、G、I、K大学では、特定の事務部署の一機能として障害学生支援が位置付けられ、コーディネーターなどの支援専任職員だけでなく正規事務職員が支援運営に大きな役割を果たしていた。特にG、I、K大学では事務部署の上部組織にあたる委員会等が支援に関わる意思決定の役割を担い、障害学生支援に特化した委員会組織を持たずに安定した支援体制を実現していた。 4.まとめ  支援体制の形態や、体制を作り上げるまでの過程は、大学の規模や状況など個別の事情によって様々であると言われる。しかし、支援体制を構築し運営している大学の事例を比較、分析した結果から、緩やかではあるが体制の在り方に類型が見られること、また、体制構築の実現を後押しした事柄として、複数の大学に共通する要素が見られることが示唆された。今後も、先駆的な大学の取り組みを様々な観点から分析することが、支援を実施する大学の今後聴覚障害学生を受け入れ支援体制を構築しようとする大学や、現状の体制をより発展させようとする大学にとって、有益な示唆を与えることにつながると考えられる。 5.謝辞  本調査は、PEPNet-Japan 聴覚障害学生支援システム構築・運営マニュアル作成事業の一環として行われ、事例の整理にあたっては事業メンバーの方々にご尽力をいただきました。また、インタビューおよび紙面での取材にご協力くださった14大学の障害学生支援担当教職員の方々に、心より感謝申し上げます。 参考文献 [1] 「資料集 聴覚障害学生支援システムができるまで」編集グループ編:資料集合冊 聴覚障害学生支援システムができるまで.2009年. 表2 A~N大学の支援体制の概要 Case study on support systems for deaf or hard of hearing students in post-secondary educational institutions NAKAJIMA Akiko1), HAGIWARA Ayako1), KANAZAWA Takayuki2), OSUGI Yutaka1), SHIRASAWA Mayumi1), HASUIKE Michiko1), ISODA Kyoko1), ISHINO Maiko1) 1) Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired 2) Gunma University, Department of Education Abstract: In post-secondary educational institutions, support activities for deaf or hard of hearing students and training activities for the supporters are increasing in number. The learning environment for these students is also being improved. However, concrete methods of establishing or organizing the support system for students in each institution have not been devised. Although a few universities have a stable support system, it is considered that only some universities with good conditions can realize. In this report, we analyzed the support systems of 14 universities, clarified the process of organizing such systems, and gave suggestions for the universities that would be developing support systems in the future. Key words: Deaf or hard of hearing students, Post-secondary education, Support system