障害学生支援コーディネーターの視点から見た現状改善の方策案~第3回全国障害学生支援コーディネーター研修会 聴覚系分科会報告~ 筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター 磯田 恭子 石野 麻衣子 白澤 麻弓 中島 亜紀子 蓮池 通子 萩原 彩子 要旨:筑波技術大学では、年に一度全国の大学等で障害学生支援に関わるコーディネート業務を主として担当する専門職員およびそれに準ずる職員を対象として、支援技術やコーディネート業務に関する知識の提供を行っている。第3回目となる2009年は6月に実施され、53名の参加があった。このうちの2日目に実施された聴覚系分科会では「支援チームを強化する100の方法」をテーマに、聴覚障害学生支援業務に関連する5つの課題について、参加者が現状の業務の中で考えられる方法、解決策についての分析・検討を行った。本稿は、これらの分析内容について報告するものである。 キーワード:聴覚障害学生、支援学生、障害学生支援コーディネーター 1.はじめに  本学では、全国の大学等で障害学生支援に関わるコーディネート業務を主として担当する専門職員およびそれに準ずる職員を対象として、年に1度「全国障害学生支援コーディネーター研修会」を開催している。これは、障害学生支援の意義と役割について議論するとともに、聴覚や視覚に障害を有する学生の支援コーディネート業務に活用頂きたい知識や技術を提供し、障害学生支援の質的向上に資することを目的に開催しているものである。3回目の開催となった今回は、2009年6月27日(土)、28日(日)の2日間で開催し、全国から53名の参加者が集まった。  本稿では、この中の分科会企画として行った聴覚系分科会「支援チームを強化する100の方法」の内容について報告するとともに、これを分析、考察した。 2.企画内容  日本学生支援機構(2009)によると、全国の大学・短期大学のうち、聴覚障害学生支援を実施している大学の49.5%において、手書きのノートテイクやパソコンノートテイクによる支援が行われている。各大学でこのような支援を行っていくためには、年間を通じた支援者の確保や調整が必要となるが、これに伴う困難さも共通して生じている。分科会では、こうしたコーディネート業務の課題やその打開策について整理を行い、将来的な展望を示すことを目的に、テーマに分かれたグループディスカッションを行うこととした。  まず始めにディスカッションテーマを決定するため、筆者らは「学内で養成・登録したノートテイカーに積極的に支援に関わってもらうために、障害学生支援コーディネーター(以下、コーディネーター)としてとりうる解決策」を20個ずつ出し合い、どのようなテーマがディスカッションの柱となりうるのかを検討した。その結果、「障害学生支援室(以下、支援室)の機能向上のために」「充実したスキルアップ講習会のために」「人材確保のための募集・PRのために」「支援学生のモチベーションアップのために」「聴覚障害学生のエンパワメントのために」の5つのテーマに絞ることができた。  参加者には事前にブレインストーミングを行ってもらうために、1つのテーマを課題として提示し、与えられたテーマについて「どのような解決方法が考えられるか」を10個以上メールにて回答してもらった。当日は同じ課題について検討した参加者同士を1グループとし、5つのグループに分かれて、それぞれどのような視点やポイントがあるのかを整理・検討した。分析にはKJ法を用い、1グループの参加メンバーはおおむね5~6名であった。以下に各テーマについて検討した内容について報告する。 3.結果と考察 3.1 障害学生支援室の機能向上のために 3.1.1 議論概要  グループ1では「障害学生支援室の機能向上のために」をテーマに議論し、その結果、大きな枠組みとして「障害学生」「教職員」「支援学生」「支援室」「外部機関」の5つについて、機能向上のための工夫が示された。さらに、障害学生、教職員、支援学生は協働すべき関係にあり、支援室はその中心に位置するという意見でまとまった(図1)。 (1)各立場に対し可能な取り組み  支援室の機能向上のために可能なアプローチとして、障害学生に対してはニーズを把握すること、また、障害学生のためのスペースを確保することが挙げられた。  支援学生に対しては4つの視点があり、支援活動のフィードバックや活動に対する評価を含めたスキルアップ、支援学生確保の工夫、コーディネーターと支援学生の情報共有、支援学生のためのスペース確保がキーワードとして挙げられた。  教職員への取り組みで最も多く取り上げられたのは、授業支援であった。具体的には、講義形式や概要の事前確認を行った上での支援コーディネートを行うこと、支援学生が書いたノートテイクの内容の確認を依頼すること、講義初回にはコーディネーターも赴き、担当教員に理解を得ること、などが含まれた。同時に、教職員間及びコーディネーターと教職員の間での支援に関する情報共有も挙げられた。  支援室の役割としては、来室者が立ち寄りやすい環境作りの工夫が複数見られた。 (2)立場間の連携  支援室の機能向上のための工夫では、それぞれの立場への働きかけだけでなく、異なる立場同士を結びつける工夫も多く見られた。例えば、障害学生と支援学生がつながりを持つための工夫として、交流の機会を設けるという案や、支援学生が教職員を巻き込み、教員にノートテイク講習会での模擬授業を依頼するなどが挙げられた。支援室と学内事務組織の連携会議開催や、障害学生に関わる教職員との意見交換は、教職員と支援室が連携して行う取り組みとして位置づけられた。 3.1.2 考察  支援室の機能向上のためには、コーディネーターの個々の立場に対する働きかけが必要であり、そのためには、今回挙げられたような各々の立場のニーズを正確に把握することが必要であると考えられていた。さらに、個々の立場への支援に終始せず、障害学生・支援学生・教職員・支援室の四者が連携することが重要であると捉えられていた。これらの機能を果たすためには、支援室が障害学生支援全体を見渡し、中心となって動かしていくことが不可欠であり、このことが最終的に障害学生支援室の機能向上に結びついていくと考えられる。 3.2 充実したスキルアップ講習会のために 3.2.1 議論概要  グループ2では、「充実したスキルアップ講習会のために」をテーマに議論が行われ、講習会を充実させるための工夫が「内容の工夫」と「開催の工夫」に大別された(図2)。 (1)内容の工夫  内容の工夫を考える際、取り組みの中心として「現場対応」「技術アップ」「評価の工夫」の3つが考えられ、これらに関連していくつかの工夫が考えられることが明らかになった。  まず、日頃の支援での困難点をグループごとに話し合う、対応が難しい授業をロールプレイし検証する取り組みなどの工夫が「現場対応」としてまとめられた。この際、事前に聞き取り調査を行い、困難点を把握するという工夫が、現場対応のための講習会の内容にも活かされるのではないかとの指摘がなされた。「マナー」研修も現場対応と関連する取り組みとして取り上げられていた。  次に、「技術アップ」は、主に講義場面での実践的な練習及び検証が含まれた。講習会で教員に模擬講義を依頼し練習する、講義のビデオをあらかじめ録画し講習会で使用する、などが挙げられた。技術アップには、前述の困難点の事前聞き取り調査で把握した内容も反映することができるとされた。技術アップに関連する工夫としては、「プラスアルファの周辺技術」を講習会に盛り込むという意見があり、簡単な手話、パソコンノートテイク、ビデオの字幕作成スキルの習得がこれに含まれた。  最後に「評価の工夫」では、誰が評価を行うかがポイントとなっており、受講生自身、聴覚障害学生、支援学生同士、講師が挙げられた。  他にも、教職員を巻き込んだ講習会の工夫や、支援学生のモチベーションアップのための工夫が見られた。 (2)開催の工夫  開催の工夫は大きく4つに分けられた。講習会の複数開催、随時開講等の「日時・場所の工夫」、交通費等の金銭補助や講習会を受講する際に本来取っている授業が欠席扱いにならない工夫を含む「条件整備」、大学ホームページに講習会情報を掲載する等の「広報・PRの工夫」、講習会後のアンケートによる「講習会評価」が開催の工夫としてまとめられた。 3.2.2 考察  充実したスキルアップ講習会を開催するための必須条件として、内容の工夫、開催の工夫の2点が指摘された。内容の検討にあたっては、事前に支援上の困難点を吸い上げられるかどうかが、現場対応の講習と技術アップの講習のリアリティを左右すると考えられる。よってコーディネーターは、学生の声を聞きながら講習会を企画することが求められる。また、開催の工夫は、より多くの学生の参加を可能にするために必要な取り組みであり、考慮すべきだと言える。 3.3 人材確保のための募集・PRのために 3.3.1 議論概要  グループ3では、「人材確保のための募集・PRのために」をテーマに議論を行った。ここでは、支援者の「募集」から「養成」への取り組みが多く挙げられ、これらの取り組みの積み重ねが環境整備、特に制度の強化につながっていくとの指摘がされた(図3)。 (1)募集及び養成  募集の方法としては口コミ、学内放送、入学式・オリエンテーション等行事でのPRなどが挙げられたが、このうちコーディネーターが主体的に実施できる方法として、ボランティアサークルへの呼びかけ、ホームページ掲載、ポスターの作成、ノートテイカーが必要な講義科目一覧の作成・配布が挙げられた。「養成」では、募集後、講習会前に障害理解を深める「プレ体験」の機会の提供、定期的なノートテイク講習会の開催が提案された。また、養成後のフォローアップや学生の適性・能力を見極めたコーディネートまでが養成として捉えられていた。  「利用学生」については、学生自身のコミュニケーション能力の向上やマナーの向上、ノートテイクの必要性をアピールする姿勢が求められることが明らかになった。利用学生自身がノートテイカーの募集活動に関与していく取り組みも可能であるとの意見があり、よって、募集の取り組みと利用学生は切り離せない関係にあるとされた。他の取り組みとしては、「ノートテイク環境整備」が挙げられた。ノートテイカー初心者と先輩のペア派遣、支援者のチームとしての連帯感を高める動きがこれにあたった。「教員」に対する働きかけでは、障害学生が所属する学科への協力依頼や、優秀な学生の紹介依頼といった内容が挙げられた。これにより、教員を巻き込んだ形での支援者募集を行う取り組みの可能性が指摘されていた。  さらに、上記の募集・養成、利用学生、教員の環境改善の取り組みを積み重ねていくことによって、制度がより強化されると考えられていることが明らかになった。制度には、支援相談窓口の明確化という組織に関わるものの他、要約筆記資格の付与、支援学生への単位付与、学生食堂や教科書購入時の割引サービスといったアイディアが挙げられた。また、個人や学科での支援者募集には限界があり、大学全体として取り組む根拠を持つためにも制度が必要であるという意見が見られた。 3.3.2 考察  人材の確保は多くの大学で課題となっていると言われている。今回の議論では募集に関するアイディアが幅広く提案され、コーディネーターが募集から養成までを一貫して主体的に動くことの重要性が確認された。これらコーディネーターの取り組みや、利用学生や教員の取り組みが積み重ねられていくことにより、人材確保のための学内制度が強化されていくと考えられ、このことが支援者確保の良い循環を作り出すと考えられる。また、障害学生支援のための人材確保の裏付けとして制度が存在することが、極めて重要であることが改めて確認された。 3.4 支援学生のモチベーションアップのために 3.4.1 議論概要  支援学生が中長期に渡り継続して支援を担当することが可能な環境を作るために、どのような方法が効果的であるかについて検討した。その結果、「コミュニケーション」「承認」「活躍の場の提供」「スキルアップ」「問題解決」などの視点がキーワードとして挙げられた(図4)。 (1)自己成長へのつながり  日常的に支援学生とコミュニケーションが取れるような環境設定やツールについて、多くのアイディアが出された。支援学生が悩んでいる時に問題解決につなげられるようなコーチングスキルも必要なのでは、との意見が出され、また、スキルアップのための場の設定や、支援に関する他大学の情報を提供することで、支援学生なりの楽しさが見出せるような関わりが望ましいと考えられていた。 (2)承認  「承認」の視点では、「直接的な承認」「言葉による承認」「トップからの評価」「外部への発信」の4つの方法が挙げられた。日常的に感謝の言葉を伝えること、学内外に学生の活動をPRすること、講習会の中で教員から活動の評価を伝えること、非売品グッズを提供するなど、日々コーディネーターが実施できることから、大学としての対応が求められることまで、幅広い意見が出された。 3.4.2 考察  支援学生の継続的な関わりのためには様々な工夫が必要であると実感しており、さらに主体的に関わってもらうためには、やりがいが感じられる活動としていくことが大切であることが再確認された。また、この中でコーチングや技術講習会の開催など、コーディネーター自身のスキルが必要となるものも挙げられていることから、コーディネーターが持つべき資質についても今後整理する必要があるのではないかと考察された。 3.5 聴覚障害学生のエンパワメント 3.5.1 議論概要  聴覚障害学生が支援学生とどのような関わりを持つことが望ましいのか、大学生活でどのような体験を持つことが望ましいのかなどの視点から、聴覚障害学生のエンパワメントについて検討した。その結果、「聴覚障害学生との関わり」「支援学生との関わり」「講座等の企画への参画」「コーディネーターとの関わり」「教職員との関わり」「学外」「障害理解」などが挙げられ、人的なつながりが重要であることが指摘された(図5)。 (1)聴覚障害学生・支援学生・教職員・コーディネーターとの関わり  学内の聴覚障害学生同士の交流の機会を持つことでピアカウンセリングにつながることや、コーディネーターがキーパーソンとなって他障害の学生や他大学との交流の機会を提供することもエンパワメントに繋がるとの視点が見出された。 (2)講座等の企画への参画  養成講座の企画・運営担当として協力してもらう、反省会への参加でノートテイクが困難な場面を支援学生・聴覚障害学生双方で理解すること、学内のマニュアル作成に携わってもらうことなどがポイントとして挙げられた。これらは支援学生との関わりを生み、自身が受けているノートテイクについてのフィードバックが、エンパワメントでのキーとなるようである。 3.5.2 考察  聴覚障害学生は、大学卒業後、自身の障害について今まで以上に周囲に理解を求めることが必要となる。大学で支援を受ける体験や、周囲に理解を求める経験は、非常に有効なエンパワメントの機会となると言え、コーディネーターが聴覚障害学生に働きかける際の一つの方向性が提示されたと考えられる。 4.おわりに  本稿では、障害学生支援関係者を強化するための方策を、コーディネーター自身が考え、KJ法を用いて明らかにした結果を報告した。検討・分析を通して、コーディネーターに必要な業務内容を多角的な視点から考えることが出来、斬新な意見を見出すことができた。またコーディネーターは、全ての課題において、障害学生・支援学生・教職員・支援室が一体となって障害学生支援に取り組む必要があると認識しており、相手の立場を知ることの重要性も知ることができた。今後は、本研究でえられた成果をもとに、コーディネーターの専門性について、整理・分類していくことが課題となる。なお、分科会では、時間的な制約もあり、KJ法の過程で得られた知見について十分な議論ができなかった側面もある。今後ここで得られたアイディアをベースにさらに議論を重ねることで、より充実した現状改善方策が提案できるものと考えられる。 参考文献 [1] 日本学生支援機構:大学,短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書:2009.http://www.jasso.go.jp/tokubetsu_shien/documents/zixtutaichousa2008_1.pdf 図1 障害学生支援室の機能向上のために まとめ 図2 充実したスキルアップ講習会のために まとめ 図3 人材確保のための募集・PRのために まとめ 図4 支援学生のモチベーションアップのために まとめ 図5 聴覚障害学生のエンパワメント まとめ 注:図中の表記は全て参加者の原文を掲載している Improvement approach to support deaf or hard-of-hearing students inpost-secondary educational institutions by providing them with coordinators ISODA Kyoko, ISHINO Maiko, SHIRASAWA Mayumi, NAKAJIMA Akiko, HASUIKE Michiko, HAGIWARA Ayako Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired Abstract: Tsukuba University of Technology holds a workshop every year for coordinators who support the hearing and visually impaired. This workshop aims at obtaining various kinds of information for supporting hearing- and visual-impaired students in post-secondary educational institutions and coordinating activities between the impaired and the students supporting them. We held a workshop in June, and 53 coordinators participated in it. In a special-interest group for deaf or hard-of-hearing students, we discussed the approach to improve the current situation of impaired students, the students who support them, teachers, staff, and coordinators. This paper reports on the results of the workshop and consideration of discussion. Key words: Deaf or hard-of-hearing students, Students who support impaired students, Coordinators who support impaired students