麻酔ラットへのマッサージ様触圧刺激が血圧に及ぼす効果 筑波技術大学保健科学部保健学科鍼灸学専攻1)株式会社モルトベーネ2)健康科学大学健康科学部 生理学3) 大沢 秀雄1) 野口 栄太郎1) 森 英俊1) 高木 健太郎1)2) 志村 まゆら3) 要旨:マッサージ様の触圧刺激による血圧に及ぼす反応を麻酔下の自然発症高血圧ラット(SHR)とその対照群で正常血圧のウィスター京都ラット(WKY)を用いて検討した。実験はウレタン麻酔、人工呼吸下のSHR、WKY(雄)を用いた。血圧は総頚動脈から導出しポリグラフに連続記録した。触圧刺激は歯ブラシを用いて腹部正中部に1分間加えた。SHRでは腹部への触圧刺激によって、顕著な血圧の低下が認められ、全例の平均は-15.7mmHgであった。WKYでは、軽度の血圧の低下が認められ、全例の平均は-5.2mmHgであった。これらの結果は、高血圧の患者に対する手技療法の臨床応用を示唆するものである。今後、動物実験を用いた作用機序の研究が必要である。 キーワード:自然発症高血圧ラット、ウィスター京都ラット、触圧刺激、マッサージ、体性感覚刺激 1.はじめに  生体の皮膚や筋に様々な種類の体性感覚刺激を加えると、自律神経を遠心路として内臓に反射性反応が誘発されることが知られている[1]。あん摩、マッサージ、指圧などの手技療法はこのような体性-内臓(自律神経)反射を経験的に活用した治療法であると考えられる。  健常者への指圧刺激によって血圧が減少することが報告されている[2]。しかし、人体を対象とした研究では、情動の影響が少なからず混入すること、また指圧刺激による反応の機序まで分析できないことがあり、麻酔動物を用いた基礎的研究が必要とされてきた。  麻酔ラットの皮膚の機械的侵害刺激を加えると、血圧・心拍数が増加することが報告されている[3]。それに対して麻酔ラットの後肢に加えた鍼刺激では、血管収縮神経である交感神経腎臓枝の遠心性放電活動が軽度抑制され、同時に血圧の軽度の低下が起こる事を筆者らは明らかにしてきた[4]。  近年、生活習慣病として重要な高血圧に対してあん摩・マッサージ・指圧療法(手技療法)の適用の可能性とその効果の基礎的研究を明らかにする目的でこれまでの研究を基に、遺伝的に高血圧であることが知られている高血圧自然発症ラット(SHR)とその対照群で正常血圧のウィスター京都ラット(WKY)を対象にマッサージ様の触圧刺激の血圧に及ぼす効果を検討したので報告する。 2.方法(図1)  実験には自然発症高血圧ラット(SHR)及びその対照群で正常血圧のウィスター京都ラット(WKY)を各6匹用いた。ラットはそれぞれ、10~16週齢の雄を用いた。ラットの体重は280~340gであった。実験はウレタン(1.2g/㎏)の腹腔内投与によって麻酔を行った。麻酔が十分に得られた後、頸部を正中切開し、気管を切開後、気管カテーテルを挿入して気道を確保した。気管カテーテルは人工呼吸器(SN-480-7、シナノ製作所)と接続し、呼吸回数90回/分、1回換気量10㎖/㎏で換気した。同時に呼気中二酸化炭素濃度を呼気ガスモニタにより測定しながら約3%に維持するよう、換気量、呼吸回数を微調整しながら行った。  右総頸動脈にカテーテルを挿入し、動脈圧を圧トランスデュサー(TP-400T、日本光電)により導出し、ポリグラフ(RM-6000、日本光電)上に連続記録した。血圧波はA/Dコンバータ(PC-Lab、AD Instruments)により、パーソナルコンピュータに転送してデジタルデータとして保存し、データの解析に用いた。  また、補液のために右内頸静脈にカテーテルを挿入し、血圧が下降した際には4%フィコール液(血漿代用液)、ブドウ糖加乳酸リンゲル液、生理的食塩水等を必要に応じて静注した。ラットの体温はサーミスター温度計によって直腸温を測定し、赤外線ランプと直流電源保温パッドによる温度制御システム(ATB-1100、日本光電)によって37.0~38.0℃に維持した。  心拍数は総頸動脈から直接導出した血圧波をトリガーとして心拍タコメーター(AT-601G、日本光電)によって算出し、ポリグラフ(RM-6000、日本光電)上に連続記録した。  刺激方法:触圧刺激は腹部正中部の剣状突起より恥骨の間を歯ブラシ(幅2㎝)で、剣状突起より恥骨の方向へ1秒に1回の頻度(1Hz)で皮膚をこすった。なお、予め刺激部位はバリカンにて剃毛を行い、触圧刺激が一定になるようにした。  データの分析:血圧は平均血圧(MBP)を分析した。刺激前値を刺激前1分間の平均値とした。触圧刺激中1分間の平均血圧の変化からその最大反応を求め、反応の大きさの指標とした(文献[5]の解析方法に従った)。平均血圧及びその変化は平均値±標準誤差で表した。統計学的検定は studentのt-検定により、有意水準0.05で統計的判定を行った。 図1 実験方法を示す 3.結果 3.1 高血圧自然発症ラット(SHR)における腹部触圧刺激による血圧反応  SHRの腹部にマッサージ様触圧刺激を1分間行うと、顕著な血圧下降が観察された(図2下段)。9例中9例全例で平均血圧の低下が認められた。全例の平均値±標準誤差は刺激前125.6±6.0mmHg、刺激中109.8±4.6 mmHgで、刺激前値に対し刺激中は有意(p<0.01)な血圧下降が認められた(図3グラフの実線)。 3.2 ウィスター京都ラット(WKY)における腹部触圧刺激による血圧反応  正常血圧のWKYの腹部にマッサージ様触圧刺激を1分間行うと、軽度な血圧下降が観察された(図2上段)。9例中8例で平均血圧の軽度の低下が認められた。全例の平均値±標準誤差は刺激前69.0±3.8mmHg、刺激中63.8± 3.9mmHgで、刺激前値に対し刺激中は有意(p<0.01)な血圧下降が認められた(図3グラフの破線)。 3.3 SHRとWKYにおける腹部触圧刺激による血圧反応の比較  腹部触圧刺激による血圧反応の平均値±標準誤差はSHRでは-15.8±2.0mmHg、WKYでは-5.2±1.4mmHgであった。腹部触圧刺激による血圧反応はSHRとWKYの両群間で有意差(p<0.01)が認められた(図4)。 図2 腹部ブラシ刺激による血圧反応(典型例)上段はウィスター京都ラット(WKY)、下段は高血圧自然発症ラット(SHR)の反応例を示す。 図3 腹部ブラシ刺激による平均血圧の変化 図4 SHR及びWKYの腹部ブラシ刺激による血圧反応の大きさの比較 4.考察  本研究によって麻酔下の高血圧自然発症ラット(SHR)とその対照群で正常血圧のウィスター京都ラット(WKY)において、腹部に歯ブラシを用いてマッサージ様の触圧刺激を行ったところ、WKYでは軽度の降圧反応、SHRでは顕著な降圧反応が認められ、SHRとWKYの降圧反応には有意差があることが明らかとなった。  このように、同一部位、同一の刺激を加えても、生体の状態(血圧の違い)が異なると刺激によって誘発される降圧反応の大きさに違いがあることが示された。類似の反応として、体性-膀胱反射が報告されている。すなわち、麻酔ラットの体性-膀胱反射では膀胱内圧の違いによって体性感覚刺激によって誘発される膀胱反応が異なる。膀胱内圧が低圧状態では、会陰部への触刺激によって膀胱支配の副交感神経を含む骨盤神経の活動が亢進して、膀胱が収縮する。また侵害刺激でも同様の反応が起こる。この反応は急性脊髄ラットでも認められる[6]。それに対して膀胱内圧を高圧に維持した状態では、膀胱は周期的な排尿収縮を起こし、この状態で会陰部の皮膚に侵害刺激や鍼刺激を行うと、低圧状態の反応とは逆に、骨盤神経遠心性活動が抑制して、膀胱の排尿収縮運動の抑制がみられる[7]。  このように生体に同一刺激を加えても自律神経の緊張状態の違いによって、異なる反応が誘発されることが示された。この事は鍼灸や手技療法の治効機構の一つである調整作用の一端を示すものと考える。  足三里相当部位へ鍼刺激による降圧反応と腎臓交感神経の抑制反応は皮膚のみの刺激では影響が無く、筋層への刺激により起ることが報告されている[4]。今回の実験で用いた腹部への触圧刺激は手指を用いる代わりに歯ブラシを用いて行った。刺激の強さは歯ブラシの背面に約100gの錘を載せた圧に相当する。この刺激強度では腹部の皮膚に加えて、その皮下の骨格筋や、内臓刺激が加わっている可能性が高い。今回の研究では、腹部の触圧刺激による降圧反応が、皮膚刺激によるものか、骨格筋刺激によるものか、内臓刺激によるものかの検討は行っていないので、今後、求心性機序について解明する予定である。  麻酔ラットへの皮膚の機械的侵害刺激による血圧や心拍数の反応の部位差は脊髄無傷ラットでは四肢で顕著に上昇するものの、全身性に出現することが報告されている[3]。今回は腹部正中の剣状突起から恥骨までを刺激したが、その他の部位への触圧刺激の効果は詳細に検討をしていないので、今後、部位差についても検討を加えたい。血圧は末梢血管抵抗と心拍出量によって左右されることが知られているが、今回の腹部触圧刺激による降圧反応の遠心性機序としては内臓血管支配の交感神経遠心性活動の抑制による血管拡張や心臓支配の交感神経遠心性活動抑制による心拍出量の低下などが考えられる。今後、腎臓などの内臓血流の測定、交感神経遠心性活動の記録実験などを行う必要があると考える。  本研究から高血圧自然発症ラット(SHR)で顕著な降圧反応は生じることから、手技療法の高血圧患者への臨床応用の可能性が示唆される。 4.まとめ  ウレタン麻酔・人工呼吸下の高血圧自然発症ラット(SHR)およびウィスター京都ラット(WKY)を対象に、マッサージ様の触圧刺激による血圧反応を比較実験したところ、高血圧自然発症ラット(SHR)では顕著な降圧反応が起こるが明らかとなった。  本研究は筑波技術大学教育研究等高度化推進事業(競争的教育研究プロジェクト事業)(平成19・20年度)によって行われた。また、本研究の一部は第61回日本自律神経学会(2008年11月、横浜市)において口頭発表した。 参考文献 [1] Sato A, Sato Y, and Schmidt RF: The impact of somatosensory input on autonomic functions. Rev Physiol Biochem Pharmacol. 130: 1-328, 1997 [2] 井出 ゆかり 他:血圧に及ぼす指圧刺激の効果.東洋療法学校協会学会誌,23:77-82,1999 [3] Kimura A, Ohsawa H, Sato A, Sato Y.: Somatocardiovascular reflexes in anesthetized rats with the central nervous system intact or acutely spinalized at the cervical level. Neurosci Res. 22(3): 297-305, 1995 [4] Ohsawa H, Okada K, Nishijo K, Sato Y : Neural mechanism of depressor responses of arterial pressure elicited by acupuncture-like stimulation to a hindlimb in anesthetized rats. J Auton Nerv Sys 51: 27-35, 1995. [5] 小林 聰,野口 栄太郎,大沢 秀雄,佐藤 優子,西條 一止:鍼刺激によるラット心拍数減少反応の反射機序の検討,全日本鍼灸学会雑誌,48:120-129,1998 [6] Sato A, Sato Y, Shimada F, Torigata Y.: Changes in vesical function produced by cutaneous stimulation in rats. Brain Res. 94(3): 465-74. 1975 [7] Sato A, Sato Y, Suzuki A.: Mechanism of the reflex inhibition of micturition contractions of the urinary bladder elicited by acupuncture-like stimulation in anesthetized rats. Neurosci Res. 15:189-198, 1992 Effects of Massage-like Stroking on Blood Pressure in Anesthetized Rats OHSAWA Hideo1), NOGUCHI Eitaro1), MORI Hidetoshi1), TAKAGI Kentaro1), 2), SHIMURA Mayura3) 1) Course of Acupuncture and Moxibustion, Dept. Health, Fac. Health Sci., NTUT 2) MoltoBene, Inc. 3) Physiology, Fac. Health Sci., Health Science Univ. Abstract: The effects of applying massage-like strokes to abdomen on blood pressure were investigated in male spontaneously hypertensive rats (SHR) and Wistar-Kyoto rats (WKY). Rats were anesthetized by urethane and were artificially ventilated. Their blood pressure was continuously recorded by a polygraph system that was connected to a catheter placed in the common carotid artery. Stroking stimulation was applied to the middle portion of the abdomen for one minute. The experimental group comprising SHR showed remarkable depressor responses (average of 15.7 mmHg below the value before stimulation) to the stroking. On the other hand, the experimental group comprising WKY showed mild depressor responses (average of 5.2 mmHg below the value before stimulation) to the stroking. These results suggested that further investigation by conducting animal experiments are required to reveal the mechanism underlying the decrease in blood pressure upon stroking. Such investigations are necessary to study the clinical uses of giving a massage to hypertensive patients. Keywords: Spontaneously hypertensive rats (SHR), Wistar-Kyoto rats (WKY), Stroking, Massage, Somatosensory stimulation