視覚に障害のある理学療法士学生に対する筋力評価実習の取り組み 筑波技術大学保健科学部保健学科理学療法学専攻 佐久間 亨 漆畑 俊哉 石塚 和重 高橋 洋 要旨:視覚に障害のある理学療法士学生に対して、視覚の情報保障を考慮しながらBIODEX system4(多用途筋機能評価運動装置)を用いた筋力評価の実習を行った。実習終了後にアンケートを実施した。その結果、学生は解剖学、運動学などの基礎知識の整理がなされ理解が深まった。さらに、実際に機器を操作することで自主的な学習への意欲の向上が見られた。一方で、視覚障害が重度の学生にとっては、パソコンや測定機器本体の操作は難しい課題であり、今までに学習した基礎知識と結び付ける学習までには至らなかった。アンケート結果を参考にして、今後の実習と視覚の情報保障への課題について報告する。また本学学生がBIODEX system4を有効的に活用できるよう操作マニュアルを作成したので、その概要について報告する。 キーワード:筋力評価実習、視覚補償、アンケート調査 1.はじめに  理学療法士は、何らかの疾病、傷害のある人に対して、検査、測定、評価に基づき、運動療法や物理療法を行う専門職である。人の体力要素の一つとして筋力は重要な要素であり、理学療法士は、筋力評価について習熟する必要がある。今回の実習で用いたBIODEX system4:多用途筋機能評価運動装置(以下、BIODEX)は、トルク計を備えた大型の機器である。BIODEXによる筋力評価で優れた点は、様々な筋出力タイプでの筋力を定量的に測定できる点である。筋肉は、収縮の速度、筋の伸張状態などにより発揮される張力が変化する特徴がある。人は、様々な姿勢、速度で運動を行う。人の運動をより深く理解するためには、このような筋肉の力発揮の特性を理解する必要があり、そのためには、学生がBIODEXを用いた実習を行い、自ら体験することが有効であると思われる。しかし、その一方で視覚に障害のある学生にとって、特殊な測定機器の操作は難しい課題であることが予想された。そのため授業は、学生の視覚の情報保障を考慮した実習形態で行った。実習終了後に学生へのアンケート調査を実施し、今回の実習の評価や、今後の課題について考察した。 2.実習方法  視覚に障害のある学生にとって特殊な測定機械の操作は難しい課題であることが予想された。実習を行ううえで考慮した点は2つある。1つは、パソコン画面の拡大や、タッチパネル操作の設定である。画面の白黒反転は、windowsでの設定がBIODEXのシステムに反映されないため行えなかった。2つめは、少人数制のグループ学習にすることで、学生一人ひとりが、実際に機器に触れられる時間を多くできるように配慮した。そこで1クラスを4・5人のグループに分けた。それぞれのグループが、筋力検査(BIODEX)、バランス検査、筋量検査の3つの実習をグループごとのローテーションで行うかたちをとった。教員が一通り機器の説明を行った後、学生がそれぞれ検査者と被験者となり測定を行った。筋力評価の背景となっている基礎分野についての理解を深めるため、学生間でのディスカッションを促した。また実際の臨床場面での測定を想定して検査者役の学生は、安全面への配慮を十分に行うよう指導した。 図1 BIODEXを用いた筋力評価実習 3.アンケート調査 3.1 対象 理学療法学専攻2年生および3年生 3.2 方法 全3回の実習終了後にアンケート調査を行った。回答は、無記名での記載とした。回収率は93%(14人/15人)であった。 3.3 アンケート内容 1.BIODEXではパソコンの操作が必要でした。パソコンの操作をする際にどのような点が困りましたか? 2.BIODEXのパソコン入力の方法(被験者・プロトコルの設定など)は理解できましたか?分かりづらかったことがあったら書いてください。 3.BIODEXでは、イスやダイナモメーターなどの操作が必要でした。機械を操作する際にどのような点が困りました? 4.BIODEXの実習では、これまでの講義で教わった内容を活かせましたか?活かせたこと、活かせなかったことなどを書いて下さい。 5.また機会があればBIODEXを使った勉強や研究をしてみたいですか?具体的にやってみたいことがあれば教えてください。 6.その他、ご意見・感想があれば書いて下さい。 3.4 結果  以下は、学生の主な回答である。 1 パソコン操作について ・字が小さい。 ・字が細い。 ・画面が明るい。 ・タッチパネルの距離が分からない。 2 入力項目の理解について ・英語がわからない。 ・手順が分かったので大丈夫。 ・等尺、等速という表現が分かりづらい。 ・正しい肢位でないと誤差がでそうで心配。 ・入力項目と場所さえ分かれば使える。 3 測定機器本体の操作について ・細かい目盛りが見えづらい。 ・重くて動かすことが大変。 ・関節中心とダイナモメーターの軸を合わせるのが難しい。 ・余裕です 4 これまでの講義の内容が活かせたか ・使っている筋肉、運動の種類について活かせた。 ・等速性収縮の速度を体で感じることができた。 ・運動形態と運動負荷の関係について活かせた。 ・筋の機能解剖が活かせた。 ・運動療法の内容が活かせた。 ・筋収縮の種類を勉強したのに分からなかった。 5 今後もBIODEXを用いた勉強や研究を行いたいか ・具体的にはしっくりいかないが、何か出来そうだと思う。 ・BIODEX単体ではよく分からない。 ・色々な筋肉を測定してみたい。 ・体の弱い部分を測定して、改善に向けてのプログラムを作りたい。 ・健常の人と病的な人を測定して比較したい。 ・下肢長の個人差や、測定肢位によって発揮される筋力の差の測定をしたい。 ・してみたいが、まだよく分からない。 6 その他 ・卒論で使いたい。 ・パソコン、機械の両方に言えることだが、音声や触覚による手がかりがあると、視覚が重度の人でも使いやすいと思う。  以上、学生の回答。  表1は、アンケートの回答結果である。回答内容について、○は肯定的な内容、×は否定的な内容、△は記載のなかったものである。問1・2・3はパソコン、測定機器本体の基本操作についてである。パソコン画面に見づらさを感じてもいても、パソコン入力、測定機器本体の操作が行えた学生は、問4・5・6の機器の操作から基礎知識への応用についての質問に対しても肯定的な回答であった。一方、パソコン画面が見づらく、パソコン入力や測定機器本体の操作が十分に行えなかった学生は、問4・5・6についても否定的な回答であった。  肯定的な内容として、パソコン・測定機器の操作について「問題がない」「手順さえ分かれば大丈夫」などであった。また解剖学、運動学、運動療法などの知識を踏まえた考察が行えている学生も見られた。  否定的な内容として、パソコン操作についての回答は、「字が小さい」「字が細い」「タッチパネルの距離が分かりづらい」「英語がわからない」などであった。測定機器本体の操作についての回答は、「機器を動かすのが重い」「機器の目盛りが見えづらい」などであった。 3.5 アンケート結果の考察  今回の実習では、学生の視覚補償を考慮して、パソコン画面の拡大、タッチパネルの設定、少人数制のグループ学習などを実践した。その結果、パソコン入力や測定機器の操作が比較的容易に行えた学生にとっては、解剖学、運動学などの基礎知識の整理がなされ、理解が深まった。さらに、実際に機器を操作することで自主的な学習への意欲の向上が見られた。一方で、視覚障害が比較的重いためにパソコンや測定機器本体の基本操作の段階で戸惑った学生は、その後の学習が広がりにくいことが示唆された。学生の中には、授業中には遠慮のためか見えづらい事を教員側には訴えていない学生や、見えにくいことでパソコン操作そのものをやりたがらない学生もみられた。  パソコン操作の工夫として、画面の文字は見づらくても、パソコン画面内での項目の位置と入力する手順が分かれば操作ができるとの意見があった。比較的、視覚障害が重度の学生の場合は、はじめからパソコンを操作するのではなく、測定に必要な項目を絞り、全体的な操作手順を理解してから実際に操作を行った方が効率的であったと考えられる。 表1 アンケート結果 4.BIODEX system4マニュアルの作成  今回の実習を終えた学生からの意見を踏まえて、本学学生がBIODEXを有効的に活用できるよう、BIODEX system4の操作マニュアル(図2)を作成した。マニュアル自体が煩雑にならないために、学生が本機器を利用するために必要最低限の内容にまとめた。マニュアルの構成は4段階(1.システムの起動と初期化 2.測定の設定 3.被験者の固定 4.レポートの作成)になっており、マニュアルの手順通りに設定を行えば基本的な測定が行えるようになっている。特にパソコン画面上の設定は、学生にとって行いづらいところなので、イラストを多く使い、文字は少なくして視覚に配慮した。フォントは24以上として、ゴシック体とした。今後は、本マニュアルを用いて実習を行い、学生からの要望があれば随時更新していきたいと考えている。 図2 BIODEX system4 マニュアル 5.今後の課題  今回、BIODEXを用いた実習を行い、学生たちは座学の講義で勉強した知識を、実体験をすることで、より理解が深まり学習へのモチベーションの向上が見られた。しかし、その一方で視覚障害が比較的重度な学生にとっては、パソコン操作、測定機器の操作は難しい課題であり、十分な学習を提供することが出来なかった。今回のアンケート調査で寄せられたパソコン画面や、測定機器の目盛の拡大、白黒反転などの対応が必要である。また測定機器は同系色が多いため、ベルトやレバーなど測定に多く使う箇所については、色のシールなどを貼り目印にする方法なども考えられ、今後の対応が必要である。  一方、学生たちが卒業後、理学療法士として自立した臨床・研究活動を行うためには、様々な測定機器に対して自らが視覚補償の方法を考え実践する能力が必要となる。学生の段階から視覚補償の方法を考える能力を養うことが必要であると考えられる。視覚に障害のある学生は、晴眼の学生と比べてパソコンや測定機器の操作を習得するためにはより長い時間が必要であろう。そのためには、学生がより長い時間、測定機器に触れられる環境を整え提供し、学生の自主的な学習をサポートする必要があると考えられる。 図2 BIODEX system4 マニュアル 6.謝辞  本研究は文部科学省特別教育研究経費「視覚に障害をもつ医療系学生のための教育高度化改善事業」にて実施したものです。 参考文献 [1] 社団法人 日本理学療法士協会ホームページ:理学療法士とは,http://wwwsoc.nii.ac.jp/jpta/ Coping with muscular strength evaluation practice for physical therapy students with vision disability SAKUMA Toru, URUSHIHATA Toshiya, ISHIZUKA Kazushige, TAKAHASHI Hiroshi Physical Therapy Course, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: We attempted to teach visually disabled physical therapy students the practice of muscle strength evaluation by using the BIODEX system(multi muscular strength evaluation system).We considered methods such as the use of large displays and small classes that can enable the system to be easily accessible to disabled students.We distributed a questionnaire after conducting a lecture, and the responses from some of the students confirmed that they acquired a basic knowledge of anatomy and kinesiology by attending the practical training session. Operating a personal computer and using evaluation aids are difficult tasks for severely handicapped students, and such aids would not be sufficiently useful in helping them acquire an understanding of anatomy and kinesiology. We consider the problems reflected from the responses to the questionnaire, and introduce an outline of BIODEX System 4 manual for visually disabled students. Keywords: Practice of muscle strength evaluation, Compensation vision disability, Questionnaire