聴覚障害のある医学生の臨床実習(Clinical Clerkship)における手話通訳支援 筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター 蓮池 通子 白澤 麻弓 萩原 彩子 磯田 恭子 中島 亜紀子 石野 麻衣子 要旨:2008年5月から2009年8月まで、T大学の医学部に在籍する聴覚障害のある医学生の臨床実習(Clinical Clerkship)において手話通訳支援を行った。この支援は、国立大学法人筑波技術大学と一般社団法人日本手話通訳士協会、そして地元の聴覚障害者情報提供施設が協力して体制作りを行ったもので、手話通訳を用いた臨床実習支援としては、我が国で2例目にあたるものである。本稿では臨床実習における手話通訳支援の概要、並びに今後の課題について報告をする。 キーワード:手話通訳、臨床実習、聴覚障害、医学生支援 1.はじめに  2001年(平成13年)「障害者等に係る欠格事由の適正化等を図るための医師法等の一部を改正する法律」の制定により、聴覚障害があっても医師免許を取得できる道が開かれた。しかしながら、聴覚障害者が医師免許を取得するためには、他の学生同様、講義や手技練習などに加え、4年次から始まる約1年半の臨床実習(Clinical Clerkship)を受けなければならず、その間の情報保障支援の整備が重要な課題となっている。特にこの臨床実習では、大学病院などの医療機関で、実際に医師や看護師らが患者に対し医術を施している現場で手技を学び、それと同時に医師として必要な言動や振る舞いなどを身につけるもので、即時性と機動性のある手話通訳支援が有効な支援手段となる。本学では、T大学ならびに聴覚障害学生本人の要請を受け、2008年から2009年まで臨床実習における手話通訳支援を行ってきた。本稿では、この手話通訳支援によって得られた、知見ならびに今後の課題について報告する。 2.支援体制構築の経緯  T大学が、聴覚障害のある医学生の臨床実習に手話通訳支援を行うことに決定したきっかけは、本人への希望調査であった。当該学生が3年次在籍中に、担任の教貞による聞き取りを行い、手話通訳を導入する方針が決定された。一方で、これまで文字による支援を中心的に行ってきた大学にとって、本格的な手話通訳による支援は経験がなく、全国的にも前例の少ない状況にあった。そのため手話通訳の全国的組織で専門的な研修などの実績のある、一般社団法人日本手話通訳士協会(以下、「士協会」とする)に相談が持ちかけられた。しかし、士協会としてもこれまでに同様の支援を行った経験がなく、士協会から直接手話通訳者を派遣する体制もなかった事から、単独での支援は困難な状況にあった。そのため、高等教育機関への支援で経験豊富な本学へ相談があり、これをきっかけに本学と士協会、ならびに地元県内への手話通訳派遣を担っている情報提供施設の3着による協同体制にてT大学への支援を行っていくことが合意された。  一方、T大学との間では、士協会を通じて何度か話し合いが行われ、最終的にT大学と地元情報提供施設との間で手話通訳派遣に関する委託業務契約を行う事が決定された。これにより、手話通訳者は地元の情報提供施設を通して派遣され、士協会は人材確保の面で協力、本学は高度専門領域における手話通訳に関する情報提供ならびに研修等の協力を行うこととなった。 3.支援実施期間  実際に手話通訳による支援が開始されたのは、2008年5月のPre ClinlCal Clerkshipからであった。Pre Clinical Clerkshipは臨床実習前の手技講習であり、Clinical Clerkshipに入る前のOSCE試験(Objective Structured Clinlcal Exmiation:客観的臨床能力試験)に向けた実習である。当初、T大学との話し合いでは臨床実習から支援開始とされていたが、あらかじめ医学部の学生が学んでいる内容や用語、雰囲気などを把握するための手段として、Pre ClinlCal Clerkshipから支援を開始させていただくことを依頼し、これが実現された。そのため、支援期間は下記の約1年半となった。 Pre Clinical Clerkship 2008年5月20日~6月13日 OSCE 2008年6月24日 Clinical Clerkship 1~4 2008年8月25日~2009年4月17日 Clinical Clerkship 5~6 2009年4月27日~8月28日 4.臨床実習における手話通訳支援 4.1大学側との連絡方法  毎日行われる臨床実習に対する手話通訳派遣は、T大学の医学教育企画評価室(以下、「PCME」とする)が窓口となって取りまとめを行い、手話通訳者の派遣コーディネートを担当する情報提供施設へ連絡をする体制を取った。その他、支援時間の変更や、通訳謝金に関する事務連絡などについても、基本的には業務委託契約を締結したT大学と情報提供施設の2者間で行った。ただし、支援に関わる情報は、情報提供施設を通して士協会と本学を含めた3団体間で共有した。  また、臨床実習における手話通訳者の派遣時間は、聴覚障害のある医学生の要望と実習診療科の担当医師の要望を鑑みて決定した。PCMEで向こう約1ケ月分の派遣依頼予定表を作成し情報提供施設に提出、情報提供施設はそれに合わせて手話通訳者の派遣コーディネートを行った。コーディネート結果は、PCMEを通して、各実習診療科へ伝えられた。  支援開始当初は、この派遣依頼予定表通りに派遣を行っていた。しかしながら、実際の臨床実習の現場では、予定が流動的に変更されることも多く、医学生の希望する時間帯に手話通訳者がいなかったり、逆に手話通訳者がいる時間帯にレポート作成などの自習時間が入るなど、有効に活用されない事態も起きる事が明らかになった。このため、前述の派遣依頼予定表を作成する前に、担当医師と十分予定を話し合うことはもちろんのこと、医学生を通して毎日担当医師に翌日の予定を確認し、本当に通訳を必要とする時間を明らかにして、次の日の依頼時間の変更を行うという細かい調整を行う事となった。 4.2 手話通訳者  本支援の手話通訳はすべて厚生労働大臣認定の手話通訳技能検定試験(手話通訳士試験)に合格した手話通訳士資格を有する手話通訳者が担当した。しかしながら、今回は医学部での臨床実習という非常に高度で難解な通訳を担当するという事もあり、士協会を通して人員募集を行う際には、「医療関係の資格を持っていることが望ましい」という条件を添える形とした。これにより、薬剤師、臨床検査技師の資格を有する通訳者のほか、理系大学にて農芸化学を専攻し、医学用語に見識の深い通訳者の3名から応募があった。加えて、この3名で不足が発生する場合には、情報提供施設の職員及び本学の高等教育機関のアクセシピリティ向上を目指した筑波聴覚障害学生高等教育テクニカルアシスタントセンター構築事業(以下、「T-TAC事業」とする)で協力をいただいている高等教育機関での通訳経験が豊富な通訳者(いずれも手話通訳士資格保有者)が担当することとした。  また、今回の手話通訳支援のように、ほぼ毎日支援が必要となるような場合には、その人員の確保や支援の継続性が大きな問題となる。特に、大学側で直接手話通訳者を雇用するのではなく、外部の手話通訳派遣を用いて支援を行う場合には、核となる通訳者の存在が必要不可欠である。そのため、本支援では、薬剤師資格を有する手話通訳士にその役を担っていただき、大学側との連絡調整や、聴覚障害者のニーズの把握を行ってもらった。この通訳者は、週3~4日の支援を担当し、それ以外の日を、残る2名の通訳者で補う形とした。また早朝、夜間などで前述の3人の通訳者が担当できない場合には、情報提供施設の職員やT-TAC事業の登録通訳者が担当することもあった。 4.3 さまざまな通訳場面と困難点  臨床実習における手話通訳支援は、病院の中で患者ではなく医療従事者側に立つ手話通訳者になるという点でこれまでにない通訳環境で行われるものである。加えて一般にはなじみのない医学用語が飛び交う現場で、通訳しなければならない点で負荷も大きい。このため、日々通訳者が感じる困難点は、これまでに他の通訳者が経験したことのない内容となることが想像された。この困難点について、素早く解決策を講じるために、手話通訳者には毎日日報を提出してもらい、その情報を手話通訳者全員と情報提供施設、士協会、そして本学の3者間で共有する形をとった。  ここでは、その日報から、手話通訳者が感じたさまざまな困難点を場面別にまとめた。 ①カンファレンス  カンファレンスは、各診療科内で毎日のように行われている会議で患者の症例について取り上げ、治療方針などが協議される。これには、画像、術前、教授、病理、複数科合同、レントゲンなど、多数の種類が存在する。加えて、各科独自の勉強会である、臨床検討会や論文抄読会なども実施される。カンファレンス時に手話通訳者が感じた困難点を表1に示した。  カンファレンスで手話通訳者が感じる最大の困難点は、聞こえない・聞き取れないことであった。発話される音声が小声であったり、マスクを着用しているためにこもっていたり、時間に制約があるため早口である事が多く、聞こえない事態が多発した。  この問題に対応するために、病棟以外で行われるカンファレンスでは、FM電波を使用した音声送受信機を使って、発表者の音声を通訳者に伝える方法をとった。また、毎回カンファレンス前には担当の先生にお願いし、大きめの声で伝えていただけるよう周知してもらった。また、手話通訳者が参加している先生方に見える位置で通訳を行う事で、手話通訳者の様子から聞こえづらい状況を察知してもらい、担当の先生から発言者に注意を促してもらうなどの工夫も行った。しかし、これらの方法は一定の改善にはつながったものの、最後まで聞こえない、聞きづらい状況は続くこととなった。  また、聞こえない事とは別に、聞きなれないために、正確に聞き取ることができなかったり、聞こえたとしても記憶しておくことができない事も多くあった。特に、専門用語や略称、英単語などは、手話への変換も困難で対応に苦慮した。これに対しては、あらかじめ医学生と手話通訳者で事前勉強会を行い、予備知識をつけたり、頻出するであろう専門用語や略称に関する手話をあらかじめ決めておくなどの対応をとった。  さらに、カンファレンスの中でも、画像カンファ、レントゲンカンファのように写真や図を多く使う場合は画像を見ながら説明を聞く必要がある。しかし、聴覚障害のある医学生にとっては、画像も見ながら、手話通訳も見る必要があり、大変な苦労を伴う。また、画像を使う場合には、発表者の発言にも指示語が多くなり、レーザーポインタなどで画像を指し示しながら話をするため、医学生が画像を見るタイミングと通訳者が通訳をするタイミングが取りにくくなるなどの問題が発生した。これに対して、スクリーンやモニタの近くに通訳者が立ったり、画像と医学生の間の一直線上に通訳者が立ち、必要な情報が同一の視界に入るよう工夫も行ったが、完全な解決には至らなかった。 ②回診(ラウンド)  回診(ラウンド)は、教授回診、レジデント回診、朝回診、夕回診など、実際に病室の患者のベッドサイドで、問診を行ったりガーゼ交換などの処置を行う様子を見学するものである。回診を行う際には、数名から15名程度のグループで移動をし、医学生は、そのグループについて回る。表2は回診で生じた困難点である。  回診でもカンファレンスと同様に聞こえない事で通訳ができない事が多く発生した。カンファレンスとは異なり、病室では、他の患者どうしの話し声や、医療機器の発する音、看護師と患者のやりとりなどで必要な音声がかき消されてしまう事も多くあった。医学生からは、患者の声をきちんと知りたいという要望が出されており、できるだけこの要望に応えられるようベッドの近くに通訳位置を取れるよう工夫することにした。  また、ベッドサイドでは、医師らが実際に患部の処置を行い、それを医学生が補助する事がしばしば行われる。しかし、聴覚障害のある医学生の場合には、医師らの指示を受けてから動き出すまでに手話通訳を見るという動作が入り、どうしてもまわりの学生より処置が出遅れてしまうことがあった。そのため、聴覚障害学生と話し合ったところ、学生自身が、電子カルテなどで患者の状況を把握し、前もって処置の手順などを勉強することで対応する事となった。これにより、処置を担当している医師らの次の動作を予想して器具などを受け渡す事が可能にあり、状況はおおむね改善された。 ③クルズス  クルズスは、教授らによるミニ講義の事で、1回1時間から1時間30分程度の時間で行われる。診療科によって回数、実施時間などは様々であり、内容も学会で発表された最新の治療方法から基礎知識の確認まで多岐にわたる。同じ診療科を回っている学生とともに参加する事が多く、講師1人に学生5~6名という人数で行われる事がほとんどである。小さな講義室で、当日その場で資料が配られ、スライドなどを使って講義が行われる。表3は、クルズスで生じた困難点である。  クルズスは、学生を対象に少人数で行われるため、カンファレンスなどのように、音声が聞こえないという様な状況はほとんど生じなかった。しかし、専門用語(特に薬品名・病名など)や外来語、略称などが多く、指文字をしなければならない場面が多く発生した。そのため、既に医学生と通訳者間で頻出用語の手話単語を決定し、これを日報で共有することで、負担が軽減された。  また、クルズスは、突発的に開催されることも多く、講師のスライド資料が、学生や通訳者に配布されないことも多い。そのため、「聞きながらメモを取る」事ができない聴覚障害学生にとっては、手話通訳とスライド、メモのいずれかの情報をあきらめなければならない状況が発生した。このような状況に対しては、医学生を通して、できる限り事前に資料をいただき、話し方についても少し配慮してもらえるようにお願いをした。  しかしながら、クルズスは、もともと有志の先生方が医学生のために時間を割いて行っているものであり、なかなか強くお願いしづらい現状もあった。 ④手術(Ope)  手術は、手術室で行われる手術見学や医学生が清潔区域内に入り、執刀医に器具などを手渡す「器械出し」、および手術補助担当などを行うものある。表4は手術場面で生じた困難点である。  手術室内のコミュニケーションは、基本的に学生本人と周りの医師、学生らに聞かせる形としたが、聴覚障害学生本人が担当している患者の通訳では、手話通訳者も手術室内に入り、執刀医のそばで通訳を行った。そのため、それを担当する通訳者には、あらかじめ手術室のにおいや、血液に耐えられそうか話を聞き、大丈夫と答えた通訳者のみで対応した。  手術場面で一番の問題は、執刀医や周りの医師、看護師が話している事が聞こえない事であった。手術室内ではさまざまな器械が動いており、話し声はかき消されてしまう。見学で手術室に入った場合には、清潔区域となる手術台に近寄ることはできず、離れた場所から通訳を行うためにマスクをしている医師の話し声はより聞こえにくくなる。そのため、聞こえたものだけを伝えるという断片的な通訳になることがあった。さらに、手術中は執刀医以外の麻酔科医や看護師が話をしていたり、器械のアラーム昔があちこちから聞こえていたりと、音による情報があふれている。音にも意味がある場合には聴覚障害のある医学生にその事を伝えなければならないが、そのすべてが同時進行で起こる場合には何を優先して伝えれば良いのか、判断が難しい状況であった。見学であれば状況を伝える事で何とか乗り切れるが、器械出しや手術補助をしている場合にはこのような機械音も重要な判断材料になるのではないかと、通訳者は悩む事となってしまった。  また、手術では、画像カンファレンスなどと同様に、術野の様子について話されることが多く、執刀医の説明に指示語が多用された。しかし、通訳者は術野の中の臓器などを直接指し示すことはできないため、医師が示しているところへ医学生の視線を誘導し、確認後に通訳者へ視線を戻してもらい、通訳をするということを繰り返し行った。それでも誘導のタイミングが合わない事が多く、通訳者は、話された内容を伝えられないままでいる事も多々あった。  また、手術室では、執刀医、補助の医師、看護師、麻酔科医など多くの人が手術台を囲んでおり、その周りには医学生や研修医が術野をのぞき込むようにして立っている。その中で手話通訳者が通訳しやすい場所を確保するのはとても難しく、ともすると手術を行っている麻酔科医と場所を取り合うという事も起こる。また、手術室の中には、手術室に専属の麻酔科医や看護師など、臨床実習で回っている科以外のメンバーも多数おり、その中で理解を求めていくのは困難であった。これに対し、今回の支援期間中に一度、学生担当の医師が手術を始める際に、聴覚障害学生や手話通訳者の存在について説明し、協力を求めてくれたことがあった。この結果、通訳者の位置についても音声の聞き取りづらさについても問題が減少し、聴覚障害学生にとっても非常に良い環境で実習を行うことができた。また、手術中の手技についても随時担当教員が解説を加えて下さり、周囲の学生にとっても良い学習になったのではないかと考えられる。これは稀なケースではあるが、実習を開始した初期の頃にこのような解説が数回入るだけでも、その後の実習がより良いものになるのではないかと思われた。 表1 カンファレンス時の困難点 表2 回診時の困難点 表3 クルズス時の困難点 表4 手術時の困難点 5.手話通訳支援を支えるための取り組み  今回の臨床実習における手話通訳支援は、それぞれの機関が互いの役割を果たし、協力することでなしえることができた。支援上の困難についても支援側の3団体のみならず、T大学とも連携して解決策を模索した。そのため、3か月に1回程度の間隔で、「支援検討会」を開き、日報などであげられる困難点についての改善策が話し合われた。これらの会議には3団体からそれぞれの代表者と通訳者、T大学側からは、学科長、クラス担任、障害学生支援担当教員、PCME担当者ならびに、それまでに実習を行った診療科の担当医師やこれから実習を行う診療科の担当医師、当事者である聴覚障害のある医学生らが出席した。  さらに、T大学には、臨床実習開始前に、病院内に聴覚障害のある医学生が実習を行っていることを周知するための文書を作成し、外来や病棟の各所に掲示いただいた。また、PCMEが中心となって、「引き継ぎノート」を作成し、各実習診療科の担当医師や看護師などに実習科での聴覚障害学生の様子を書き込んでもらう取り組みを行った。そのノートは、実習終了時にPCMEの担当者が回収し、次の実習診療科の実習初日に、前診療科での通訳者の日報とともに担当医師に手渡されるという流れとなっていた。  また、前項にあげられたようなさまざまな通訳上の困難点については、当事者である医学生と通訳者が一緒に行う、ワークショップで解決方法を話し合った。ワークショップでは、医学生が中心となって次に実習に入る診療科についで情報収集をし、頻出する専門用語や薬品名などを指導した。そして、通訳者とともに、専門用語や頻出単語の手話表現の決定や創作も行った。このワークショップは、聴覚障害のある学生が、臨床実習期間中に行われた本学主催のアメリカ視察に参加し、アメリカで医師として活躍する聴覚障害者からの助言を参考に発案したもので、合計で7回開催された。このワークショップの開催をきっかけに、聴覚障害学生と手話通訳者の信頼関係がより強まり、支援に関する深い話し合いをする事ができるようになった。  また、支援者間の情報共有はこうした支援における課題の1つであるが、今回の支援では、本学で作成したメーリングリストと、情報共有用のウェブプラットフォームmoodleを使用することで、スムーズな情報共有につなげることができた。メーリングリストは、支援関係3者のメンバーと手話通訳者が登録されており、日報はこのメーリングリストに投稿する形で提出された。その提出された日報や、その他事前配付資料、ワークショップに関する資料などについては、すべて電子ファイル化しmoodleにてウェブサイトに掲載した。このmoodleのサイトは、関係者のみが閲覧できるようにパスワードでロックされている。このウェブサイトを使う事で、日報や資料だけではなく、映像を共有することも可能になり、ワークショップ当日に欠席した通訳者にも手話表現などの情報を提供することが可能になった。 6.課題と今後に向けて  今回の臨床実習における手話通訳支援を通して、今後解決しなければならない課題として以下のような点があげられた。  まず、実習場面では、カンファレンスや手術室を中心に、聞こえない・聞き取れない問題が最後まで解消されずに残った。カンファレンスは本来、現場の医師同士がディスカッションを行うもので、実習に参加している学生は、あくまでもオブザーバーに過ぎない。しかも、彼らの多くもまた、飛び交う専門用語を十分に把握しているわけでもない状況の中、聴覚障害学生がどこまでこの状況をつかめる必要があるのかすら分からない状態で、とにかく聞こえるものを通訳する以外方法がないという事態が続き、最後まで解決に至らなかった。これについては、カンファレンスにおける聴覚障害学生への教育と言うものをどのように捉えたら良いのかも含め、大学側ともさらなる話し合いが必要な事項であると考えられる。  さらに、聞こえる人たちが難なくこなしている、「聞きながら何かをする」という作業が、聴覚障害のある医学生にとって非常に困難であること、およびこの事が非常に周囲の人に理解されにくいというのも課題となった。レントゲンの画像を指し示しながら説明をしてもらうと、ロ形と、画像の両方を目で追わなければならず、話されている説明を聞き漏らすことが多いという認識についてもなかなか伝わりづらかった。手話通訳者がいる時間帯であれば、聞こえていない部分の情報を補うことが可能であるが、通訳者がいない時間帯はどのように補完されているのか不安が残った。  そして、臨床実習は、数週間ごとに実習診療科を変えながら行われる。そのため、聴覚障害学生や手話通訳者への理解が浸透した頃に次の診療科へ変ってしまうという事が繰り返された。診療科が変るたびに、医学生も手話通訳者も周囲の医師や看護師らに自分の障害や役割について説明を行わなければならなかった。  最後に、今後このような臨床実習における手話通訳支援を実施する事を検討している大学がある場合には、できる限り早めに支援体制を整えることが重要であると考えられた。今回のT大学での支援では、大学側の配慮もあって、Pre Clinical Clerkshipから支援を開始する事ができ、通訳者も支援側の3者も本番の臨床実習に向けて準備をする事ができた。しかしながら、それでも通訳者からは、聴覚障害学生が1年生や2年生の頃の講義からともに学びながら成長し、臨床実習の支援をする事ができれば、もっと充実した通訳ができたかもしれない、との意見が聞かれた。  聴覚障害のある医学生が、臨床実習という場から、聞こえる学生同様の知識と情報を得て、医師として活躍するための基礎を築くためにも、病院の中でどのような話や音が飛び交っているのか十分に把握する事は必要不可欠である。どのような話がなされるのか、どのような音がしているのか想像できるようになって、初めて医師として取捨選択をする事が可能になる。聴覚障害のある医学生が、将来、一人の医師として活躍できるように、教育を受けられる環境が整えられる事が、支援体制に重要な要素である。 A support system for deaf medical students enrolled for the Clinical Clerkship Training. HASUIKE Michiko, SHIRASAWA Mayumi, HAGIWARA Ayako, ISODA Kyoko, NAKAJIMA Akiko, ISHINO Maiko Research and Support Center on Higher Education for Hearing and Visually Impaired, National University Corporation Tsukuba University of Technology Abstract: X university granted admission to a deaf medical student for undergoing Clinical Clerkship Training from May 2008 to August 2009. During this training, the National University Corporation Tsukuba University of Technology (NTUT) supported the deaf student by using sign language to help the student comprehend the course. This support was not only provided by us but also by the Japanese Association of Sign Language Interpreters (JASLI) and the local Information Support Center for Deaf and Hard of hearing. These three organizations created a support system and cooperated with X university. It is one of the first two cases wherein such support has been extended to a deaf medical student in Japan. In this paper, we provide an overview of this supporting system and future issues. Keywords: Sign language interpreting, Clinical Clerkship, Deaf and Hard of hearing, Supporting medical students