聴覚障害学生のための新任教員等の専門講義における情報保障の検討 筑波技術大学 産業技術学部 産業情報学科1)筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者支援研究部2) 加藤 伸子1) 河野 純大1) 若月 大輔1) 塩野目 剛亮1) 西岡 知之1) 皆川 洋喜1) 村上 裕史1) 黒木 速人1) 三好 茂樹 2)白澤麻弓2) 石原 保志2) 小林 正幸 2) 内藤 一郎1) 要旨:新任教員や学外講師の講義に情報保障を施す試みを行ない、聴覚障害学生に対してアンケートを行った結果について報告する。情報保障の方法としては、遠隔パソコン通訳、インターネット対応遠隔地リアルタイム字幕、手話通訳の3種類である。遠隔パソコン通訳はインターネットを介してパソコン通訳を行う方法で今回講義において安定して運用可能であることが確認できた。また、新任教員等の講義で聴覚障害学生にアンケートを実施した結果、情報保障が有効であることが示唆された。 キーワード:聴覚障害、遠隔支援、パソコン通訳、リアルタイム字幕、手話通訳 1.はじめに  本学の教育では、専任の教員が聴覚障害学生に対して情報保障を介さず直接教えることによる伝わる、わかる授業を行っている。一方、2006年の4年制化に伴ない、広範囲の専門知識を持った技術者の育成を図るために、専門科目の新規開講や、企業人による最先端技術の講演等を行なってきている。こうした新規の教員や学外の講師は聴覚障害学生への教育経験がなく、着任1年目からその知見を十分に伝えることは困難である。したがって、こうした着任初年度の講義や講演等に情報保障を施す試みを行なった。  学外講師が担当する授業における情報保障方法の検討はこれまでにもなされてきている[1]。この研究の結果、文字による情報保障を高く評価する学生が多く、手話を用いる支援方法に関しては学生の手話のスキルにより評価が異なることが示された。また、伝達モードに関わらず情報提示の速度や量、即時性等についての改善の要望があることがわかった。このため、今回の取り組みでは、手話のスキルが一定レベルに達しない学生でも情報取得が可能であるように文字による情報保障を含めて検討を行うこととした。また、情報保障の方法として、新たに遠隔パソコン通訳を試した。この方法はインターネットを介して講義室とは異なる場所からパソコン通訳を行う方法である。  ここでは、遠隔パソコン通訳の効果について検討すると共に、新任教員等の講義に対する情報保障について学生のアンケート結果を中心に報告する。 2.専門講義における情報保障 2.1 情報保障  大学等における情報保障としては、一般的に以下の方法がある。[2] ◦手話通訳 ◦ノートテイク(手書) ◦パソコン通訳(キーボード入力) また、本学の障害者高等教育研究支援センター障害者支援研究部で研究開発を行なってきている方法として、 ◦リアルタイム字幕提示システム[3] がある。  リアルタイム字幕提示システムは、話者の発話内容のすべてを文字に変換し、即座に字幕として提示するためのシステムで、高度なキーボード入力技能を有する字幕作成担当者が支援を行うものである。特にインターネット対応遠隔地リアルタイム字幕提示システムでは、インターネットがあれば任意の講義室で利用可能である[4]。  専門講義においては、講師の説明の枝葉末節にも重要な部分が含まれていることが多い。また教科書が必ずしも指定されない、教科書や資料には書かれていない情報が数多くて提示されるという特徴がある。このため、専門講義の内容を十分な情報量をもって伝えられる情報保障方法として、パソコン通訳、リアルタイム字幕提示システム、手話通訳の3方式を採用した。 2.2 遠隔パソコン通訳  これまでのパソコン通訳においては、3、4人の通訳者が講義室に出向く必要があるため、通訳者の人数の確保が困難であるという問題があった。この問題点を解決するために、専門講義に対する情報保障として、遠隔パソコン通訳を試みた。これは、講義室と遠隔の通訳室とをインターネットを介して接続し、講義室からは講義室の映像・講師の音声を送り、遠隔の通訳室ではIPTalkを用いて文字通訳を行い、講義室へ字幕を送り返すという方法である。遠隔パソコン通訳のシステム概念図を図1に示す。  本システムでは、本学で開発された聴覚障害者のための遠隔PC要約筆記用ソフトウェアUDPConnectorを用いて、映像、音声、字幕の送受信を行っている。加えて、講義で用いるプレゼンテーションスライドをリアルタイムに送受信する専用ソフトウェアを開発し、同時に利用している。また、移動型の講義室用通訳ラックを用意し、学内の任意の講義室で容易に遠隔パソコン通訳を行うことができる(図2参照)。このシステムはリアルタイム字幕提示システムも利用可能である。また、通訳者へ専門用語等をキーワードとして提示する機能を備えている[5][6]。 図1 遠隔パソコン通訳システム 図2 講義室用通訳ラック 図3 講義Aにおける情報保障の様子(手話通訳、リアルタイム字幕提示) 3.聴覚障害学生に対するアンケート 3.1 アンケート実施講義  聴覚障害学生に対するアンケートは、産業情報学科の以下の3講義で実施した。講義は1回90分で全15回実施された。アンケートは、全講義終了後に行った。 ◦講義A:対象:産業情報学科3年生(専門教育系科目) 情報保障:手話通訳、リアルタイム字幕提示システム ◦講義B:対象:産業情報学科3年生(専門教育系科目) 情報保障:遠隔パソコン通訳 ◦講義C:対象:産業情報学科1年生(教養教育系科目) 情報保障:リアルタイム字幕提示システム 講義Aでは手話通訳とリアルタイム字幕提示システムの両方を提示した。一方、講義B、講義Cは各々遠隔パソコン通訳、リアルタイム字幕提示システムという文字通訳だけを提示した。実際に講義Aにおいて情報保障を行っている様子を図3に示す。 3.2 アンケート内容  アンケートでは、以下の項目で7段階評価で尋ねた。 質問(1)講師の音声・口話・手話通訳・字幕が各々役に立ったかどうか(「非常に役に立たなかった」を1、「非常に役に立った」を7とする) 質問(2)講義の内容を理解できたかどうか(非常に理解できなかったを1、非常に理解できたを7とする) 質問(3)字幕提示や手話提示の遅れが気になったかどうか。(「非常に気になった」を1、「非常に気にならなかった」を7とする) 質問(4)手話・字幕を使わなかった場合、手話を使った場合、字幕を使った場合の各々について、講師の質問がわかったか。(「非常によくわからなかった」を1、「非常によくわかった」を7とする)  また、自由記述として質問⑴で回答した理由と、情報保障を受けて感じた事や改善点等を書いてもらった。 4.アンケート結果  聴覚障害学生に講義の情報保障に対するアンケートを行なった結果の回答数は、 ・講義A:11名・講義B:9名・講義C:24名であった。  講義A、B、Cにおける質問(1)に対する回答の平均評価値と標準偏差を図4に示す。検定の結果、講義Aにおいては手話通訳と音声、手話通訳と口話の間、字幕と音声、字幕と口話の間に有意な差が認められた(p<0.01)。講義Bにおいても字幕と音声・口話の間に有意な差が認められた(p<0.01)。一方、講義Cにおいては、方法間に有意な差が認められなかった。 質問(2)「講義内容を理解できたか」に対する評価の平均値と標準偏差を図5に示す。この結果から、情報保障が役に立った講義A、講義Bは講義の内容を理解できた学生が多かったのに対し、講義Cは講義の内容理解が困難であったと考えられる。 質問(3)「手話・字幕の遅れは気になったか」に対する評価の平均値と標準偏差を図6に示す。検定の結果、講義Aの手話と字幕の遅れの気になり方に有意な差はなかったが、やや字幕の方が遅れが気になる傾向にある。 質問(4)「講師の質問内容がわかったか」という質問に対する結果を図7に示す。講義Aにおいて「手話・字幕を使わずにわかったか」という問の平均評価値に対して、「手話を使ってわかったか」「字幕を使ってわかったか」という問の平均評価値は有意に差があった(p<0.01)。講義B、講義Cでも同様に、「字幕を使わずにわかったか」「字幕を使ってわかったか」の問に対する平均評価値には有意な差があった(p<0.05)。すなわち、新任の講師の質問内容を把握するためには字幕が有効であることがわかった。  自由記述では、「役に立ったか」の理由として、講義Bにおいて、 ①情報をたくさん得ることができたから。 という記述があった。また、講義Cにおいては、以下の自由記述があった。 ②口話を読み取れないとき便利(専門用語など)。 ③たまにわからなかった部分もわかる事ができた。 ④聞き取れなかったところを確認できる。 ⑤あった方が先生が複雑な式を言ってきてもわかりやすい。 ⑥あった方がいい。講義だけでなく演習でも入れて欲しい。 ⑦演習の時間も講義になっていた。字幕がなくて演習の時間はわからなかった。 ⑧1コマ目は字幕を使っているが、2コマ目は使ってないから。 ⑨先生の話とずれが生じるし、講義内容が難しすぎて字幕を見る時間もないから。 ⑩先生の口元を見た後字幕を見る作業は疲れることもあるから。 ⑪ホワイトボードを使っての説明があるので、字幕を見ているとわからなくなる。 ⑫わかりやすいように説明してもらいたい。 5.おわりに  遠隔パソコン通訳のシステムを構築し、大学の講義で運用する試みを行った。また、本学での新任教員等への講義において、遠隔パソコン通訳、遠隔パソコン通訳、インターネット対応遠隔地リアルタイム字幕、手話通訳の3種類の情報保障を試み聴覚障害学生にアンケートを行った。  遠隔パソコン通訳は講義Bに対して行った。字幕が役に立ったかという質問に対する評価値の平均は7段階の6.3であった(図4)。一方字幕の遅れが気になったかという問に対しては、評価値の平均が7段階の3.3であり遅れがやや気になっていることがわかる。すなわち講師の発言に対する字幕の遅れが気になるものの、聴覚障害学生にとっては字幕が役に立ったと考えることができる。特に受講した全学生が「役に立った」と回答していることから、遠隔パソコン通訳は、実際の大学の講義の情報保障として十分に運用可能であると思われる。  また、新任教員等への情報保障としては、3つの講義で全てにおいて、手話・字幕が役に立ったかという質問に対する平均評価値は5.0以上であり、情報保障が有効であったと考えられる。特に講師の質問内容把握のために、情報保障が有効であることがわかった(図7)。  一方講義A、Bにおいて、手話・字幕という情報保障が講師の音声や口話に比べて有意に役に立っていたのに対して(p<0.01)、講義Cでは有意差は見られなかった。聴覚障害学生の自由記述②~⑥では講義Cにおいて情報保障が役に立ったという意見がある一方、⑨~⑫のように字幕を見るのが困難という意見もあった。すなわち、単に情報保障をつけるだけではなく講師が情報保障を活用するスキルが求められていると考えることができる。  新任者等への情報保障では、聴覚障害学生へ授業内容が伝わるだけでなく、次年度以降での講義で必要なスキルをうまく身につけていく必要がある。情報保障者にとってわかりにくい授業は、聴覚障害学生にとってもわかりにくい授業であると考えられるため、情報保障者にとってわかりやすい授業を講師が心がけることは、聴覚障害学生に対する講義スキルを身につける上で一つのステップになると期待できる。今後このような観点から検討を重ねて行く予定である。 図6 質問(3)手話・字幕の遅れは気になったか 図7 質問(4)質問内容がわかったか(**:p<0.01、*:p<0.05) 謝辞 本研究において多くの貴重な意見や協力を頂いたパソコン通訳、字幕作成担当者、手話通訳、のみなさま、ならびに本学の学生の方々に深く感謝を致します。 参考文献 [1] 石原 保志,及川 力,他:学外講師が担当する授業における聴覚障害学生に対する情報保障方法の検討―手話通訳,パソコン要約筆記,要約解説の比較―.筑波技術短期大学テクノレポート10(2):9-17,2003. [2] 白澤 麻弓,徳田 克己:聴覚障害学生サポートブック,第1版,日本医療企画,東京,2002. [3] 小林 正幸,西川 俊,他:聴覚障害のためのキーボードの連弾入力方式によるリアルタイム字幕提示システム.映像情報メディア学会誌,51(6):886-895,1997. [4] 三好 茂樹,河野 純大,他:遠隔地リアルタイム字幕提示システム等情報保障手段による支援とそのシステム開発.筑波技術大学テクノレポート,14:61-68,2007. [5] 加藤 伸子,河野 純大,他:聴覚障害者の情報保障におけるパソコン要約筆記入力者に対するキーワード提示.ヒューマンインタフェース学会論文誌,9(2):125-134,2007. [6] 西岡 知之,三好 茂樹,他:遠隔地リアルタイム字幕提示システムにおける字幕作成者に対するキーワード提示について.電子情報通信学会技術報告WIT, 105(684):93-96,2006. Support Service for Hearing-impaired Students during Post-secondary Education Lectures KATO Nobuko1), KAWANO Sumihiro1), WAKATSUKI Daisuke1), SHIONOME Takeaki1), NISHIOKA Tomoyuki1), MINAGAWA Hiroki1), MURAKAMI Hiroshi1), KUROKI Hayato1), MIYOSHI Shigeki2), SHIRASAWA Mayumi2), ISHIHARA Yasushi2), KOBAYASHI Masayuki2), NAITO Ichiro1) 1) Department of Industrial Information, Faculty of Industrial Technology, 2) Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired National University Corporation Tsukuba University of Technology Abstract: Hearing impaired students who study at post-secondary educational institutes face difficulties in following lectures because of limited information. We have attempted to develop a remote captioning service as a new support service and examined the effectiveness of the support services during the lectures given by new teachers. Remote captioning is a method of interpreting services through the Internet. The results of the questionnaire reveal the following: stable operation of the remote captioning service during a semester and effectiveness of support services during lectures given by teachers at the post-secondary education level. Keywords: Hearing impaired, Remote communication support system, Remote captioning , Real-time stenocaptioning system, Sign language