脳性マヒのある女性における筋と動作の関係性:筋力・筋断面積・動作速度によるマヒのタイプ別比較 筑波技術大学 保健科学部保健学科1) 筑波大学 人間総合科学研究科2) 中村 直子1) 石塚 和重1) 齊藤 まゆみ2) 要旨:脳性マヒ者の運動特性をマヒのタイプ別に明らかにするため、脳性マヒのある成人女性の筋力・筋断面積・動作速度を測定し、その相互関係を比較した。結果、アテトーゼ型脳性マヒ者は筋力・筋断面積・動作速度、全ての要素の間に相関関係が認められ、健常者と同様の傾向がみられた。 痙直型脳性マヒ者は、項目によって関係性の得られたものと、得られないものが分かれ、健常者と異なる筋と動作の関係性を示した。キーワード:脳性マヒ者,筋力,筋断面積,動作速度 1.はじめに  本研究は、成人脳性マヒ者の中で最も多い痙直型、2番目に多いアテトーゼ型、2タイプの脳性マヒ者において、下肢の筋とそれらが関わる粗大運動との関係を分析することで、タイプ別の運動特性の違いを明らかにしようとするものである。また、ここで得られたデータを元に、個人の特徴にあったトレーニング方法を検討したいと考えている。 2.対象と方法 2.1 対象者  本研究の対象者は不随意運動を主症状とするアテトーゼ型脳性マヒ者の女性6名(混合タイプを含む)、および筋緊張の亢進と病的反射の出現を主症状とする痙直型脳性マヒ者の女性8名である。それぞれの年齢や重症度(日常の移動能力)を表1に示した。 2.2 測定項目  測定した項目は以下の3項目である。 2.2.1 等速運動性筋力  Biodex-System3(Biodex Medical社製)を用いて両下肢の股・膝関節の屈曲・伸展力を測定した。股関節は角速度180°にて、膝関節については角速度60°にて等速運動性筋力を測定した(図1)。 2.2.2  筋断面積(MRI)磁気強度0.2Tの磁気共鳴断層撮影(MRI)装置(Signa Profile、GE横河メディカルシステム社製)により大腿、腰部の横断面積を撮影し、その画像から筋断面積を算出した(図2)。大腿部では大転子上端~大腿骨下端の間の50%部位を撮影し、大腿四頭筋、ハムストリングスの筋断面積を算出、腰部では第4~5腰椎の間の水平面の横断画像を撮影し、大腰筋の断面積を算出した。 2.2.3 動作速度  膝振上げ、膝振下ろし動作の最大速度をBallistic Master(コンビ社製)を用いて計測した。膝振上げ動作は、股関節伸展位から膝を前方にできる限り素早く振り上げる動作の速さを測定しており、膝振下ろし動作は、股関節屈曲位から膝をできる限り素早く振り下ろす動作の速度を測定している(図3)。 2.3 分析方法 および 統計処理  本研究では、大腰筋、大腿四頭筋、ハムストリングス、3つの筋に注目し、筋と動作の関係性を比較した。まず、得られた14名のデータを左右1肢ごとに分け、アテトーゼ群6名12肢分と痙直群8名16肢分を基礎資料とした。前述の3つの筋と、その作用の一致するデータを選び(表2)その関係性をPearsonの相関係数を算出して検討した。統計学的有意水準は5%未満とした。 表1 対象者の年齢および移動能力(重症度) 図1 等速運動性筋力測定 図2 MRIによる筋断面積測定 図3 膝振り上げ速度測定 表2 注目する筋とその作用(測定項目) 3.結果  アテトーゼ群では等速運動性筋力・筋断面積・動作速度それぞれの間に高い相関関係が認められた(図4-9、表3-4)。痙直群では筋力と筋断面積について、大腿四頭筋断面積と股屈筋力、膝伸筋力、およびハムストリングス断面積と膝屈筋力との間には高い相関関係が認められたが、大腰筋断面積と股屈筋力(r=.371、p=.174)、ハムストリングス断面積と股伸筋力(r=.336、p=.220)との間には関係性が認められなかった。 筋断面積と動作速度では、ハムストリングス断面積と膝振り下ろし速度との間には相関関係が認められたが、大腰筋断面積と膝振り上げ速度(r=-.142、p=.629)、大腿四頭筋断面積と膝振り上げ速度(r=.484、p=.079)との間には関係性が認められなかった。筋力と動作速度については、股屈筋力と膝振り上げ速度、膝伸筋力と膝振り上げ速度、膝屈筋力と膝振り下ろし速度との間には相関関係が認められたが、股伸筋力と膝振り下ろし速度(r=.396、p=.180)との間には関係性が認められなかった。  なお、データの検出が可能であった被験肢(N)数は、項目によりばらつきがみられた(図表中に記載)。両群とも立位保持不可能者に動作速度や筋力の測定が行えない者があった。更にアテトーゼ群では不随意運動のため筋断面積の測定が困難な者が数名みられ、また痙直群では筋力測定時に設定の角速度に動作がついていけず、筋力データの検出ができない者が数名あった。 表3 アテトーゼ群の相関係数(r値) 図4 筋力と筋断面積の散布図1両群とも相関あり:膝伸筋力と大腿四頭筋断面積 表4 痙直群の相関係数(r値) 図5 筋力と筋断面積の散布図2 痙直群では相関なし:股屈筋力と大腰筋断面積 図6 筋断面積と動作速度の散布図1 痙直群はp=0.079で相関なし判定:四頭筋断面積と膝振り上げ速度 図8 筋力と動作速度の散布図1両群で相関あり:膝屈筋力と膝振り下ろし速度 図7 筋断面積と動作速度の散布図2 痙直群では相関なし:大腰筋断面積と膝振り上げ速度 図9 筋力と動作速度の散布図2 痙直群では相関なし:股伸筋力と膝振り下ろし速度 4.考察 アテトーゼ群について  本研究の結果、アテトーゼ群では、全ての測定項目の間に高い相関関係を認め、筋とその出力の大きさの関係において健常者と同様の傾向を示した。これより、アテトーゼ型脳性マヒ者は一般のアスリートと同様のトレーニングで効果の得られる可能性が示唆された。しかし、実際にトレーニングを検討する際には、不随意運動による頸椎症などの二次障害へ配慮し、体に負担の少ない動作の選択が必要である。 痙直群について  痙直群では、筋力と筋断面積、筋断面積と動作速度、筋力と動作速度との間に、関係性の認められるものと、認められないものがあった。一般に健常者では筋力と筋断面積はほぼ比例の関係にあるとされ、運動選手の筋力の指標として筋断面積を使用することが多い2)。しかし痙直型脳性マヒ者においては、おおむね関係性はあるといえるが、痙性などの異常筋緊張や、日常の動作範囲など、筋力とは別の要因により、動作の速度や筋力発揮が制限されている可能性が考えられる。  痙直群において相関関係の認められなかった項目の中で、大腿四頭筋断面積と膝振り上げ動作速度については、相関係数(r=.484、p=.079)や散布図の結果から推測すると、今後被験者数が増えることにより相関関係の得られる可能性がある。  上記以外に、股伸筋力と筋断面積(ハムストリングス断面積)および動作速度(膝振り下ろし速度)との間に相関関係が認められなかった。従って、痙直型脳性マヒ者の股・膝関節の屈伸動作の中で、特に股関節伸展動作は健常者と異なる傾向があるといってよい。この原因として、筆者の私見を述べると、痙直型脳性マヒ者の股関節伸展動作は他の3つの動きと比較して、日常での頻度が少ない動作と考えられ、安定した筋力発揮がし難い可能性や、背臥位で下肢を屈曲挙上させ、すぐに股関節伸展動作に切り返す必要のある等速運動性筋力測定の方法が、痙性を伴う痙直型脳性マヒ者において、難易度の高い動きである可能性などが考えられた。  相関が得られなかった最後の項目として大腰筋断面積と筋力(股屈筋力)および動作速度(膝振り上げ速度)との関係性があげられる。大腿四頭筋やハムストリングスの筋腹が太ければ、筋力や速度も速くなるが、大腰筋だけは筋の太さが筋力や速度とあまり関係性ないという結果であった。これについて、現段階では被験者数も少なく、明確な解釈はできない。今後被験者数を増やし、検討していきたいと考えている。  本研究において、痙直群においてみられた筋と動作の関係性の特徴をまとめると、大腰筋の断面積は筋力発揮とあまり関係がない。股関節の伸展筋力は、股屈筋力・膝屈筋力・膝伸筋力と比べて筋断面積や動作速度との関係性が少ない傾向がみられた。しかしその他の部位については、筋力・筋断面積・動作速度との関係性から健常者と類似した傾向がみられた。このように、部位や状況によって健常者と異なる傾向を示す痙直型脳性マヒ者のトレーニングを行う際には、動作の特徴を考慮し、方法を検討する必要がある。Damianoらは、痙直型脳性マヒ児の四頭筋とハムストリングスの伸張反射出現パターンとして、いくつかのタイプが存在し、それが粗大運動に大きく影響すると報告している3)。痙直型脳性マヒ者のトレーニング実施の際には、注意深い観察と、個人の特徴に合わせたトレーニング方法の選択が必要と考えられる。 5.まとめ  脳性マヒのある女性における筋と動作の関係性をマヒのタイプ別に調べた。測定項目は、筋力、筋断面積、動作速度である。その結果を以下にまとめる。  アテトーゼ型脳性マヒ者では、筋力・筋断面積・動作速度、全ての測定項目の間に相関がみられた。不随意運動の留意しながらも、健常者と同様のトレーニングで効果が得られる可能性が示唆された。  痙直型脳性マヒ者では、筋力・筋断面積・動作速度との間に関係性がみられた項目もあったが、股伸筋力と筋断面積・動作速度との間、および大腰筋断面積と筋力・動作速度との間には関係性が認められなかった。健常者と異なるトレーニング方法を個人に合わせて検討する必要が示唆された。 謝辞  測定・分析にご協力頂きました、脳性マヒ者の皆様、スポーツホトニクス研究所・旧浜松リハビリテーションセンター・第二青い鳥学園・筑波大学の先生方に厚く御礼申し上げます。  なお本研究は平成21年度科学研究費補助金(若手研究(B))、および平成21年度筑波技術大学教育研究高度化推進事業A競争的教育プロジェクト事業の助成を受けて行いました。ここに記して感謝申し上げます。 参考文献 [1] 日本リハビリテーション医学会:脳性麻痺リハビリテーションガイドライン第1版, 医学書院, 東京, 2009 [2] 芳賀 脩光,大野 秀樹 : トレーニング生理学, 杏林書院, 東京, 2003 [3] Diane L. Damiano, Edward Laws, et al.: Relationship of spasticity to knee angular velocity and motion during gait in cerebral palsy. Gait & Posture ,23 : 1-8,2003 [4] 石塚 和重: 脳性麻痺のスポーツ -科学的トレーニングの可能性について-. 理学療法ジャーナル 39(4): 335-343, 2005 [5] 丸石 正治,黒瀬 靖郎 他 : 成人脳性麻痺の臨床像 -痙性と筋力の影響- . リハビリテーション医学 42: 564-572, 2005 [6] 大畑 光司, 市橋 則明 :脳性麻痺児の筋骨格系障害の評価とアプローチ. PTジャーナル 41(7): 547-555, 2007 Characteristics of muscles in female cerebral palsy patients: An analysis of muscle strength, cross-sectional muscle area, and movement velocity in different types of paralysis Naoko NAKAMURA1), Kazushige ISHIZUKA1), Mayumi SAITO2) 1)Department of Health, Faculty of Health Science, Tsukuba University of Technology 2)Institute of Health and Sport Sciences, University of Tsukuba Abstract: The aim of this study is to investigate the relationships between the movements of women with different types of cerebral palsy (CP) and the characteristics of their muscles in the lower extremities. We measured and analyzed the isokinetic muscle strength, cross-sectional muscle area (by MRI), and movement velocity in six women with athetoid CP and eight women with spastic CP. In women with athetoid CP, there were significant correlations between the three abovementioned parameters. These correlations were similar to those found in adults without CP; this result suggests that the muscles of people with athetoid CP are capable of responding to resistance training. On the other hand, there were significant correlations between the three parameters in some women with spastic CP, while in the others, there were no significant correlations. This result suggests that for people with spastic CP, there is a need to develop a training method that is individualized and different from that used for able-bodied people. Keywords: Cerebral palsy, Muscle strength, Cross-sectional muscle areas, Movement velocity