『鍼灸・医学用語の点訳音訳辞書システム』に関するアンケートの実施 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター1) 保健科学部2) 視覚障害系支援課 技術係3) 麻生 由美子1) 長岡 英司1) 小野瀬 正美3) 小野 束2) 藤井 亮輔2) 辰巳 公子1) 冨澤 邦子1) 納田 かがり3) 要旨:鍼灸医学関係図書の点訳・音訳に携わる各地のボランティアがいつも頭を悩ませているのは専門用語である。鍼灸医学の専門用語は複数の分野にわたっているうえ、辞書やインターネットで調べてもなかなか読み方がわからず、また点訳においては分節分かち書きの問題も加わって、下調べに多くの労力と時間がかかる。支援センターではこの問題を少しでも解消できるように、『鍼灸・医学用語の点訳音訳辞書システム』(CD版)を開発し、希望する団体・個人に提供した。提供後約半年たった時点で、この辞書システムがどのように利用されているかアンケートを実施し、回答を集計して今後の改良点を探った。 キーワード:鍼灸医学関係図書,専門用語,ボランティア,点訳・音訳,分かち書き 1.はじめに  点訳や音訳の作業中、正しい読み方や分かち書きがわからない場合は辞書やインターネットを利用して下調べをしているが、特に鍼灸医学関係の専門用語は難しく、多くの時間を費やしている。このようなボランティア活動の現場では、東洋医学と西洋医学の両方の分野の専門用語がひとつにまとめられた辞書検索ソフトウェアを望む声が大きかった。  また、これらの専門用語には複数の語句から構成された複合語が多くある。鍼灸医学関係を勉強する視覚障害学生がその複合語の成り立ちや構成を正しく理解できるよう、統一された読みや切れ続き[1]で製作された教材が必要となる。しかしながら現在まで、日本点字委員会でもまだ一定の基準が示されるに至っていないため、それぞれのボランティアグループは試行錯誤しながら独自の基準を作って進めているという状況である。  このような背景の中、障害者高等教育研究支援センターでは、平成18年度からの文部科学省特別教育研究経費による「高等教育のための学内外視覚障害者アクセシビリティー向上支援事業」の一環として、平成20年度に『鍼灸・医学用語の点訳音訳辞書システム』(以下、「辞書システム」)というパソコン用辞書検索システムを開発した。 2.「辞書システム」の概要  「辞書システム」は、CD版で、パソコンにインストールして利用する形態となっている。 収録語数:約2万語 検索機能:部分一致・前方一致・後方一致検索、部首・画数検索、手書き検索、読み検索、等 その他の機能:カーソル文字の再検索、フォントの拡大・縮小、文字色・画面色の選択、等 文字コード:JIS X 0208:1997(ユニコードは使えません) ハードディスク必要容量:約20MB 動作環境:Windows XP/Vista DOS/V機  この「辞書システム」は、盲学校(視覚特別支援学校)や鍼灸専門学校で使用されている教科書の中から単語を抽出した。鍼灸・あん摩・マッサージ・指圧等に関連する分野の難解な専門用語や、JIS規格外の漢字も外字登録されている。 3.「辞書システム」に関するアンケート  平成20年度末に、日本経済新聞などのメディアや本学のホームページ上で「辞書システム」の完成と無償配布について広報され、各地の点字図書館・盲学校(特別支援学校)へ寄贈された。また、広報によって多くの点訳・音訳ボランティアから提供の希望があり、計470セットが配布された。  今回、障害者高等教育研究支援センターでは、これまでに「辞書システム」を入手したグループを対象に、配布後約半年経過した時点での意見を聞いて、今後の改良点を探るための調査を実施した。 3.1 方法  質問の内容について、昨年8月にプロジェクトメンバーで話し合い、入手経路、利用状況、検索機能・画面表示の良否、搭載辞書の語彙に関する満足度、今後に望むこと、等を調査することにし、下記のような質問票を作った。調査対象は、電子メールによる連絡が可能な158グループとし、9月初旬に質問票を一斉に送信し、2週間以内に返信メールで回答するよう求めた。その結果、回答は138件寄せられ、87%の回収率であった。 『鍼灸・医学用語の点訳音訳辞書システム』に関する質問票 3.2 結果と考察 アンケート集計の結果を示す。 (1)入手について (1-1)なにで知ったか (1-2)どこから入手したか  「辞書システム」開発の情報は、新聞・点字図書館・知人友人等からという人が多く、本学のHPを見た人は少なかった。グループ内あるいは図書館等を中心としたボランティアネットワークを介した情報交換が大きな役割を果たしている。入手方法は、本学に直接申し込んだ人がほとんどであった。 (2)利用状況について (2-1)どんなときに利用するか (2-2)どのくらいの頻度で利用するか (2-3)どの程度役に立っているか (2-4)他の辞書と比較して便利か  「辞書システム」は点訳に利用される場合が多く、鍼灸医学関連図書の依頼があればほぼ毎日使われている。また、グループ内での漢字の勉強会に使用したり、グループ独自の辞書に追加登録して利用しているところもある。今までの辞書に比べて93%の人が便利だと回答した。  便利な点としては、パソコン上で利用できる、今まで専門の辞書がなかったのでとても便利、手書き文字からも検索できる、検索方法が多様である、分かち書きもある、等々。  不便な点としては、音訳に必要なアクセントについての情報がない、語彙が少ない、既存の紙ベースの辞書と比べると一部異なる部分がある、等々。 (3)機能について (3-1)検索は容易か (3-2)表示は見やすいか  検索については、「とても」と「まあまあ」を合わせて96%が容易だと回答している。表示についても「とても」と「まあまあ」を合わせると96%が見やすいという回答であり、使い勝手については評価が高かった。一方、検索や表示の便利な機能をまだ使いこなしていない回答者も見られた。 (4)搭載辞書について (4-1)語彙数は充分か (4-2)どんな系列の追加を希望するか  語彙数については「やや足りない」と「とても足りない」を合わせると70%で、今後のバージョンアップへの期待の強さが感じられた。また、これから追加してほしい語彙の種類は、東洋医学と西洋医学の両方にわたっていた。やはりこの分野の辞書として充実を望む声が大きいことがわかった。ほかに理数系の用語や単位、また古典的な用語の希望もあった。 (5)今後について (5-1)希望すること(複数回答) (5-2)製品化したときの価格帯  半数近くの回答者がバージョンアップを望んでおり、29%は今後も無償提供の継続を希望している。サポート窓口を設置してほしいという意見も16%あったが、専門書の場合などで苦労した経験があったことが想像できる。また、「辞書システム」が製品化された場合、半数以上は3千円未満を、ほとんどの人は1万円未満で購入できることを望んでいる。ボランティア活動には高額な出費は厳しいことがうかがえる。 (6)その他 次のような意見・希望があった。 ・下調べにかかっていた時間が大幅に短縮され、点訳・ 音訳が飛躍的に楽になった。 ・読み・分かち書きについて他の辞書と違う場合があるが、 統一することはできないのだろうか。 ・無償で提供されたことに感謝する。 ・音訳にはアクセントも必要なので、その情報もあるとよい。 ・スクリーンリーダーに対応すれば全盲の私も利用したい。 ・点訳・音訳のためのサポート窓口ができればありがたい。 ・今後もさらに語彙の追加など、内容を充実させてほしい。 ・ユーザー登録などができるとよい。 4.まとめ  今回のアンケート結果をみて、今まで点訳・音訳ボランティアが、基準となる辞書類の不足のために大変な苦労をしていたことが改めてわかった。何冊もの辞書を広げて調べながら作業をしていた点訳者・音訳者にとって、この「辞書システム」を利用することでその作業効率が格段にアップしていることが証明された。また、語彙の追加やバージョンアップを望む声が多いということは、今後も継続して使い続けることを希望している事だと思われる。語彙の追加については、21年度末に約4千語を追加したバージョンアップ版が完成し、「辞書システム」の配布先へ無償で提供した。  また他の辞書との整合性をはかるという課題が残されている。長い歴史を持つがゆえの鍼灸分野の多様性から難しい点もあるとは思われるが、今後、関係者による統一した基準づくりを望みたい。  アンケートにあるようにボランティアにとって経済面は大きな問題である。今回のこの「辞書システム」開発は、文部科学省特別教育研究経費による「高等教育のための学内外視覚障害者アクセシビリティー向上支援事業」の一環として行われたため、CDを無償で提供することができた。プロジェクトは平成22年度末で終了するが、この「辞書システム」のさらなるバージョンアップ、辞書の強化など、視覚障害者の教育環境整備のための研究開発を継続して進める必要がある。 参考文献 [1] 和久田 哲司・光岡 裕一:日本点字における医療用語の表記法の研究―分節分かち書きの原則について―.筑波技術大学テクノレポート15(Mar):209-212,2008 Evaluation of Usability of a Dictionary System on Pronunciation/Braille Notationof Terminology Related to Acupuncture and Moxibustion ASOH Yumiko1), NAGAOKA Hideji1), ONOSE Masami3), ONO Tsukasa2), FUJII Ryosuke2), TATSUMI Kimiko1), TOMISAWA Kuniko1),NOUDA Kagari3) 1)Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology 2)Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology 3)Academic Affairs Section for Students with Visual Impairment, Administrative Division, Tsukuba University of Technology Abstract: A dictionary system had been developed so that Braille transcribers and readers could examine easily by means of PC how to pronounce or how to translate into Braille the terminology related to acupuncture and moxibustion. An investigation was performed to evaluate the usability of the dictionary system, after distributing it to users. Based on the result, the dictionary system was improved by enriching its vocabulary. Keywords: Dictionary System, Acupuncture and Moxibustion, Terminology, Pronunciation, Braille notation