視覚障害学生の歩行移動時の困難さ─歩行移動工学演習を通して─ 筑波技術大学 保健科学部 情報システム学科 +同学科学生 関田 巖 仲西 洋卓+ 薗田 祐樹+ 中島 和哉+ 川野 静香+ 長井 亨輔+ 要旨:視覚障害の理解を深めるために、本学1年生の歩行移動工学演習によって確認することができた視覚障害学生の外出時の不便さや、歩行特性について報告する。外出時の不便さの要因は、(1)) 不十分な情報、(2) 予知できない危険、(3) 情報の阻害、(4) 他者に危害を与える恐れ、にまとめることができた。手がかりのないところをまっすぐに歩く実験(15例)では、主に右への偏軌傾向が見られ、偏軌の2乗平均は距離の3乗で近似できた。手がかりのないところを長方形に歩く実験(5例)では、長方形の角部としての認識される位置と真の位置とのずれは、角が増える度に増加していた。 キーワード:視覚障害学生,外出時の不便さ,歩行特性,偏軌傾向 1.はじめに  筑波技術大学の保健科学部では、視覚障害学生のみが在籍している。視覚情報が得られない場合、歩行時の特性がいろいろと知られており[1]、その中の1つに、まっすぐに歩けず曲がってしまう偏軌傾向(veering tendency)がある[2]。しかし本学の近隣には、今まで事故もなく移動できていることもあり、手がかりのない駐車場を約20m歩いて建物の入り口に入らなければならないような場所が残されている。そこで、視覚障害学生の外出時の不便さや歩行特性について調べるために、情報システム学科の1年生の歩行移動工学演習において、調査ならびに実験をおこなった。  外出時の不便さにおける調査では、その要因が、(1)不十分な情報、(2)予知できない危険、(3)情報の阻害、(4)他者に危害を与える恐れ、にまとめることができた。この中の(1)では、手がかりのない広場や道路での歩行の困難さが挙げられている。そこで、視覚情報を遮断したときの歩行特性を調べる2つの実験をおこなった。手がかりのない所をまっすぐに約11m歩く実験1(15例)からは、主に右への偏軌傾向が見られ、偏軌の2乗平均は距離の3乗で近似できることがわかった。この結果より、20m先では、目的地点より5m以上偏軌してしまう確率が3割以上であることが推定された。手がかりのない所を長方形に歩く実験2(5例)では、角を曲がる度に、真の角との誤差が増大しており、4番目の角(出発点の角)の誤差が平均2.1mあった。  以下、外出時の不便さに関する調査結果を2章で、実験1と実験2については3章で示す。 2.外出時の不便さの調査  視覚障害学生9名(全盲3名、弱視6名)がいる教室内で、各自に歩行移動時や外出時に困難に感じたことを自由に話してもらった。同時に、他者の発言に対しての補足発言もしてもらった。  以下は各学生の発言をまとめたものであり、不便に感じる原因や対策が全て全員に共通しているわけではないが、困難さの要因は、以下の(1)~(4)にまとめることができた。  要因(1):情報が不十分なことによるもの ○駅構内 ・時刻表の確認 原因:インターネットで調べる場合、バス会社ごとに方法が異なり使いにくい。 インターネットを利用できる機器を携行しない場合は、事前に調べておく必要がある。 ・券売機での購入やバス料金の支払い 原因:音声対応のない券売機では、切符を押すボタンが暗くて見えない。 行きたい駅名、整理券番号、料金が見えない。 対策例:最近では、多くの駅で、テンキー(数字キー)付きの券売機があり、*を押すと、音声対応をしてくれるので、それを利用する。 ICカードを利用することで、運賃を自動的に精算してくれるので、それを利用する。 ○プラットホーム ・列車の乗り換えの方法 原因:乗り換え先のホームへの行き方がわからない。 乗り換え案内、ホーム番号が見えない。 対策例:改札の位置がわかれば、改札まで戻り、駅員さんにガイドヘルプを依頼できるが、ガイドヘルプをしてくれない鉄道会社もある。 階段の手すりには、プラットホーム番号を示した点字ラベルの付いていることがあり、それを利用する。 ホーム柵にも、号車番号、階段や改札の方向などを示した点字ラベルの付いていることがあり、それを利用する。 ・自分の場所がわからなくなることもある。 原因:最初の列車は、待ち時間の余裕があるが、乗り換えのときは余裕が無く、人の流れにのまれやすい。 ○バス停 ・乗るバスの特定 原因:行き先が見えない。 行き先のアナウンスがあっても、ドアが開くまで、アナウンスが聞こえない。特に、騒がしいときや、複数のバスが近くで停車するときなどは、アナウンスが聞こえなかったり、聞き漏らしたり、聞き間違えたりする。 ・バス停の位置 原因:複雑なバスターミナル。目的のバスが何番のバス停かわからない。バス停の上の数字を見られない。 ・バス停付近の歩行 原因:並んでいる乗客の妨げにならないように歩行するため。 ○車内 ・空席の位置 原因:どこにどれくらいの空席があるのかわからない。 対策例:列車内では、降りるときを考えて座らない。 ・停車ボタンの位置 原因:停車ボタンの位置がわからない。特に、利用頻度の低いバスは、停車ボタンの位置の見当をつけられない。 ○食堂内 ・空席の位置(食事は必ず空席に座る必要がある) 原因:どこにどれくらいの空席があるのかわからない。 ○広場(公園やグランドなど) ・移動 原因:点字ブロックや、伝い歩きのできる手がかりがない。 ○道路 ・道路での歩行 原因:点字ブロックがない道路では、歩行時の手がかりがない。暗くて静かな場所は、周囲の状況がわからず、全盲状態になる。 要因(2):予知できない危険によるもの ○階段 ・階段の位置 原因:特に、歩道と階段が同じ色のとき、段差が見えない。 ○段差 ・段差の位置。 原因:階段よりも段差は、不規則に多数ある。駐車場の車止めは、予測できるようになったが、それ以外の足元の段差は視野に入らず、予測できない。 ○ドア ・中途半端に空けられているスライドドア。 原因:空いているドアと誤解しやすい。 ○信号機のある交差点 ・交差点や横断歩道の横断 原因:信号が見えない信号の色が見えない。信号機に音響装置がない。 要因(3):情報の阻害によるもの ○道路 ・利用できない点字ブロック 原因:点字ブロック上に人や物がある。点字ブロック上を歩いていても、どいてくれない。 ○セルフサービスの食堂内 ・利用できない白杖 原因:お盆と白杖を同時に持ちにくい。白杖をたたむと安全に歩けない。 要因(4):他者に危害を与える恐れによるもの○人込みの多い場所 ・人や自転車との接触・衝突 ・十分に操作できない白杖 原因: 通勤・通学ラッシュなどによる人込み ○店内(食器売り場など) ・商品の破損 原因:軽く触れただけで商品が倒れたりして、壊れるものが陳列されている。店内通路が狭い。  以上の調査結果から、列車やバスなどのICカードは、視覚に障害をもつ人にとって、大変利便性の高いものであることがわかる。今後、乗り換え案内サービス、障害者割引などで、きめ細かいサービスが追加されることが期待される。広場や道路では、点字ブロックなどの手がかりがないと、歩行移動が困難であることも示されている。そこで、手がかりがないときの歩行特性について実験をおこなった。これについては、次の章で示す。 3.手がかりがないときの歩行実験  視覚情報が得られないときの歩行特性を調べるために、2種類の実験を行った。 3.1 実験1  視覚障害学生5名(全盲1名、弱視4名)がアイマスクをして、体育館の中央から、約11m先の壁に向かって、できるだけまっすぐに歩いてもらった。体育館の中央部には白杖を置き、方向性の目印とした。各学生は、それを触ったり踏みつけたり、つま先をそろえたりしながら、方向をとった。全盲学生で白杖を使いたい場合には使ってもらった。  各自3回分(合計3回×5人=15例)の歩行データをビデオ映像として記録した。1回ごとに、最終的に各自がどの位置までずれていたかを確かめることはできたが、1人1回歩行したら交代したので、次の歩行までには、他の4人の歩行を待つ必要があった。ビデオカメラの画角の都合上、計測可能距離は、出発点から約8mまでである。  各被験者の位置情報は、以下の手順で求めた。(1)ビデオ映像における各被験者の足の座標は、晴眼者が読み上げて、その音声を録音した。(2)録音音声を視覚障害学生が聞き取り、表計算ソフトにまとめた。(3)両足の平均値を、被験者の画像上の位置とした。(4)画像上の位置と、実際の床上の位置との対応は、実験1では基準点を8点選び、それらができるだけ一致するように、カメラの高さと画像面の位置に関するパラメータを、Levenberg-Marquardt法による非線形最小2乗近似法により求めた。(5)得られたパラメータを用いて、表計算ソフトにて画像座標を床座標に変換し、被験者の位置情報とした。  実験1から得られた歩行軌跡を、被験者ごとに色分けして図1に示す。  図1より、従来から知られている偏軌傾向(veering tendency)が見られた。15例中、右への偏軌が11例、左への偏軌が4例であり、偏軌傾向に左右の偏りがみられた(ただし6.14%の有意)。右への偏りは、田中らの実験結果[2]と同様であった。始点からの距離(d)(単位m)に応じた中心線から離れた距離の2乗(v)の平均を表1に示す。  ここで、8mのところで両足を計測できたものは、5例分であり、その平均値が示されている。それ以外は、15例分計測され、その平均値が示されている。  偏軌傾向として得られた2乗平均を、やや強引であるが指数関数で近似した。その結果、  v=0.003015 × d3.0184 を得た。これより、ほぼ3次式で近似できることがわかる。そこで、このモデルがほぼ正しいと仮定し、指数部を控えめに3として、20m先までの2乗平均を推定した。その結果を表2に示す。  表2より、20m先の偏軌の2乗平均が24.1と推定されるため、正規分布を仮定できるとすると、中心線よりも4.9m(√24.1=4.9)以上外れてしまう確率が、31.7%もある。5m以上離れる確率は30.8%である。 3.2 実験2  視覚障害学生5名(全盲1名、弱視4名)がアイマスクをして、体育館の中央部にある長方形(縦9m横3m)の線上を左回りに歩いてもらった。ただし、事前に、5分ほど、弱視学生はアイマスクを外して長方形を覚える時間を設けた。全盲学生は、ガイドヘルプを受けて長方形の線上を歩いて一周して距離感などを把握してもらった。歩行データをビデオ映像として記録した。  被験者の位置情報の求め方は、実験1と同様であるが、パラメータを求めるための基準点は10点とした。  実験2から得られた歩行軌跡を、被験者ごとに色分けして図2に示す。ここで、■で示された2点は、被験者の少なくとも片足がビデオの画角より外れてしまい、計測不能になった地点を表す。ここに、座標軸のメモリは1mであり、長方形の4つの角が×によって示されている。  長方形の各角と、被験者が角度を変えた点との差の平均を求めた。その結果を表3に示す。ただし、4番目の角では、2人の被験者の少なくとも片足がビデオ映像に入っておらず、図2では途中まで(■まで)の軌跡を示したが、最終位置はビデオに残された被験者の影などから推定した。赤の被験者は、出発地点に近いところで一瞬止まったが、また歩き始めて大きく離れてしまった。  表3より、角を曲がるごとに、差が大きくなっており、出発点から距離が大きくなるにつれ、偏軌傾向の影響が大きくなっていることがわかる。本実験では、左側への偏軌傾向が見られた。 図1 直線歩行の軌跡(座標軸のメモリは1mであり,被験者ごとに色分けされている) 表1 始点からの距離dにおける被験者と,中心線からの2乗平均v(2段ごとに示す。単位はm) 表2 推定された2乗平均(2段ごとに,上段は出発点からの距離d,下段は推定値vを表す。単位はm) 図2 長方形の歩行軌跡(×は長方形の角を表す。 ■は   計測不能になった地点を表す。座標軸のメモリは1mであり,被験者ごとに色分けされている) 表3 長方形の角部における被験者の誤差(単位はm) 4.おわりに  歩行移動工学演習では、視覚障害学生が感じている不便さを調査し、視覚情報が遮断されたときの視覚障害学生の歩行特性を実験により調べた。本稿は、その結果をまとめたものである。  外出時の困難さの調査については、[3]では、視覚障害をもつ外出者総数347人の内、乗り物の利用が不便32.0% ,人の混雑や車に危険を感じる32.0%、公共の場所を利用しにくい26.8%、建物の設備が不備26.5%、経費がかかる11.8%という順になっている。本稿での調査は自由発言のため、[3]の調査方法とは異なるが、乗り物の利用や混雑時に困難を感じていることは共通している。  視覚情報が遮断された環境で、手がかりのないところを歩く実験では、被験者は身体機能が高いと思われている視覚障害の大学生であるにもかかわらず、偏軌傾向が確認された。その偏軌の程度の推定値より、手がかりのない空間で20mの距離を全盲学生が単独歩行すると、5m以上目的の位置よりずれてしまう確率が3割以上あった。このような偏軌の程度は、歩行距離が伸びるほど、また、角を曲がるほど、大きくなることが確認された。  「視覚障害」を広く理解してもらうことは、多様性を尊重しあう共生社会を築くためにも重要であり、本報告がより安全で快適な環境作りの一助になれば幸である。 謝辞  日ごろ議論いただくNPO法人視覚障がい者支援しろがめ各位ならびに本学情報システム学科各位に感謝する。 参考文献 [1] 大倉 元宏,村上 琢磨:目の不自由な方にあなたの腕を貸してください-オリエンテーションとモビリティの理解-,(財)労働科学研究所出版部,2000。 [2] 田中 一郎,大倉 元宏,清水 学,村上 琢磨:Direction Judgement of Blind Travelers in Straight Walking under Controlled Environment,国立身体障害者リハビリテーションセンター研究紀要,9,pp.111-114,1988。 [3] 厚生労働省社会・援護局障害保険福祉部企画課:平成18年身体障害児・者実態調査結果,pp.1-68,2008。 Difficulties Encountered by Visually-Impaired Students while Traveling SEKITA Iwao, NAKANISHI Hirotaka+, SONODA Yuki+, NAKAJIMA Kazuya+, KAWANO Shizuka+, NAGAI Kosuke+ Department of Computer Science, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology +Student of Department of Computer Science, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: In order to provide a complete understanding of the challenges faced by visually-impaired students of the University, their walking characteristics and the difficulties encountered by them while traveling are described. This study was conducted as part of the course on Practice in Engineering on Sighted Guide. The difficulties encountered by them were classified as follows: (1) insufficient information, (2) unexpected hazards, (3) information constraints, and (4) fear of damage to others. An experiment (15 trials) was conducted in which visually-impaired participants(students) were asked to walk in a straight line under an eye mask. It was observed that the participants tended to veer toward the right, and they were apt to veer more than 30% of the time (to a distance of five meters away from the destination point) after walking about twenty meters. By conducting another experiment (five trials) in which the participants were asked to traverse a rectangular path under an eye mask, it was shown that the mean error in the position of the participants with respect to each corner increased with the distance from the starting point. Keywords: visually-impaired student, difficulty while traveling, walking characteristics, veering tendency