クラブ活動を媒体した健康管理が視覚障害学生の身体活動量に及ぼす影響 筑波技術大学 保健科学部 保健学科理学療法学専攻1) 筑波技術大学 保健科学部 保健学科鍼灸学専攻2) 漆畑 俊哉1) 佐久間 亨1) 東條 正典2) 高橋 洋1) 石塚 和重1) 要旨:本取組は、クラブ活動を利用した健康管理が視覚障害学生の身体活動量に与える影響について検討した。クラブ活動は視覚障害学生9名を対象に座学および運動実践を組み合わせて11週間実施した。身体活動量の効果指標は形態項目と、身体活動量計(1軸加速度計)による身体活動時間および1日平均歩数を測定した。クラブ活動の結果、体重、体脂肪率、BMI、殿囲の改善がみられ、健康に対する不安や低体力に対する苦手意識の改善につながった。しかしながら、身体活動時間は活動前後で変化しなかった。クラブ活動を利用した健康管理は、視覚に障害をもつ学生の健康や体力の意識改善につながったが、学生の身体活動量を向上させるには更なる検討が必要である。 キーワード:視覚障害,健康管理,身体活動,課外活動,減量 1.背景および目的  我が国は急速な高齢化と生活習慣の変化で、生活習慣病に係る医療費は増加の一途を辿っている。厚生労働省の「21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)」では健康で活力ある生活を送るために、身体活動の数値目標を男性9200歩、女性8300歩に設定している。身体活動は骨格筋の収縮によって生じる身体の動きのことを指し、日常生活における家事・通学などの「生活活動」と計画的・意図的に実施する「運動」に分類される。  疾病の一次予防が重要視される現代において、本学で養成される鍼灸師および理学療法士は、いずれも鍼灸師でヘルスキーパー、理学療法士で糖尿病患者や減量指導を担う職種である。その一方で、視覚に障害がある学生の場合、歩行を含む移動能力の制限による身体活動の低下が指摘されている[1]。近年では晴眼大学生であっても身体活動の低下が報告されている[2]。大半の学生が寄宿舎生活を過ごす本学の場合では、身体活動のさらなる低水準が懸念される現状にある。視覚に障害をもつ学生にとって、身体活動に関する知識や実践技能の習得は将来の職業自立につながるのみならず、自身の健康管理のためにも重要であると言える。このためには学生時代からの健康管理に関する知識享受もさることながら、学生自身の生活習慣を見直す機会が必要であろう。  本学部では今年度より教員と学生が協力し、クラブ活動を媒体にした健康管理の改善に向けた取組を開始した。本取組は、減量をテーマにした実践的取組が視覚障害をもつ学生の身体活動量に及ぼす影響について検討を行った。 2.対象および方法  対象は当クラブ所属の学生うち、減量に関心のある理学療法学専攻および鍼灸学専攻の学生9名であった。視覚障害の内訳は弱視者8名、全盲者1名であった。 2.1 クラブ活動  クラブ活動の実施期間は2010年5月12日から7月21日の11週間で行った。 2.1.1 活動内容  活動内容は1回75分で構成され、減量を題材にした座学講義(15分)、ウォーミングアップ・クールダウンを含めた運動実践(60分)を行った。 2.1.1.1 座学講義  座学では摂取エネルギーと消費エネルギー量のエネルギー出納について講義を行った。摂取エネルギーは食事摂取で得られる総エネルギー量を指し、消費エネルギー量は、生命維持に必要な基礎代謝量と生活活動と運動を合わせた身体活動量が含まれる。減量は摂取エネルギー量と消費エネルギー量の差分が重要であるが、紙面中心の学習では学習進度の個人差が視覚障害の程度で大きくなる。このため、座学は出来る限り学生自身が学習教材となり、実体験を通じた学習ができるように配慮した。摂取エネルギー量は、個人ごとに1週間の食事記録を通じて算出させた。身体活動量は後述のスズケン社製ライフコーダEXを装着し、24時間の身体活動量を記録した。基礎代謝量は「平成21年度日本人の食事摂取基準」の基礎代謝基準値に体重を乗じて算出させた。 2.1.1.2 運動  運動実践はAinsworthら[4] の4-6.5METsに相当する速歩、筋力強化、エアロビクスを組み合わせた有酸素運動を実施した。実施にあたっては、身体活動レベルに合わせて重錘や昇降台、バランスマットなどの運動用具で運動強度を調整した。また、全員が同一内容で運動を行えるように配慮した。受講者の1名は全盲であったため、指導者の他に別の教員を配置した。なお、すべての学生は実施前に血圧および脈拍測定を行い、健康状態を確認した。 2.2 測定項目  クラブ活動の実施効果を明らかにするために、形態、身体活動量を測定した。今後のクラブ活動の運営方法について検討するために、アンケート調査を実施した。 2.2.1 形態  形態は簡便で、かつ、学生全員が測定する機会を確保できるように配慮し、身長、体重、Body mass index (BMI)、体脂肪率(TANITA社製)、上腕周径、前腕周径、腹囲、殿囲の9項目を選択した。上腕周径および前腕周径は右側のみを測定した。測定は、初回(1週目;Ⅰ期)、中間(6週目;Ⅱ期)、最終(11週目;Ⅲ期)で実施した。 2.2.2 身体活動量  身体活動量はライフコーダEXを用いた。ライフコーダEXは1日歩数と10段階の活動強度別にMets換算で加算された活動時間が測定可能な機器である。METsとは、活動事のエネルギー消費量を座位の安静時代謝で除した値である。強度別の身体運動は内蔵された1軸加速度センサを用いて、身体活動を2分ごとの垂直方向における平均加速度から1-3METsを低強度、4-6METsを中強度、7-9METsを高強度の身体活動として分類した。身体活動量の測定は、初回と最終を除いた5/19から7/18までの9週間を分析対象とした。  なお、明らかに装着されてない時間が長時間に及ぶ日はデータを除外し、残りの日数で除した値を身体活動量とした。 2.3 アンケート調査  アンケートは、クラブ活動による1)全体評価、2)継続意義、3)・4)体力や健康に対する自己意識の変化、5)体力の主観的な効果、6)運動頻度の変化、7)・8)健康管理や勉学に対する有効性、9)クラブ活動を通じた自学自習の9項目をクラブ活動の前後で調査した。 2.4 解析および統計処理  身体活動量の解析はライフライザ-05コーチを用いた。ライフコーダEXで得られた加速度データから、1日の平均総活動時間(min)、Mets換算した活動強度別の平均活動時間(min)、平均歩数(steps)を算出した。その後、身体活動量の経時変化を明らかにするために、算出した測定値を3週毎にⅠ期、Ⅱ期、Ⅲ期に分類して平均化した。測定時期による形態および身体活動量の比較は、反復測定の一元配置分散分析を行った。統計はSPSS11.0 を用いて行い、有意水準はすべて5%未満とした。 3.結果 3.1 クラブ出席状況  11回のクラブ活動のうち、平均出席回数は8.6回(77.8%)と良好な出席率であった。 3.2 形態  参加した学生9名のうち、1名は欠損値があるために除外した。減量効果指標の平均および標準偏差を表1に示した。分散分析の結果、測定時期に有意な主効果が認められた。多重比較検定の結果、体重、BMI、体脂肪率はⅠ期とⅡ期、Ⅰ期とⅢ期の間で有意に改善した(Ⅲ期-Ⅰ期;体重:-3.0kg、BMI:-1.1、体脂肪率:-3.4%)。殿囲はⅠ期とⅢ期の間でのみ有意な改善を認めた(Ⅲ期-Ⅰ期;-1.9㎝)。Ⅱ期とⅢ期の間には、いずれの測定項目でも有意差は認められなかった。 3.3 身体活動量  参加した学生9名のうち、2名は機器の破損でデータの出力ができないために除外した。9週間の平均総活動時間は79.4±11.5minであった。  強度別の平均活動時間は低強度で47.9±6.2min、中強度で26.9±4.9min、高強度で4.5±0.9minであった。  1日の平均歩数は7905±1204stepsであった。 3.3.1 身体活動量の経時的変化  Ⅰ期、Ⅱ期、Ⅲ期の平均総活動時間、活動強度別の平均活動時間、平均歩数を表2に示す。分散分析の結果、平均総活動時間および平均歩数は、測定時期による主効果は認められなかった。活動強度別では、高強度の平均活動時間で7名中5名がⅠ期よりもⅢ期で増加傾向を示したが(図1)、主効果は認められなかった。すべての活動強度を通じて増加がみられた学生は2名のみ(A, G)であった(図1、2、3)。 3.4 アンケート結果  クラブ活動の全体評価では、すべての学生が「とても楽しい」、「楽しい」と回答した(図4)。また、クラブ活動の継続意義では、1名を除いてすべての学生が継続したいと回答した(図5)。  体力や健康に対する自己意識の変化では、活動前に「不安を感じる」回答が4名みられた(図6)。活動後にはすべて解消され(図6、図7)、9名中6名(67%)が活動前後で体力が「向上した」と回答した(図8)。運動頻度の変化では、6名(67%)が活動前後で「増加した」と回答し、「減少した」と回答した学生はみられなかった(図9)。  健康管理に対する有効性では、8名(89%)が役立つと回答した。「どちらとも言えない」に回答した学生は1名のみであった(図10)。勉学に対する有効性では5名(56%)が「役立つ」と回答したが(図11)、「どちらとも言えない」と回答した学生も4名みられた。  クラブ活動を通じて自主的に調べた項目数では、「1-2個」が4名(57%)と最も多く、全く調べなかったと回答した学生も2名(35%)みられた(図12)。 4.考察  本取組ではクラブ活動を通じて、視覚に障害をもつ学生の健康管理の意識改善と身体活動量の向上を目指した。  健康管理は普段の生活で培われ、自らの普段の生活における問題とその変化に気づくことが重要である。一般的な課内授業は授業進度の問題があり、学生自身が実生活を利用して観察や記録を行う時間確保は困難な場合が多い。特に視覚に障害をもつ学生の場合、通常の紙面を用いた教育では通常よりも多大な時間を確保する必要があった。これに対して、クラブ活動は授業と異なり、学生の自由意思で行われる課外活動である。本取組はクラブ活動を利用し、学生自身の食生活や身体行動を教材とする活動によって、健康管理に対する自己意識が芽生えやすく、身体活動量の増加につながるのではないかと考えた。終了時のアンケート結果では、大半の学生が健康に対する不安解消や体力の向上を実感し、約8割の出席率で活動終了できたことは、活動自体は継続性の高い活動であったと解釈できる。  約3カ月間のクラブ活動によって、体重や体脂肪などの形態項目、健康や体力に関する自己意識が改善した。  本取組では、運動教室による介入手段を検討した研究結果を踏まえて[5]、減量を題材にした座学講義と運動実践を組み合わせて実施した。座学講義では、なるべく実体験できるような実技形式を中心とする授業構成に工夫した。また、今回の取組による形態項目の改善は、視覚に障害のある学生であっても、実技を中心とした介入手段であれば一般的な集団形式の運動実践で有用な介入手段となりえる可能性を示唆する。  平成16年度の「健康づくりのための運動指針」によれば、1週間の身体活動における目標値はMetsに時間を乗じたEx値で23Ex以上(Mets・h)、このうち4Exは4Mets以上(14.8%)である[6]。また、1日の平均歩数では、平成20年度における20歳以上の男性で7011歩、女性で5945歩と報告されている[7]。今回の参加学生における1週間のEx平均値、および4Mets以上のEx平均値を運動強度別の平均活動時間で算出すると、1週間で31.2Ex、4Mets以上で20.28Ex(65%)に相当し、1日の平均歩数では男性で7908歩、女性で7872歩であった。残念ながら、身体活動量を含めて測定期間の有意差はみられなかったが、一定量の身体活動量を維持でき、かつ、健康や体力に関する自己意識が改善できた点で本取組は効果的であったと解釈できよう。  一方、身体活動量の経時変化では低強度、中強度、高強度を通じて全体的な身体活動量では時間とともに低下傾向を示し、視覚に障害をもつ学生の生活行動を変化させるまでには至らなかった。また、アンケート結果では健康管理や勉学に「役立つ」と肯定的な回答が多い一方で実際に調べた項目数は1-2項目であり、意欲があっても行動に移せない学生の現状が窺えた。近年では身体活動に影響を及ぼす認知行動学的な介入重要性が報告され[8]、知識の提供や運動実践の方略に行動変容技法を加えたプログラムが開発されている[9][10]。このプログラムによる身体活動の促進効果は、肥満者[10]や大学生[11]を対象にした研究で実績が報告されている。本取組がクラブ活動を拠点とした課外活動である点は大きいと考えられるが、今後は、本取組でも教示方法の工夫を行うなど、行動変容技法を加えたプログラム検討が必要であるかもしれない。  以上より、本取組による身体活動量の増加は認められなかったが、クラブ活動を媒体にした健康管理は視覚に障害をもつ学生の健康や体力の意識改善に有効な手段であると結論づけた。  本取組は、平成22年度の文部科学省特別経費「視覚に障害をもつ医療系学生のための教育高度化改善事業」の予算措置を受けて実施した。 参考文献 [1] Kakiyama, T. and Takaishi, M.: Investigation on the actual measurements of physical ability of the students at schools for the blind in Japan. Japanese Journal of School Health, 42, pp.74-77, 2001. [2] 鍋倉 賢治,尾嶋喜 希実子,吉岡 利貢,中垣 浩平:歩行量からみた筑波大学生の身体活動量~. 体育科学研究 27,pp.3-10, 2005. [3] 平成21年度 日本人の食事摂取基準: http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/05/s0529-4.html. [4] Ainsworth, BE., Haskell, WL., Whitt, MC., Irwin, ML., Swartz, AM., Strath, SJ., O'Brien, WL., Bassett, DR Jr., Schmitz, KH., Emplaincourt, PO., Jacobs, DR Jr., Leon, AS.: Compendium of physical activities: an update of activity codes and MET intensities. Medicine & Science in Sports & Exercise. 32, pp.498-516, 2000. [5] Province, AM., Hadley, CE., Hornbook, CM., Lipsitz, AL., Miller, JP., Mulrow, DC., Ory, GM., Sattin, WR., Tinetti, EM., Wolf, LS.: The effects of exercise on falls in elderly patients. A preplanned Meta-analysis of FICSIT trials. Journal of The American Medical Association, 273, pp.1341-1347,1995. [6] 健康づくりのための栄養指針2006: http://www.mhlw.go.jp/nunya/kenkou/undou01/pdf. [7] 平成20年国民健康・栄養調査結果の概要: http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/11/dl/h1109-1b.pdf. [8] 足立 淑子:肥満に対する行動療法の効果とその予測因子. 行動療法研究,15,pp.36-55,1989. [9] 甲斐 裕子,荒尾 孝,丸山 尚子,今市 尚子:行動変容型プログラムと知識提供型プログラムの身体活動促進効果の比較:無作為化比較試験. 体力研究,105,pp.1-10,2007. [10] Dallow, CB, and Anderson, J.: Using self-efficacy and a transtheoretical model to develop a physical activity intervention for obese women. American Journal of Health Promotion, 17, pp.373-381, 2003. [11] Sallis, JF., Calfas, KJ., Nicholpp.s, JF., Sarkin, JA., Johnson, MF., Caparosa, S., Thompson, S., and Alcaraz, JE.: Evaluation of a university course to promote physical activity: project GRAD. Research Quarterly for Exercise and Sport, 70, pp.1-10, 1999. 表1 減量効果指標の平均値および標準偏差 表2 身体活動量の平均値および標準偏差 図1 高強度の身体活動時間 図2 中強度の身体活動時間 図3 低強度の平均活動時間 図4 クラブ活動の全体評価 図5 クラブ活動の継続意義 図6 体力に対する自己意識の変化 図7 健康に対する自己意識の変化 図8 体力に対する主観的効果 図9 運動頻度の変化 図10 健康管理に対する有効性 図11 勉学に対する有効性 図12 自学自習の調査項目 Advantage of healthcare program for physical exertion of visually-impaired students through club activities URUSHIHATA Toshiya1), SAKUMA Toru1), TOJO Masanori2), TAKAHASHI Hiroshi1), and ISHIZUKA Kazushige. 1)Physical Therapy Course, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology 2)Acupuncture & Moxibustion Course, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: The purpose of this activity was to study the amount of physical exertion using single-axial accelemeter, body morph and a questionnaire in visually-impaired students through club activity. Participants were nine visually-impaired students, and the club activities were conducted combined with classroom lectures including physical exercise for a period of eleven weeks. As the result of 11 weeks of activities, body-weight, body-fat percent, body-mass index, and circumference of hips have represented significant improvement. The summary of questionnaire is implying the problems that they have for their health condition and physical fitness. However, the amount of physical exertion of the students did not change significantly before and after intervention. The club activities raised awareness of healthcare and physical capacity of the visually-impaired students. But, the amount of physical exertion was not improved through this activity. Therefore, further approaches are required for improving their physical activity. Keywords: Health care, Physical activity, visually impairment, extracurricular activity, Weight loss