照明器具を利用した緊急情報伝達システムに関する研究─その2 光の点滅に関する実験的検証─ 筑波技術大学 産業技術学部 産業情報学科1) 総合デザイン学科2) 今井 計1) 伊藤 三千代2) 櫻庭 晶子2) 金田 博2) 要旨:本研究は「照明器具を利用した緊急情報伝達システム」の具体化に向け、建物内で緊急時に必要とされる「瞬時に気付く」のための情報と同時に、「何が起きているか(地震、火災、危険人物侵入等)」といった情報種別並びに「現象の程度」「避難の必要性」等緊急性の情報を、LED照明器具の点滅パターンの違いにより伝達する可能性を探ることを目的とする。本学で採用している積層信号灯(キセノン、白色)、回転灯(電球、黄色)、表示灯(キセノン、黄色)、ベルマン・フラッシュ(LED、白色)との比較実験も合わせて行ない、従来の点滅機器に対する気づきやすさの優位性と点滅パターンの違いによる気づきやすさについて評価した。 キーワード:緊急情報伝達,LED照明器具,点滅,ユニバーサルデザイン 1.はじめに  聴覚障害者にとっては、「光点滅」は注意喚起や緊急時に異変を知らせるために大変有効であるが、音情報を入手するのが困難な彼らにとって次に必要な情報は、実際に災害や事故に遭遇した等の緊急事態における状況把握と行動判断に繋がる内容である。  本報では、本提案システムが既存の点滅装置や周辺設備と併用して使用される場合を考え、有効な点滅パターンを探ると同時に、本学で採用している従来機器との比較実験も合わせて行なった。  その1[1]で挙げられている検討課題のうち ⑤従来の点滅装置に対する気づきやすさの優位性 ストロボライトや回転式パトライト等従来機器との比較 ⑥点滅の違いによる「気づきやすさ」 新規に提案する6種類の点滅パターンについての評価について検討を行った。  また、聴覚障害者が日常生活で光点滅による視覚的な情報伝達に慣れていることから、健聴者と違いがあるかについても検証を行った。 2.実験目的  直感的な点滅パターンの検討と従来機器との有効性比較では、作業に集中している際に気づくまでの時間を比較する。天井LED照明器具の点滅パターン6種類の識別、緊急時に誰でも分かりやすい点滅パターンを従来機器の4種類(積層信号灯、回転灯、表示灯、ベルマンフラッシュ)も含めて実験室実験にて体験した上での評価並びに実験後の聞取り調査から検証する。 3.被験者の概要  本実験の被験者は、正常な色覚を有する健聴学生26名(男性12名、女性14名)、同じく聴覚障害学生28名(男性16名、女性12名)である。両者とも年齢範囲は20歳以上30歳未満である。  住まいに関しては、健聴学生はアパート21名、寄宿舎5名、聴覚障害学生はアパート7名、寄宿舎21名である。 4.実験空間および光源の概要 4.1 実験空間  本学構造分析研究室(102)で行い、実験装置の一部(実験ブース構築、フルカラーLED照明器具)は委託者から借用(取り付け及び撤収作業含む)し、蛍光灯照明のあるオフィスや教室に近い環境を設定する。  使用した実験空間はW:3,800×D:3,300×H:2,585の大きさで、実験ブースを鉄パイプで構築した後に、視界を遮るためにカーテンで四周を覆った。(図1)  実験室内部と天井LED照明器具の設置位置を示す(図2、図3)。使用する従来機器(詳細は後に示す)の積層信号灯、回転灯、表示灯は被験者の前方左上に、ベルマンフラッシュは床面から970mmの高さで被験者の前方左に設置した。  積層信号灯、回転灯、表示灯は普段教室・工場などで使われる場合天井面に近い所に設置されることが多いため、実験室内の上方部に設置した。ベルマンフラッシュは、聴覚障害学生が寄宿舎の居室で実際に使っている条件に近づけるために、机の高さ700mmと同じで視界に入る左斜め前方に設置した。 4.2 光源の概要 天井LED照明器具の概要は、 フルカラーLED照明(TRAXON TECHNOLOGIES)品番:LU-WW-5010 本体寸法:L280×W255×H120(mm) 照明寸法:L280×W170×H48(mm)ビーム角:30゜ 重量:2kg 発色数:1670万色消費電力:最大54W 屋外タイプ カラー演出良好 高速点滅可能  光源をアクリル板で形を作り、トレーシングペーパー(中厚口50g/m2)で覆い、光を拡散させた(覆う前:図4、覆った後:図5)。 図1 カーテンを覆った状態の実験室内の様子 図2 実験室内部 図3 LEDの設置位置 5.点滅パターンの選定 5.1 点滅パターンを選定するに当たって  以下のことを参考にして点滅パターンを選定をした。  ADAAG(American with Disabilities Act Accessibility Guidance)ガイドラインの警報「4.28 Alarms」の項で視覚警報などが、ランプはキセノン・ストロボ型、もしくは同等品とする色は透明または白色とする光の強さは75カンデラ以上、点滅周期は1~3Hzと規定されている。  日本ではJISX8341-3:5.8b(高齢者・障害者にもやさしいWebの指針元はJISZ8071)明滅させたい場合は画面全体を1秒間に2回以上明滅させないようにして、特に彩度の高い赤の明滅およびコントラストの強い画面の反転を避けなければならない。  W3C(World wide web Consortium)WCAG1.0 チェックポイント7.1にて1秒間に20回の点滅をピークとして1秒間に4~59回(Hz)の点滅を避ける。  米国リハビリテーション法508条では2~55ヘルツの周波数(1秒間に2~55回)の点滅を避ける。  本実験で使用した天井LED照明器具とソフトウェアにおいては、前記JIS等の基準に抵触しない範囲で変化のある6つのパターンを選定した。点滅パターンの種類は、白色LEDで明るい状態:100%照度、暗い状態:50%照度で点滅をさせる。6種類の点滅パターンを示す(図6)。 5.2 選定理由 5.2.1 天井LED照明器具  天井LED照明器具の点滅パターンの選定理由を以下に示す。 パターン1(図6の順番1)は、0.5秒ずつ等間隔の点滅を標準のパターン。 パターン2~6(図6の順番2~6に対応)は既存のアラームやフラッシュ等を参考に、等間隔ではないリズムを持ったパターンを作成した。 パターン2は、短い点滅2回でアクセントをつけた。 パターン3は、等間隔ではない点滅パターンで明るい時間が長く暗い時間が短い。 パターン4は、一部の目覚まし時計にあるような始めはゆっくりで次第に点滅が速くなるパターンである。 パターン5は、本学の授業中などに下を向いてノートを取っている聴覚障害学生に対して、教員が注意喚起したい時にしばしば用いられる「天井灯をいったん消す」方法を取り入れて、冒頭に「全消」した後にパターン2と同じ点滅を続けた。 パターン6は、パターン3の明暗の時間を逆転させた。 5.2.2従来機器  従来機器(図7①②③、図8④)の選定理由を以下に示す。 ①積層信号灯:本学の講義室、廊下などに設置 ②回転灯:本学のコンピューター室の入口の上(扉がある 一定時間開いていると点灯する)、図書館の出入口(図書の無断持ち出し防止)に設置 ③表示灯:本学聴覚障害教員の研究室入口の呼出しベルの音声代用に使われている。一般的には工房や工場のラインで用いられている。 ④ベルマンフラッシュ:本学学生新寄宿舎の居室に設置 図4 光源を覆う前 図5 光源を覆った後 図6 天井LED照明点滅パターン 図7 従来機器①②③ 図8 従来機器④ 6.実験手順及び方法  天井LED照明器具から6種類の点滅パターンを提示し、被験者の「気づきまでの時間」を調べる。更に従来機器との有効性を比較するため、天井LED照明器具と同様の点滅を積層信号灯(キセノン、白色)、表示灯(キセノン、黄色)、回転灯(電球、黄色)、ベルマンフラッシュ(LED、白色)の4種類で「気づきまでの時間」を実験する。  実験室内ではパソコンによる簡単な打ち込み作業をしてもらう(図9)。実験開始から1~3分経過した時点で点滅を起こす。被験者には視覚的変化を感じた時点で手元の卓上ベルを鳴らしてもらい、その時点で作業を終了するように指示する。これを10回繰り返す。被験者1人あたりの所要時間が40分程度とする。  なお実験室内の様子が外からは把握しにくいために、実験中は2台のビデオカメラ(前方左上と右横)で被験者を観察、実験終了後に点滅開始から気づきまでの時間をカメラ映像から算出する。撮影に関しては事前に説明して被験者の承諾を得て行なった(図10)。  実験が終わったら控室で実験の気づきに関する聞取り調査を行う。作業中の気づきの点滅パターンの順序は聴覚障害学生も健聴学生も同じ順番で行った。 7.実験結果 7.1 全被験者  天井LED照明器具の点滅、従来機器における点滅に対する気づきの早さの平均を以下に示す。 7.1.1 天井LED照明器具の点滅の気づきの早さ  天井LED照明器具を6パターン実施してみて、平均1.3秒から1.7秒内に収まっている。反応時間の平均で早い順に以下のようになった。  天井LED照明器具に関しては点滅パターンで気づきの早さに大きな差はなかった。パターン5に関しては最初に全消になるために卓上ベルを探して→鳴らすという時間が必要だったと思われる。 1位:パターン2(1.35秒)2位:パターン4(1.41秒)3位:パターン6(1.45秒)4位:パターン3(1.49秒)5位:パターン1(1.60秒)6位:パターン5(1.69秒) 7.1.2 従来機器の点滅の気づきの早さ  4種類実施してみて、回転灯に気づかない被験者が多かった。反応時間の平均で早い順に以下のようになった。 1位:ベルマン(LED、白色)1.40秒 2位:表示灯(キセノン、黄色)1.93秒 3位:積層信号灯(キセノン、白色)2.27秒 4位:回転灯(電球、黄色)9.78秒 7.1.3 回転灯(電球、黄色)を気づいた被験者について  聴覚障害学生28人中5人(気づくのに20秒以上かかった人が3人)健聴学生26人中6人(6人とも10秒以内気づいた、ただし6人の中には、スポーツ競技経験者がおり、周辺視野のトレーニングをしている)いた。今後アンケート調査実施の際に、スポーツ競技歴などで動体視力や周辺視野を訓練しているかどうかを確認する必要もある。  よって、今回の実験では気づきの早さでは天井LED照明器具の点滅の方が、従来機器の点滅よりも早い。 7.2 所属間の差  聴覚障害学生と健聴学生に分けて、気づくまでの時間の平均を求めた(図12 図中のバーは標準偏差を示す)。所属間での有意差はLED点滅パターン6のみに見られた。  『②回転灯(電球、黄色)』は気づいたのが聴覚障害学生5人、健聴学生6人と少なかった。  9パターン(回転灯を除く)のうち7パターンで健聴学生の方が気づくのが早かった。聴覚障害学生に関しては、点滅に気づいて卓上ベルを鳴らすまでの反応時間にも関係があると思われる。ベルマンフラッシュのみ聴覚障害学生の方が気づくのが早かったのは、使い慣れている機器であることと彼らの視野に入る位置に機器があったためと思われる。 7.3 性別の差  男女別で分けてみて、特に有意差は見られなかった。 7.4 刺激間の差  刺激間によって、反応時間に差があるかどうか調べるため、対応のある一元配置分散分析を行った(図13)。回転灯に関しては気づいた人が少なかったために除いた。  その結果、有意差が見られたのは以下の組み合わせだった。 ③表示灯(キセノン、黄色)とLED点滅パターン2 ③表示灯(キセノン、黄色)と④ベルマンフラッシュLED点滅パターン5とLED点滅パターン2 LED点滅パターン5とLED点滅パターン6  またLED点滅パターン2は①積層信号灯及びLED点滅パターン5(全消し)と比較して反応時間が早かった。  ④ベルマンフラッシュは①積層信号灯と比較して反応時間が早かった。  LED点滅パターン6はLED点滅パターン5(全消し)と比較して反応時間が早かった。 図9 実験の様子 図10 モニターにて観察 図12 気づきの所属間の差(左青:聴覚障害学生 右紫:健聴学生) 図13 気づきのデータ 刺激間の差 8.考察  従来機器よりも天井LED照明器具の方が気づきやすい。天井LED照明器具の点滅パターンを変えても気づくまでの早さが大きく変わることはなかった。聴覚障害者には点滅パターンの種類というよりも点滅すること自体が有効なのではないか。  聴覚障害者の場合、作業などを始めると周辺の雑音に捉われないために、作業に集中できる、もしくは集中し過ぎてそこに固執しまうケースが多い。それによって視野が狭められてしまうことを考えると、周辺で何か起こった際にも気づかないケースも多い。  従来機器の場合は、早く気づかせたいためには、彼らの視野に入る場所に設置しておくことが大切である。それによって気づきやすさを向上できるのではないか。 9.聞き取り調査 9.1 「表示した機器や点滅パターンによって何か『気づきに違い』があったか」 5段階評価をしてもらった。評価項目の内容は、 5非常に違いを感じた、4やや違いを感じた、3どちらとも言えない、2あまり違いを感ない、1まったく感じない。 この結果から平均と標準偏差を求めると以下のようになった(表1)。所属、性別からは有意差は見られなかった。 9.2 「表示した機器や点滅パターンによってなにか気づき方に違いがありましたか?」  自由記述式で回答してもらった。結果は ・天井LED照明器具が気づきやすい。 ・回転灯(黄電球)が気づかなかった。 ・場所は従来機器のある前方左斜め上よりもLEDのあった天井の方が気づきやすい。 9.3 「特にわかりやすい表示方法や場所、「気づきやすい」点滅はあったか」  今回の実施した10パターンの点滅の中で1番気づきやすい機器・表示方法を選択してもらった(表2)。  最も多かったのは、「点滅パターン5(最初に全消し)」で聴覚障害学生12人(42.9%)、健聴学生13人(50.0%)だった。(全体でも46.3%)  天井全消し及び天井LED照明器具全体も含めると聴覚障害学生28人中20人(71.5%)、健聴学生26人中17人(65.4%)が気づきやすい点滅と回答している。(全体でも68.5%)  聴覚障害学生のみ ベルマンフラッシュを選択した人が6人(21.4%)いた。健聴学生には回答なしの人が6人(23.1%)いた。 9.4 被験者属性の中で  聴覚障害学生の中で、寄宿舎で生活している人に関しては、日常生活の中でフラッシュランプ等を使用している環境で点滅に慣れているもしくは機器使用に慣れていることもあり、ベルマンフラッシュが気づきやすいと回答したことも考えられる。 表1 5段階評価の平均と標準偏差及び有意差(p値) 表2 一番気づきやすい機器・表示方法 10.まとめ  実験結果・インタビューの聞取り調査から2つの検討課題⑤と⑥について今後の課題を含めてまとめる。 10.1 検討課題より  今回の検討課題は以下の2つである。 ⑤従来の点滅機器に対する気づきやすさの優位性ストロボライトや回転式パトライト等従来機器との比較 ⑥点滅の違いによる「気づきやすさ」 新規提案する点滅パターンについての評価について、 ・気づきの優位性は天井LED照明器具の点滅の方が良い。 ・従来機器に関しては天井など上方ではなく、対象者の視界に入っていること。 ・点滅パターンの違いというよりも点滅そのものが大切。 ・新規提案した中では全消しが気づきやすかった。(実験で全消しは気づきの反応時間では遅かったが、聞取り調査では一番気づきやすかった)  これらをうまく組み合わせて考えて行くのが有効である。ただし聴覚障害者にとっては全消しの時間が長すぎると、顔を見て(手話もしくは口話で)コミュニケーションがとれない、コミュニケーションがとれないことから来る不安感を煽ることにもなるので注意が必要となる。 10.2 今後の課題  今後の課題としては以下のような事が挙げられる。 ・被験者の数を増やしてさらに傾向を掴む  今回は学生を中心に若年層で実施したが、高齢者や30代、40代の被験者では今回と同様な結果が得られるのかどうか。高齢者などは気づきやすさの実験を実施した場合、反応時間などにはかなり差が出る可能性がありと思われる。 ・点滅パターンの順番を検討する(点滅パターンをさらに追求する場合)  今回の若年層では点滅パターンの違いよりも点滅そのものが有効だとわかったが、やはり高齢者などは点滅の種類まで選ぶ結果になるのか。  実験開始の1番目はダミーとして使ってみるなど。(健聴学生は日常生活の中で「点滅する」という機会が少ないために、1番目は様子見的なことも考えられる、聴覚障害学生に関しては今回1番目に設定した従来機器が講義の開始終了の機器と同じだったために勘違いした学生もいた) 10.3 最後に  以上、今回の検証で従来の点滅機器に対する気づきの優位性、点滅の違いによる気づきやすさについて明らかになった。今後は点滅の違いによる「気づきやすさ」「連想される緊急事態」「不安感」「緊急度」「避難の必要性」、色光の実験と合わせ、本システムの具体化に向けて検討を進めて行く。 参考文献 [1] 伊藤 三千代、今井 計、櫻庭 晶子、金田 博:照明器具を利用した緊急情報伝達システムに関する研究-その1緊急時における聴覚障害者の意識及び必要とされる情報について.筑波技術大学テクノレポートVol.18(1):2010. Study on Emergency Information Transfer System Using Lighting Equipment (Part2 Study on the Experimental Verification of Flashing Light) IMAI Hajime1) ITO Michiyo2) SAKURABA Shoko2) KANEDA Hiroshi2) 1)Department of Industrial Information, Faculty of Industrial Technology 2)Department of Synthetic Design Abstract: The purpose of this study is to assess the possibility of conveying information by varying the flashing patterns of LED lighting equipment in order to “immediately informing people” of an emergency inside a building and provide emergency information, such as “the cause of emergency (earthquake, fire, trespassers, etc.)” degree of the emergency,” and “ necessity for evacuation” . A comparative experiment was conducted, with the use of the following light sources laminated signal lamp (white xenon), beanie light (yellow bulb), indicating light (yellow xenon), and Bellman flash (white LED), all of which are used in the Tsukuba University of Technology. The noticeably of the light generated using the LED lighting equipment when compared to that generated using conventional flashing devices and the effectiveness of conveying information by varying the flashing patterns are discussed. Keywords: Emergency Information Transfer , Lighting equipment, Flashing, Universal design