高等教育機関における障害学生支援の動向(Ⅲ) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 石田 久之 天野 和彦 要旨:日本学生支援機構は、5回目の『大学・短期大学・高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査』を、平成22年10月に公表した。本論文では、それらに示された障害学生の在籍数、支援率、支援内容などから、我が国における障害学生支援状況を明らかにし、緊急の課題として、障害学生のキャリア形成支援を論じた。 キーワード:障害学生支援,キャリア形成支援 1.はじめに  平成22年10月、日本学生支援機構は、『大学・短期大学・高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査』の結果を報告した。同機構が障害学生の修学支援事業に着手して6年半、第5回目の調査報告である。この間に、障害学生数や支援率の増加がみられ、着実に我が国における支援状況は進展しているが、他方で、個別の難しい課題も現れている(石田・天野, 2010[1])。  本論文は、5回の実態調査報告書[2][3][4][5][6]より、大学・短期大学・高等専門学校(以下、大学等という)における障害学生修学支援の動向を明らかにしようとするものである。   2.障害学生数  図1は、全国の大学等に在籍している障害学生数を示している。障害学生数は、平成17年度5,444名で、以降4,937名、5,404名、6,235名、平成21年度7,103名となっており、平成18年度から増加を続けている。  平成21年度の大学等で学ぶ全学生数は3,207千人であり、障害学生の在籍率は0.22%となる。この在籍率についても平成18年度より増加している(18年度0.16%、19年度0.17%、20年度0.20%)。  一方、支援を受けている学生数は、実態調査開始当初より増え続けており、平成21年度では、全障害学生の58.2%となっている。図に見られるように、支援を受けている学生数の増加は顕著であり、この傾向は今後も続くものと思われる。  その理由について、石田・天野(2010)[1]は、高等教育機関に障害学生の修学支援がある程度根づいてきているためとしているが、更に、学生の就職の問題など、大学として見過ごせない領域にまで、支援が求められるようになっているからでもある。  図2は、特別措置により受験し、合格・入学した障害学生数である。平成19年度までは、毎年1,700名程度の受験生が特別な措置を受けて受験をしていたが、近年、特別措置を利用する学生は増加し、21年度は2,469名となっている。  これらについて、年度毎に合格率(=合格者数÷受験者数×100)、入学率(=入学者数÷合格者数×100)を求めたものが、図3である。  合格率についてみると、18~20年度は40%台後半を維持していたが、21年度は40.4%と、20年度より6.56ポイント減少している。受験生側の学力の問題か、大学側の受け入れ姿勢・体制の問題かは不明である。  入学率については、継続的な減少傾向が見られ、21年度は72.9%である。4年間で、83.4%から10.5ポイントの減少となる。図2から分かるように、合格者数が増加しても、入学者数が大きく変化しないことが一因である。石田・天野(2010)[1]が推測したように、一人が複数校に合格し、その中から一大学を選択するという状況であるのなら、障害者の大学選びの幅が広がったことになる。 図1 障害学生在籍状況 図2 特別措置による受験者数、合格者数、入学者数 図3 合格率と入学率 3.障害別学生数  図4は、障害別に大学等に在籍する学生数を示している。  前項で障害学生の増加を示したが、その傾向は特定の障害に集中しているものではなく、ほとんどの障害で認められる。  最も学生数が多い障害は、肢体不自由である。以下、聴覚障害、病虚弱、視覚障害、発達障害となっている。  この図で、特徴的な点は二点ある。一つは、病虚弱学生数の変化である。19年度まで減少し、その後、増加傾向を示している。  病虚弱学生への対応は、保健室や医務室での対応が多く、いわゆる“障害学生支援のための体制”とは切り離されていたが、19年度を境に(支援意識の高まりの中で)、障害学生支援体制の中に組み込まれたり、組織間で緊密な連絡を取るようになった大学等が増えたため、数値の把握が可能となったためと著者は推測しているが、正確な理由は不明である。  二つ目の特徴的な点は、発達障害学生数の急激な増加である。集計を始めた18年度より一貫して増加しており、21年度は569名と3年間で4.5倍の学生数になっている。 図4 障害別の学生数 4.障害別支援率  図5は、障害別の支援率を表している。  視覚障害学生、聴覚障害学生の支援率は、20年度それぞれ、7.1ポイント、5.2ポイント下がったが、21年度では、ほぼ19年度の状態に戻っている。あまり、年度間の細かい数値の変化にとらわれないことも大切であろう。前者は7割台、後者は6割台の支援率となる。  肢体不自由学生は19年度より5割台を維持している。  病虚弱学生は17年度から増加傾向が明確であるが、本報告で示す五つの障害の中では、支援率は最も低い。  さて、図5で最も顕著な変化は、発達障害学生の支援率である。18年度の調査では、4割に満たなかったが、急速に伸ばし、20年度、21年度と7割後半の値を示している。21年度は支援率77.9%と、前年度まで、最も高かった視覚障害学生のそれを上回っている。  以上に述べた障害の中で、本学に関係のある視覚障害及び聴覚障害、また、近年、その対応が課題となっている発達障害について、学生への支援内容を以下で明らかにする。 図5 障害別支援率 5.視覚障害学生への支援内容  平成21年度において、視覚障害学生への支援として行われている内容のうち、実施校数が多い順に10項目を挙げると、(1)教材の拡大、(2)試験時間延長・別室受験、(3)教室内座席配慮、(4)解答方法配慮、(5)教材のテキストデータ化、(6)点訳・墨訳、(7)実技・実習配慮、(8)パソコンの持ち込み使用許可、(9)読み上げソフト使用、(10)ガイドヘルプと使用教室配慮(同数)となる。教材の拡大を行う大学等の数が増えている。  昨年度報告 (石田・天野,2010[1])と同様に、(1)(2)(5)(6)の4項目について、実施校数の変化を以下に示すこととする。  図6は、支援内容を聞いていない平成17年度を除いた18年度以降に、上述の4項目を実施した大学等の数である。  前述の通り、試験時間の延長、点訳、テキスト・資料のデータ化については、前年度とほとんど変りはないが、教材の拡大については、20年度から21年度で、13校の増加が見られる。これは通常、弱視学生に行われる情報保障の一つであるが、調査報告を見ると、弱視学生の実数が多くなったわけではなく、拡大コピーなどにより、容易に拡大資料の作成ができることから、実施校が増えたものと思われる。 図6 視覚障害学生への支援 6.聴覚障害学生への支援内容  “5.視覚障害学生への支援内容”と同様に、平成21年度の聴覚障害学生への支援を、10項目挙げると、(1)ノートテイク、(2)教室内座席配慮、(3)注意事項等文書伝達、(4)パソコンテイク、(5)実技・実習配慮、(6)FM補聴器・マイク使用、(7)手話通訳、(8)ビデオ教材字幕付け、(9)チューター等の活用、(10)パソコンの持ち込み使用許可、となる。ここでは(1)、(4)(6)(7)(8)の5項目について、実施校数の変化について見ることとする(図7)。  最も多い情報保障は、18年度より一貫してノートテイクである。19年度ピーク時には、196校で行われていた。しかし、その後実施校数の減少が見られる。21年度では、前年度に比べ7校減少し、178校での実施である。  他方、これを補うかのように、パソコンテイクの実施校数が、21年度は前年度に比べ9校増加している。ノートテイクに変えて、情報量の多いパソコンテイクへの切り替えが進んでいるものと思われる。 図7 聴覚障害学生への支援 7.発達障害学生への支援内容  ここでは、発達障害学生への支援内容について検討する。  主な支援内容を10項目挙げると、(1)休憩室の確保、(2)注意事項等文書伝達、(3)実技・実習配慮、(4)教室内座席配慮、(5)チューター等の活用、(6)試験時間延長・別室受験、(7)解答方法配慮、(8)講義内容録音許可、(9)パソコンの持ち込み使用許可、(10)使用教室配慮、となる。  ここで、(1)(2)(3)(5)(6) の項目の実施校数の変化を図8に示した。  18年度から注意事項等の文書伝達や実技・実習配慮は年ごとに増えており、20年度からは休憩室の確保やチューターの配置も加わっている。  発達障害学生の場合、授業保障としては、多くの方法があるわけではない。他方、授業以外の学生生活面において、様々な課題があり、こちらの対応に追われる場合も少なくない。多くの実施校で行われている支援内容は上に挙げたが、一方で、支援内容が“その他”に分類されるものもある。“その他”が、どの様な支援内容かは明示されていないが、48校で行われている。肢体不自由の82校、聴覚障害の55校に次ぐものであり、個々の学生に応じた内容で、ユニークな支援が行われていることを示すものであろう。発達障害学生への支援は、依然として模索段階であるといってもよく、それぞれの大学等で、学生毎に対応を試行錯誤している(松崎他, 2007[7])。 図8 発達障害学生への支援 8.卒業・就職状況  図9は、平成19年度より調査項目に加えられた障害学生の卒業・就職状況である。図中青は、卒業年次に在籍する障害学生数、茶色は実際の卒業生数、緑は就職者数である。  平成19年度報告(つまり平成18年度の実績)では、卒業年次在籍者数の82.6%が卒業し(=卒業率)、その48.7%(実数は489名)が就職している(=就職率)。平成20年度報告(平成19年度の実績)では、卒業率76.2%、就職率59.8%となっている(就職者実数は、640名)。平成21年度は990名の卒業者(卒業率85.1%)の中で、529名が就職をしている(就職率53.4%)。  文部科学省平成22年5月21日報道発表『平成21年度大学等卒業者の就職状況調査(4月1日現在)について』によると、大学等全体の就職率は91.4%となっている。障害学生がどの程度含まれているのかなど調査対象の細かな情報がないので、直接の比較はできないが、それにしても大きな隔たりを感じざるを得ない。  『大学設置基準及び短期大学設置基準の一部を改正する省令』(平成22年文部科学省令第3号)により、学生が卒業後の社会的及び職業的自立に必要な能力を培えるよう適切な学内体制を整えることが求められているが、学生の能力向上と同時に、社会が障害学生を受け入れられる体制を更に整備することも必要である。就職率53.4%という数字を障害学生と大学の支援関係者だけで、大幅に向上させることは容易ではない。 図9 卒業生数と就職者数 9.今後の課題  障害学生の修学支援には、支援学生の確保、学内啓発、情報共有、ネットワーク構築、支援体制等、様々な課題があるが、ここでは特に、「8.卒業・就職状況」との関係で、障害学生のキャリア形成支援(以下、キャリア支援という)を取り上げる。  上述の通り、大学設置基準の改正により、学生が社会的及び職業的自立に必要な能力を培えるような学内体制を整備することとなった。つまり、キャリア形成を支援する体制構築が緊急の課題となったことを意味する。同時に教育課程の実施及び厚生補導の両面から行うことも明記されている。  従来、キャリア支援というといわゆる就職活動支援と同じような意味合いで考えられることも多く、教育課程上の位置づけは曖昧であった(石田, 2010[8])。更に、障害学生のキャリア支援では、エントリーシートの書き方、面接の方法など具体的な就職活動のテクニックが中心となることも多い。  しかし、著者は、自己の理解や障害の受容を通し、できる事とできない事、どうすればできるのか等の把握、卒業後をどの様に障害と共に生きるのか、という自己への問いかけが必要であり、そのような場としてキャリア支援が必要であると考えている。キャリア形成には、自己の考え、自己の力量を明確に意識できることが大前提と考えるからである。  また、吉光(2006) [9]は、企業内の能力開発について取り上げており、障害者30歳代、40歳代、50歳代のどの年代でも、満足度は30%程度としている。キャリアアップの難しさを想像できる。  これらをまとめ、石田(2010)[8]は、(1)就労に様々な課題があることを意識することへの支援と(2)自己の能力を正確に把握することへの支援を、二つの柱に挙げている。今後各大学で様々な職業自立を目指したプログラムが考えられるであろうが、とりわけ障害学生のキャリア支援においては、その基本的考え方の議論と統一が重要であると思われる。 参考文献 [1] 石田 久之・天野 和彦:高等教育機関における障害学生支援の動向(Ⅱ). 筑波技術大学テクノレポート, 17(2), 61-65, 2010. [2] 日本学生支援機構:大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査報告書, 2006. [3] 日本学生支援機構:平成18年度(2006年度)大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査結果報告書, 2007. [4] 日本学生支援機構:平成19年度(2007年度)大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査結果報告書, 2008. [5] 日本学生支援機構:平成20年度(2008年度)大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査結果報告書, 2009. [6] 日本学生支援機構:平成21年度(2009年度)大学、短期大学、高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書, 2010. [7] 松崎 俊明、三島 利紀、大槻 香子、小田島 本有:高専における特別支援教育. 高専教育, 30, 587-592, 2007. [8] 石田 久之:高等教育機関における障害学生支援のキャリア形成支援. 職業リハビリテーション, 24(1), 11-22, 2010. [9] 吉光 清:「障害者のキャリア形成に関する調査」結果に基づく年代間比較, 九州看護福祉大学紀要, 8(1), 93-102, 2006. Trend of Support for Students with Disabilities in Higher Education (III) ISHIDA Hisayuki, AMANO Kazuhiko Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired Tsukuba University of Technology Abstract: Japan Student Services Organization published “the 5th survey on actual conditions of support for students with disabilities in higher education” this year. This article is aimed at clarifying the trend of support to the disabled students by the number of students, the support rate of students who want support and so on. In addition, this paper discusses the need of support to develop career of students with disabilities as an urgent issue. Keywords: Support for Students with Disabilities, Support of career development