視覚障害学生を対象としたクラブ活動媒体の健康管理および学習支援の取り組み 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 理学療法学専攻1) 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻2) 佐久間 亨1) 漆畑 俊哉1) 東條 正典2) 高橋 洋1) 石塚 和重1) 要旨:本取組の目的は、視覚障害学生がスポーツ活動を通じて自らの健康管理に積極的に取り組み、且つ、メタボリックシンドロームに対する運動療法の学習を深めることである。筋力強化をテーマに運動実践と学習の支援を行った。学生は筋力トレーニングの原理に基づき自身のトレーニングメニューを立案し実践した。運動の効果を検討するためクラブ初回と開始1ヶ月後に膝関節屈曲伸展の筋力を測定した結果、統計学的な有意差はみられなかったが、各学生でみると筋力は大きくなる傾向があった。アンケートの結果、クラブ活動に参加した学生は、日常生活においても積極的に他者とコミュニケーションをとりながら勉強と運動の両方に励んでいる者が多かった。運動習慣や自学自習に対して消極的な学生の参加を促すには更なる検討が必要である。 キーワード:クラブ活動,健康管理,学習支援,視覚障害,筋力強化運動 1.はじめに  近年では、メタボリックシンドロームが重要な健康問題の一つとなっている。メタボリックシンドロームの改善には生活習慣の改善が必要とされ、主に食事と運動が挙げられる。本学保健科学部で養成される理学療法士および鍼灸師は、人々の健康増進を担う職種であり、特に運動を介して患者の生活習慣の改善に関わることとなる。メタボリックシンドロームに対する運動では有酸素運動に加えて筋力トレーニングを行うことが効果的であると報告されている[1][2]。メタボリックシンドローム患者に対する有酸素トレーニングや筋力トレーニングなどの実施は、脳卒中や整形外科疾患の患者に対する理学療法の業務と比較して、移乗動作の介助や立位、歩行練習など直接的な患者への接触が少ない分、視覚障害がハンディキャップとなりにくいと考えられる。よってメタボリックシンドロームに対する運動療法の教育を高度化することは、視覚障害学生が就業するための強みになると考えられる。その一方で、視覚に障害のある学生の場合、歩行を含む移動能力の制限による身体活動の低下が指摘されており[3]、本学においては、大半の学生が宿舎で生活していることから、さらなる身体活動の低下が懸念される。将来、医療人として職業自立を果たすためには自らの健康管理に積極的に関わる必要があろう。  以上の背景から、保健科学部では、視覚障害学生がスポーツ活動を通して自らの健康管理に積極的に取り組み、且つ、メタボリックシンドロームに対する運動療法の学習を深めることを目的として平成22年度よりクラブ活動を媒体とした健康管理および学習支援の取り組みを行っている。  活動内容は、大きく3期で分けている。第1期では、「身体活動と減量」をテーマに学生が自身の24時間身体活動量を測定し、食事による栄養摂取の目安や、有酸素運動の実践を行った[4]。第2期、第3期はそれぞれ「筋力強化運動」、「有酸素運動」について行う。今回は、「筋力強化運動」をテーマにしたクラブ活動について、運動実践による体力面への効果と、学習支援の二点について報告する。 2.対象  対象は、筋力強化運動を介した健康管理の実践および、学習への意欲のある理学療法学専攻および鍼灸学専攻の学生9名であった。視覚障害の内訳は弱視者8名、全盲者1名であった。 3.クラブ活動  クラブ活動の実施期間は2010年10月6日から12月15日までの毎週水曜日であった。活動内容は1回60分で構成され、筋力強化運動の科学的背景の学習と、運動の実践を行った。 3.1 学習支援  第1期のクラブ活動では、クラブ設立直後ということもあり、教員によって勉強や運動実践を先導する場面が多かった。そのためクラブ活動でありながら学生は受身の態度であった。この反省から第2期からは、教員は学生がより主体的に参加するように促すことを心掛けた。  定量的な筋力評価法としてBIODEX system4(以下、BIODEX)を用いた筋力評価方法について学習した。BIODEXによる筋力評価では、膝関節屈曲伸展筋群の等速性収縮を高速、低速の2段階の関節角速度の設定で測定した。これは筋による最大トルクとパワーの両方を評価することで、学生が自身の目的にあったトレーニング方法を検討するためである。例えば、安定した介助技術を身につけたい学生は低速での最大トルクを、陸上短距離走のパフォーマンス向上を目指す学生は高速での筋パワーを評価の指標として用いた。また、筋力と関連のある身体の形態測定として四肢の周径について学習した。いずれの測定も学生同士で測定し合い評価精度が高まるよう努めた。 3.2 運動実践  筋力強化運動の実践は、National Strength and Conditioning Association(NSCA)のテキスト[5]を参考にして行った。筋力トレーニングの原則である特異性、過負荷、漸進性の意味を理解し、各学生は自身の目的に合致したトレーニングを実践するため、負荷重量、反復回数、運動速度、休憩時間、セット回数などを決定し、毎回自分のノートに記録した。受講生の1名は全盲であったため、指導者の他に別の教員を配置した。 4.測定項目  参加学生の学習意欲等を調査するためクラブ初回にアンケートを実施した。また、筋力強化運動の効果を明らかにするためクラブ初回と開始1ヶ月後に膝関節屈曲伸展の筋力を測定した。 4.1 アンケート調査  アンケートの質問内容は、1)社会性:2項目、2)健康や体力に対する自己意識:3項目、3)学習への意欲:4項目、4)普段の運動習慣:1項目であった。 4.2 筋力  下肢筋力はBIODEXを用いて膝関節屈曲伸展筋群の最大トルクおよび平均パワーを測定した。なお、最大トルクは被験者の体重で除して示した。平均パワーは、トルクと関節角速度の内積を測定時間内で平均化した値である。 5.統計処理  初期評価(以下、T期)と1ヶ月後の中間評価(以下、U期)の筋力を比較するために、対応のあるt検定を行った。統計はStatView5.0を用いて行い、有意水準は5%未満とした。 6.結果 6.1 アンケート結果  図1にアンケート結果を示す。1)社会性の項目は、優39%、良44%、可17%、不可0%であった。2)健康や体力に対する自己意識の項目は、優48%、良41%、可11%、不可0%であった。3)学習への意欲については、優28%、良61%、可11%、不可0%であった。4)普段の運動習慣については、優22%、良56%、可11%、不可11%であった。 6.2 筋力  表1は、クラブ活動に参加した9名の学生のうち、データの欠損のない6名のT期およびU期での最大トルクおよび平均パワーを平均値で示したものである。t検定の結果、全ての測定項目で統計学的な有意差はみられなかった。  図2はT期とU期での学生別の膝関節伸展最大トルクの変化を示したものである。関節角速度300deg/secでは、6名中4名がT期より大きくなり、2名が小さくなっていた。60 deg/secでは、3名が大きくなり3名が小さくなっていた。  図3は膝関節伸展平均パワーの変化を示したものである。関節角速度300deg/secでは、3名が大きくなり3、名が小さくなっていた。60 deg/secでは、4名が大きくなり2名が小さくなっていた。 図1 アンケート結果 7.考察  視覚障害学生のスポーツ活動を通じた積極的な健康管理と学習を支援することを目的として「筋力強化運動」をテーマにクラブ活動を行った。  クラブ活動に参加した学生の学習意欲等の傾向をみるためアンケートを実施した結果、社会性、体力・健康意識、学習意欲、運動習慣の4つの項目でいずれも優もしくは良で8割を占めていた。このことからクラブ活動に参加した学生は、日常生活においても積極的に他者とコミュニケーションをとりながら勉強と運動の両方に励んでいるものと思われる。本クラブの目的が、運動習慣の少ない視覚障害学生への運動の場の提供と、自学自習を促すことであることを考えると、運動や自学自習に対して消極的な学生の参加をどのように促すかは今後の課題である。  クラブ活動を介した筋力強化運動の効果を検討するために、クラブ初回と開始1ヶ月後の筋力測定値を比較した。その結果、最大トルク、平均パワーともに統計学的な有意差はみられなかった。しかし、学生の個別の測定値をトレーニング実施前後でみると、トレーニング実施後の値が大きくなる傾向がみられた。一般的に筋力増強は神経因性によるものと骨格筋肥大によるものの2段階で起こる。神経因性の筋力増加は、神経−筋の運動単位の発火頻度の増加と、運動単位の動員の増加により筋出力が増加するものでありトレーニング開始早期より認められる。骨格筋肥大による筋力増強は少なくとも3ヶ月間のトレーニングが必要とされていることから[6]、今回みられた筋力の増加は主に神経因性のものと考えられる。筋肥大による筋力強化を獲得するためには筋力トレーニングの継続が必要である。  筋力とメタボリックシンドロームとの間には負の相関関係があることから[7][8]、メタボリックシンドロームのリスク軽減のための筋力トレーニングが推奨されている[2]。沢井ら[9]が、日常生活における若年者の筋の活動水準を評価したところ、総じて時間当たりの平均筋活動水準は低く、ほとんどの動作で最大でも20から30%MVC程度であった。筋力増強を確実に行うためには、日常生活以上の高負荷を目的とする筋へ加える必要がある[5]。今回のクラブ活動での実践を通して学生は筋力トレーニングの原理およびトレーニング方法への理解を深めている。この学習はメタボリックシンドロームのある患者への運動処方を行うための基礎的な学習となった。第3期では、有酸素運動をテーマにして今回同様、学生の運動実践を通じて学習を深めていく予定である。さらに次年度からは、メタボリックシンドロームのある患者さんをボランティアとして募り、学生が運動処方を作成し、定期的なトレーニング教室を開く計画を進めている。  本取組は、平成22年度の文部科学省特別経費「視覚に障害をもつ医療系学生のための教育高度化改善事業」の予算措置を受けて実施した。 表1 最大トルクおよび平均パワーの平均値および標準偏差 図2 膝関節伸展最大トルクの変化 図3 膝関節伸展平均パワーの変化 参考文献 [1] 南島 大輔,牛凱 軍,他 : 日本人成人男性における脚伸展筋力とメタボリックシンドロームに関する横断的研究:仙台卸商研究.体力科学,59, 349-356, 2010. [2] Wijndeal,K. Duvigneaud,N. et al: Muscular strength, aerobic fitness, and metabolic syndrome risk in Flemish adults. Med.Sci.Sports Exerc, 39, 233-240, 2007. [3] Kakiyama,T. and Takaishi,M. : Investigation on the actual measurements of physical ability of the students at school for the blind in Japan. Japanese Journal of School Health, 42, 74-77, 2001. [4] 漆畑 俊哉,佐久間 亨,他 : クラブ活動を媒体とした健康管理が視覚障害学生の身体活動量に及ぼす影響.筑波技術大学テクノレポート, 17, 2010, 印刷中. [5] Baechle,T.R. Earle,R.W. :NSCA決定版 ストレングストレーニング&コンディショニング,第2版,石井 直方総監修,有限会社ブックハウス・エイチディ,東京,2004. [6] 春日 規克,竹倉 宏明:運動生理学の基礎と発展,改訂版,有限会社フリースペース,東京,2008. [7] Jurca,R. Lamonte,M.J. et al: Association of muscle strength with incidence of metabolic syndrome in men. Med.Sci.Sports Exerc, 37, 1849-1855, 2005. [8] Jurca,R. Lamonte,M.J. et al: Association of muscle strength and aerobic fitness with metabolic syndrome in men. Med.Sci.Sports Exerc, 36, 1301-1307, 2004. [9] 沢井 史穂,実松 寛之,他:日常生活動作における身体各部位の筋活動水準の評価−姿勢保持・姿勢変換・体重移動動作について−.体力科学,53, 93-106, 2004. Health care and learning support for visually impaired students through club activities SAKUMA Toru1), URUSHIHATA Toshiya1),TOJO Masanori2), TAKAHASHI Hiroshi1), ISHIZUKA Kazushige1) 1)Course of Physical Therapy, Department of Health, Faculty of Health Sciences, 2)Course of Acupuncture & Moxibustion, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: One of the purposes of this study was to support health care management of the visually impaired students through sport activities. Another purpose was to support them to learn the physiotherapy for metabolic syndrome. We also encouraged them to take exercise for muscular strength training. Students made plan a training menu based on a principle of muscle strength, and practiced according to their plan. For studying the result of exercise, joint torque and torque power of knee joint was determined at the first and after 1 month. The result did not indicate the significant difference. However, the muscular strength of each student showed upward tendency. The result of the questionnaire showed that the students who have participated in the club activities positively are doing both exercise and studying in communication with other people in their daily lives. Further efforts will be demanded for us to encourage the students who are inactive to participate in such club activities and self-directed learning. Keywords: club activities, health care, learning support, visual impairment, muscle strength