視覚障害学生を対象とした理学療法版OSCEの教育的活用 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 理学療法学専攻 漆畑 俊哉 佐久間 亨 高橋 洋 石塚 和重 要旨:本研究は、客観的臨床能力試験(Objective structured clinical examination; OSCE)のビデオ映像を利用した教育活用手法(OSCE‐Reflection Method; OSCE-R)の有効性について検討した。本学の弱視学生10名を対象にOSCE-Rを実施した。OSCEは車イス送迎、移乗動作介助、関節可動域検査、徒手筋力検査の4課題を設定した。OSCE-RはOSCE実施時のビデオ映像と実技演習を行い、OSCE-Rの有効性を9項目のアンケートで評価した。その結果、弱視学生が苦手とする接患・接遇能力に関する問題点について自己認識でき、晴眼学生を対象としたアンケート結果と比較しても同程度の高い評価が得られた。 OSCEのビデオ映像を利用した臨床教育は、視覚障害学生の問題点抽出や学習意欲を向上させる手段として有効である。 キーワード:視覚障害,ビデオ映像,客観的臨床能力試験,教育, 理学療法 1.背景および目的  客観的臨床能力試験(Objective structured clinical examination; OSCE)は、英国のHarden[1]によって提唱され、精神運動領域(技能)、情意領域(態度)、認知領域(知識)の評価が可能である[2][3]。  我が国においては、医学・薬学・歯学などの医歯薬分野の教育で2001年に教育モデル(コア・カリキュラム)が明確化され[4]、近年では看護や理学療法などの医療分野においても導入されている[5][6][7]。  理学療法学分野の先進国である米国では、OSCEを卒後者の実技能力認定[8]や、海外からの有資格者認定の評価指標[9]として利用しており、模擬患者の他に、標準患者の人材データバンクが構築されている[9]。  我が国の理学療法教育においては、医学教育のようなコア・カリキュラムが明確化されておらず[10]、教育養成施設ごとに委ねられている現状にある[6][7][11]。OSCE構築においては本学でも取り組んでおり、接患・接遇能力、検査測定能力、視覚障害の自己補償能力を評価可能な理学療法版OSCEを構築・試用している[12]。  しかし、OSCEで評価された接患・接遇能力、検査測定能力、視覚障害の自己補償能力について、教育にどのように還元するかを議論した報告はほとんど見当たらない[11]。その中で、平山と松下[11]は理学療法版OSCEを作成するとともに、OSCEを学生自身の「気づき」を促すための活用として、ビデオ映像の視聴を通じたOSCE教育の活用手法(OSCE‐Reflection Method; OSCE-R)を開発・試用している。  本研究は晴眼学生を対象にしたOSCE-Rの教育手法を、視覚障害学生にも効果的な教育法であるかについて検討した。 2.対象および方法  本学の理学療法学専攻に在籍する3年次の弱視学生10名(年齢:25.0±6.6歳)を対象とした。視力および視野の程度は、視力(裸眼:0.07±0.06、矯正:0.14±0.11)、視野(中心暗点:3名、視野狭窄:5名、片眼測定不能:2名)であった。 2.1 全体計画  OSCEおよびOSCE-Rは2010年6月16日と6月18日の2日間で実施した。 2.2 OSCE  本専攻の理学療法版OSCEは、人工膝関節節全置換術の術後3日が経過した症例を想定し、車イス送迎、移乗動作介助、関節可動域検査、徒手筋力検査を行う4課題で実施した。人員構成は評価者2名と模擬患者(simulated patient;SP)1名を配置し、評価者役、SP役、実習指導者役はすべて専任教員が担当した。これら4課題による評価内容は、接患・接遇能力、検査測定能力、視覚障害の自己補償能力であった。  通常のOSCEでは多数の試験学生を効率よく評価するために、ステーション(station)と呼ばれる独立した場面設定下で実施するが、本専攻では試験学生が小人数である長所を生かし、臨床実習場面に近い環境で評価可能な単一ステーションで行った。SPの基本情報は、先行研究に準じて、2週間前に学内掲示板に掲示した[6][7]。 2.3 OSCE-R  OSCE-RはOSCE実施2日後の課外授業時間を利用し、ビデオ映像リフレクションと実技演習を90分単位で実施した。当日の参加学生は10名中9名であった。 2.3.1 ビデオ映像リフレクション  ビデオ映像リフレクションは車イス送迎を除く、移乗動作、関節可動域検査、徒手筋力検査の3課題に関する試験映像を固定式カメラで記録した(図1)。  先行研究では学生の試験している様子をプロジェクタ再生で共有し、討論する方法がとられている[11]。本学の場合、映像再生のコントラストや拡大サイズは視覚障害の個人差が大きく、映像認識に要する時間も様々である。このため、学生ごとに17インチのノートPC(Dell社製)を利用し、好みのコントラストや拡大サイズで映像再生を行った。また、再生映像の選択は、最も試験場面を回想しやすい対象が理解しやすいと考えたため、学生自身の試験映像を教材として利用した。  実施にあたっては事前にリフレクションシート(図2)を作成し、自己の試験映像を通じて患者側、および医療従事者側の立場で自由記載してもらった。その後、医療従事者としの態度やふるまい、検査測定能力、安全管理について学生同士で指摘しあいながら問題点や改善方法について検討した。 2.3.2 実技演習  OSCE-Rの実技演習は、映像リフレクションで検討された問題点や改善方法について、OSCEと同一の環境で検証した(図3)。  演習にあたり、OSCEで学生が発見した問題点について、教員と学生がその改善に向けて協働で検討する点を重視した。またOSCE-Rにおける教員の役割は、解答を提示するのではなく、あくまでも学生の学びを促進するための助言に留めるように配慮した。 2.4 OSCE-Rアンケート  アンケートはOSCE-Rの有効性を問う9項目について4段階(大変そう思う、そう思う、あまり思わない、思わない)で、OSCE-Rの終了直後に記載してもらった。本アンケートはOSCE-Rを開発した平山と松下[10]の報告に用いられている晴眼者対応の調査内容を一部改変して作成した(表1)。 2.5 解析および統計処理  アンケート結果は4点法(4:大変そう思う、3:そう思う、2:あまり思わない、1:思わない)で順序尺度から間隔尺度に変換し、9項目の評価得点をそれぞれ算出した。視覚障害者に対するOSCE-Rの有効性を明らかにするために、晴眼者のアンケート結果[11]を標準値とするt検定を行った。晴眼者のアンケート結果に基づいた平均アンケート評価得点は以下の通りである。Q1:3.3点、Q2 :3.7点、Q3:3.8点、Q4:3.8点、Q5:3.4点、Q6:3.6点、Q7:3.4点、Q8:3.7点、Q9:3.8点)。 図1 ビデオ映像リフレクションの授業風景 図2 リフレクションシート 図3 実技演習中の授業風景 3.結果 3.1 ビデオ映像リフレクションの実施結果  本研究で作成したリフレクションシートによる問題点の抽出結果を表2に示す。患者側、あるいは医療者側の立場で挙げられた問題点は、OSCEの評価項目で大別すると接患・接遇態度、検査測定能力の2項目に共通する内容であった。一方、視覚障害の自己補償能力に関する問題点で問題と考えられる項目は抽出されなかった。 3.2 OSCE-Rアンケート結果  OSCE-R後のアンケート結果を図4に示す。  OSCEの課題難易度を問う項目(Q1)では「たいへんそう思う」3名(30%)、「そう思う」3名(30%)、「あまり思わない」3名(30%)、「思わない」1名(10%)であり、対象者によって感じる難易度は幅広い結果であった。  OSCE-Rを媒体にした臨床技能向上の有用性を問う項目(Q2)では、すべての学生が「大変そう思う」、「そう思う」と肯定的な回答であった。ビデオ映像リフレクションやビデオ映像を利用した討論会の有効性を問う項目(Q3、Q4)では、すべての学生が「大変そう思う」、「そう思う」と回答をした。  リフレクションシートの有効性を問う項目(Q5)では、1名を除いて、「大変そう思う」と「そう思う」がほぼ半数ずつを占めた。  OSCE-R後による実技練習への意欲(Q7)、学習意欲(Q8)の波及効果を問う項目では、1名を除き、すべての学生が練習意欲や学習意欲の向上に「大変そう思う」、「そう思う」と回答をした。  OSCE-Rの実施時期(Q8) や継続性(Q9)を問う項目では、すべての学生が臨床実習前の時期に事前に経験しておくことに「大変そう思う」、「そう思う」と回答した。 3.3 視覚障害学生におけるOSCE-Rの教育効果  晴眼学生を対象にしたアンケート評価得点[11]と本学アンケート評価得点の比較結果を図5に示す。  t検定の結果、OSCEの課題難易度を問う項目(Q1)では先行研究よりも低得点であったが(p=0.008)、それ以外の項目では概ね晴眼学生と同程度以上の高い評価得点であった(表3)。 表1 OSCE-Rアンケート 4.考察  視覚障害学生を対象としたOSCE-Rは、晴眼学生を対象としたアンケート結果以上の高評価であった。  理学療法士養成施設では、在学中に計4回の臨床実習がカリキュラムの中に組み込まれおり、理学療法士に必要なコミュニケーション能力、実習意欲、安全管理能力、技能の実践能力が要求される。これら能力を客観的に評価可能な試験としてOSCEが開発・実施されている。しかしながら、本学を含めて、OSCEを教育手段としての具体的な活用法に関する報告はほとんど見当たらない[11]。平山と松下[11]は晴眼学生96名を対象に接患・接遇能力、検査測定能力、問診能力に関するOSCEおよびOSCE-Rを実施し、ビデオ映像によるフィードバックが有効であると回答した学生は84.5%に達し、副次的効果として学習意欲の向上も高まったと報告している。視覚障害学生に対して、課内授業のような決められた時間枠でビデオ映像を教育媒体とする場合、一定時間内における視覚情報量は障害の程度に依存するが、障害程度の個人差は非常に幅広い。そのため、教育媒体としてビデオ映像の使用はどちらかと言えば不向きである。本研究ではこの欠点を補うために、試験を行った学生自身のビデオ映像を使用すれば、ビデオ映像の視覚情報に加えて、本人の実体験を介した運動記憶によって情報補填が円滑になり、課内授業の形式でも導入可能になるのではないか、と考えた。本学のOSCE-Rでは17型ディスプレイを有するノートパソコンを使用したが、それ以外の情報保障は特に行っていない。ビデオ映像の視聴時に再生動作の拡大に関する要望はみられたが、リフレクションシートを利用した問題抽出においても支障がある様子の学生はみられなかった。リフレクションシートの使用方法については今後の検討課題であるが、少なくともビデオ映像を利用したリフレクションは、視覚障害学生においても有効な教育媒体であると言える。  ビデオ映像リフレクションでは、接患・接遇能力、検査測定能力に関する内容が問題点として抽出された。  近年、本学の学生で接患・接遇能力や安全管理能力の不足を臨床実習で指摘される事例があり、特に接患・接遇能力では、他者の痛みに対する理解がある反面、受け身の態度が指摘されていた。接患・接遇能力や検査測定能力に関する問題は本学に限らず、他の養成機関によるOSCE結果においても問題視されている。米田ら[13]は1学年の晴眼学生46名を対象に接患・接遇、動作介助、動作分析、知識を評価するOSCEを補講と組み合わせて4回実施したが、接患・接遇、動作介助の項目は1回目で合格したのがわずか17.3%と19.5%であり、特に接患・接遇能力に関する項目では2回目でも21.7%であったと報告している。山路ら[6]は晴眼学生18名を対象に、問診、血圧・脈拍測定、関節可動域検査、徒手筋力検査、バランス機能検査を評価するOSCEを実施し、低正答率であった項目は問診とバランス機能評価に関する項目であったと報告している。  今回のOSCE-RではOSCEの評価項目および評価者得点は情報開示したが、評価項目から判断される具体的な評価内容に関する説明は行っていない。それにもかかわらず、試験ビデオ映像を介して学生が自分自身を評価した際に、自己を客観的に見つめ、接患・接遇能力に関する問題点を数多く抽出できた。平山と松下によれば、OSCE-Rは単に臨床技能の熟達度を確認するだけではなく、OSCEとOSCE-Rを繰り返す過程において、学生自身が自分の臨床技能の問題点を抽出、その改善策の検討や実技練習を行うなど、形成的評価の機能も持っていると考察している[11]。本学のOSCE-Rは試験的運用であったが、仮に先行研究と同様の教育効果があったとすれば、OSCE-Rの反復は視覚障害学生の実技練習の意欲や学習意欲などの向上を図り、積極的な学習姿勢の形成を促進する可能性を示唆する。  一方、視覚障害の自己補償能力に関する問題点は抽出されず、OSCE課題に対する主観的難易度は晴眼者よりも個人差が有意に大きかった。今回のOSCE-Rで学生が挙げた接患・接遇能力、検査測定能力に関する問題のうち、視覚障害から起因する問題も潜在的に包含されている。本専攻では過去の臨床実習で生じた「人や物に対する位置の把握」、「疼痛の把握」、「検査の正確性」に関する視覚の問題と対策を記した冊子を作成・配布している。また、関節可障害の自己補償能力は、既存の対策法を認識・理解していれば、OSCE時の動作で評価者が判断できる項目を選択している。試験学生の中には測定器具やシール貼付の存在は認識していても事前準備をしていない学生や、対策法の実践を行わなかった学生が数名みられた。OSCE-Rで視覚障害の自己補償能力に関する問題が抽出されなかったことは、これらの既存の対策法に関する認識や理解がどの程度定着されているか、について再度検証する必要がある。  また、視覚障害は障害程度が複雑で幅広く、同一の課題においても感じる難易度の個人差が大きいために、今回のような一元化した課題設定が妥当であるかの検討も必要であろう。  本研究は、平成22年度の文部科学省特別経費「視覚に障害をもつ医療系学生のための教育高度化改善事業」の予算措置を受けて実施した。 表2 ビデオ映像による問題点の抽出結果 図4 OSCE-Rアンケート結果 図5 視覚障害者と晴眼者におけるOSCE-Rアンケート評価得点 表3 視覚障害者と晴眼者におけるOSCE-Rアンケート評価得点の比較 参考文献 [1] Harden, M. R., Stevenson, M., et al.: Assessment of clinical competence using objective structured examination. British Medical Journal, Vol.22, pp.447-451, 1975. [2] Reznick, K.R., Regehr, G., et al.: Process-rating forms versus task-specific checklists in an OSCE for medical licensure. Medical Council of Canada.Academic Medicine, Vol.73, supplement, pp.97-99, 1998. [3] Mossey, A.P., Newton, P. J.: The Structured Clinical Operative Test (SCOT) in dental competency assessment. British Dental Journal, Vol.14, pp.387-390, 2001. [4] 医学における教育プログラム研究・開発事業委員会:医学教育モデル・コア・カリキュラム-教育内容ガイドライン, 2001. [5] 高橋 由紀,浅川 和美,他: 全領域の教員参加によるOSCE実施の評価: 看護系大学生の認識から見たOSCEの意義.茨城県立医療大学紀要, 第14巻,pp.1-10, 2009. [6] 山路 雄彦,渡邉 純,他: 理学療法教育における客観的臨床能力試験(OSCE)の開発と試行.理学療法学 第31巻, pp.348-358, 2004. [7] 阪井 康友,篠崎 真枝,他:理学療法教育におけるクラークシップ型臨床実習に対応したBasic OSCEの開発,理学療法いばらき,第10巻,pp.22-26, 2006. [8] Jain, S.S., Nadler, S., et al.: Development of an objective structured clinical examination (OSCE) for physical medicine and rehabilitation residents. American Journal of Physical Medicine & Rehabilitation, Vol.76, pp.102-106, 1997. [9] Peitzman J.S.: Clinical skills assessment using standardized patients: perspectives from the educational commission for foreign medical Graduates. American Journal of Physical Medicine & Rehabilitation, Vol.79, pp.490-493, 2000. [10] 中野 隆:OSCE導入についての提案.医学教育の立場から.PTジャーナル,第40巻,pp.61-71, 2006. [11] 平山 朋子,松下 佳代:理学療法教育における自生的FD実践の検討.京都大学高等教育研究,第15号,pp.15-26, 2009. [12] 漆畑 俊哉,佐久間 亨,他:視覚障害学生の理学療法教育の改善に向けたOSCEの試験的運用.第11回日本ロービジョン学会学術総会,プログラム・抄録集,page.112, 2010. [13] 米田 浩久,谷埜 予士次, 他:本学理学療法学科1年生に対するOSCE結果についての検討.関西医療大学紀要.Vol.3, pp.154-160, 2009. Educational trial of objective structured clinical examination on physical therapy for visually-impaired students URUSHIHATA Toshiya, SAKUMA Toru, TAKAHASHI Hiroshi, ISHIZUKA Kazushige Course of Physical Therapy, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: This study was to clarify the educational method using the OSCE. The OSCE and OSCE-Reflection (OSCE-R) were conducted on ten students with weak sight. The OSCE included four kinds of tests for checking up ability, that are, wheelchair transportation, assistance of transfer movement, range of joint movement and manual muscle testing. The OSCE-R was conducted with reflection of video picture and practical training, and these assessments were evaluated by collecting the questionnaire. The result showed that low vision students have problems concerning the communication and service for the patient. Comparing with the survey conducted for the normal vision students. Therefore, the educational method using OSCE has suggested the possibility for improving motivation for learning and picking up the problem of the visually-impaired students. Keywords: visual-impaired, picture, objective structured clinical examination, education, physical therapy