視覚障害学生の鍼灸手技教育に対する電子カルテの適用─運用試行モデルの作成と実施まで─ 筑波技術大学 保健科学部 保健学科鍼灸学専攻 成島朋美 津嘉山洋 佐々木健 殿山 希 大越教夫 要旨:視覚障害学生に対する鍼灸手技教育に電子カルテを情報共有ツールとして導入し、その効果と課題について検討した。結果、カルテの記載の学習に加え、教員によるチェック&コメントをフィードバックすることで、臨床における課題設定が可能となり、教育効果が高まると考えられた。電子カルテを運用するにはネットワーク上での運用が望ましいが、個人情報の扱いについての課題が残ると思われた。 キーワード:電子カルテ,教育,臨床実習,視覚障害 1.はじめに  厚生労働省の保健医療分野の情報化にむけてのグランドデザインの策定が行われ[1]、医療機関ではレセプトの電子化および電子カルテの普及が進められている。同時に、チーム医療の現場では電子カルテによる患者情報の共有が図られている。さらに、電子カルテは患者情報の蓄積によるデータベースや教育教材としての利用が試みられている[2]。  鍼灸業界でも、市販の音声対応の電子カルテには顧客管理、店舗営業成績管理などの機能を備えたものから、個人経営向けの施術記録、顧客管理機能のみのシンプルなものまで様々なものがある。これまでの鍼灸の業形態として、鍼灸師1人で治療院を開業しているケースが多く、カルテの役割は自身の忘備記録程度であったと思われる。そのため、これらのカルテは日常の業務を効率化するためのものでチーム医療への参加やデータベースの利用としては位置付けられていない。  教育上、文部科学省特別支援学校学習指導要領においても保健理療臨床実習の中でカルテの記載と管理についての指導、保健理療情報活用の中では保健理療の現場における情報システムについての指導が明記されており、鍼灸・手技の教育課程で電子カルテの学習は必須のものとなりつつある[3]。  特に視覚障害を有する本学学生においては情報共有の点において紙媒体より電子化された情報が好ましいと思われる。これまでに本学においても、電子カルテに関する試みはいくつかあるが、カルテの管理や視覚障害に配慮した入力方法についての試みで教育の観点から取り組まれたものはなかった[4][5]。カルテを記録していくことは大切だが、学内のみ利用可能な教材では、今後社会に出た際に問題が生じることも予想される。今回は市販の電子カルテを学生に体験させ、教育に電子カルテを用いることの効果と課題について検討した。 2.方法 2.1 市販カルテの機能比較  市販され,一般の鍼灸師が入手可能なA〜Eの5種類の視覚障害者対応の電子カルテを準備した。A〜Eの5種類の視覚障害者対応の電子カルテについて、患者プロフィール、初診カルテ、再診カルテの入力項目および電子カルテの3原則である「真正性」「見読性」「保存性」への対応、マルチユーザー対応、カルテの検索機能、視覚障害対応などの機能の有無について一覧表を作成し、比較した[6]。 2.2 模擬症例入力によるインターフェイスの評価  視覚障害を有する本学教員および大学院生各1名により実際に模擬症例の入力を行い、A〜Eの5種類のカルテの使用感について口頭およびアンケート形式にて検討を行った。 2.3 模擬外来実習における電子カルテの適用  3・4年次に開講されている学外からボランティア患者を募り、学生による按摩・指圧・マッサージ及び鍼施術を行う手技外来特別実習T・U(以下「模擬外来実習」とする)における電子カルテの導入を想定した。(模擬外来実習は同時に13名の学生(平成22年度)が施術を行う科目で2コマ連続の授業である。)  上記の比較検討の結果選定されたカルテシステムを用いて、視覚障害支援環境として ・PC-Talker ver3(轄rmシステム開発社製) ・ZoomText 9.1 Magnifier(潟Aメディア社製) を搭載したノートパソコン(灰ell社製Vostro1520)にカルテシステムを実装し検討に用いた。また,専門用語に対応するためにフリーソフトの経穴・解剖辞書をダウンロードしインストールした。さらに、初診時問診リスト・診療録メモ(表1)のフォーマットを作成した。  模擬外来実習において3・4年生各2名に協力を依頼し、ボランティア患者を2010年10月22日〜11月12日まで週1回、全4回治療を行い、2診目を終了したところで3・4年生の担当ボランティアを入れ替え、カルテによる引き継ぎを行うこととした(図1)。また、各回とも学生が記入したカルテに対し、模擬外来実習を担当する2名の教員からのフィードバックを加えることとした。  今回はすでに想定されていたことではあるが、ノートパソコン1台の対応であったことから、同時に始まる授業の前に学生に電子カルテ上でカルテの閲覧を体験させることが困難であったため、教員によるフィードバックおよび過去のカルテ閲覧は主に紙媒体で行った。これらは各学生の視力に合わせたフォントサイズでプリントアウトし、次回施術前までに手渡した。プリントアウトに際しては、ボランティア患者の氏名はイニシャル表記、生年月日、電話番号、住所など個人情報は削除した。 表1 初診時問診リスト・診療録メモの項目 図1 模擬外来実習の流れ 学生C・Dに対してもボランティアc・dについて同様の流れで施術を行った。 3.結果 3.1 市販カルテの比較結果  市販カルテの入力項目や機能の比較は表2に示すとおりであった。  これらの市販の電子カルテは、一般の治療院の外来にて使用するには、入力項目においていずれも問題はないと考えられた。  機能比較の結果、電子カルテの3原則においては、アクセスにパスワードの設定はあるものの誰がアクセスしたかについて履歴が残るものではないなど、全てを十分に満足させるものはなかった。カルテの検索機能、視覚障害対応は程度の差はあるが、全ての電子カルテに備わっていた。 3.2 模擬症例入力によるインターフェイスの評価結果  5種類のカルテは、一般に使用するに問題のないものであったが、教育に利用するには不足する部分があった。上記の比較検討の結果、最も自由度が高く、入力が容易と思われたAカルテを記載方式を決め、模擬外来実習において試用することとした。カルテの記載方式は、POMR(Problem oriented medical record)を参考に、問題リストを#に優先順位をつけて作成し、それぞれの問題に対する主観的情報(S)、客観的情報(O)、評価・分析(A)、治療計画(P)を記載するSOAP形式とした[7]。さらに処置(Tx)と直後効果を記載、問題リストの#0を設定し、東洋医学的な所見を記載することとした(表3)。また、市販電子カルテを教育に用いた場合、予測された問題点を表4にまとめた。 3.3 学生に対する電子カルテの適用の結果  今回の電子カルテの試用において教育的に効果的であった点はSOAP形式で記載することにより、情報の整理が可能となり、所見の取りこぼしの確認、病態把握の根拠を明確にすることができた点、教員からのフィードバックによる学生のボランティア患者に対するアプローチの多様化と学生自身の臨床における課題設定が可能となった点がある。  実際に学生に市販の電子カルテを適用させた結果、事前に予測された問題点に基づいて明らかとなった点、また新たに問題と思われた点は下記の通りである。  機能的問題においては経穴・解剖辞書のダウンロードを行ったが、Aカルテにその対応がなく、正確な表記が困難であった。また、カルテの書換え、誤記入を防ぐ機能がないため、カルテの追記や修正は日付と記入者を明らかにして記入することとしたが、記載漏れのおそれがありシステムとして不完全である。  視覚障害に対する問題としては、今回は入力が主な作業であったこともあり、PC-Talker ver3とZoomText 9.1 Magnifierの使用により、学生側は対応できていたと思われる。  教育的な問題からは、修正及びコメント部位に対応した表示方法がなかった為、学生側に修正箇所、および意図が正しく伝わらないことがあった。また、学生が利用する適切なカルテのフォーマットがなかったため、初診問診リスト・診療録メモの作成を行ったが、鍼灸手技カルテは東洋医学的所見、西洋医学的所見に基づいた評価、計画、治療があり、学年またボランティア患者の意向によって鍼施術を行う場合と手技のみの場合にパターンが分かれるなどカルテに求められるフォーマットが特殊であり、教員側、学生側の双方から課題があげられた。記載方法について教員側からあげられた課題は、教育課題リストの設定が必要であること、複数の教員でフィードバックをかける場合に表記方法の統一が必要であること、硬結など術者の主観である所見は(+)の表記をせず具体的に記述し、(+)(−)は客観的な検査で用いるなどがあった。学生側からの課題については、次回課題・問診事項などの記載欄が必要であること、所見で陽性となったが自身の知識では評価できない場合の記載方法があった。  その他の問題点として、今回はノートパソコンでの入力となってしまった為、パッド部分に触れてしまう学生が多くカーソルが反応してしまい、入力位置が変更されてしまうことが多くみられた。また、テンキーが無かったので数字の入力が困難であったと思われる。また、Aカルテについてはショートカットキーの設定が一部特殊な為、カルテの記載において前回の部分をコピーした方がスムーズな場合に、通常のキー操作に慣れている学生については混乱を招いた。さらに、1台の電子カルテを4人で使用した為に時間的ロスが多く、フィードバックまでの時間がかかった。その為、教員から学生への1方向のフィードバックに留まってしまった。 表2 市販カルテ比較結果 表3 カルテ記載方法例(再診) 表4 市販電子カルテを教育に用いる際に予測された問題点 4.考察  電子カルテの試用は教育的に効果的であると期待されたが、実際に電子カルテを用いる際の課題として下記のことがあげられる。  機能的課題として電子カルテおよび音声環境に対応した経穴・解剖の辞書の準備、もしくは、文字コードセットの不適合が問題を生じている場合はPC-Talker ver3が対応可能な拡張辞書セットが必要と考えられた。また、カルテの書換え、誤記入を防ぐためのアクセス制限、履歴を残す機能が必要である。さらに、電子カルテのサーバー化による同時アクセスが実現すれば、入力時間及びフィードバック時間の短縮、各施術前の電子カルテの閲覧が可能となるが、ネットワークに対応することは同時に個人情報の取り扱いをどのように行っていくかといったセキュリティの問題を抱えることになる。今回の試用では検討できなかったが、視覚障害の程度に関係なくカルテの閲覧が可能であることは本学における電子カルテの最大の利点と言えるが、実現に向けてはセキュリティの問題解決が必要不可欠である。  視覚障害に対する問題としてはPC-Talker ver3とZoomText 9.1 Magnifierの使用により、今回の学生は対応できていたが、複数の学生が使用することを考慮すると個々の学生の状況に合わせた対応が必要となってくる。これについては本学の研究においてもすでに対応されているところであるが、外部ソフトウェアとの互換性については今後検討しなくてはならない課題である[8]。  教育的な問題としては教員からの電子カルテ上のフィードバックの修正・コメント箇所の記載方法について検討が必要である。さらに鍼灸手技教育用電子カルテということで、東西医学の医療情報と、鍼灸施術と按摩施術が混在するカルテ記載方法の検討も課題となることが予想される。  今回得られた結果をもとに、今後学生が使用しやすく、学習に役立つカルテのフォーマット作成が求められる。今回の試用で採用された記載方法に加え、教員から学生への教育課題リストの記載、また、学生本人が自覚した次回課題・問診確認事項の記載が簡単に行える教育用のインターフェイスの開発が必要となる。そして、医療情報に関連した教育的な情報を扱っていく為のインターフェイスの工夫が求められる。これらの課題について、今後検討していくべき必要がある。 謝辞  本研究は平成22年度文部科学省特別教育経費「視覚に障害を持つ医療系学生のための教育高度化改善事業」の一部として実施した。 参考文献 [1] 厚生労働省:保健医療分野の情報化にむけてのグランドデザインの策定について.2001. [2] 大学間連携プロジェクト・電子カルテ授業検討委員会:「コメディカル養成のための教育用電子カルテシステムおよびデータベースの構築と実践」に関するアンケート調査結果報告書(教員用),学校法人 川崎学園 川崎医療福祉大学,2010. [3] 文部科学省:特別支援学校学習指導要領解説 総則等編(高等部),初版,海文堂出版株式会社,2009. [4] 村上 佳久,上田 正一:カルテキーパー Ver. 2(電子カルテシステム Ver.3)開発環境.筑波技術短期大学テクノレポート8:133-137, 2001. [5] 木村 友昭,津嘉山 洋:音声認識・音声出力を利用した電子カルテ向け入出力アプリケーションの試作.筑波技術大学テクノレポート14:37-41,2007. [6] 厚生労働省:医療情報システムの安全管理に関するガイドライン,第4.1版,2010. [7] 日野原 重明:POS 医療と医学教育の革新のための新しいシステム,第1版,医学書院,東京,1973. [8] Y.Itoh,T.Urushihata,T.Sakuma,S.Ikemune,M.Tojo,T.Miyake, H.Takahashi,N.Ohkoshi,K.Ishizuka,T.Ono: Development of Web Crawler and Database System for Visually Impaired Students - An Application to Career Support Web System -.NTUTEducation of Disabilities 8 :13-20,2010. The application of the electronic medical records for the pre-graduate clinical training of the acupuncture, moxibustion and anma massages with visually impaired students ― To make a preliminary model and trial for the introduction into clinical training ― NARUSHIMA Tomomi, TSUKAYAMA Hiroshi, SASAKI Ken, DONOYAMA Nozomi, OHKOSHI Norio Course of Acupuncture and Moxibustion, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: To apply the electronic medical records(EMRs) in the pre-graduate clinical training of the acupuncture, moxibustion and anma massages for sharing medical information among the visually impaired students, simulated patients and teachers. And we assess the effects and the problems of application of EMR into the education. Feedback from teachers to the students, can identify the problems which should be cleared in the clinical practice. Those advantages brought by using EMR can be able to increase the educational effect. EMR will present the full performance in network environment, but from the viewpoint of privacy protection, using EMR in the open network could result in a discrepancy between convenience and security. Keywords: electronic medical records, education, clinical training, visual impairments