骨模型へボイスペンを利用した解剖学自主学習の試み 筑波技術大学 保健科学部 保健学科鍼灸学専攻 池宗 佐知子 成島 朋美 東條 正典 佐々木 健 坂本 裕和 大越 教夫 要旨:視覚に障害を有する医療を学ぶ学生に対する自主学習教材作製の一つとして、骨模型へボイスペンを利用した取り組みを行った。教材作製にあたっては、まず骨を認識させた後、骨の各部位の名称などの確認をした。学生は、骨模型上に貼付したシールにその情報を入力した。作製した教材はその都度自宅に持ち帰り、自宅学習用の教材として利用させた。今回作製した教材を利用した感想には,前向きなものが多く、教材作製と共に自主学習の動機となる可能性が示唆された。 キーワード:ボイスペン,骨模型,自主学習 1.はじめに  解剖学の授業では、通常のテキスト以外に骨や筋などの各臓器の模型を利用した講義や実習が行われている。模型の利用により図や触図では理解し難い立体的な情報を補うことができる。しかし、強度の視覚障害を有する学生にとって各臓器の立体的な形状や位置関係を理解するためには手の触覚を利用することが多いのが現状である。解剖学を学び始めた学生は知識が不十分であるため、学習面で多くの時間を必要とすることが多い。また、学生個人の学習到達度の違いにより、立体物の形や位置を十分に特定することが困難な場合もしばしば見受けられ、学習初期において立体物の把握が十分に行われない場合、学習につまずく可能性が考えられる。学習の初期段階で十分に理解できないために学習につまずいてしまうと、その後の学習意欲や学習効率が低下してしまうことが報告されている[1]。学習の意欲低下を防ぐため、英語教育などではボイスペン(e-pencil)を利用した学習も行われている。  今回、学生用教材である骨模型を学生の自主学習教材として利用するため、タッチ式ボイスレコーダ Touch Memo(ユーディ・クリエイト㈱)(以下、ボイスペン)を利用した取り組みを行ったので報告する。 2.方法 2.1 対象  解剖学を学ぶ上で高度の視覚情報補償を必要とする保健科学部学生に対して学年を特定せず協力を依頼し、今回の教材作製方法および学習内容の説明を十分に行った後、本学習に参加することに同意が得られた学生2名対象とした。 2.2 材料  解剖学の授業で用いられている骨模型(㈱坂本モデル)と、ボイスペンおよび付属の録音再生シールを用いた(図1、2、3)。 2.3 教材作製方法 ①録音再生シールの貼付:ボイスペンはシール上の特殊コードを認識しており、骨模型にボイスペンに付属されているシールを貼り付けた。図2の直径20 mmの円形シールは、シール中央と周囲に突起があるため、これを触覚認識させ、骨の名称(骨名)を示すものとした。また、図3に示す7×20mmの長方形シールは、突起や筋の起始・停止部位などの骨の各部位を示すものとした。特殊コードが認識可能な大きさであれば、情報を読み取ることが可能であり、そのままシールの貼り付けができない細かい部位には、シールの一部を貼り付けた。 ②事前学習:教材作製のための音声収録は学生の自主学習を目的としており、学生自身の声を録音することとした。そのため、骨の各名称や部位の内容についてボイスペンの音声収録前に教科書や資料等にて予習させ、音声データの入力には口頭試問にて正解した場合を条件とした。 ③音声データ入力方法: 音声データは、全て学生自身の声を図1の左端にあるREC のボタンを押し、シールを貼付した部位やその他解剖学上必要な情報を録音させた。ボイスペンは、各ペンにデータを入力しない限り、シールを認識することはできない。そこで、学年による到達度の違いを避けるため、学生にはそれぞれ専用のボイスペンを使用させた。 図1 ボイスペン 左から、REC(録音)、DELETE(消去)、ON/OFFの3つのボタンのみで操作可能である 図2 各骨名を示す録音再生シール 図3 骨の各部位を示す録音再生シール 3.結果 3.1 ボイスペンを使用した自主学習  週1回の頻度にて事前学習および音声入力を実施し、入力したボイスペンおよび骨模型を自宅に持ち帰り、自由に学習できるようにした。次週の音声入力前に前週の復習テストを行い、知識の定着を確認した。また、学習状況に応じてデータを上書きすることも可能であるため、随時データを更新することもできた。この結果、個人の学習状況に応じた教材作製が可能であった。 3.2 骨模型へのシールの貼付について  図4で示すように、脛骨など広い平面や凹凸の少ない部位に関しては、シールを問題なく貼り付けることができた。しかし、図5で示すような頭蓋底など細かい部位や凹凸の激しい部位は、シールを貼り付けてもすぐに剥がれてしまうため、テープや瞬間接着剤を利用して固定した。テープは、メンディングテープ(住友スリーエム(株))を利用した。シールの上にテープを貼付しても、ドットコードを認識することは可能であった。テープを利用した固定は、テープに覆われた領域の凹凸を触察することが困難になる部位もあった。 また、瞬間接着剤は、部位により簡単に剥がれ落ちることもあった。 3.3 学習者の感想  作製した教材を利用した結果、学生からは「家での学習時間の増加や授業との関連があるため有用であった」、「これまでの学習の復習になっていることや、自宅学習において、目で文字を追わずに学習ができるため、効率的な学習ができている」など、前向きな感想を得ることができた。 図4 脛骨近位へのシールの貼付 図5 内頭蓋底へのシールの貼付 4.考察  これまで全盲学生に対しても、骨模型に対する触察や体表からの触察が、骨学の学習として取り組まれてきた[2]。今回、自主学習を行う上で、さらに効果的な骨模型の利用方法として、ボイスペンを用いた取り組みを行った。今回作製した教材は、学習者の感想から自宅での学習において有用である可能性が示された。しかし、本学習方法は完成されたものでなく予備的な段階であり、いくつかの問題点や今後改善すべき点もあり、以下に列挙する。 ①個々のシールの音声情報量および内容について 今回、円形シールは骨名を中心に入力したが、視覚障害学生に骨の全体像を理解させるためには、長さ、左右、身体における位置などを効率よく入力する必要があると考えられた。長方形シールは、各部位の名称が主体となり、シールの数が多いため個々のシールにおける情報量が多すぎると、学生の理解が困難となる可能性がある。 ②骨模型へのシールの貼付の問題点 結果の3.2に示したようにシールがはがれやすい点が大きな問題であり、今後、接着方法の改善についても検討しながら、教材作製を続けていく予定である。 ③教材の作製方法について 今回は、学生が自分の声で教材作製することを目標としたため、マンツーマン指導による作業を行った。この方法では、指導側に利用教材作製のための多くの時間を要することとなり、時間的効率は必ずしも良いとは言えない。そのため多くの学生を対象とすることは困難であり、最初から教員側で作製した同じ教材を全員に提供することも考えられる。しかしながら、学年や各個人の学習の到達度が異なっており、全て同じ教材を提供し利用させることが良いのかという点については検討すべき課題である。 謝辞 本研究は平成22年度文部科学省特別教育経費「視覚に障害を持つ医療系学生のための教育高度化改善事業」の一部として実施した。 参考文献 [1] 水間 玲子:大学生のアイデンティティ発達における専門教育の意義について−心理学専攻の学生を対象に−. 京都大学高等教育研究12:1-14, 2006. [2] 前島 徹:視覚障害学生にわかりやすい解剖学実習の試み −身近な道具で表現する−. 筑波技術短期大学テクノレポート 10(2):51-55, 2003. An approach to the self-education using human bone phantoms with a speaking pen as anatomy study aid. IKEMUNE Sachiko, NARUSHIMA Tomomi, TOJO Masanori, SASAKI Ken, SAKAMOTO Hirokazu, OHKOSHI Norio Course of Acupuncture and Moxibustion, Department of Health, Faculty of Health Sciences Tsukuba University of Technology Abstract: We applied a speaking pen (Touch Memo) to human bone phantoms as a self-education aid in anatomy study for visually impaired students. In the method of making study materials, the students learned names and functions of the bones in advance. Next, the students input the information, name of each bone, etc, in the seal patched on the bone model. In the following step, they used the bone phantoms and a speaking pen as a self-directed learning tool. After the self-learning we carried out a questionnaire asking for student’s opinions about this study method. The students evaluated this study method as positive, and they were highly motivated to learn anatomy. This approach suggests that it is efficient and effective for visually impaired students to study bony anatomy using this method. Keywords: speaking pen, human bone phantom, self-directed learning, anatomy, visually impaired