視覚障害者における廃鍼回収機器の利用と必要性 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻 成島 朋美 池宗 佐知子 東條 正典 森 英俊 要旨:本調査は視覚障害者が「鍼の抜き忘れ」を防止可能な機器に対する利用、必要性を検討したものである。対象は視覚に障害のある学生32名とした。その対象者は視力が0.1以下の者19名、視力が0.1より大きい者13名を対象に調査した。調査方法は廃鍼回収機器を使用し、評価票Aおよび評価票Bに機器の利用感、必要性について回答を求めた。その結果、視覚障害者では廃鍼回収機器の必要性を28.13%の者が感じており、その機器の操作性の改善を必要としていた。 キーワード:視覚障害,廃鍼回収機器,インシデント,鍼の抜き忘れ 1.はじめに  医療は安全と質を確保し、医療技術を患者様に提供することが重要因子とされている。その治療行為は治癒に向かう行為であって人為的ミスによって安全性を損なうことは回避する事象である。その安全から逸脱した行為は人為的ミス(ヒューマンエラー)として報告されている。ヒューマンエラーはうっかりミス(slip)、判断ミス(mistake)、人的要因(human factor)などによって惹起されている1)。  有害事象の頻度とその影響についての大規模研究の多くは入院部門で行われており、ニューヨーク州の入院患者を対象とするHarvard Medical Practice Study による研究では、患者の有害事象の発生率が3.7%であり、そのうちの58%は防止可能であったことを明らかにしている1)。このように医療現場は、偶発的な事件、思いがけない出来事、ハプニング、いわゆるインシデントに見まわれており、このインシデントを防止、回避することは安全を確保した医療と考えることができる。  鍼灸治療においては、有害事象としてyamashita, et al2)により4ヶ月間の鍼灸施術に関する調査の結果、7人の鍼灸施術者の中で「鍼の抜き忘れ」について27件の発生が報告されている。その4ヶ月間における鍼施術人数では338人、鍼施術総回数1,441回の中の27件であった。その他の有害事象はめまい6件、吐き気6件、倦怠感3件などであった。一方、鍼の折鍼による報告では、頭蓋内、脊椎管内に迷入した症例3)、埋没鍼による動脈形成の症例4)、埋没鍼による神経損傷の症例5)など鍼が折れる、または残留させることで有害な事例が報告されている。しかしこれらの報告では、「鍼の抜き忘れ」を一因とした報告ではなかったが、防止・回避する方法は鍼を身体に残さない、いわゆる「鍼の抜き忘れ」を起こさないことが防止策の一端を示唆することが考えられる。  医療の中で薬剤や患者取り違えを防止する方法として「ダブルチェック」や「ダブルタッチ」という方法が実行されている。これは第3者が薬剤や患者をチェック(再確認)し、その後に治療行為を行う方法である6,7)。鍼治療の前後で第3者が鍼の本数をチェックすることはこれに代用できる8)。このチェックを機器で代用できれば「鍼の抜き忘れ」による有害事象が防止可能と考えることができる。  そこで、本研究は視覚障害者学生に対して電子カウンター機能を備えた廃鍼回収機器(以下 試作機)の利用・必要性を検討することを目的とした。 2.方法 2.1 対象  本学鍼灸学専攻の学生で、この調査に協力が得られた39名(全盲3名、弱視36名)を対象とした。その中で視力が0.1以下の群(A群)と視力が0.1より大きい群(B群)の2群に分けた。なお全盲者、手動弁の者については除外した。従って対象者はA群19名、B群13名とした。 2.2 廃鍼測定  廃鍼の測定は試作機〔セイリン(株)と橋本電子(株)の共同制作〕を用い、図1、図2に試作機の大きさ、投入口径、画面表示の大きさ等を示した。試作機は機器投入口から廃鍼・廃鍼管を投入し自動的に本数の測定を行う機器として開発された。なお、本研究は企業との利害関係を有していない。 2.3 評価方法  試作機使用後、評価票A(表1)、評価票B(表2)へ直接回収方式によって調査した。評価票Aでは、試作機の使用感や必要性に関する5項目を調査した。評価票Bでは、視覚に関する事項に加え3項目を質問した。問1の回答方法は「入れやすい」1を左端、「入れにくい」5を右端とした5段階で評価した。問2の回答方法は「確認できた」1を左端、「確認できなかった」5を右端とした5段階で評価した。なお、3・4・5を選択したものについてはどうすれば入れやすく、本数の確認が可能となるか自由記述形式とした。問3の回答は自由記述形式とした。 2.4 解析方法  2群(A群、B群)の比較では、評価票Aの5項目をカイ2乗検定で行った。また評価票Aの価格設定、評価票Bの2項目はMann-Whoitoni U検定で行った。視覚障害者の利用・必要性の解析では、左右の視力の大きい値、2群(A群、B群)、評価票Aの必要性、試作機の価格目安、評価票Bの項目1・項目2、利用性の合計5項目をPearson's相関関係で行った。なお、評価票Aの試作機の必要性は「すぐに購入したい」と「購入を検討する」を必要とし、「商品化されても購入しない」と「必要性を感じない」を必要ないと変換し相関関係項目とした。また評価票Bの試作機における利用性(自由記述)は単語の抽出を行い、9項目を抽出し相関関係項目とした。統計解析ソフトはSPSS Ver.15(IBM 社製)を用い、危険率5%未満を有意とした。 図1 試作機 図2 廃鍼・鍼管の本数表示画面と投入口 表1 評価票Aの項目 表2 評価票Bの項目 3.結果 3.1 評価票A(表3-1~表3-10)  評価票Aでは、試作機本体の大きさ(外観を含む)、使い方に群間差はなかった。試作機の使用については、使用中の誤作動、試作機の安定性、投入口の位置、投入口径の大きさ、鍼または鍼管のつまり状態、廃鍼容器の大きさに群間差はなかった。試作機の必要性では、群間差はなかった。試作機の価格(購入検討あるいは購入したい場合の価格の目安範囲)の目安ではA群5,000±947円(中央値±標準誤差)とB群 13,951±9,644円で視力が0.1以下の者A群の方が低い価格であった(p<0.05)。  また本試作機の性能性では、誤作動の「あり」・「なし」での単純集計で18.75%(6名/32名)で起こった。 3.2 評価票B  評価票Bの「廃鍼・鍼管は回収ボックスに入れやすかったですか」(試作機投入口の挿入感)ではA群3±0.31(中央値±標準誤差)とB群4±0.40で群間差はなかった。「廃鍼や鍼管の本数を掲示板で確認することができましたか」(試作機画面表示の確認)では、A群4±0.38とB群1±0.39で視力が0.1以下の者(A群)で試作機の画面表示が確認しにくかった(p<0.05)。 3.3 視覚障害者の利用・必要性(表4)  左右の視力の大きい値で相関関係を示したのは、2群(r=0.810,p<0.0001)、試作機画面表示の確認(r=-0.401,p<0.05)、文字拡大(r=0.396, p<0.05)に相関していた。  2群では、左右の視力の大きい値(r=0.810, p<0.0001)、試作機画面表示の確認(r=-0.387, p<0.05)、機器の価格目安(r=0.505, p<0.05)で相関していた。  試作機投入口の挿入感では、試作機画面表示の確認(r=0.499, p<0.05)で相関していた。  試作機画面表示の確認では、左右の視力の大きい値(r=-0.401, p<0.05)、2群(r=-0.387, p<0.05)、試作機投入口の挿入感(r=0.449, p<0.05)、音声機能(r=0.396, p<0.05)、試作機の価格目安(r=-0.604, p<0.05)で相関していた。  投入口では、文字表示(r=0.360, p<0.05)、投入本数(r=0.360, p<0.05)で相関していた。  配置では、試作機の価格目安(r=0.533, p<0.05)で相関していた。  文字拡大では、左右の視力の大きい値(r=0.396, p<0.05)、文字種類の変更(r=0.558, p<0.001)で相関していた。 表3-1 試作機の大きさ:外観 表3-2 試作機の大きさ:ワゴンに乗せたとき 表3-3 試作機の使い方 表3-4 試作機の誤作動の有無 表3-5 試作機を利用した時の安定性の有無 表3-6 試作機を利用した時の投入口の位置 表3-7 試作機を利用した時の投入口径の大きさ 表3-8 試作機を利用した時の投入口の詰まり有無 表3-9 試作機を利用した時の投入口径の大きさ 表3-10 試作機の必要性 4.考察  本調査は視覚障害者における「鍼の抜き忘れ」を防止可能な試作機に対する利用、必要性を検討したものである。必要性では、「すぐに購入したい」9.38%(3人/32人)、「購入を検討する」18.75%(6人/32人)で28.13%と3割弱の人で必要性を感じていた。しかし一方では、「必要性を感じない」28.13%(9人/32人)、「商品化されても購入しない」43.75%(14人/32人)で71.88%が必要性を感じていなかった。また視力が0.1以下と0.1より大きい者では、必要性に群間差はなかった。このことから本対象者では、視覚障害に関わらず試作機の必要性が少なかった。  試作機の使用によって誤作動を起こしたかに関する項目では、18.75%(6人/32人)が鍼や鍼管が投入口で詰まり性能性が伺われた。この2群間に差はないことから、視覚に障害の有無に関わらず試作機の操作性に対する再検討が必要と考えられた。  試作機の価格目安では、2群間に差を示し、視力0.1以下の者が低い値であったが、試作機の必要性に差がないことから視覚障害に関わらず必要性に反映していなかった。また、本対象者の価格目安からの必要性では、2群、試作機の配置に正相関、試作機の画面表示で逆相関を示すことから視力が低い者は価格目安で低価格を希望し、試作機の画面表示の変更を希望していることが伺われた。  また試作機の画面表示の確認では、2群間に差を示したことから視力が低い者ほど画面の表示確認が困難であった。なお相関関係から画面表示の確認が困難な者では、機器投入口の挿入が困難で音声機能の必要性を感じ、試作機の価格目安が高額値を示していた。  視覚に関わらず「鍼の抜き忘れ」はインシデント報告9)として問題であり、防止対策が必要である。その対策として、本試作機は期待できる要素を持ったものと思われるが、鍼の本数の誤作動など、その性能について再検討が必要な項目があることが示唆される。江川ら8)の報告では、鍼の抜き忘れの発生率は0.07%と示し、施設内鍼灸師については「鍼の抜き忘れ」の経験者が80%存在したと報告している。鍼の抜き忘れに対する防止策としては、ダブルチェックが有効と考えられているが、実際に防止策を行っているものは少ないと報告されている。近藤ら10,11)は1年間の鍼灸施術において「鍼の抜き忘れ」は2008年17件(8,009人中)、2009年15件(8,693人中)と報告している。この発生頻度は2008年0.21%、2009年0.17%と算出される。近藤ら10)の報告による「鍼の抜き忘れ」の防止策では、 使用した鍼の鍼管と鍼本数が一致しているかの確認を2008年から防止策として遂行しており、2009年の報告11)で「鍼の抜き忘れ」の発生頻度が減少したものと推察される。  以上のことから「鍼の抜き忘れ」の防止策は必要であるが、その防止策が施設により異なり十分な実施率として反映できない要素も少なくない。本試作機を利用することで防止策の一端をなすためには、性能および操作性の改良が必要であり、視覚障害者を対象とする場合では、音声機能、文字表示、価格目安(5,000円程度)が望まれていた。 表4 視覚障害者の利用・必要性を示した相関関係 5.結語  視覚障害者では廃鍼回収機器の必要性を28.13%の者が感じており、その機器の操作性の改善を必要としていた。 参考文献 [1] Anthony S. Fauci, et al(編)、福井 次矢、黒川 清(監):Part1 臨床医学総論 医療の安全と質.ハリソン内科学 第3版,メディカル・サイエンス・インターナショナル,東京,e1, 2009. [2] Yamashita H, Tsukayama H:Safety of acupuncture: incident reporting and feedback may reduce risks. BMJ 324: 170-171, 2002. [3] 相田 典子、田之畑 一則、藤原 卓哉 他:頭蓋内、脊椎管内に迷入した鍼治療針の1例.日本医学放射線学会雑誌,49(6):790, 1989. [4] N. Origuchi, T.Komiyama, K.Ohyama, et al. Infectious Aneurysm Formation After Depot Acupuncture. Eur J Vasc Endovasc Surg, 20:211-213, 2000. [5] 勝見 泰和、北條 達也、坂本 敏浩 他:医療事故例における末梢神経損傷の検討.日本手の外科学会雑誌,18(2):168-172, 2001. [6] 織田 幸恵:これだけは避けたい!看護技術 安全確保(ダブルチェック).ナーシング・トゥデイ,23(1):46-48,2008 [7] 駒本 やすみ:心臓・血管手術における両端針カウントマニュアルの実践 針カウント用具の安全性の評価.手術医学,29(3):211-213, 2008. [8] 江川 雅人、石崎 直人:より安全な鍼灸臨床のためのアイデア 鍼の抜き忘れ防止の工夫.全日本鍼灸学会雑誌,57(1):3-6, 2007 [9] 山下 仁、津嘉山 洋、丹野 恭夫 他: 視覚障害をもつ鍼灸師が特に注意すべき医療過誤─附属診療所における6年間の記録─. 筑波技術短期大学テクノレポート6 :207-209, 1999. [10] 近藤 宏、津嘉山 洋、堀 紀子 他:質の高い鍼灸医療を目指して筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター鍼灸部門外来報告2008.筑波技術大学テクノレポート,17(1):73-77, 2009. [11] 近藤 宏、櫻庭 陽、堀 紀子 他:鍼灸臨床における統合医療を模索して筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター2009年度鍼灸部門外来報告.筑波技術大学テクノレポート,18(1):111-115, 2010. Use and Necessity of Acupuncture Needle Waste Collection Equipment for the Visually Impaired NARUSHIMA Tomomi, IKEMUNE Sachiko, TOJO Masanori, MORI Hidetoshi Course of Acupuncture and Moxibustion, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: This study examines the use of and necessity for equipment to prevent the visually impaired from failing to remove an acupuncture needle. The subjects were 32 visually impaired students. Of the subjects, 19 students had 0.1 vision (20/200) or less, while 13 students had more than 0.1 vision. The method was the subjects’ use of waste collection equipment for acupuncture needles, and then asking them to answer questions on Evaluation Forms A and B regarding how they felt when using the equipment, and whether they needed it. As a result, 28.13% of the visually impaired felt it was necessary to have waste collection equipment for the acupuncture needles, and it improved the operability. Keywords: Visually impaired, Waste collection equipment for acupuncture needles, Incident, Failure to remove a needle