点字の読めない学生向けのDAISY教材の作成システム 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 村上 佳久 要旨:点字の読めない重度視覚障害学生に対する学習支援を行うための方法として、DAISYを利用した新たなシステムを作成し、その対応について検証を行った。学生に対する教育方法そのものを考え直す必要があると示唆された。 キーワード:DAISY,点字,合成音声 1.はじめに  従来、点字が読めない重度視覚障害者が、あん摩・マッサージ・指圧師やはり師・きゅう師(三療)などの国家資格を取得するための養成課程としては、全国に5か所あった視力障害センターが一般的であった。しかし、障害者福祉法や介護保険法の改正の影響から、視力障害センターへの入所生が減少し、盲学校(視覚障害特別支援学校への入学生徒が増加している。また、筑波技術大学でも在学途中に中途失明に至る場合以外に、点字の読めない学生を受け入れることもある。しかし、点字の読めない重度視覚障害者が学習するためには様々な教材に対する工夫が必要である。  ここでは、点字の読めない重度視覚障害者の学習環境を考え、点字以外の学習方法として利用されている音声教材(主としてDAISY)やパソコンとともに合成音声を利用した教材も含めて、その支援方法などについて検証する。 2.点字の読めない視覚障害者への対応  一般に、点字の読めない重度視覚障害者が教育機関に入学するとどうなるのであろうか。  従来の考え方としては、中途失明の高齢者は視力障害センターへ行き、若年の中途失明の場合は盲学校か視力障害センターを選択しており、盲学校を選択した場合には、盲学校に於いて、学習文字として点字を選択し、点字学習を優先して行うのが一般的であった。また、視力障害センターを選択した場合は、音声教材(主としてカセットテープ)を利用して学習を進めるのが常であり、音声教材を利用する場合は、これを反復して聞き・暗記するのが一般的な学習法であった。  しかし、情報機器の急速な発達は、視覚障害者のパソコン利用を促進し、画面読み合成音声ソフトウェアとともに学習支援を行うのに十分な機能を有するようになった。  さらにカセットテープに代わりDAISYと呼ばれるCDを利用する新しい音声教材の登場は、点字の読めない視覚障害者の学習環境を改善している。このため、点字を習得せずに学習する視覚障害者が増加していることも見逃せない状況といえる。  近年、盲学校でも点字の読めない重度視覚障害者が入学することが多くなってきた。このため、従来は点字を教育の中心としてきた盲学校でも、音声教材やパソコンなどの新しい教育機器への対応が急務となっている。 3.学習支援システム  点字が読めない視覚障害者が、学習するための支援システムについて簡単に説明する。 3.1 パソコンの利用  画面読み合成音声ソフトウェアは、重度視覚障害者がパソコンを利用する場合に不可欠なソフトウェアである。現在では、多くのWindowsのバージョンに対応しており、なめらかな読み上げを行う合成音声エンジンにより、以前に比べて非常に聞き易くなっている。一般的な用語に関しては問題なく発音し利用することが出来る。このため、点字の読めない視覚障害者はパソコンの操作方法を習得すれば、ある程度の学習支援となる。しかし、合成音声ソフトウェアの読み上げに関して、学習上幾つかの問題がある。 3.2 専門用語  盲学校専攻科(理療科・保健理療科など)や視力障害センターなどで、三療免許取得のための学習を行うためには、専門用語の導入が不可欠である。この専門用語には二種類あり、解剖学や生理学等の基礎医学、臨床医学などの医学用語と、経絡経穴などの東洋医学関連用語である。[1]  一般的に「内側」という漢字は「うちがわ」と入力するが、医学用語では「ないそく」と入力する。したがって、入力時にかな漢字変換する場合には「ないそく」と入力して「内側」と変換され、画面読み合成音声ソフトウェアは、「ないそく」と発音する必要がある。しかし、「窓の内側」と言うような例では、画面読み合成音声ソフトウェアは、「うちがわ」と発音しなければならない。[2]  一方、東洋医学関連の場合はどうであろうか。「瘀血」(おけつ)と言う用語があるが、この「瘀」の字は、Shift-JISでは、定義されていないため一般的に外字と呼ばれる。しかし、Windows VistaやWindows 7では、Unicode文字として定義されており、システムの中で一般的な文字として扱われる。ところが、画面読み合成音声ソフトウェアでは、Unicode文字は発音しないため、かな漢字変換入力時には発音しない。また、かな漢字変換時に変換するための詳細読みもないため、文字を選択するためには、画面を見ながら行うことは出来ても、音声だけを頼りにする重度視覚障害者では不可能である。したがって、ある種の工夫が必要となる。[3][4] 3.3 点字データの利用  点字が読めない重度視覚障害者でも点字データが利用できないであろうか。ここで、点字データを俯瞰すると点字データは、かな漢字文を「分かち書き」という中間的な読み下し文に変換し、これを元に点字データに変換する。つまり、点字データは、かな漢字文の読みが完全に変換された文なのである。(下図参照) 【図は内容の読み上げ情報が省略されています】  したがって前節のような読みを間違えるという問題はない。つまり、点字が読めない重度視覚障害者でも点字データを活用すると学習可能となる。  点字データを利用する方法としては二つの方法がある。1つは、点字データを「点字エディタ」と呼ばれる点字を編集するためのソフトウェアで利用することである。「点字エディタ」は、点字ディスプレイと併用することにより、パソコンを利用して、点字データを点字ディスプレイに出力可能となる。このため、点字の読める学習者は、点字データがあれば、点字ディスプレイで触読することも可能であり、さらに点字プリンタに接続して点字印刷すれば、点字の紙を読むことも可能となるであろう。  一方、点字の読めない視覚障害者は、「点字エディタ」を音声で活用することとなる。前述のように点字データは、読みが完全なので間違えることはない。この状態で、「点字エディタ」の読み上げ機能を活用する。  画面読み合成音声ソフトウェアよりも、読み間違えのない読み方なので、問題は少ないと思われる。しかし、この「点字エディタ」の設定は複雑で、フリーソフトの「点字エディタ」を利用する場合などは、インストールも含めてかなりの熟度が必要となる。元々は、点字を読んだり、編集したりするためのソフトウェアであるからである。けれども、このような活用方法を教育に活用すれば、点字の読めない重度視覚障害者の学習支援システムとして十分に活用可能となる。 3.4 DAISY  DAISYは従来の音声教材であったカセットテープに代わりCDで提供され、デジタル化によって頭出しなどが簡単になり、反復して聞き事も出来るため、教育効果は非常に高いものがある。初期のメディアは、CDであったが、現在ではより小型のSDカードを利用する小型の機器やパソコンを利用してネットワークを通じてDAISYデータのやりとりを行うタイプもある。さらに、小型の機器でパソコンを使用せず、Wi-Fi無線LANでDAISYデータのやりとりを行うタイプも登場してきており、DAISYデータをどこでも利用できる一種のクラウド化が進められている。 しかし、幾つかの問題がある。 1)DAISY機器の操作方法の習得 2)即時性対応 3)DAISY教材作成 1)の操作方法の習得は、例えば視力障害センターなどでは、4月の入所の段階で集中的に操作方法の習得を練習し、操作方法の試験に合格してはじめて授業を受けることが出来るようにしているところもある。中途半端に操作方法を練習するのではなく、集中的に行うことによって、短時間に操作方法を習得することにより、学習する体制を整えることが重要と思われる。 2)の即時性の対応は、日本語の場合、なかなか難しい問題である。英語の場合は、Microsoft社がDAISY Translatorと呼ばれるMicrosoft Wordのアドインソフトを無償で提供しており、Wordで書かれた英文は、合成音声ソフトウェアによりTTS(Text to Speech) DAISYに変換される。そして、直ちに利用可能となる。日本語でもこのDAISY Translatorは提供されているが、前章で述べたとおり、同字異音異義語の多い日本語特有の問題から、医学系や東洋医学系の用語に関しては正確さを求めることは不可能に近い。 3)の教材作成に関しては、盲学校や視力障害センターでは、教員が自分で教材を録音するため、読みの間違いは起こらない。また、盲学校・視力障害センターなどで活動する朗読ボランティアの場合も、同様に施設の教員が読みを指導するため、多くの問題は起こらない。  このようにDAISYを利用する環境は盲学校や視力障害センターでは実用上問題ないと思われる。 4.DAISY教材作成の改善  DAISY教材の作成に関しては、様々な問題があることは、指摘した。ここでは、新たにDAISY教材を作成する方法について述べる。 4.1 肉声DAISY  教材作成者が自身の記述した文章を自分自身または、ボランティアなどに依頼して読んでもらうことにより音声データ(Wav)を作成する。これを元に、DAISY作成ソフトでDAISY-CDを作成する。録音するのは、ICレコーダーなどで十分であり、自宅などでも簡単に録音できる。録音室での録音に比べて、残響など若干ライブ感はあるが、問題ないレベルである。ICレコーダーに直接録音することにより、明瞭な録音レベルが確保できる。もちろん、直接DAISY録音機で録音すれば最もよいが、自宅でも録音できる簡易さが重要である。 4.2 TTS DAISY  教材からテキストデータを取り出し、TTSによって音声データに変換する。TTSは、基本的に合成音声エンジンとTTSソフトウェアの組み合わせで構成されるため、読み上げの質は合成音声エンジンに依存する。TTSソフトウェアは、Text文章を合成音声エンジンを使用して、WAVEデータに変換するソフトウェアである。  また、専門用語に関しては、TTSソフトウェアと合成音声エンジンの両方に関係するため設定については、注意が必要である。 1)音声エンジンの選択 2)読み上げ辞書の編集 3)専門用語の登録1)の読み上げのための音声エンジンは、現在市販されている合成音声ソフトウェアから選択すると HOYA:Voice Text 日立ビジネスソリューションズ:Voice Sommelier neo 株式会社アニモ:FineSpeech ver.2 クリエートシステム開発:ドキュメントトーカ 等があげられる。これに、TTSソフトウェアを組み合わせて利用する。 2)の読み上げ辞書の編集は合成音声エンジン側で行う。但し、合成音声エンジンが利用できる文字コードによっては、Textデータが利用できない場合がある。例えばUnicode文字を含む場合がそれで、合成音声エンジンがUnicodeをサポートしていない場合は、Unicode文字を含む場合は、読み上げ辞書編集が出来ないことになる。 3)の専門用語辞書はTTSソフトウェアで登録する。この場合、TTSソフトウェアが利用できる文字コードが問題となる。もしもTTSソフトウェアがUnicode文字に対応していれば、合成音声エンジンが対応していなくても、Unicode文字の読み上げが可能となる。これは、一旦、TTSソフトウェアでUnicode文字を専門用語辞書に基づいて変換し、その後に合成音声エンジンに文字列を引き渡してからWaveデータ化するためである。 このTTS DAISYは、TTSソフトウェアと合成音声エンジンによって変換されたWaveデータを利用してDAISYを作成する。 4.3 専門用語辞書  三療関連の用語を含んだTextデータは、合成音声ソフトウェアを利用してWaveデータとする。このためには、専門用語辞書の充実が不可欠である。そこで、医学用語と東洋医学用語の二つに分けて辞書編集を行った。  医学用語は、平成3年から10年間、平成21年に閉鎖になった電子図書閲覧室で利用されていたMS-DOS用の日本語入力ソフトであるATOKで学生が辞書登録したものを中心として編集した。用語としては、解剖学用語、臨床医学用語、衛生学、リハビリテーション用語などである。また、東洋医学用語としては、経絡経穴、漢方、古典などを中心に採取した。MS-DOS時代は、文字コードがShift-JISであり、外字により、鍼灸の経絡経穴や国家試験文字に対応させていた。この用語の文字コードをUnicodeに変更し編集し直した。さらに、これら二つの専門用語は、合成音声エンジンやTTSソフトウェア用に分かち書きに変換し、それぞれのソフトに登録できるように変換した。  用語数は、医学用語が43000語、東洋医学用語が6000語、外字(Unicode)を含む文字は、約300語である。 4.4 実際の変換  TTSソフトウェアと合成音声エンジンの組み合わせで最も相性がよいのは、合成音声エンジンを販売する会社が販売しているTTSソフトウェアである。しかし、これは非常に高価なので今回はフリーソフトウェアを中心に選択し、合成音声エンジンと組み合わせた。TTSのフリーソフトウェアは、20種類以上が発表されているが、Windows 7以降で動作するものに限定すると数種類のみが対応する。  組み合わせる場合には注意が必要である。Unicode文字に対応可能かどうかが、選択の基準となる。TTSソフトウェアまたは合成音声エンジンのどちらかが、Unicode文字に対応していないと、三療関連の教育に利用できない。組み合わせは様々であり、32bit版と64bit版では組み合わせが異なる。辞書の振り分けも、TTSソフトウェア側に重きを置くか、合成音声エンジン側に重きを置くかで読み方が異なる場合があり、一朝一夕に行くのもではない。したがって、経験的な組み合わせになるが、最適な組み合わせを利用して、Unicode文字の混在したTextデータをWaveデータに変換する。  この方式により、Textデータを用意すれば、DAISYに変換できるシステムを構築することが出来た。ただし、場合によっては、読み方が不安定で、句点や読点等の位置によっては読み方が異なるという問題もあるため、今後、システムの更なる修正が必要と思われる。 4.5 点字データのTTS  前述のように点字データには読み間違えがない。そこで、点字データをひらがな変換し、合成音声エンジンで読ませると、綺麗な音声で読み上げるに違いないと想定した。  しかし、最新の合成音声エンジンは、漢字かな交じり文を形態素解析することで文法上の切れ目にしたがって、アクセントなどの読み情報や音声データを付加しており、このため全てひらがなの点字データは、読み方が非常に機械的で日本語らしくなく聞こえてしまう。このため、比較的古くからある初期の合成音声エンジンを利用した方が安心して聞けるという逆現象が起きてしまった。このことから、点字データを利用する場合には、余り性能のよくない旧式の合成音声エンジンと組み合わせることで、正しい読み上げを実現することが可能となった。 5.パソコンとDAISYを併用した学習支援システム  点字の読めない重度視覚障害の学生は、どのように学習すればよいのであろうか。  前章で述べたように、三種類の教材を使い分ける方法が勧められる。 1)DAISY-CDの利用 2)Textデータの利用 3)点字データの利用 1)は、DAISY教材を利用する。この場合には、DAISY機器の操作方法を十分に習得しておく必要がある。特に自分自身で録音や再生、早送り、ページ飛ばしなどの様々な機能について習得し、授業中に活用できることが重要である。 2)は、Textデータをパソコンの合成音声で活用する場合と、そこからDAISYを自分で作成する場合とに分けられる。 どちらの場合も、パソコンの設定が重要となる。つまり、パソコンのかな漢字変換機能に医学用語と東洋医学用語の専門用語を付加すること、また、画面読み合成音声ソフトウェアにこれらの用語がある程度喋るような専門用語の登録を行うこと。そして、かな漢字変換と合成音声ソフトウェアが連携できることの設定が必要となる。 3)は、点字データをパソコンなどで利用する場合で点字エディタの読み上げ機能にきちんと設定を行うことである。これらの事象は、細かい部分まで設定するには相当の時間と操作と知識が必要となる。また、Windowsのバージョンや32/64bitの対応などで一概に同じ設定が有効とはならないために留意する必要がある。 また、現在では、Windows 7 64bitが主流になりつつあり、Windows Vistaも利用されている状況では、様々な環境に対応できる準備が必要となる。 6.おわりに  点字の読めない重度視覚障害学生に対する対応として、最も重要なことは、利用できる教材をきちんと提供することである。そこで問題となるのは、教材は誰が作るのかという事である。筑波技術大学において、市販の教科書以外に資料等を渡す場合、普通文字と拡大文字までは教材作成者が対応できるであろう。しかし、点字となると対応できない教員も現在では非常に多くなった。音声データしかりである。しかし、盲学校や視力障害センターの教員は全て自分で作ることが前提である。特に音声データは文章をどのように読むかと言うことが重要であるため専門知識がないと辞書を頼りに調べるか、専門知識を有する人に頼むしかない。したがって、最も簡単なのは、教材作成者が自分で読み上げることである。これだけでも簡単に音声データができるため、後はボランティアなどに依頼してDAISYを作成すればよい。質の高い教育を行うためには、質の高い教材を提供することが最も重要ではないであろうか。 参考文献 [1] 村上 佳久・上田 正一: 視覚障害者のための電子図書館 その6─Text-To-Speech 合成音声による電子録音図書─, 筑波技術短期大学テクノレポート Vol. 10(1): 67-73, 2003. [2] 村上 佳久・伊藤 隆造・森 英俊: 外字について,筑波技術短期大学テクノレポート Vol. 5 : 111-116, 1998. [3] 村上 佳久: 外字について2,筑波技術大学短期テクノレポート Vol.12 : 33-40, 2005. [4] 村上 佳久: 外字について3,筑波技術大学テクノレポート Vol.15 : 139-144, 2008. The Creation of a DAISY System for a Visually Impaired Student Who Cannot Use Braille. MURAKAMI Yoshihisa Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired General Education Practice Section for the Visually Impaired Abstract: A learning aid system for a visually impaired student who was not able to use Braille was examined. A DAISY system was devised, and its action on the visually impaired student was examined. It was suggested that it would be necessary to devise an education method for the student. Keywords: DAISY, Braille, Voice synthesis