高等教育機関における障害学生支援の動向(Ⅳ) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 石田 久之 天野 和彦 要旨:日本学生支援機構は、6回目の『大学・短期大学・高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査』を、本年公表した。本論文では、それらに示された障害学生の在籍数、支援率、支援内容などから、我が国における障害学生支援状況を明らかにするとともに、視覚障害学生への情報保障について論じた。 キーワード:障害学生支援,情報保障,デイジー 1.はじめに  2011年6月、日本学生支援機構は、『平成22年度(2010年度)大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書』[1]を公表した。  本論文は、過去の報告を含めた6回の実態調査報告書[1]~[6]より、大学・短期大学・高等専門学校(以下、大学等という)における障害学生修学支援の最新の動向を、障害学生数、受験者数・合格者数、支援率、支援の内容の点から明らかにすることが、第一の目的である。  第二の目的は、著者の担当する視覚障害学生への支援内容について、全国的な範囲で学生のニーズを把握し、これをもとに改めて、視覚障害学生(特に盲学生)への支援を考えようとするものである。  石田・天野(2010[7], 2011[8])は、近年、障害学生数や支援率の増加がみられ、着実に我が国における支援状況は進展しているが、他方で、キャリア教育支援などに課題があらわれつつあると考察している。今回の調査内容から更なる課題について考察する。 2.障害学生数  図1は、全国の大学等に在籍している障害学生数を示している。障害学生数は、平成17年度(以下、報告書に合わせ元号による年度を用い、元号は省略する)5,444名で、以降4,937名、5,404名、6,235名、7,103名、22年度8,810名となっており、18年度から増加を続けている。  22年度の大学等で学ぶ全学生数は3,242千人であり、障害学生の在籍率は0.27%となる。この在籍率についても18年度より増加している(18年度0.16%、19年度0.17%、20年度0.20%、21 年度0.22%)。  一方、支援を受けている学生数は、実態調査開始当初より増え続けており、22年度では、全障害学生の59.6 %となっている。図に見られるように、支援を受けている学生数の増加は顕著であり、この傾向は今後も続くものと思われる。これは、石田・天野(2010[7], 2011[8])が指摘しているように、障害学生の修学支援が多くの大学等で根づいてきていると同時に、障害学生のキャリア形成や就職活動対応など、大学等の根幹に触れる領域にまで、支援が求められるようになっているからでもある。  図2は、特別措置により受験した障害者数、合格者数、及び入学者数である。19年度までの受験者数は、毎年1,700名程度であったが、その後、特別措置を利用する受験生は増加し、21年度は2,469名となっている。22年度は、前年度に比し7%減少し2300名であるが、20年度までの水準に比べると、高い値である。  これらについて、年度毎に合格率(=合格者数÷受験者数×100)、入学率(=入学者数÷合格者数×100)を求めたものが、図3である。  合格率についてみると、18~20年度は50%近い値を維持していたが、21年度は40.4%と、20年度より6.56ポイント減少している。22年度は42.6%で、前年度に比し増加をしているものの、横ばい状態とみることもできる。受験生側の不十分な学力が問題か、大学側の拒否的な受け入れ姿勢・体制が問題かは不明であるが、これらが明らかにならなければ、障害のある受験生の一層の合格率の増加は難しいものと思われる。  入学率については、調査当初から減少傾向が見られ、22年度は73.5%である。図2から分かるように、合格者数が増加しても、それに対応して入学者数が増加しないことが一因である。石田・天野(2011[8])が推測したように、一人が複数校に合格し、その中から一大学を選択するという状況であるのなら、障害者の大学選びの幅が広がったことになるが、確定的なことは言えない。これ以上、個別の突っ込んだ調査も困難であると思われ、数の調査における限界であろう。 図1 障害学生在籍状況 図2 特別措置による受験者数、合格者数、入学者数 図3 合格率と入学率 図4 障害別学生数 3.障害別学生数  図4は、障害別に大学等に在籍する学生数を示している。  先に障害学生の増加を示したが、その傾向は特定の障害に集中しているのではなく、ほとんどの障害で認められる。  最も学生数が多い障害は、肢体不自由である。以下、病虚弱、聴覚障害、発達障害、視覚障害となっている。前年度までと違う点は、病虚弱学生と発達障害学生の増加である。病虚弱学生数は聴覚障害学生数を抜き、発達障害学生も視覚障害学生を抜いている。しかも両者ともに、緩やかな変化ではなく、かなり急激な変化である。  石田・天野(2011)[8]は、“病虚弱学生への対応は、保健室や医務室での対応が多く、障害学生支援のための体制とは切り離されていたが、支援意識の高まりの中で、障害学生支援体制の中に組み込まれたり、組織間で緊密な連絡を取るようになった大学等が増えたりしたため、数値の把握が可能となったため”と推測しているが、いわゆる“見えにくい障害(外見上は分からない)”学生への対応も着実に進んでいることを示しているものと思われる。  京都大学は、平成23年度、“身体障害学生支援室”を“障害学生支援室”と改称したが、このような流れの中での措置であると考えられる。 4.障害別支援率  図5は、障害別の支援率を表している。21年度と比較すると、22年度はどの障害もほぼ横ばいとみることができるが、あえてその変化に言及すると、支援率が増加した障害は、視覚障害(+1.0ポイント)、病虚弱(+2.5ポイント)、減少した障害は、聴覚障害(-0.8ポイント)、肢体不自由(-2.2ポイント)、発達障害(-1.7ポイント)である。  17年度から病虚弱学生への支援の持続的な増加が認められるが、それでも本報告で示す五つの障害の中で、支援率は最も低い。  発達障害学生については、20年度、急激に支援率が増えたが、その後は、76~77%台で推移している。しかし、図4で示した通り、発達障害学生の数は大きく増えており、支援率の変化が無いことは、支援されている学生の実数が増加していることを示している。  以上に述べた障害の中で、本学に関係のある視覚障害及び聴覚障害について、学生への支援内容を以下で明らかにする。 図5 障害別支援率 5.視覚障害学生への支援内容  22年度において、視覚障害学生への支援として行われている内容のうち、実施校数が多い順に10項目を挙げると、(1)教材の拡大、(2)試験時間延長・別室受験、(3)解答方法配慮、(4)教室内座席配慮、 (5)教材のテキストデータ化、(6)実技・実習配慮、(7)点訳・墨訳、(8)パソコンの持ち込み使用許可、(9)読み上げソフト使用、(10)注意事項等文書伝達となる。  これらの中で、昨年度報告(石田・天野, 2011[8])を参考に、(1)(2)(3)(4)(5)(7)の6項目について、実施校数の変化を示したものが図6である。支援内容を聞いていない平成17年度を除く18年度以降に上述の各項目を実施した大学等の数である。  教材の拡大や座席配慮は、主に弱視学生への対応である。また、教材のテキストデータ化と点訳・墨訳は逆の変化の傾向を示している。つまり、データ化の増加と点訳の減少であり、こちらは主に盲学生への支援である。  これらのことから、弱視学生への情報保障の強化と、盲学生(一部、重度の弱視学生も含むと思われる)におけるテキストのデータ化が近年の支援の特徴と考えることができる。  図7は、盲及び弱視学生数と、それぞれの中で支援を受けている学生数を示している。盲については、学生数、支援学生数ともに横ばいであるが、弱視については、学生数、支援学生数ともに増加の傾向がみられ、図6に示した結果は、このような現状への対応ということであろう。なお、盲学生への支援については後述する。 図6 視覚障害学生への支援 図7 盲及び弱視学生数と支援を受けている学生数 6.聴覚障害学生への支援内容  “5.視覚障害学生への支援内容”と同様に、22年度の聴覚障害学生への支援を、10項目挙げると、(1)ノートテイク、(2)教室内座席配慮、(3)注意事項等文書伝達、(4)パソコンテイク、(5)実技・実習配慮、(6)FM補聴器・マイク使用、(7)手話通訳、(8)ビデオ教材字幕付け、(9) パソコンの持ち込み使用許可、(10)試験時間延長・別室受験となる。ここでは、(1)(4)(6)(7)(8)の5項目について、実施校数の変化について見ることとする(図8)  最も多い情報保障は、18年度より一貫してノートテイクである。19年度ピーク時には、196校で行われていたが、22年度実施校は183校である。  他方、この減少を補うかのように、パソコンテイクの実施校数がわずかではあるが増加し、22年度は89校となっている。パソコンテイクはノートテイクに比し、情報量が多いことが特徴であるが、タッチタイピングなどの支援者の高い技術が求められ、また、システム構成が複雑になるなどの課題もあり、簡単には移行できないジレンマがある。 7.卒業・就職状況  図9は、19年度より調査項目に加えられた障害学生の卒業・就職状況である。図中青は、卒業年次に在籍する障害学生数、茶色は実際の卒業生数、緑は就職者数である。  19年度報告(つまり18年度の実績)では、卒業年次在籍者数の82.6%が卒業し(=卒業率)、その48.7%(実数は489名)が就職としている(=就職率)。20年度(19年度について)報告では、卒業率76.2%、就職率59.8%となっている(就職者実数は、640名)。21年度は990名の卒業者(卒業率85.1%)の中で、529名が就職をしている(就職率53.4%)。22年度では、1180名の卒業者(卒業率77.3%)の中で、548名が就職をしている(就職率46.3%)。  就職率は年度によりかなり値が変化する。社会の経済状況のあおりを一番強く受けるのは、障害者等の労働弱者であることは、よく聞く話である。  文部科学省平成23年5月24日報道発表『平成22年度大学等卒業者の就職状況調査(4月1日現在暫定値)について』によると、大学等全体の就職率は91.1%となっている。これは就職希望者の就職率で、上に示した値とは直接比較できないが、たとえば、22年度に卒業した障害学生の中で、進学や就職・施設入所等以外の学生数は224名とされており、これが就職できなかった者ということであれば、その割合はかなり高いものとなる。石田・天野(2011) [8]が指摘しているように、学生の能力向上と同時に、社会が障害学生を受け入れられる体制を更に整備することが重要で、障害学生と大学の支援関係者だけで、就職率を大幅に向上させることは容易ではない。 図9 卒業生数と就職者数 8.盲学生への教育支援  “5.視覚障害学生への支援内容”において、弱視学生への情報保障の強化を挙げた。他方、盲学生においては、点訳の減少がみられることを指摘した。同時に、テキストのデータ化が増加しているが、このことは、盲学生や視力の低下が顕著な重度の弱視学生への教育を考えた時、その背景に見過ごせない事態が生じていることを示している。端的に言うと、“点字離れ”の問題である。  点字を自在に扱うには、長い時間が必要である。視覚障害支援学校の小学部などから十分な訓練を受けていなければ、大学等での授業についていくことができないのであるが、大学等に入学してくる盲学生の中には、様々な理由による中途失明学生が少なくない。この様な学生には、点字を十分に指導するのではなく、資料などのテキストデータを提供し、パソコン等で読ませるなどの方法が現実的な対応となる。また、点字を読むことができる盲学生も、近年では、パソコンや情報保障機器を使いこなしており、持ち運びも簡単なテキストデータを希望することが多い。これらがテキストデータ化増加の背景となっている。  視覚障害者の6割以上が、点字を必要としないと考えているとの調査結果があり(厚生労働省:平成18年身体障害児・者実態調査結果. http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/shintai/06/dl/01.pdf, 2011年7月21日閲覧)、点字に代わる、或いは点字を補助する効果的な情報保障を考える必要性は、年々高まっているものと思われる。  さて、近年、デジタル録音図書デイジー(DAISY:Digital Accessible Information SYstemの略で、「アクセシブルな情報システム」と訳されている)が普及しており、本学においても障害者高等教育研究支援センターで作成され(鍼灸・手技療法を学ぶ人のための点字・デイジー図書, http: //www.ntut-riryo.com/, 2011年6月30日閲覧)、実際に試験等で利用されている。点字や拡大資料の補助教材として用いるなら、大きな効果が期待できるであろう。あれかこれか一つということではなく、必要に応じ、補い合う様な情報保障の考え方とシステムを導入していくことが必要である。 参考文献 [1] 日本学生支援機構:平成22年度(2010年度)大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書, 2011. [2] 日本学生支援機構:大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査報告書, 2006. [3] 日本学生支援機構:平成18年度(2006年度)大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査結果報告書, 2007. [4] 日本学生支援機構:平成19年度(2007年度)大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査結果報告書, 2008. [5] 日本学生支援機構:平成20年度(2008年度)大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査結果報告書, 2009. [6] 日本学生支援機構:平成21年度(2009年度)大学、短期大学、高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書, 2010. [7] 石田 久之・天野 和彦:高等教育機関における障害学生支援の動向(Ⅱ). 筑波技術大学テクノレポート,17(2), 61-65, 2010. [8] 石田 久之・天野 和彦:高等教育機関における障害学生支援の動向(Ⅲ). 筑波技術大学テクノレポート, 18(2), 77-82, 2011. Trend in Support for Students with Disabilities in Higher Education (IV) Hisayuki ISHIDA, Kazuhiko AMANO Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired Abstract: This year, the Japan Student Services Organization published the “5th Survey on the actual conditions of support for students with disabilities in higher education.” This article is aimed at clarifying the trend in support for disabled students according to the number of students, the rate of support for students who want support, and so on. In addition, this paper discusses the trend in providing information accessibility for students with visual impairment. Keywords: Support for students with disabilities, Information accessibility, DAISY (Digital Accessible Information System)