改良型皮内鍼に対する視覚障害者の利用と必要性 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻 池宗 佐知子 東條 正典 成島 朋美 森 英俊 要旨:本研究は皮内鍼に対して視覚障害者の利用と必要性について検討した。方法は2010年と2011年に鍼基礎実習で実習を受けた21名を対象とした。実習は鍼の鍼柄部分を長くさせた改良型皮内鍼を使用した実習を導入し、従来の皮内鍼との使用感の比較を行い、改良皮内鍼の実用性を検討した。その結果、視覚に障害を有する者に改良皮内鍼は操作性が高く、感染防止を配慮することで実用的であった。 キーワード:鍼治療,皮内鍼,視覚障害者,鍼基礎実習 1.はじめに  教育カリキュラムの60~70%は基本である共通の学習到達目標に基づき、残りの40~30%は独自の教育理念により定められた目標に基づくものであり、学習到達目標や評価方法などは公開することで教育の質が保障されている。その根拠となるものがシラバスになる[1]。  鍼実技の教育は視覚障害に関わらず一定水準を保証しなければならない。鍼実技の中には、鍼臨床で用いられる基本的な刺鍼法の他に皮内鍼[2]、良導絡の直流電気刺激鍼療法[3]、灸頭鍼[4]、低周波鍼通電療法[5]などの特殊鍼法がある。特に、特殊鍼法は視覚障害を有することで治療手段が難しいことも少なくない。  特殊鍼法の一端をなす皮内鍼は、赤羽 幸兵衛 氏が臨床経験から考案した治療法である[2]。皮内鍼法はピンセットを用いて皮下に留置し、鍼柄部分を皮膚面で固定する方法で、持続治療を目的に考案されている。坂口ら[6]は腰痛者に皮内鍼を行い、改善傾向を示すが有害事象として「皮膚の痒み」、「局所の痛み」、「鍼の絆創膏からの飛び出し」を指摘している。その他の臨床効果では、股関節痛[7]、糖尿病の不定愁訴[8]、頸部のつっぱり感[9]、月経困難症[10]などが報告されている。従って、皮内鍼は皮膚に留置することで軽微な持続治療を目的に行われ効果を示している。  鍼による軽微刺激の報告では、Mori, et al[11]によって瞳孔直径の縮小、心拍数の減少、脈波波高の縮小を観察した。これら反応は副交感神経活動の亢進を引き起こすことが考えられている。また高村ら[12]の報告では、翳風穴(TE17)への皮内鍼時と星状神経節ブロック時の比較を顔面部の皮膚温で観察し、両群に温度上昇を観察し群間差がないことを示している。特殊鍼法である皮内鍼法は、継続治療としての有用性が期待できることから実技教育の項目に必要である。  そこで、視覚障害を有する学生でも操作しやすい様に鍼の鍼柄部分を長くさせた改良型皮内鍼(以下 改良皮内鍼)を実習に導入した。そして、従来の皮内鍼(以下 従来皮内鍼)との使用感の比較を行い、改良皮内鍼の実用性を検討した。 2.方法 2.1 対象  対象は2010年と2011年に「鍼灸基礎実習Ⅱ」を履修した学生23名(平均年齢27.4±10.7歳)であった。なお対象者は点字使用者2名、墨字使用者21名〔文字ポイント 14point:12名(以下A群)、18point:9名(以下B群)〕であった。点字使用者は解析から除外した。 2.2 方法  方法は「鍼灸基礎実習Ⅱ」に2種類の皮内鍼実習を行った。2種類の皮内鍼では、従来皮内鍼は鍼柄の長さ3mm、鍼体の長さ5mm、直径0.12mm(青木実意商店製)を用い、改良皮内鍼は鍼柄の長さ6mm、鍼体の長さ5mm、直径0.16mm(青木実意商店製)を用いた。改良皮内鍼は従来皮内鍼の鍼柄より長くし、指で用いやすく新たに作成した(図1)。 2.3 皮内鍼の実習方法  今回の改良皮内鍼は実用性を検討するために指サックなどの感染防止策を行わず経験させた。  従来皮内鍼では、ピンセットを用いて前腕部の皮内に刺入し、鍼柄の上下を大きさの異なる2枚の絆創膏で鍼を挟むように固定した。改良皮内鍼は指(母指と示指)を用いて前腕部の皮内に刺入し、鍼柄の上下を大きさの異なる2枚の絆創膏で鍼を挟むように固定した。  実習手順では、教員が従来皮内鍼の使用方法を説明し、学生に体験させ、学生自身に自分の前腕部への刺入を体験させた。改良皮内鍼は従来皮内鍼の後に教員が学生に改良皮内鍼について体験させ、学生自身に自分の前腕部への刺入を体験させた。  体験内容の評価は2つの実習後、皮内鍼を利用した使用感に関して自由記述形式で明記し、直接配布回収形式で行った。 2.4 解析方法  解析は従来皮内鍼と改良皮内鍼を体験後に自由記述で使用感などを明記した内容について単語抽出を行い、項目別に変換した。その変換後に墨字使用者の2群(A群、B群)の比較をカイ2乗検定を行った。また、使用感などの記述内容について項目間の関係性は相関関係で検討した。解析ソフトはSPSS ver.15を用いて危険率5%未満で有意とした。 図1 従来皮内鍼と改良皮内鍼 表1 2群(A群、B群)の比較 3.結果 3.1 2群(A群、B群)の比較  2群の比較を表1に示す。従来皮内鍼と改良皮内鍼の体験では、2群間に差はなかった。しかし、「従来皮内鍼は操作しづらい」では、A群25.00%(3人)、B群66.67%(6人)で弱視が強い群(B群)で従来皮内鍼の操作が行いにくい傾向を示した(p=0.056)。  全体(21人)の経験内容は、「改良皮内鍼は操作しやすい」 100.00%(21人)、「従来皮内鍼は視覚的に難しい」 61.90%(13人)、「従来皮内鍼は操作しづらい」 42.86%(9人)、「改良皮内鍼はピンセットなしでも可能」 38.10%(8人)に上位を占めていた。 3.2 墨字使用数(14 point、18 point)と記述項目の関係  墨字使用数による関係を表2に示す。「改良皮内鍼の方が角度をつけやすい」は「改良皮内鍼の鍼柄を更に長く」(r=1.000、p<0.0001)で相関していた。 「改良皮内鍼は感染に問題」は「改良皮内鍼は慣れが必要」(r=0.548、p<0.01)、「従来皮内鍼は操作不安」(r=1.000、p<0.0001)、「従来皮内鍼は衛生的」(r=1.000、p<0.0001)で相関していた。 「改良皮内鍼は鍼柄長い」は「改良皮内鍼はピンセットなしでも可能」(r=-0.439、p<0.05)、「従来皮内鍼は小短」(r=0.580、p<0.01)で相関していた。 「改良皮内鍼は枕の注意固定」は「従来皮内鍼は失敗が多い」(r=1.000、p<0.0001)で相関していた。 「改良皮内鍼は慣れが必要」は「従来皮内鍼は操作不安」(r=0.548、p<0.01)、「従来皮内鍼は衛生的」(r=0.548、p<0.01)で相関していた。 「感染の問題」では、「皮内鍼の効果の問題」(r=0.447、p<0.05)で相関していた。 「従来皮内鍼は操作不安」では、「従来皮内鍼は衛生的」(r=1.000、p<0.0001)で相関していた。 「従来皮内鍼は小短」では、「従来皮内鍼は床に落とすことが多い」(r=0.681、p<0.001)で相関していた。 「従来皮内鍼は視覚的に難しい」では、「従来皮内鍼は操作しづらい」(r=0.481、p<0.05)で相関していた。 表2 墨字使用数(14point、18point)と記述項目の関係 4.考察  本研究は視覚障害を有する学生が改良皮内鍼を用いた実習を実施することで、鍼臨床におけるハンディキャップの除外を検討するものであった。改良した皮内鍼は、100%の者(21人中)が操作しやすいと回答したが、従来の皮内鍼は弱視が強い者ほど操作が困難な傾向を示していた。また、「従来皮内鍼は視覚的に難しい」と「従来皮内鍼は操作しづらい」と相関していることから、従来皮内鍼の操作には視力が必要と感じていた。従って視力に問題がない者は従来皮内鍼の操作に不都合がないと思われた。一方で、視覚障害者が従来皮内鍼を使用することは困難であり、特殊鍼法の実技教育は改良皮内鍼を用いた教育を行うことで、代用できる可能性を示唆するものであった。  改良皮内鍼は「改良皮内鍼は鍼柄長い」と「改良皮内鍼はピンセットなしでも可能」と相関していることから、鍼柄が長いことで、ピンセットが不必要と感じられていた。一方で「改良皮内鍼は感染に問題」は「従来皮内鍼は衛生的」と相関しており、ピンセットを用いた従来皮内鍼と比べ、手で操作した改良皮内鍼を施術することは不衛生であると考えられる。今回実施した実習では、指サックやゴム手袋などの感染防御を指導しなかったためと考えている。よって改良皮内鍼の実習を行う時には、感染防止策などの衛生面にも配慮した実技教育を行うことが課題となった。  また皮内鍼の問題では、「感染の問題」と「皮内鍼の効果の問題」とが相関を示すことから、皮内鍼による有害事象の防止策や治療効果について実習中に更なる教育が必要と思われた。さらに、「改良皮内鍼は慣れが必要」と「従来皮内鍼は操作不安」が相関を示したことから、どちらの皮内鍼を使用するにあたっても、施術操作に慣れるためには、十分に練習する時間を確保する必要があると考えられた。  以上のことから改良した皮内鍼は視覚に障害を有する者に操作性が高く実用的であるが、指で使用することからも感染防止策の課題があげられた。今後の研究では、改良した皮内鍼を指サックなどの感染防止策を基に実用可能であるかを検討していく。 5.結語  視覚に障害を有する者に改良した皮内鍼は操作性が高く、感染防止を配慮することで実用的であった。 参考文献 [1] 森 英俊,佐々木 和郎:発行にあたって.鍼灸基礎実習ノート,医歯薬出版株式会社,東京,2009. [2] 赤羽 幸兵衛:第1章 総論.皮内鍼法,医道の日本社,神奈川,11-73, 1964. [3] 中谷 義雄:第1章良導絡自律神経調整療法の概要,良導絡自律神経調整療法,良導絡研究所,大阪,1-109, 1971. [4] 赤羽 幸兵衛:第1章 総論.灸頭鍼法 第8版,医道の日本,神奈川,35-44, 1995. [5] 吉川 恵士:鍼麻酔から低周波鍼通電療法まで.日本温泉気候物理医学会雑誌,57(2):151-166, 1994. [6] 坂口 俊二,若山 育郎,津嘉山 洋:慢性腰痛症に対する皮内鍼治療臨床試験(探索的研究).関西鍼灸大学紀要,3:20-25, 2006. [7] Sakuno Lilian M. , Ogawa Sasana M. , Umeda Takashi:経筋治療が効を奏したと思われる股関節痛の一症例.関西医療大学紀要,2:92-96, 2008. [8] 小西 圭子,川本 正純,坂口 俊二 他:糖尿病(NIDDM)患者の血糖に及ぼす皮内鍼の効果について.関西鍼灸短期大学年報,10:107-109, 1995. [9] Kubo Erika B.,楳田 高士,吉田 宗平 他:頸部神経鞘腫切除術後に認められた頸部の突っ張りおよびホルネル症候群に対する鍼治療.関西鍼灸大学紀要,3:66-71, 2006. [10] 石神 龍代,黒野 保三:続発性月経困難症に対する鍼治療の一症例.全日本鍼灸学会雑誌,50(3):457-461, 2000. [11] Mori H, Ueda S, Kuge H, et al . Pupillary response induced by acupuncture stimulation--an experimental study. Acupunct Med. 26(2):79-86, 2008. [12] 高村 かおり,櫛方 哲也,谷津 祐市 他:皮内鍼の健常人顔面皮膚表面温度に及ぼす影響 サーモグラフィーによる検討.ペインクリニック,16(6):875-877, 1995. The Use of and Necessity for Subcutaneous Needles for the Visually Impaired IKEMUNE Sachiko, TOJO Masanori, Narushima Tomomi, Mori Hidetoshi Course of Acupuncture and Moxibustion, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: This study examines the use of and necessity for subcutaneous needles for the visually impaired. The subjects were 21 people who had received the basic practice in 2010 and 2011. The practice introduced the improved subcutaneous needle with a lengthened acupuncture needle handle. The feeling of the improved needle was compared with that of a traditional subcutaneous needle, and the practicality of the improved needle use was examined. As a result, the improved subcutaneous needle had higher operability and was practical for the visually impaired to give care and prevent infection. Keywords: Acupuncture, Subcutaneous needle, Visual impairment, Basic acupuncture practice